コラソン亭
さて、セレッソは試用期間付きだがベナード隊の隊付き作家となった。
その際に、自分の分の給料はここから出してくれと、トランクに入れて持って来たオルデン紙幣をベナードに渡している。
実質給料はいらないので置いてくれと言っているのに等しいが、無論ベナードもベナードで、幾らセレッソ本人がそうは言っても、常識的に考えておかしいので受け取ってはくれなかった。
だがオルデン紙幣の詰まったトランクを持ち歩くのは非常に危険だ。
また、レアルに隊付き作家として認めて貰っていないので、試用期間でもあるが、ベナード隊の隊舎に住むことは出来ず、今はコンタールの宿屋暮らしである。
持ち歩くのと同じく、トランクを宿屋に置きっぱなしにするのも危険である。
その為、隊舎の金庫に入れて預かる事にしたのだ。
セレッソは「使って頂いて構いませんのに……」と言っていたが、ベナードは「子供の金を使う訳にゃあいかんだろう」と頑なだった。
必要な分だけトランクから出すと、盗まれたりしないように、ベナードが責任を持って守ってくれるらしい。
無論そのベナードの言葉にセレッソはときめいたりもしたのだが、それはこの際置いておく。
とにもかくにもそんな事で、セレッソは宿暮らしをしながらベナード隊の仕事の手伝いをする事になった。
隊付き作家の仕事と言えば、専ら隊の活動の記録を取り、それを元に執筆する事である。
活動記録は、誰が何をしたか、どこへ行ったか、どのくらいの経費を使ったか、そんな事を事細かに記録していくものだ。
これは隊付き作家だけがやる仕事ではなく、騎士隊ならば必ず必要な事だった。
この行動記録と、その他諸々の資料を合わせて騎士隊の本部へ月々報告する事が、各騎士隊に義務付けられている。
行動記録に嘘を書く事も可能ではあるが、発覚した後は重い処罰が下るのでおすすめはしない。多少書き間違えたくらいなら目を瞑ってくれるが。
隊付き作家がいない隊は、当たり前と言えば当たり前だが、それらを自分達で行っている。
毎日きっちりと記録をつけていれば問題がないが、これを月の終わりに一気にやろうとすると、かなりの根気がいる作業になる。
忘れてしまうと困るので、行動記録の日にちごとにメモを貼り付けて残してあるが、このメモもまた殴り書きや、眠い目を擦って書いたせいでミミズのような文字になっているものも多々あり、まとめるだけではなく、解読にも時間が掛かるのだ。
月末に一気にやろうとするのは特に人数の少ない隊に多い。
騎士の人数が隊長含めて五人のこのベナード隊も例によって例のごとく、それに該当していた。
「これは……こうかしら。いやでも、うーん…………あっそうか! 分かりましたわ!」
シスネと『見通しの石』で魔法の素質を調べていた広間のテーブルで、セレッソはメモ書きと戦っていた。
月が始まってまだ数日しか経っていないのが幸いしてか、残されているメモ書きの枚数は少ない。
少ないが、騎士達も仕事の疲れもあるのだろう。メモ書きは物の見事に暗号と化していた。
セレッソはメモをじっと見つめたり、光に透かしてみたり、逆さまにしてみたり、裏からみてみたりと色々試行錯誤しながら暗号の解読に挑んでいた。
そうやってうんうん頭を捻った後で、少し時間を空けた後にふっと浮かんでくるのだから、不思議なものだ。
そうこうしながら、お昼の十二時までには、本日予定した分の作業は終了した。
「終わりましたわー!」
正午の鐘を聞きながら、セレッソは腕を高く上げて大きく伸びる。
作業で固まっていた体は若干の痛みと達成感を伴ってボキボキと鳴った。
そうした後で、テーブルの上に広げたメモやノートを片付け始める。
「今日のお昼ご飯何食べようかしら。そう言えば隊舎を探していた時に、あの辺で良い香りしてましたわねぇ……」
コンタールに来た初日を思い出して、セレッソは思い出すようにうっとりと目を細めた。
肉とソースが焼ける香ばしい香りに、シュガーシロップの甘い香り、ふんわりと漂うココア。
デザートまで想像してセレッソはごくりと唾を飲み込んだ。
「せっかくコンタールに来たんですもの、美味しい物食べたいですわねっ」
力強くそう言っていると、カチャリとドアが空き、見回りから戻ってきたルシエが広間へと入って来た。
