ベナードの関係者
時計の針がそろそろ十二時を指す頃。セレッソとサウセは鍛冶屋の奥にある居間に案内されていた。
そこは仕事場の硬派な雰囲気とは正反対に、大変ファンシーな空間だった。居間に入ってまず目に飛び込んで来るのはベージュとイエローを基調とした内装だ。そこに可愛らしいデザインの家具や、大・中・小と大きさの様々なぬいぐるみが置かれている。家具やぬいぐるみのデザインには、アルディリアから南のニンナナンナ共和国付近の海で見られるクジラという生き物がモチーフになっている。デフォルメされたかわいいものがほとんどだが、中にはやけにリアリティにこだわったデザインのものも混ざっており、独特の雰囲気を醸し出していた。
「かわいいですわ! サウセさん、クジラ! クジラですのよ!」
「そうですね、クジラですね……」
目を輝かせてはしゃぐセレッソの隣で、死んだ魚のような目をしたサウセが相槌を打つ。本来ならば芸術関係の代物を前にすればサウセも目を輝かせるはずなのだが、今の彼の精神状態はそれどころではないらしい。セレッソは少し心配になって「大丈夫です?」とサウセに声を掛け、サウセは力なく頷いてそれに答えた。
もっとも主な原因はそのセレッソではあるのだが。
「お前ら、きょろきょろしていねぇで、とっとと座れ」
そんな二人に、呆れ顔をしたエスパルダが座るように促す。セレッソ達は素直にそれに従って、並んで椅子に座った。
エスパルダはちゃんと二人が座ったのを見届けてから台所へと向かう。カチャカチャと食器の音がしたかと思ったら、少しして、エスパルダが湯気の立つティーカップを三つトレイに乗せて戻って来た。これまたクジラのデザインである。クジラ好きなのかな、とセレッソが思っていると、エスパルダはそのカップをそれぞれの前に置いて、二人の向かい側に座った。
「――――で、話だけは聞いてやるが、何で武器が欲しいんだよ」
椅子に座って直ぐに、エスパルダはセレッソにそう問いかけた。
さて、時間は少し遡るが、つい先ほどまで、セレッソとエスパルダは睨み合っていた。
セレッソは笑顔で、エスパルダは不機嫌顔で。最初のうちは多少なりとも言葉でのやり取りがあった二人だが、途中からピタリと黙ってしまった。話し合う余地がないとか、話す必要がないとか、そういう事ではなく、ごくごく単純に、それぞれが言うべき言葉や言える言葉を言い尽くしたからだけである。
お互いの事を良く知らない二人である。普通の会話ですらそういう事が起こるのだから、良く考えればこうなる事は予想できた。
(だがそれは俺が予想する事ではないよな!)
そんな二人に向かって心の中で叫んだのはサウセだった。
立ち位置としては第三者のサウせは、この状況に頭を悩ませていた。何といっても、どちらも動かないし、引かないのだ。話すことがなくなっても無言で睨み合ったまま微動だにしない。
動いているのは時計の針だけだ。何一つ進まない状況の居心地の悪さはこの上なかった。
(こいつら、どっちもすげぇ負けず嫌いだろ……)
無言の時間はサウセをその結論に導いた。第三者ではあるものの、サウセは二人の事をそれなりに知っている。
そう、負けず嫌いなのだ。
このままではどちらも動かない。そしてどちらも動かなければ自分も帰ることが出来ない。
それを理解したサウセは、とある行動に出た。
「お二方」
まずは呼びかける。だが反応はない。
サウセは左手で腹を抑え、右手を挙手し、続ける。
「腹が、減りました」
しかし二人は動かない。それでもめげずにサウセは繰り返す。
「腹が、減りました」
静かな空間でサウセは延々と空腹を訴え続けた。カチコチと針の進む音がやけに耳に響く。サウセはだんだん自分が何をしているのか分からなくなってきた。
もちろんサウセは単純に空腹を訴えただけではない。人間は空腹になれば怒りやすくなったり、思考が狭くなるものだ。だから腹に何か物を入れれば多少は穏やかな会話が出来るのではないか、と思ったのだ。
だがしかし二人はなかなか反応をしてくれない。結果的に、静かな空間の中で延々と空腹を訴える自分、という構図が発生したのだ。
サウセは何だか虚しくなってきた。
だがサウセは繰り返した。もはや自棄だった。
