ベナード隊
セレッソが三か月の試用期間付きでベナードから採用されてから一時間後。
彼女はベナードと共に、ベナード隊の隊舎内へと移動した。
連れてこられた部屋の真ん中にはソファーと、長方形のテーブルが一つ置かれている。
壁を見れば年代物の掛け時計が時を刻んでいた。見ると、時計の針は十五時を回っている。
この時刻になると、見回りなどで出かけていた騎士達が報告と休憩の為に、一度ベナード隊の隊舎に戻って来るのだそうだ。
そんなこんなで、挨拶の意味も込めてセレッソはこの隊に配属されているベナード以外の四人の騎士の前に立っていた。
ベナードがセレッソを隊付き作家として雇う事になった経緯を説明している間に、簡単に彼らの紹介をしておこう。
まずは左端にいるのがレアルという名前の男である。
歳は二十代半ば。ツヤツヤと光る長いストレートの金髪に、青色のややツリ目気味の男だ。
隊の中では二番目に身長が高く、その整った容姿もあってモテそうなものなのだが、自信家な性格と何に置いても『美』を優先とするその態度のせいで、残念ながら女性と付き合ってもひと月と持った試しがない。
ついでに言えば派手好きだ。彼も他の騎士隊と同じ紺色の隊服を着ているのだが、首や指からはキラキラとした装飾品が見える。
装飾品自体は上品なデザインのものではあるのだが、それを一つどころかたくさん、あちらこちらに身に着けているので派手だ。
その隣に立っているのは、どこかおどおどした暗い雰囲気の女性だ。
彼女の名前はルシエと言い、ベナード隊の紅一点で、この隊の副隊長を務めている。
歳は二十代後半。シャドウブルーの緩く波打った長い髪と、紫色の垂れ目が特徴の儚げな雰囲気の美女だ。
騎士と言うよりも深窓の令嬢と言った方が似合いそうだ。身長はレアルよりも低いくらい。
セレッソと目がう度にびくっと体を震わせて左隣にいる生真面目そうな少年の後ろに隠れようとしては、少年の手で元の位置に戻されている。
セレッソを歓迎していないわけではないのだが、実の所ルシエは人見知りなのだ。
同じ女性であるという事で普段よりは人見知り度が浅いものの、それでも慣れない人と目が合うと隠れたくなる性分らしい。
そのルシエの左隣に立っている生真面目な少年はシスネと言う。
薄い金髪のボブカットに、キリッとした緑色のツリ目をしている。身長はベナードよりは低い。
歳は十代半ば。年齢だけではなく、女の子と見紛おうばかりの可愛らしい顔立ちをしている。
立ち振る舞いの一つ一つに気品があり、生真面目そうなその目はセレッソの事を見定めるように見つめている。
そしてこれが最後になるが、シスネの隣に立つ、ここに並んだ騎士の中では一番背の高い男がローロと言う。
歳は三十代前半。ふわふわとした赤毛のショートヘアと、前髪に隠れて見え辛いが緑色のツリ目をしている。
大柄な体格に似合わずその雰囲気は穏やかで優しげだ。
「というわけで、うちの隊付き作家になったセレッソだ。三か月は試用期間だが、よろしく頼むわ」
「よろしくお願いします!」
ベナードがざっと説明を終えると、セレッソは勢い良く頭を下げた。
「ほう、作家か。このボクの素晴らしさを、ぜひ世間に広げてくれたまえ」
隊付き作家と聞いて真っ先に反応したのがレアルだ。
レアルの後に、ルシエやローロも続く。
「よ、よろ、よろし……よろしくおねぎゃ、ぁいた!」
「る、ルシエ、舌は大丈夫かい?」
セレッソに挨拶を返そうとしたルシエだったが、人見知りゆえの緊張で表情がガッチガチに固まっていた為に、思い切り舌を噛んだようだ。
挨拶の途中で口を押さえ、地面にへたり込む。
それを見たローロが心配そうに背中をさすった。
舌を噛んだ際の対処法としては多分間違っている。
