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魔法の素質

 魔法とは、簡単に言えば不思議な力である。

 この世界の魔法は、手のひらから火の玉を出したり、箒で空を飛んだり、傷を癒したりと、あくまで創作上での読み物として描かれている大げさなものではなく、もっと素朴なものだ。

 例えば、僅かに身体能力を上げたりだとか。

 例えば、暗闇でも周りの物が僅かに見やすくなったりだとか。

 言ってしまえば『その程度』のものだ。

 もちろん魔法使いと呼ばれる程に才能に恵まれたものならば『僅か』が『とても』になる事もある。

 何もない所から火を出したり、流れている川から水を引っ張って操ったり。そういう人物も過去にも確かに存在した。

 だがそんな人物は国中を探して一人いれば良い程度なのだ。

 そのくらいに、この世界の魔法とはささやかなものなのだった。

 だが、そんなささやかなものでも、やはり持って生まれた才能が必要となる。

 その才能を調べる為に必要な道具は『見通しの石』と呼ばれる水晶玉だった。


「残念ながら、セレッソさんの魔法の素質は、欠片もないですね」


 珍しく晴れた空から差し込む午前中のゆるい日差しの中、ベナード隊の隊舎の広間にセレッソとシスネが向かい合って座っていた。

 二人を挟むテーブルの上には『見通しの石』が置かれている。

 その石に手を置いて魔法の資質を調べているセレッソに向かって、シスネは首を振った。


「そんな! も、もう一回! もう一回だけ試させて下さいませ!」

「その台詞、十二回目ですよ……」


 セレッソは『見通しの石』に覆い被さると、シスネを見上げて頼んだ。

 必死の形相である。

 シスネはうんざりした顔で額に手を当ててため息を吐いた。

 セレッソがベナード隊の隊付き作家になりたいと、ベナードに頼み込んだ翌日。

 レアルが出した課題をこなす為に、まずは魔法を使えるようになる素質があるかどうかを調べようと、こうして『見通しの石』を使って調べに来ていた。

 一度はベナードが許可した相手だというものあり、最初に比べるとシスネの表情は柔らかい。

 が、その柔らかい表情も、繰り返されるセレッソの「もう一回!」に、そろそろ嫌気がさしているようだった。


「何度やっても同じ事ですよ、セレッソさん」


 そう言ってシスネがセレッソを『見通しの石』から引きはがすと、石にそっと自分の手を乗せた。

 シスネの手が触れた瞬間、石は淡く緑色の光を灯し始める。

 『見通しの石』は魔法の素質を持った者が触れると、このように淡く緑色の光を灯す。

 体内にある魔法を使う為の素質――魔力という――に石の中の物質が反応して光るのだ。

 それには時間も回数も関係ない。素質があれば光る、なければ光らない、それだけだ。

 シスネが手を放すと、石の光は消える。

 セレッソがそっと石に手を触れても、光は灯る事はなかった。

 つまりセレッソには魔法の素質はまるでないと言う事である。


「ううううう、な、何と言う事ですの……」 


 セレッソはがくりと床に手をついて、うずくまる。

 まとめた髪がはらりと肩から落ちた。

 『見通しの石』で魔法の素質を調べてみたら提案をしてくれたのはベナードだった。

 アルディリアの騎士は全員ではないが魔法の素質がある者が比較的多い。

 アルディリアの国民を守るのが彼らの仕事であり、その仕事上、荒事も多い。

 魔法の素質があり僅かでも力になれば、仕事もしやすいのだ。

 絶対条件ではないが、素質があれば騎士の入隊試験を受ける際に若干有利になるのだ。


「よう、やってるな。どうだった?」

「隊長、お疲れ様です」


 一仕事を終えたのか、隊舎に戻ってきたベナードが片手を上げた。

 シスネが軽く頭を下げるとベナードに近づき、ベナードが脱いだコートを受け取った。

 落ち込んでいたセレッソだったが、ベナードの姿を見た瞬間、少し浮上したようでよろよろと顔を上げる。