そしてしばらく経った後、根負けしたのはエスパルダだ。エスパルダは深くため息を吐くと「仕方ねぇ」と言いながら、二人を奥の居住スペースに案内してくれたのだった。
今から少し前の事を思い出しながら、サウセはエスパルダの淹れてくれたミルクティーに手を伸ばした。
普通の依頼よりも疲れたような気がする。そんな事を思いながらサウセはミルクティーに口をつけた。ほんわりとした優しい甘さが舌の上に広がって、ほんの少し表情が緩む。
(俺、ちょう頑張った……今日もう仕事終わりでいいんじゃね? セルヴェーサとか飲みたい)
ある意味願いも籠っていたが、残念な事に彼の依頼はまだ終わらない。依頼主であるセレッソの話はまだまだこれからなのだ。
だが、まぁ、とりあえずここまで何とかしたのだ。だからしばらくは事の成り行きを見守っていよう、そう思ってサウセは静観を決め込んだ。
「――――で、話だけは聞いてやるが、何で武器が欲しいんだよ」
そう問いかけたエスパルダの表情は相変わらず不機嫌そのものである。しかし先ほどとは違い、聞く意思はあるようだ。
セレッソは頷くとテーブルの上に手を組み、理由を話し始めた。
「実は先日、わたくしの武器が盗まれてしまったんです」
「へぇそいつはお笑い草だろ。騎士隊の隊舎に泥棒なんて、警備がザルにもほどがある」
エスパルダは鼻で笑う。言われてみれば確かに情けない話である。
けれど騎士隊の隊舎もセレッソの部屋も鍵はしっかり掛けてはいたし、元を正せば悪いのは盗みに入る方だ。そうは思ったがセレッソは言い返さずに続けた。
「それでわたくし、扱える武器がなくなってしまいまして。それで武器を用意したいと思いましたの。……その、取り戻せないかもしれませんし」
最後の方はセレッソも少しだけ目を伏せた。
原稿がボロボロにされた事の印象が大きくて、あまり口にはしなかったが、戦斧が盗まれた事もセレッソはそれなりにショックではあった。
七年前の事件以来、身を守る方法を学び始めた時から愛用しているものなのだ。冬の討伐の一件で妙な事になってしまってしまい、使う事が出来なくなってしまったとしても、大事にしているものが手元に残らないというのはやはり悲しい。
戦斧が普通ではなくなっている、という事はエスパルダは知らないだろうが、武器自体にセレッソが思い入れがあるという事は彼にも気が付いたように見えた。
だが、それはそれ、これはこれだ。エスパルダは小さく息を吐くと、
「最初に言ったが、俺はお前の依頼を受ける気はない。ベナードの関係者に作ってやるもんはねぇよ。それ飲んだら帰れ」
と、改めて断った。ベナードの、という部分に妙に感情が籠っているようにセレッソには聞こえた。恐らくベナードの関係者である事と、それに次いで教会での事が依頼を受けて貰えない原因なのだろう。
だがしかしセレッソは諦めなかった。
「どうしたら作って下さいますか?」
「だから俺は作らねぇって言ってんだよ。そこで『どうして』なんて言える事が驚きだ。お前の依頼じゃ作らねぇ、何度言われても同じだ」
エスパルダが呆れてそう言うと、セレッソは「うーん」と唸った後で、頬に手を当てた。
「では、他の方を通しての依頼でしたら?」
「…………」
エスパルダは絶句した。そしてこめかみを抑え、深くため息を吐く。
「お前は理解するっていう言葉を一体どこに放り投げたんだよ……。俺は作らねぇって言ってんだろ、いい加減しつこいぞ」
「しつこいのはわたくしの専売特許ですわ!」
いよいよエスパルダは頭を抱えた。
「捨てちまえ、そんな専売特許! 大体、何でそんなにこだわるんだよ、他所の町から取り寄せるなり何なりすりゃいいだろ」
「あーそれ、俺がもう聞いたよ。輸送費とか、移動費とか、何かとコストが掛かるんだってさ」
二人の会話を聞いていたサウセが、苦笑しながら言った。エスパルダは半眼になってセレッソを見る。
「あのなぁ……せめて俺の武器が良いとか、俺の武器じゃなきゃ駄目だとか、そういう理由を引っ張れよ。何だよそのコストって、ふざけてんのか」
