ぶっちぎりの一番
セレッソはエスパルダの鍛冶屋を出た後、すぐに宿には戻らずに、コンタールの町をぶらぶらと歩いていた。
エスパルダから出された課題である「心を動かすような素材」について考えているのだ。
鍛冶屋のエスパルダが言うのだから、その素材とは武器の、という事になるだろう。
しかしセレッソは、武器に使われる素材についての知識は乏しかったのだ。
武器の素材や材料と言われて、まず思い浮かべるのは鉄や鋼といった金属だ。次いで、木などの木材。
その辺りはセレッソにも浮かんだ。だが、問題はここからだ。
鉄や鋼、木、そう言った素材の何が武器に適しているのか、量はどのくらいか、そしてエスパルダの心を動かすのか。
一概に素材と言っても、選択肢は多数存在していた。
意外と難しい課題だったのである。
「鉱石に、木材、火の絡みも含まれるのかしら……うーんうーん」
「何やってんだ、セレッソ」
セレッソがそんな事をぶつぶつと呟きながら歩いていると、後ろから声を掛けられた。
振り向くと、そこには見回り中のベナードとシスネの姿があった。
二人の――特にベナードの――顔を見たセレッソは、パッと表情を明るくして、お決まりの言葉を叫ぶ。
「ベナード隊長! 婿に!」
「おう、こんにちは」
「いや、挨拶になるんですか、それ……」
シスネがこめかみを抑えて、呆れたようにため息を吐く。
いつも通りのやり取りは、スルーを通り越して、挨拶の域に達したようだ。
求婚と書いて挨拶と読む光景は実に奇妙だが、残念ながらここ数か月の間に、コンタールでは日常となってしまっている。
コンタールの町の住人達からは、セレッソのベナードへの求婚は「今日も元気だねぇ」くらい溶け込んでいる。
たまに他所の町の人間がやってきて、驚く姿が逆に新鮮なくらいだ。
どちらにせよ、元凶はセレッソなのだが。
「シスネさんもごきげんようですわ!」
「はい、こんにちは。セレッソさん、どうされたのですか? 先ほどから、鉱石とか、木材とか仰っていましたが……砦でも作るのですか?」
シスネにも元気いっぱいに挨拶すると、そんな返事がやって来た。
砦。
真面目な顔でシスネはそう言った。
セレッソは、素材といって何故砦に結びつくのかサッパリ分からないので、首をぶんぶん横に振る。
「砦は作りませんの!」
「そうですか、失礼しました。前々から作りそうだなと思っていたのですが……」
「シスネさんの中のわたくしは、どんな人物なのか詳しく」
セレッソも思わず真面目な顔になってシスネに聞き返した。
聞き間違いでも、ボケでもなかった。シスネは真面目にそう思っていたらしい。
砦を作りそう、とは、また作家とはかけ離れた評価である。
何をどうしたらこんな評価となったのか。だんだんと明後日の方向へ築かれ始めた自分の像に、さすがのセレッソも心配になった。
だって作家だし。ゆくゆくはベナード隊長を婿に貰う(予定)だし。どちらかと言うと家庭的な将来設計をしているはずなのに、現実は野性的なアグレッシブさに傾いてきてしまい、セレッソは「おかしい、こんなはずでは」と頭を抱えた。
だが、まぁ、それはそれ、である。
言われた一瞬で色々考えたが、そちらの評価は一朝一夕でどうにかなるものではない。
なのでセレッソは、訂正やら修正をあっさりと諦めた。
それは今後の課題にするとして、今は抱えている悩みを相談する事にした。
「実は今、武器の素材を探しておりまして」
「武器?」
「やっぱり砦関係ですか?」
ベナードとシスネは揃って首を傾げた。
確かに武器と言って砦へ繋がるのは分からないでもない。
だが、やっぱりでも何でもないのだ。
どこか納得したようなベナード達に、セレッソは「違いますの!」と口を尖らせ、簡単に経緯を説明した。
「……なるほど、エスパルダの親父か。良く受けてくれたなァ」
