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ギルドからの帰り道

 冒険者ギルドから出たセレッソは、大きく伸びながら歩いていた。

 グルージャとヒラソールに力強く宣言をしたセレッソだったが、気合を入れ過ぎたのか、その声は冒険者ギルド中に届いた。

 ギルドの中にいた冒険者達から剣呑な色の視線が集まると、それをかばったヒラソールが誤魔化しながら大慌てでセレッソをギルドから連れ出してくれた。

 その殺気立つ冒険者達をひと睨みで黙らせたグルージャは、さすが支部長という所だろうか。

 適当に時間を潰してからギルドに戻ると言ったヒラソールに礼を言い、セレッソは彼と別れた。


「思った以上というよりも、予想通りの反応でしたわねぇ」


 歩きながらセレッソは呟く。

 彼女が冒険者ギルドを覗いたのは、もちろん本人も言った通り挨拶の為でもあるが、それ以外に冒険者達の様子を見たいという意味もあった。

 どの程度仲が悪いのか、ギルドのトップの反応はどうなのか。

 他人から聞いただけでは、はっきりと分からない事も多い。これから関わっていく上で、まずは自分の目で見て耳で聞きたいとセレッソは思った。


「ヒラソールさんの雰囲気だと、全部が全部っていう訳ではなさそうですけれど。支部長さんもそんな感じですし……」

「グルージャがどうしたって?」

「うひゃあ!」


 ふと、突然背後から声を掛けられて、セレッソは飛び上がって振り向いた。

 そこにはカラカラと笑いながら手を軽く挙げたベナードが立っている。

 恐らく昼の休憩に隊舎へ戻る途中なのだろう。


「ううう、心臓が止まるかと思いましたわ。二重の意味で」

「悪ィ悪ィ。というか二重って?」

「だって、ベナード隊長に後ろからびっくりさせられるんですのよ? 憧れていましたわっ」

「お前さんはぶれねェなァ」


 両手をポッと赤らめた頬に手を当てて言うセレッソにベナードは肩をすくめた。

 そうしてセレッソの隣に立って歩き始めた。

 セレッソもそれを見て止まっていた足を動かす。

 歩いていると、ベナードが自分の歩幅に合わせてくれている事に気が付いて、セレッソは嬉しそうに目を細めた。


「ギルドへ行ってきたんだろ? どうだった?」


 のんびりと歩く二人の反対側の道では、子供達がきゃいきゃいと楽しそうに笑い声を立てて遊んでいる。

 それを横目で見ながらベナードはセレッソに尋ねた。


「騎士がお好きではないようですね。隊付き作家だと名乗ったらなかなかの反応でしたわ」

「あんた名乗ったのか?」

「ええ」


 頷くセレッソに、ぎょっとしてベナードは顔を見上げた。

 そうして「逞しいねェ」と苦笑する。


「なら聞いただろ? 負け犬隊の事」

「聞いたというよりは、そこは元々知っておりますし」

「そうか」


 ベナードはふっと小さく息を吐いて、前を向きなおした。

 そして普段の口調よりは少し静かな声で諭すように続ける。


「それなら、話が早いな。あんたが何でうちの隊に来たかは知らねェが、無理しなくても良いんだぜ。数日仕事ぶり見ていたが特に問題はねェし、あんたは他でもやって行ける。うちにいるより、その方があんたの為にもなるだろう」


 それはセレッソを心配しての言葉だった。

 ふと、セレッソは時折、すれ違う冒険者や一部の町の住人から、好意的ではない視線が向けられている事に気が付いた。

 ベナードに、そして、ベナードと共に歩くセレッソに。

 ベナード隊にいればこれからもずっとこの視線に晒されるのだと、暗にベナードは言っている。

 だがセレッソはくすりと小さく笑うと、首を振った。


「そう言って頂いて光栄ですけれど、それじゃ意味がないんですの」

「意味?」

「わたくしは『負け犬隊』で働きたいからここへ来たんです。そうでなければ、とっくの昔に故郷へ戻っていますわ」


 セレッソの言葉にベナードは驚いたように目を張った。

 

「理由は?」

「わたくしの目的は負け犬隊の汚名返上ですわ!」


 びしりと前方を指さしてセレッソはギルドで言った言葉と同じく、力強く宣言する。

 その様子にこれまた同じようにぽかんと口を開けたベナードだったが、直ぐに吹き出すように――どこか嬉しげに――笑い、


「ははは。まぁ、期待せずに期待してる」

「そこは存分に期待して下さいませ!」

「まずは魔法を何とかしねェとだろ?」

「うぐう……!」


 問題はそこなのである。

 時間があると思っていたが、あっという間に時間は経つもので、ここへ来てからすでに数日経っている。

 このままのんびりしていると試用期間の終わりを迎え、レアルに「はーはっは! やはり無理だったか、ひよっこ作家!」と高笑いされる様が容易に想像できて、セレッソは唸った。


「あいつホントに大人気ねェからなァ」

「そこは数日見ているだけでも実感しましたけれど。……大人気ないと言えば、冒険者さん達もですわね。昨日はお酒飲んで他人に絡んでいましたわ」

「ああ、コラソン亭のな。ルシエから報告を受けてる。悪かったな、セレッソ。俺のせいでもあるが……まぁ、ストレスも溜まってんだろ。発散する場所もねェしな」

「いえ。発散なら、国主催の武術大会はどうですの?」

「あれは年に一度だし、全員は出れねェからな」


 武術大会の言葉に、ベナードは少しだけ肩をすくめて見せた。

 例の大乱闘事件以降、繰り返さないようにと場外での騒ぎは厳しく罰せられるようになったのだが、その分の昂った感情は試合そのものに向けられた。

 本来ならば騎士や冒険者に関係なく腕に覚えのある者ならば誰でも参加できる武術大会だったのだが、今では完全に騎士対冒険者の構図が出来上がってしまい、それ以外の参加者がいなくなってしまった。