「ふざけてなどいませんわ。大事ではありませんか、コストって。例えば本を作るにしても、挿絵をどれだけ入れるか、挿絵をカラーで印刷するか白黒で印刷するかで、大分経費が違いますもの。利益を度外視して趣味に走った商品で大赤字なんて洒落になりませんわ」
「何の話をしている」
「コストのお話ですわ!」
力強く答えるセレッソだったが、答えになっていない。そして武器の話から大分遠ざかり始めている。
サウセから「コストじゃないだろ」とツッコミを入れられ、セレッソはハッとした顔になる。
「あ、べ、別に武器の値段自体がどうこう言っているわけではありませんわよ? 出来上がった品物に対して、相応の対価を払うのは当然ですもの!」
そして、大慌てで手をぶんぶん振った。
もしかしたら武器が安そう、などというニュアンスで伝わってしまったかもしれないと焦ったからだ。
何とも微妙な顔のエスパルダに、セレッソは困ったように眉を下げる。
「でも、わたくし、エスパルダさんの作られた武器は見た事がありませんから。知らない事をさも知っているように話すのは失礼だと思いましたの……」
「――――」
エスパルダは驚いたように少しだけ大きく目を開いた。そしてがしがしと頭をかいた。
「……お前、要領が良いように見えて、要領が悪いだろ。おだてでもすりゃあ、万が一があったかもしれねぇとか考えねぇのか」
「万が一、ありまして?」
「ない」
「うぐう……」
スパッと言い切られ、セレッソが呻く。それでもまだまだめげなかった。
「……わたくし、万が一の時のために武器は欲しいですけれど。交渉上でのそういうやり方で得た万が一は好きじゃありませんわ」
むう、と口を尖らせながら言うセレッソに、エスパルダの尖った雰囲気がほんの僅かだが和らいだ。
「ああ、なるほど。……まぁ、お前が面倒くさいっつーのは分かった」
「め、面倒くさくありませんわ!? ありませんわよね!?」
言いがかりだとセレッソが同意を求めるようにサウセを見る。サウセはセレッソに何とも生温かい眼差しを向けていた。
「ソウデスネ」
しかもカタコトでそう言われた。セレッソはガーン、とショックを受けて「面倒くさくないもん……」とテーブルに突っ伏していじける。
その様子がおかしかったのか、そこで初めてエスパルダが小さく笑った。
「お前は俺の作った武器を見たことがないと言ったが、コンタールの冒険者の大体は俺が作った武器だ」
「え?」
「元より依頼なんぞ全力で断るが、俺に依頼に来るならせめてそれを見てから判断しろ。全力で断るが」
「どうして二度言ったんですの! どうして二度言ったんですの!」
「お前こそどうして二度言ったんだよ」
サウセは二人のやりとりに「ぶはっ」と噴き出して笑う。くつくつとしばらく肩を震わせた後、腰から下げている自分の武器を見た。そしてそれを手で軽く撫でた後、今度はエスパルダを心配そうなに見上げる。
「なぁ、エスパルダの親父。どうしてもダメなのか? 最近めっきり仕事が出来てねぇだろ? 生活費とか大丈夫なのかよ。奥さんだって……」
「サウセ」
サウセが言いかけた言葉を遮って「それ以上言うな」とばかりに、エスパルダが強く言った。拒絶の色が強い。サウセはぐっと言葉に詰まった。
「お前が心配するほど困っちゃいねぇよ。今までの蓄えもあるしな。それに、もし金が無かったとしても、それとこれは別の問題だ」
「だけど……」
「しつこいぞ。どうしても俺に武器を作って欲しいってんなら、俺の心を動かすような素材でも持ってこい」
「分かりましたわ!」
エスパルダから出た言葉に、セレッソは元気に手を挙げた。セレッソの目は新しい糸口を掴んだと目がキラキラと輝いている。
エスパルダは「しまった」と口を押えたが、遅い。
「エスパルダさんの心を動かすような素材を見つけたら、武器を作ってくれるんですのね!」
「打ってくれるんだよな!」
サウセもハッとしてセレッソの言葉を後押しする。サウセとしてはセレッソをフォローするつもりで言った言葉ではなかったが、彼自身にも何やら思う所があるようだ。
「…………動かせたらの話だ」
流れで言ってしまったエスパルダは嫌そうに顔を歪める。それでも精一杯に虚勢を張って、
「はん、動かせるもんなら動かしてみやがれ」
と、鼻を鳴らして言ったのだった。