「うふふ。まだまだこれからですけれど」
そう、まだまだこれからだ。むしろここからが長いのである。
それでも感心するようなベナードの声に、セレッソは少し嬉しくなってにこにこ笑った。
だがシスネは、二人とは正反対に心配そうな顔になった。
「あ、あの、セレッソさん。エスパルダさんは……」
「ええ。七年前に命を落とした騎士様のお父様、ですわよね」
「……知っていたか」
「はい。家族が誰か、どこに住んでいたか、までは分かりませんでしたけれど」
セレッソは頷いてそう言った。
シスネは僅かに目を伏せる。ベナードはセレッソがそう答える事を予想していたのか、あまり驚きはなかった。
「そうか。……親父、どうだっだ?」
「ベナード隊の奴に作る武器はねぇ! って言われましたわ」
「だよなァ」
「隊長……」
「でも、ちゃんとお話を聞いて下さる方でしたわ。サウセさんも慕っておりましたし」
サウセの名前を聞いて、ベナードが目を瞬いた。
「サウセを連れていったのか?」
「レアルさんからアドバイスを頂きまして」
「なるほど。……それでも、親父を説得するなんて、よく頑張ったな」
「わたくし、諦めが悪いのですの!」
「ああ……」
セレッソが力強く答えた途端、二人は揃って遠い目になった。
解せぬ、とセレッソは頬を膨らませる。
「そこで遠い目にならないで下さいな!」
「悪ィ悪ィ。だけど、そうか。……そうか」
ベナードは苦笑しながら謝った。
そんなベナードは、セレッソには心なしか嬉しそうに見えた。
「あの、セレッソさん。その……どうして、わざわざエスパルダさんに頼んだのですか?」
「武器が欲しかったんですの!」
「それだけ、ですか?」
「あとは、わたくしの個人の事情ですわね」
「事情?」
「ええ。どうしても、お会いしたかったんですの」
セレッソがにこりと微笑む。
シスネは少し首を傾げたが、ベナードは何となく分かったようだ。
「というわけで、武器の素材が必要なんですの!」
「素材なァ……素材つっても、色々あるぞ」
「そうなんですよねぇ……」
二人は腕を組んで唸った。
そんな二人を見ながら、シスネは顎に手を当てて少し考えた後、言った。
「うーん……その素材で、セレッソさんの武器を作るんですよね?」
「そうだと思いますわ」
「それならば、まずセレッソさんが、どういう武器を望むかを考えないと、ですね」
「わたくしが、ですか?」
「ええ。今の話を聞く限り、オーダーメイドになりそうですし。それならば、セレッソさんが欲しいと思う武器から、素材を考えた方が早いと思います」
シスネは人差し指をピンと立てて話を続ける。
「例えば、どんな武器にするのか、重い方が良いのか、軽い方が良いのか。強度や刃の厚さはどうか。斬れ味重視か、打撃重視か。そういうものをピックアップして、そこから必要な素材や、それに近く効力を持つ素材を探すのが良いと思います」
シスネの言葉にセレッソは目から鱗が落ちた。
確かに、自分で使うという事を前提に考えれば、選択肢もその分絞る事が出来る。
セレッソはポン、と両手を合わせると、嬉しそうに頷いた。
「なるほど……! 奇をてらった物でなくとも良いんですのね!」
「どんな物を渡そうとしていたのか気になるが……だが、まぁ、そうだな。面白い素材自体には興味はあるだろうが、親父は職人だ。品質も重要だと思うぞ」
「確か隊舎に、コンタール周辺の植物や鉱石について、まとめた資料があったはずですよ」
「見せて頂いても?」
「ああ、構わんぞ」
「やったー! ですわー!」
セレッソは両手を挙げて喜ぶ。
その嬉しそうな様子に、ベナードとシスネもつられて笑ったのだった。
隊舎に戻ったセレッソ達は、資料室にいた。