「隊長……」
周囲の雰囲気とは違い、やや表情を厳しくしているのはシスネだ。
彼も別にセレッソについてはどうこう思っているのではないのだが、隊付き作家に関して少し思う所があるようだ。
隊付き作家の利点は先に述べた通りだが、その反面、それを売名行為だと快く良く思わない者もいる。
隊付き作家を雇う事は、この隊に不利益な事になるのではないかとシスネは懸念しているのだ。
そんなシスネにベナードは大丈夫だと言わんばかりにニッと笑って見せた。
「作家云々は置いておいても、実際に行動力はすごいぜ。騎士としてスカウトしたいくらいだ」
「ですが……」
「まぁ、三か月は試用期間だ。その間の様子を見て、本採用かどうかは決めりゃあいい」
「…………隊長がそう仰るなら」
しぶしぶと言った形ではあったが、シスネは頷き、改めてセレッソを見た。
人柄は悪くなさそうだ。
癖のあるレアルに対しても、セレッソは特に気負った様子もなく普通に話をしている。
「そう言えば、キミ、隊長の話だと戦えるそうだね」
「ばっちりですわ!」
「フッならば、このボクがどれだけ戦えるのか見てあげよう。腕を出したまえ」
レアルはスッとテーブルに向かうと、腰を落として高さを調整すると、テーブルに肘を立てた。
「レアル、まさか……」
「そうだとも、腕相撲だ! ボクに勝てないようでは、この隊ではやっていけないぞ」
戦斧の事もベナードは話しているので、それもあっての事なのだろう。
自信満々に言うレアルに、それもそうかとセレッソが一人納得していると、シスネがやれやれと額に手をあててため息を吐いた。
「まだ根に持っているのですか……」
「根、ですの?」
「レ、レアルちゃんは、し、シスネちゃんに腕相撲で負けて以来、来る人来る人に勝負を挑んでいるの……」
「あっこらルシエ副隊長! バラすんじゃない!」
不思議そうに首を傾げたセレッソに、恐る恐ると言った感じでルシエは説明してくれた。
どうやら舌を噛んだダメージは癒えたらしい。
相変わらずセレッソに対しては人見知りが消えないが、それでもこうして何とか話をしようとしてくれるところを見ると、多少は緩和されたようだ。
セレッソはうふふと笑うと、腕まくりをしてテーブルに向かう。
「わたくし、腕相撲はちょっと自信がありますわっ」
「フッ安心するがいい。ボクも悪魔ではないからな、多少は手加減してやろう。ローロ、審判を頼む」
「あ、あははは……うん、分かった」
予想外に乗り気のセレッソに気を良くしたレアルはそんな事を言った。
シスネに負けたとは言え、相手は女性だ。まず負けないと踏んだのだろう。
また、何も言わずに手加減をするのは彼の美学に反するようで、しっかりはっきりとレアルは宣言した。
セレッソが手を組むと、苦笑しながらローロは二人の手の上に、己のそれを乗せる。
「いいかい? それじゃあ、行くよ。レディ――――――ファイッ」
ぱっとローロが手を放すのと、レアルの手がテーブルにガンと音を立てて倒れるのはほぼ同時だった。
隊舎の中に静寂が訪れる。
きょとんとした顔でレアルは自分の手と、テーブルと、セレッソを見た。
セレッソは空いている左手を頬にあてて、うふふと笑った。
レアルもまた左手の指の先を額に当てて、動揺を隠すようにフッと笑う。
「今のは練習だ。次が本番だとも。ローロ」
「ええ、もちろんですわ! 何事にも練習は大事ですもの!」
「えっあ、う、うん?」
声を掛けられてはっとしたローロは、組み直された二人の手の上に再びその手を置いた。
そうして、一度深呼吸をする。
「それじゃあ、もう一本。レディ――――――ファイッ」
ぱっとローロが手を放す。
今度は直ぐには倒れなかった。