 その際に、その光景を目にして羨ましいともこっそり思っていた。


「シスネさんにずっと手伝って頂いているのですけれど、何度やっても魔法の素質ゼロでしたの……!」

「何度やっても結果は一緒だと言ったのですが……」


 セレッソが立ちあがってそう言い、シスネもベナードのコートをハンガーに掛けると肩をすくめた。


「はっはっは。そいつァ残念だったなァ」


 あっさりとそう言ってベナードは笑った。

 ベナードはレアルが魔法を条件に出した時から、魔法の素質の有無についてはそれ程期待はしていなかった。

 それ程ぽんぽんと魔法の素質のある者は現れない。

 騎士隊に比較的多くいるのは、前述の通り、入隊試験を受ける際に若干有利だからだ。

 ないよりはある方が良いと望んだ側に、持っているなら試験を受けてみようと思った側の利害が一致した結果である。

 もちろん、これが全てではないが。


「で、どうする? 諦めて帰るか?」

「いいえ! 何が何でも魔法を使えるようになってやりますわ!」


 ベナードの言葉に、セレッソはぐっと両手の拳に力を入れて笑った。

 障害があるほど燃えると言っていたセレッソだ。

 魔法の素質があるかないか程度では諦めないだろうとベナードは踏んでいたが、どうやら思ったとおりだ。

 落ち込んではいたものの、立ち直りも早いセレッソは、もうにこにこ笑っていた。


「だろうな。まぁ、無理しねェ程度にがんばんな。聞てェ事があれば、手空きの時なら教えてやるぞ」

「なら、わたくしの婿になって下さいな!」


 ニッと笑ってそう言うベナードに、感極まったように目を輝かせたセレッソは、両手を胸の前で組んで元気よく唐突に求婚した。

 ぎょっとするシスネとは反対に、ベナードはからから笑って首を振る。


「いやだ。しかも質問じゃねェぞそれは」

「振られましたわー!」


 窓の向こうに向かって叫ぶセレッソとベナードの様子を交互に見て、シスネはどう対処したものかとオロオロしていたが、セレッソは叫んだ後はまたベナードに普通に話し掛けていたので、別にいいかと思う事にした。

 突然の求婚には驚いたが二人ともさして気にしてはいないようだし、何よりずっとセレッソに付き合っていてシスネもシスネで疲れている。

 隊長が問題にしていなければシスネにはそれで良いのだ。

 そうしていると、ベナードに続いてレアルが隊舎へと戻ってきた。


「はーっはっは! どうだ、魔法は使えそうか、ひよっこ作家」


 部屋に入って来て早々、見事なまでの高笑いである。

 腕相撲の件をまだ根に持っているようで、意地悪くそう言うレアルにセレッソは口を尖らせた。


「フッ笑っていられるのは今の内ですわよ! 吠え面かかせて差し上げますから、首を洗って待ってらっしゃい!」

「はーっはっは! それは楽しみだ! 頑張ってくれたまえよ、ひよっこ作家!」

「きいいい! わたくしの名前はセレッソですわー!」


 それだけ言いに来たのか、レアルは高笑いをしながら、部屋を出て行った。

 閉まったドアを見つめながら、シスネは半目になってため息を吐いた。


「何しに来たんだあの人は……」

「はっはっは。あいつホント大人気無ェなァ」

「絶対に名前で呼ばせてやりますわー!」


 その声に向かって、人差し指をびしりと向けて、セレッソは悔しげに叫ぶ。

 声が聞こえたのか、廊下からも高笑いが返ってきた。


「本当に、大人気無い……」


 自分の時を思い出してシスネは本日何度目かになるため息を吐いた。


「ため息を吐いていると幸せが逃げるらしいですわよ?」

「あなたにも原因の一端があるのですが。それで、どうします? もう片付けても構いませんか?」

「うぐう。……ら、ラスト一回!」

「はいはい」


 やれやれ、と再びセレッソの向かい側に戻ると、シスネはどうぞと両手を開いた。

 その様子を楽しげに見守りながらベナードはくつくつ笑うと、部屋を出て、自分の部屋へと戻って行った。

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