「ルシエ副隊長、おかえりなさいませ!」
「あっ……うふふ。ただいま……えっと、その、セレッソちゃん」
声をかけると、ルシエはほんの少しびくりと体を震わせたが、にこりと微笑み返してくれた。
どうやら数日で多少は慣れたらしい。
初日は目が合う度に隠れられていたのだが、今は目を見て話しをする事も出来るようになった。
大きな一歩に、セレッソの胸がじーんと熱くなった。
そんなセレッソの胸中を知ってか知らずか、ルシエはセレッソの所へと近づいてきた。
「お仕事、どう?」
「今日の分は終わりました。他にも何かお手伝いしたいのですけれど……」
「レアルちゃんの事があるものねぇ……」
そうなのだ。
セレッソは試用期間付きで隊付き作家にはなったものの、まだ正式には認められていない。
レアルの出した課題がクリア出来るまでは、あまり多くの仕事を持たせるわけにはいかないと、判断された。
いなくなる可能性がある人物に重要な仕事を振り分けた場合、その時は楽でも、後々困る。
幾らセレッソが「諦めませんわ!」と決意が固かったとしても、レアルが隊付き作家として受け入れる条件をつけた以上、しかもその条件が『魔法』であるので、ベナードとしてもセレッソが諦めないのは分かっていても、達成できる可能性は限りなく低いと判断せざるを得なかったのだろう。
なので今のところはセレッソに行動記録のみを任せる事にしたようだ。
恐らく魔法云々は置いておいても、どれだけ仕事が出来るかを見る目的もあったのだろう。
「そう言えば、セレッソちゃんはお昼ご飯はこれから?」
「はい」
「なら、一緒にどうかしら。うちに女の子が入るの、すごく久しぶりで嬉しくて……その、良かったら、だけど」
「行きます!」
セレッソは目を輝かせて勢い良く立ち上がった。
何せ人見知りのルシエのお誘いである。
大きな一歩どころか二、三歩すっ飛ばして近づけたような気がして、文字通りセレッソは飛び上がりそうだった。
ルシエは少し驚いたように後ずさったが、すぐににこりと嬉しそうに微笑んだ。
秋の終わりのコンタールの町は寒い。
セレッソとルシエはそれぞれコートを身にまとって、そんな町中を歩いていた。
人見知りのルシエも、向かい合って話をするような事がなければ、外を歩くのは問題がないようだ。
そうでなければ騎士隊の見回りなど務まらないのだろうが、如何せん彼女はベナード隊の副隊長である。
知り合いでも知り合いではなくても向かい合って話す機会は色々とありそうだが、その辺りはどうなのだろうとセレッソは思った。
「あっルシエさん! お昼ご飯ですか!」
「ひい!」
町中を歩いていると、ルシエは良く声を掛けられる。
ルシエはセレッソのような同性から見てもうっとりするくらいの美女だ。
柔らかく波打つシャドウブルーの髪は神秘的で、どこか怯えたように――主に人見知りで――伏せられた紫色の瞳は儚げに揺れ、守ってあげたくなる気持ちを掻き立てる。
つまり、とてもモテるのだ。
ルシエは声を掛けられる度に、人見知りを如何なく発揮してびくびくしているのだ。
ちなみに声を掛けた側のコンタールの住人達はそんなルシエの事を良く分かっているようで、遠くから声を掛けるだけで無理には近づいて来ない。
近づいてくれるまではそっと見守るのが彼らの中のルールだった。
「紳士ですわね」
彼らの様子を見て、うんうんと一人感心したようにセレッソは頷く。
そんな事を数回繰り返しながら、二人はルシエのおすすめのお店へとやってきた。
赤いレンガが多いコンタールの町では珍しく、レンガを白色に塗ってある建物だ。
名前は『コラソン亭』と言い、コンタールの町に古くからある食事処である。
レンガと同じ白色をしたドアを開けると、カランカランと澄んだベルの音が鳴る。
その音を聞きながら中へ入ると、肉や魚が焼ける香ばしい香りと共に賑やかな声が聞こえるようになる。
「いらっしゃいませー!」
木製のテーブルが規則正しく並ぶ店内に入って来たセレッソを、可愛らしい店員が招き入れてくれた。
歳は十歳くらいだろうか。
ふわふわの金色の髪をおさげにした小柄な少女だ。くりくりっとした空色の瞳が、人懐っこそうに輝いている。
まるでキラキラとした光の粒が周りに待っているかのように眩しい笑顔だ。