もっとも言葉通り『直ぐには』ではあるが。
「ぐっ!?」
数秒もしない内にレアルの手の甲はテーブルへと沈む。
レアルは自分の手をしばらく凝視した後、そっと組んでいた手を放した。
そして優雅な動作で立ち上がり、肩に掛かった髪をフアサと払ったかと思えば、
「待ちたまえ!何故このボクがキミに腕相撲で負けるのだよ!?」
勢いよく両手をテーブルについて叫んだ。
「わたくし、腕相撲はちょっと自信がありますもの」
「ちょっと!? 大の男に勝てるくらいがちょっとか!?」
「でもレアルさん、シスネさんにも負けたんですわよね?」
「十五を過ぎれば子供ではない! 大人だ!」
「あれ、シスネが入った時って確か十三じゃなかったっけ」
途端に賑やかになった隊舎の中で、その様子を半目になりながら見ていたシスネはベナードを見た。
「作家ですよね?」
「逞しいねェ」
ベナードは楽しげに腕を組んで頷いている。
確かに逞しいが、女性に対する褒め言葉としては適切なのかシスネは少し悩んだ。
「認めん! 認めんぞ! ボクよりも腕力の強い隊付き作家など、絶対に認めん!」
「手加減はしていたんだろう?」
「していたが何か!」
レアルが言うならば、多少なりとも本当に手加減をしたのだろう。
一度目は余裕もあったし、相手を見くびってもいたのだろう。
だが二度目も負けた。手加減をしていたとしても一度目程ではないはずだ。
若干涙目になっているレアルをローロとルシエが必死に宥めている。
「ベナード隊長! ボクは隊付き作家など認めない!」
「さっきとは話が正反対じゃねェかい」
「大体、腕も分からないような作家を、試用期間とは言え招き入れるのは如何なものか!」
「確かにそうだが、腕は見ただろ?」
「そっちの腕ではないよ!」
「大人気無い……」
「何だと!?」
騎士相手ならまだしも、職業が作家と名乗る相手に負けたのだ。
レアルは相当悔しかったのだろう。完全にへそを曲げてしまっている。
セレッソはと言うと、先程までの歓迎ムードから一転した雰囲気に落ち込んで――――
「分かりましたわ!」
――――などおらず、むしろ目を輝かせてドンと力強く胸を叩いた。
「障害があるほど燃えますもの! レアルさん! どうしたらわたくしを認めて下さるか、仰って下さいな!」
「は……」
どうやらセレッソは逆にやる気を出したようだ。
その言葉にレアルも少しは落ち着きを取り戻したらしく、大げさに咳払いをした。
「フン、ならばボクから課題を与えてやろう、作家よ。この課題がこなせれば、キミがうちの隊の隊付き作家になる事を認めよう」
「レアル、勝手な事は……」
「構わねェよ、あのお嬢ちゃんもやる気だしな」
レアルを咎めようとしたシスネを止めて、ベナードは続きを促す。
レアルの言っている事も、私怨を取り除けば間違っているわけではないのだ。
ちゃんとした物が書けないならば、雇う必要はない。例え給料が当面はいらないと本人が言っていても、だ。
「どーんと来いですわ!」
「その意気やよし。いいか、良く聞け。キミに出す課題は……魔法だ!」
「魔法?」
セレッソが首を傾げ、騎士達は揃って目を張った。
「あの馬鹿……作家関係ないじゃないですか……」
シスネが苦々しく呟く。
ローロとルシエも困ったような顔になり、ベナードも軽くため息を吐いた。
だがレアルは全く気にした様子もなく、びしりとセレッソに指を突きつける。
「期限は三か月、キミの試用期間が終わる日までに魔法を使ってみせること。これが課題だ!」
そう言い放ったレアルに、臆さずセレッソは胸を張る。
「上等ですわ!」
魔法でも何でもやってやろうじゃないか。
意地悪くニッと笑ったレアルに負けじと笑い返して、セレッソは力強く頷いた。




