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ミルクティーに乾杯

 声の主は二人組の男だった。

 遠目でも分かるくらい顔が赤い事から、恐らくお酒でも入っているのだろう。

 手には泡の立つ金色をしたセルヴェーサのグラスが握られていた。

 一人は黒髪の男で、もう一人は薄茶の髪の男だ。お酒を飲んでいる事からも、歳は二十代は越えているのだろう。

 据わった目で管を巻いている。

 男達の近くの席に座る客は、その声の大きさに迷惑そうに目を細めながら食事を続けていた。


「冬の討伐に冒険者は連れていけないだとよ。ケッ俺達の方がコンタールの事を知り尽くしてるっつーのに、何だアレ」

「たった四人しか残らなかったくせに、偉そうなもんだよなぁあの負け犬隊長様はよ!」


 ガンと音を立ててお酒のグラスをテーブルに乱暴に叩きつけると、テーブルの上に泡が少しとんだ。

 あらまぁ、と呆れた顔になるセレッソとは正反対に、ルシエは目を伏せた。

 ルシエを見てセレッソは何かを考えるように顎に手を当てた後、その手をそのままテーブルの上に置いてあるミルクティーに伸ばし、口をつけた。


「お客さん、その辺でお酒はやめときな。周りのお客さんの迷惑になる」


 大声を聞いて様子を見に来たコラソン亭の主人が、慌てて止めに入った。

 だが酔いが回っている二人は気が大きくなっているようで、あまり効果はない。


「親父さん、あんただってそう思っているんだろう? あんな奴らより、俺達の方が頼りになるって」

「お客さん!」


 店内に騎士ルシエがいる事を知っている主人が止めるように鋭く言うと、男達はフンと鼻を鳴らして顔をそむけた。

 男達は何とか静かにはなったようで、主人はやれやれと肩を竦めた。

 だが彼らとは逆に、いつの間にか主人の隣に来ていたパステルが、怒ったように頬を膨らませた。


「騎士様の方が頼りになるもん」

「何?」

「パステル」

「騎士様達は、おにーさん達みたいに、酔っぱらって周りのお客さんに迷惑かけないもん」


 止めようとした主人の手を払って、パステルは言う。

 正論である。

 パステルの言葉に同意するように、周りの客達も頷いた。


「そうだよ、あんた達。騎士がどうこう冒険者がどうこう言う前に、人が楽しく食べている場所で騒ぐんじゃないよ」

「そうだそうだ」

「な……」


 男達の顔が酔いとは違う赤色に染まり、目がつり上がる。

 はっとして主人はパステルを背中の方へ押しやり、庇うように自分が前に出た。

 それを見て、今まで目を伏せて男達の言葉を黙って聞いていたルシエがスッと立ち上がり、かつかつと靴音を立てて男達の元へと歩く。

 表情は見えない。

 セレッソはルシエに少し目を張った後、ミルクティーを飲み干してから、ティーカップを持ってゆっくりと立ち上がった。


「何だと、てめぇら! 誰のおかげで無事に」

「誰の?」


 低い声だった。

 言葉を遮る形で現れたルシエに、男達や店の人間の視線が集まる。

 今までのおどおどした雰囲気とは違い、波の立たない静かな水面のような目で、ルシエは首を傾げた。


「あんた、騎士隊の……」

「コンタールの皆様のおかげで、よね?」


 声の冷たさに、男達はぞくりと体を震わせる。

 周りの客もルシエの雰囲気に言葉を失くしている。

 パステルも普段とは違うルシエの様子に驚いて、目を丸くしていた。

 誰もが口を閉じ、店の中が静かになる。

 そんな時だ。


「すみません、ミルクティーのおかわり頂けます?」


 場違いに明るい声が聞こえた。

 セレッソだ。

 ルシエと男達の間に割り込む形で現れたセレッソが、空のティーカップを手に、主人に向かって微笑んだ。


「え?」


 突然の出来事にどうして良いか分からず、主人は目を丸くした。

 セレッソは膝をつき、今度はパステルに向かってティーカップを差し出した。


「おかわり頂けるかしら? 出来れば、二つね」

「あっ……はい!」


 パステルは差し出されたティーカップを両手で受け取ると、ぱたぱたと厨房に向かって走って行った。

 それを見送りながらセレッソは立ち上がり、男達の方を見る。

 男達は我に返って身構えたが、セレッソは構わず、


「あらっそこのあなた、ミルクティーが冷めていますわよ?」

「は? え?」

「勿体ないですわ! ほら、飲まないと! わたくし、コンタールに来て数日ですけれど、ここのお店のミルクティーは大したものですわ!」


 唐突なミルクティー推しである。

 確かにここのミルクティーは美味しい。店内の客の思考は奇跡的に一致した。

 だが何故目の前の少女がこのタイミングでこうもミルクティーを推しているのかが分からない。


「ああっそちらの方も! ほら、皆様ミルクティー! ミルクティーを手に持って!」


 ぱんぱんと手を鳴らしながらセレッソはミルクティーの入ったティーカップを持つように促す。

 何だこいつはという視線が集まるも、セレッソは全く気にせず、男達の手にミルクティーを握らせ、近くに座っている客の手にもミルクティーを握らせ、遠くの客にも見えるように、ミルクティーを持たせた手を持ち上げた。