「こんにちは、パステルちゃん」
「ルシエおねーさん、こんにちはー!」
ルシエはパステルにこりと微笑んだ。
ルシエが人見知りを発揮していないところを見ると、この店の常連なのだろう。
ふと、パステルがセレッソを見上げて驚いたように目を丸くした。
「ルシエおねーさんが誰かと一緒にご飯を食べにくるの珍しいね?」
「うふふ。うちの隊に新しく入った子なの」
「そうなんだー。おねーさん、はじめまして。パステルです!コラソン亭をお父さんと一緒にやってます!」
「はじめまして、セレッソです。よろしくお願いしますわ、パステルちゃん」
かわいいなぁと内心でれでれしながらセレッソが軽く会釈すると、パステルは二人を開いている席へと案内してくれた。
通りからは中が見え辛い窓際の席だ。
座って早速メニュー表を見る。
ルシエが日替わりランチが美味しいのだというので、セレッソも同じものを頼んだ。
注文を取りに来たパステルは元気よく頷くと、テーブルの上に二人分の温かいミルクティーとおしぼりを置いて、厨房へと伝えに行った。
「ここの日替わり、美味しいのよ。日替わりじゃなくても美味しいのだけれど」
「楽しみですわ。日替わりって、待つまでの時間ワクワクしますの」
そわそわと楽しそうに言うセレッソに、ルシエは優しげに目を細めた。
そして申し訳なさそうに眉を下げた。
「その、ごめんなさいね。レアルちゃんの事……」
「え? あ、いえいえ! 全然平気ですわっ」
セレッソは慌てて両手を振る。
あの後、ルシエやシスネもレアルに「無茶を言うな」と注意をしたらしいのだが、聞く耳を持たなかったそうだ。
へそを曲げていたというのもあるが引くに引けなかったのだろう。
セレッソもセレッソで「やってみせる」と言った手前、ルシエからの謝罪に逆に恐縮していた。
「でも、その、魔法……大丈夫?」
「うぐっ……ま、まぁそこは何か手を考えますわっ人間やって出来ない事はないですもの!」
そう言ってセレッソは加減を忘れて胸を叩き、むせた。
今の所何も考えは浮かばないが、まだ三か月もあるのだ。きっと何か良い案は浮かぶだろう。
セレッソがそう言うと、ルシエは驚いたように目を丸くした後、くすくす笑った。
「うん。私も、手伝える事とか、聞きたいことがあったら、言ってね。出来る限り協力するわ」
「ありがとうございます。心強いですわっ」
ルシエの申し出に嬉しそうに嬉しそうにセレッソが頭を下げ、そうして二人で笑い合っているとどうやら食事が出来たようだ。
パステルが順番に、落とさないように運んでくれた。
「おまたせしました! ごゆっくりどうぞー!」
テーブルに日替わりランチから、ふわりと良い香りが広がる。
今日の日替わりは肉団子入りの野菜スープと、硬めの黒パンをスライスして中に野菜と蒸した鶏肉を挟んだサンドイッチ、ニエベカブのサラダだ。
「精霊の恵みに感謝を」
食べる前にセレッソとルシエは手を合わせる。
アルディリアでは食事の前にこうして祈りを捧げるのが風習となっている。
これは精霊信仰と呼ばれるものが関係している。
簡単に言えば、この世界のありとあらゆる物には精霊が宿り、精霊が存在するからこそ自然の恵みを享受する事が出来る、というものだ。
厳しい自然環境の中で生きてきたアルディリアでは、特にこの精霊信仰が強い。
「それでは、頂きましょうか」
「はい!」
食前の祈りを済ませると、セレッソとルシエはそれぞれのスープに手を伸ばす。
スプーンですくってふうふうと冷まし、口に入れる。
すると、野菜の出汁と肉団子の旨みが舌の上にじゅわりと広がり、セレッソは頬に手を当ててぎゅうと目を瞑った。
「美味しい!」
「うふふ」
小さく悶えるセレッソを見て嬉しそうにルシエは微笑むと、自身も同じようにスープをスプーンですくって一口飲んだ。
二人が美味しい昼食を楽しんでいると、ふと、店のどこからか大きな声が聞こえてきた。
「まったく、たまったもんじゃないぜ、あの騎士様達はよう!」
「ああ、まったくだ! 冗談じゃねぇぜ、ホント!」
セレッソは「うん?」と怪訝そうに顔を上げ、きょろきょろと声の主を探す。
それはセレッソ達の席からちょうど反対側にある、店の隅の席だった。




