閑話 鍛冶屋のサガ
セレッソとエスパルダの話が終わったあと。
エスパルダに見送られ、二人が鍛冶屋を出ようとした時に、不意にサウセが呼びとめられた。
「おいサウセ、依頼はこれで終わりか?」
「え? ええと、どうだったかな……」
サウセは視線を彷徨わせ、曖昧に答える。まさか呼びとめられるとは思わなかったからだ。
そしてこのタイミングで呼びとめられるという事は、サウセにとってはあまり良くない想像がするっと浮かんでしまった。
サウセは内心冷や汗をかきながら、助けを求めるようにセレッソの方を向く。
「わたくしの依頼の方は、ひとまず大丈夫ですわっ」
だがしかし、返って来たのは無情な答えだった。
セレッソにしてみれば気を利かせたのだろうが、今回は逆効果である。
サウセは心の中で、
(空気読んで!)
などと叫びながら、強張った笑顔を浮かべる。
そしてセレッソは「ごゆっくりですわ!」などと言い、手を振って帰って行った。
取り残されたサウせはやけっぱちで手を振り返す。
そんな彼に、エスパルダは再び声をかけた。
「おい、サウセ」
「ひい!」
思わず悲鳴が出た。相当怖かったらしい。
エスパルダはこめかみを抑えるとため息を吐いた。そしてちらちらと周囲を警戒しながら、言いにくそうな顔で言う。
「別に怒りゃしねぇよ。呼びとめたのはそういう事じゃねぇ。……ちょっと聞きてぇんだが、あいつはどんな武器を使っているんだ?」
「え?」
サウセは思わず聞き返した。
あいつ、というのは、セレッソの事だろう。
「セレッソの武器なら戦斧だけど」
「戦斧か……コンタールの女共には、斧系が流行ってんのか?」
二、三度頷くと、エスパルダは苦笑してそう言った。
和らいだ雰囲気につられてサウセも笑う。
「だよな、思うよな? カトレーヤもハルバートだろ?」
「お前らが少したくましさを見せた方が良いんじゃないか? カラバッサみたいによ」
「冗談! 両手剣なんて振り回せねーよ!」
「ははは」
エスパルダは明るく笑う。その笑顔を見て、サウセはほっとした。エスパルダの笑顔を久しぶりに見たからだ。
「セレッソだったか、あいつの戦斧はよ、盗まれるほどの名品なのか?」
「何だよ親父、気になってんじゃん」
「うるせぇ鍛冶屋のサガだ。依頼を受けるのは別問題」
フン、と鼻を鳴らすエスパルダに、サウセは「仕方ねぇ親父」と笑う。
そして指で頬をかくと、セレッソの戦斧について説明を始めた。
「あの子の武器はごくごく普通の戦斧だったよ。まぁ最近ちょっと変な事になっていたけどさ」
「変な事?」
「魔力を込めると氷がぶわっと出てくる」
「…………は?」
エスパルダの目が点になった。
その反応は無理はないだろう。普通、この世界の武器はそんな事にはならない。
魔法があったとしても、それ自体が細やかな存在であるこの世界では、そんな奇妙な事になる事はなかった。
「まぁ、冬の討伐の時に色々あったんだよ」
「色々あって何がどうなったら戦斧がそんな事になるんだよ。ちくしょう、見てぇ!」
エスパルダは両手を拳にし、唸る。
素直にそう言えば良いのにと、サウセは苦笑した。
「盗まれたから無理だよ」
「盗人のヤロウ……」
「セレッソだったら、頼めば見せてくれると思うけどさ。戻って来たらだけど」
言いながら、サウセはその様子を想像する。
セレッソはそういう時に出し渋る人間ではない。頼めばきっと二つ返事で見せてくれるだろう。
そんな事を考えていると、
「やけに肩を持つじゃねぇか。もしかして惚れたか」
などと、エスパルダがニヤッと笑った。その言葉にサウセは嫌そうな顔になる。
「ぇえ……あいつ結婚すると面倒くさそう……」
「何で唐突に結婚に結びつくんだよ。だからお前は彼女が出来ねぇんだよ」
「か、関係ねぇし!? ちくしょー俺だっていつかエスパルダの親父みたいに胸が大きくて美人の奥さん……」
言いかけて、サウセは「あっ」と口を押えた。
そしておずおずとエスパルダを見上げ、尋ねる。
「……あの、さ。マノさんの具合、どう?」
「今は落ち着いているよ。クラル先生も安静にしていれば問題ないってな」
「そっか」
マノというのはエスパルダの奥さんの事だ。数年前から体を崩し、コンタールの診療所に入院している。
サウセもよく見舞いに行っているのだが、年々具合は悪くなっていく一方だった。
だからエスパルダの話を聞いて、サウセほっとした。だが、それと同時に、別の心配も浮かんでくる。
入院するにもタダではない。費用がかかるのだ。だからこそ、サウセはエスパルダが仕事をしていないのが、とても心配だった。