 王も次の年なら何とか、またその次の年なら何とかと、関係改善に一抹の希望を持って開催していたのだが関係は一向に改善されず、また毎年開いているので止めるに止められなくなり開催し続けている。

 一度開催を止めようとしたら騎士と冒険者から不満が押し寄せたそうだ。こういう時だけ意見を一致させるなと、担当者が頭を抱えていたらしい。


「何か娯楽でもありゃあいいんだが、コンタールにはそういうの少ねェからな」

「娯楽ですか……」


 ふむ、と顎に手を当ててセレッソは辺りを見回す。

 すると二人の歩く先にある、セレッソの三番目の予定である書店に目が留まった。

 書店の前にはショーウィンドウに手を当てて、その向こうに並べられている本を熱心に見つめている少女がいる。

 それを見てセレッソは人差し指を立てた。


「読書はいかがです?」

「好みによるな」

「わたくしは好きなんですけどね」

「だろうなァ」


 本は知識の泉であり、趣味であり、娯楽でもある。

 セレッソは作家という職業上、言わずもがなだが本が好きだ。

 好きなジャンルを問われれば恋愛やミステリーなどを上げるが、特に苦手とするものはない。


「ベナード隊長はどんな本がお好きです?」

「図鑑」

「執筆し尽くされている可能性が……!」

「作る気だったのか」

「ですがまだ未踏の地に望みがあるかもしれません!」

「キワモノの図鑑になりそうだな。……ん? ああ、ちょっとここで待っててくれ」


 大げさに嘆いたり、直ぐに元気になったりと忙しいセレッソにベナードはそう言うと、道を渡って反対側へと走って行く。

 セレッソは首を傾げながらその後ろ姿を見送ると、再び書店の方へと顔を向けた。

 ショーウィンドウに張り付いていた少女は、しばらくそうした後で、ポケットから小さな財布を取り出した。

 そうしてぱちりと中を開けて、見るからにしょんぼりと肩を落とす。

 何度かショーウィンドウの向こうと財布を見比べていたが、そのまま離れて歩いて行った。


「あの子…………ん?」


 それを見て、セレッソは何かを思いついたように空中で文字を書くように指を動かす。


「あれをああして、これをこうすると…………良い事思いつきましたわ!」

「良い事?」

「うひゃあ!」


 本日二度目である。

 背後から声を掛けられて飛び上がると、セレッソは慌てて声の主であるベナードの方へと向き直った。


「心臓が飛び出るかと思いましたわ。二重の意味で」

「はっはっは。ホントぶれねェな、あんた」


 笑いながらベナードはセレッソにひょいと何かを差し出した。

 何だろうとセレッソが覗き込むと、包みに入ったサンドイッチだった。

 黒パンに厚めに切られたベーコンと目玉焼きに、ベルデリーフが挟んであるものだ。

 どうやら作りたてらしく、サンドイッチからは湯気が立っている。

 セレッソは目を見開いてベナードを見た。


「飯まだだろ?」


 ベナードはそう言ってニッと笑った。


「あ、ありがとうございます! 取って、取っておきたい……!」

「はっはっは。腐るぞ」


 セレッソが目を輝かせて受けとると、ベナードも自分の分のサンドイッチにかぶりつく。

 同じようにセレッソもサンドイッチにかぶりつくと、ベーコンの油と塩味がじゅわりと口に広がり、そこに目玉焼きの黄身がとろりと混ざる。

 ベルデリーフ独特の酸味も少し加わって、口の中の濃厚な味を引き締める。

 にこにこ笑顔で食べるセレッソを横目でちらりと見てベナードは口元を上げ、二人は再び歩き始めた。


「そういや書店は良いのかい?」

「ええ、ちょっと用事を思い出しましたの」

「そうか。なら、ここでお別れだな」

「隊舎までお供しますわ! ええ、お供します! お供させて下さいませ! デートみたいですの!」

「デートじゃあねェな」

「また振られましたわー!」




 わいわいぎゃあぎゃあ叫びながら歩いて行くそんな二人を、彼女達のずっと後ろの方からレアルとローロが見ていた。

 二人も隊舎に帰る途中にセレッソとベナードを見かけたが、楽しげな様子に何となく空気を読んで声を掛けずに見守っていた。


「あれどう思う?」

「小動物的な」

「だよねぇ」


 二人の頭に、ふわふわとした毛並みのアルディリア猫が浮かぶ。

 アルディリア猫とは、この国に古くから生息する尻尾が二つ生えた小型の動物だ。セレッソと似た青色の目をしている。

 シュガーシロップが好きで置いておくとひょっこり近づいてくるのだ。


「そう言えば隊長とひよっこ作家は初対面ではないのか? ひよっこ作家は一体どこで惚れたのだ?」

「さあ……新聞とか?」

「ボクが覚えている限りだと、どれもあまり良い事を書かれはしなかったがなぁ……」


 腕を組み、二人揃って首をかしげる。

 見られているとはつゆ知らず、セレッソとベナードはそのままのんびりと、隊舎に向かって歩いて行った。

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