 そうしている間にパステルがおかわりのミルクティーを持ってきてくれる。

 湯気の立つ、温かいミルクティーだ。セレッソはにこりと笑って礼を言い受け取ると、片方をルシエに渡し、もう片方を自分で持って高く掲げる。

 そして大きな声で言った。


「ミルクティーに乾杯!」

「か、乾杯?」


 困惑しながらも、何となく言わなければならないような気がして、店の中の客達はミルクティーを手にセレッソに続いた。

 ルシエもおずおずとミルクティーを掲げている。

 しかし店内の声は少ない。しかも不安げである。

 まばらに上がる乾杯の声にセレッソはチッチッチと指を振った。

 そうしてより高くミルクティーを掲げ、


「コラソン亭に乾杯!」

「乾杯!」


 先程よりも大きな声で言う。

 今度は店の中のほとんどが続いた。客もセレッソに応えて、先程よりも大きい声になる。

 半ば自棄だ。男二人もそれにつられて「乾杯」と言っている。

 いつの間にかパステルと主人の手にもミルクティーが握られていた。

 もう一度だ。

 セレッソは口の端を上げ、さらにさらに高くミルクティーを掲げ、


「コンタールに乾杯!!」

「コンタールに乾杯!!」


 店内にいる全ての客が答えた。

 やがてその声は大きな歓声へと変わる。

 客は掲げたミルクティーを近くの席の相手のミルクティーとカチンと鳴らし、笑い合った。

 その賑やかな声は外にまで漏れ、通行人が何かパーティでもやっているのかと不思議そうな顔になった。

 しばらくして、食事を終えたらしき客達が店から出てくる。

 それぞれにコラソン亭の食事に満足し、顔には笑顔を浮かべていた。その中には騒いでいた男二人もいた。

 不思議な事に出てくる客出てくる客は、


「やっぱりミルクティーだよ」

「ああミルクティーだよな」

「時代はミルクティーだわ」


 などと、ミルクティーの事を連呼していた。

 これ以降、コラソン亭はしばらく『ミルクティーの店』と呼ばれるようになり、それならばと店主とパステルがミルクティーに合うようなケーキやシュークリーム作って、それが美味しいと有名になるのだが、それはまた別のお話である。

 セレッソはと言うと、すっかり静かになった店内でのんびりとミルクティーを飲んでいた。 

 我に返ったルシエは、疲れ切ったようにぐったりと椅子に座り、涙目になりながらセレッソと同じようにミルクティーを飲む。


「ルシエ副隊長、大丈夫ですか?」

「うう、実は結構、ギリギリだったの……」


 どうやら男達の前に立った時のあのぞくりとするような冷たい様子は、ルシエが全精神力を振り絞ったものらしい。

 聞けば、どうやらあれが騎士隊の役職持ち達が集まる会議等の、ルシエが人見知りを発揮できない場面での様子なのだそうだ。

 会議以外では滅多に本部へ行かないルシエに、普段の様子を知らない人間からついたあだ名がベナード隊の幽霊姫ファンタズマ

 怖がって近づかれない方が楽だとルシエ自身も訂正する気はないようで、彼女の事をよく知らない騎士達には『何をするか分からない怖い人』で通っている。


「ルシエおねーさん、セレッソおねーさん、さっきはありがとーございました!」


 話をしていると、主人とパステルが一緒にやって来た。

 お礼とお詫びだと、ふんわりとシュガーシロップの甘い香りが漂うカスタードプディングをご馳走してくれた。

 柔らかな舌触りと甘さに、ルシエも少し落ち着いたようだ。


「さっきは悪かったな。あいつらも悪い奴らじゃあないんだが……」

「いえ、そんな。こちらこそ、うちの隊の事でご迷惑をお掛けして……」


 申し訳なさそうに頭を下げ合うルシエと主人をよそに、パステルがセレッソに不思議そうに尋ねた。


「セレッソおねーさん、さっきはどうしてミルクティーって言ったの?」


 パステルの言葉にルシエと主人も顔を上げてセレッソ達を見る。

 先程のあの場は何だかんだで和やかな雰囲気にはなったが、やはりセレッソのミルクティー推しの謎の行動自体は不可解だったようだ。

 セレッソは少し笑って、ぴんと人差し指を立てた。


「話題と全く関係のない話題が急に飛び出してきたら、びっくりするでしょう? お酒も入っていましたし、言っても効かない相手なら話題自体をすりかえてしまえば良いんですの。あとは力技でゴリ押しですわ!」


 もちろんミルクティーが美味しいのは本当ですけれど、とセレッソは言った。


「どの道、ルシエ副隊長がいなければ、怒鳴って流されただけだと思いますわよ?」 


 セレッソの言葉にルシエはきょとんとした顔になり、少し困ったように笑いながら頬に手を当てた。


「ううん、助かったわ。その……出て行ったは良いけれど、あのまま退いてくれなければどうしようかって思っていたの」

「ああいうのって、良くあるんですの?」

「そうね……もともと、騎士と冒険者の仲は良好とは言えないのだけれど……うちは特に、かしら」


 セレッソがミルクティーに視線を落としながら言う。

 あの男達が言った負け犬と言う言葉がセレッソの頭の中に蘇る。


「…………なかなか手強い」


 独り言のようにぽつりと言ったセレッソの言葉が聞こえ、ルシエは少し首を傾げた。

 セレッソはルシエに向かってにこりと笑うと顎に手を当てた。


「でも、このままですと問題ですわねぇ」


 窓越しに見上げた空は、セレッソがコンタールへと来た初日に見た空と似た灰色をしていた。

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