「親父、本当に生活、大丈夫なんだよな?」
「平気だって言ってんだろ。心配すんな」
「心配するよ! だってもう七年だぜ、何で武器を打たなくなっちまったんだよ!」
サウセは声を張り上げる。その勢いに、エスパルダは思わず口を閉じた。
そう、エスパルダが仕事を止めたのは七年前だ。七年前、つまり、ベナード隊に負け犬隊という汚名のついた、あの事件があった年である。
押し黙るエスパルダに、サウセは言い募る。
「なぁ本当の事、言ってくれよ。俺もアベートも、親父の力になりたいんだよ!」
必死なサウセの言葉に、エスパルダは少し目を細める。まるで何かを堪えるかのような様子だった。
少しの沈黙のあと、エスパルダはその大きな手を、サウセの頭にポン、と置いた。
「ありがとよ。だが、本当に大丈夫なんだ」
「…………分かった」
穏やかな笑顔だった。だが、それが拒絶のものであるというのは、サウセにも伝わった。
まだ言い足りないサウセではあったが、これ以上言ったところで、エスパルダが何も答えてくれない事を理解し、肩を落とした。
そしてそのままエスパルダの鍛冶屋を後にしたのだった。
サウセの姿が見えなくなってから、エスパルダは鍛冶屋の中に戻った。
そして、ふと、仕事場の隅に置かれたハンマーを手に持った。
ぐっと眉を寄せ、武器を打つ時のようにハンマーを振り上げる。
だが、振り下ろせなかった。打てなかった。
「…………」
火の無い炉、冷えた鍛冶道具。かつての熱の欠片も感じさせないそれらの前で、エスパルダは再びハンマーを置いた。
そしてちらりと視線を上げる。
彼の目の先にあるのは写真立てだ。中の写真にはエスパルダと、彼の奥さんであるマノ、そして息子が映っている。
エスパルダはそこへ近づくと、写真立てを手に取った。そしてマノと息子を手で撫でる。ただただ苦しげに、その目が伏せられた。
その時、鍛冶屋のドアがノックされた。
エスパルダは顔を上げると、写真立てを伏せて歩き、ドアを開ける。
「何だ、あんたか」
そこにいたのは大柄な男だった。エスパルダよりも背が高い。
大柄な男は「ご挨拶だな」と笑うと、中へ入った。
「今度は何の様だ? 武器の研ぎ直しなら、この間あの小僧に渡したぞ」
「いや、今回は別件だ」
男は首を横に振ると、スッと戦斧を差し出した。
それを見てエスパルダが肩をすくめる。
「なんだ、また戦斧かよ」
「また? 戦斧は今回が初めてのはずだが」
「ああ、いや、こっちの話だ。で、これをどうすれば良いんだ?」
「いつものように研ぎ直しを頼みたい。本音を言えば剣に打ち直しては貰いたいが、出来ないのだろう?」
「…………」
エスパルダは答えない。無言の返答に男は小さく笑った。
「いつまで引き摺っているつもりだ?」
「うるせぇ、あんたには関係ねぇだろう」
「まぁ、それはそうだな」
男は肩をすくめると、エスパルダにお金の入った封筒と、紙袋を手渡した。
「これがこの間の代金と、薬だ」
「ああ。……すまねぇな」
「気にするな、こちらの無理な依頼を受けて貰っている礼だ」
エスパルダは受け取った封筒と紙袋を大事に持つと、男を見る。
「出来たらいつものように連絡すりゃあいいんだな?」
「ああ。レスカテが取に伺う予定だ」
「分かった」
頷くエスパルダに、男はふっと、思い出したように言う。
「……ああ、そうそう、忘れるところだった。その戦斧だがね、少々奇妙な所があるんだ」
「奇妙?」
「魔力をもったものを近づけると、刃の周辺に氷が発生する。大丈夫だとは思うが、気を付けてくれ」
男の言葉にエスパルダの表情が変わった。
「…………氷だと?」
「ああ。面白い武器だろう?」
含むところなどない素振りで男は言う。
戦斧に、氷。その二つの言葉で、 エスパルダの脳裏にセレッソの顔が浮かんだ。
「…………おい、イルシオンさんよ。あんた、これをどうやって手に入れた?」
「どうとは?」
そう尋ねると、今度はイルシオンと呼ばれた男の目が探るような色を宿す。
良くない話題だ。
咄嗟にそう判断したエスパルダは、誤魔化すように大げさに言った。
「こんな面白そうな武器どこに売ってんだよ! 他にも色々あるんだろ? ちくしょう、見てぇ!」
「ははは、そこは企業秘密だ」
「くそう」
「では、よろしく頼むよ」
「ああ、分かった」
イルシオンはそのまま鍛冶屋を出て行った。
機嫌良いフリで彼を見送ったエスパルダは、戦斧に目を落とす。
そして、困惑した顔で、
「…………どういう事だ?」
と呟いた。