コンタールは田舎町ではあるものの、それでも資料の数は多い。ぎっしりと詰まった本棚を見て、一人より早いだろうと、ベナードとシスネも資料探しを手伝ってくれていた。
途中でシスネが「作業部屋にも資料があったような」と、隣の部屋に探しに向かっている。
資料室の隣は作業部屋となっており、奇妙な事になったセレッソの戦斧を調べたのもここで、主にルシエが使用していた。
「資料室はいつもしまうばかりで、こうして何かを調べに入った事はなかったですわねぇ」
「まぁ、コンタールでは事件らしい事件は少なかったからな」
セレッソとベナードは話ながら、棚の資料を読んで行く。
綺麗に整理し、まとめてあるとは言え、目当ての資料はなかなか見つからない。
だが、セレッソは意外と楽しんで資料を探していた。数か月ここで過ごしている内に、コンタールを好きになっていたセレッソは、この町について書かれた資料を読めることが純粋に嬉しいのだ。
そんな中、ベナードがふと、セレッソの名を呼んだ。
「ところでセレッソ、一度ちゃんと聞いてみたいと思っていたんだがな」
「何でしょう?」
「コンタール山でも聞いたんだが……お前は俺のいったいどこが良いんだ?」
突然のコイバナフラグに、セレッソはバッと勢いよく顔を向けた。
「これは進展の兆し!」
「それは横に置いといて」
「またフラれましたわー!」
そして唐突にへし折られたフラグに、セレッソは叫んだ。相変わらずのやり取りをしながら、ベナードは続ける。
「俺なんかを婿に貰っても、デメリットしかねェぞって話だ」
「メリット云々で、人付き合いはしませんわ」
「それはそうだけどよ。自分で言うのも何だが、世間の評判は最低だし、出世も打ち止め、あと背も低いしよ。良い所ねェんだから、お前はもっと、同年代くらいの奴とそういう話した方が良いんじゃないかと思ってな」
「……身長、気にされていたんですの?」
「……」
セレッソの問い掛けに、ベナードはサッと視線を逸らす。
「まぁそれはともかく」
そしてさらっと誤魔化した。気にしているようだ。
今まで見た事のなかったベナードの一面に、悪いとは思いつつも、セレッソはにこにこ笑顔になる。
ベナードはしまった、という顔をしながら、それでも何事もなかったかのように話を続けた。
「ほら、ヒラソールとか、サウセとかさ。仲良いだろ?」
「仲は良いですけれど、友達としてですわ。それに、何がどうとかじゃありませんの」
言葉の意味が分からず、ベナードは首を傾げた。
そんなベナードに、セレッソは胸を張って言う。
「ベナード隊長は、わたくしの一番なんですの。どうとか、どれとか、そういう話ではなくて、ぶっちぎりの一番なんです。ベナード隊長に好きな人が出来て、結婚して、幸せでしたら、諦め……諦め……諦めますけれど」
最後の方は言いたくなさそうなセレッソに、ベナードは「すげぇ溜めたな」と思いながら、小さく笑っていると、
「片思いなら、良いでしょう?」
セレッソは両手の指と指とを合わせて、ふわっと微笑んだ。
その笑顔に、ベナードは思わず息を呑む。
「――――セ」
「あ、あった! セレッソさん、資料、ありましたよ!」
ベナードが何かを言いかけた時、隣の部屋からシスネの呼ぶ声が聞こえてきた。
どうやら目当ての資料を発見したようだ。
セレッソはバッと顔を向け、目を輝かせた。
「シスネさん、さすがですわ! ベナード隊長、ちょっと行ってきますわね!」
「あ、ああ……」
セレッソはそう言うと、隣の部屋へ元気よく走って行った。
ベナードはそんなセレッソを、ややぎこちない笑顔で見送ると、下を向いて手で口を押える。顔も少し赤くなっていた。
「…………」
手の下で口は動くものの、言葉は出て来ない。ベナードにしては珍しく動揺した様子だ。
「…………まいった」
何とかそれだけしぼり出すと、ベナードは脱力したように床にしゃがみ込んだのだった。




