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エスパルダの鍛冶屋


 セレッソが休暇を得てから三日後。

 出版社の建物から、一仕事やり終えた顔で出てきたセレッソは、そこでレアルと遭遇した。


「あら、レアルさんじゃありませんか」


 セレッソが声を掛けて手を振ると、レアルは足を止める。

 レアルは青い目を丸くするとニッと笑い、同じように手を振って近づいた。


「意外な所で――――というわけではなかったな。仕事かね?」

「ええ。ベナード隊の本の原稿が完成したので、渡してきた所なんですの」

「もう完成したのかね?」


 驚くレアルにセレッソは笑って頷く。


「それが、お手伝いに雇った方が優秀で」


 セレッソの言うお手伝いとは、マルグリートとピエールの事である。

 イサーク一座を心配するマルグリート達を見て、セレッソはある提案を持ちかけたのだ。

 それは自分の原稿の手伝い――――という建前でイサーク一座と同じ宿に泊まって、マルグリート達が彼等に接触しやすい場を作るというものだった。


 マルグリート達の話によれば、彼女達、もしくは他の人間がイサーク一座に接触していると、不審な人物達は寄ってこない。

 だからこそセレッソはイサーク一座が泊まっている宿に部屋を借り、原稿を書き直す建前でイサーク一座と不審な人物の接触を阻んだらどうか、と思いついたのだ。

 これは監視も兼ねているので、純粋にイサーク一座を心配するマルグリート達には悪いと思いつつ上げたセレッソの提案は、騎士隊や冒険者の護衛がつくという条件付きで採用された。

 

 なのでセレッソにとっては、原稿の手伝い自体は実際に頼みたかったものの、あくまで建前のつもりだった。

 申請した休暇を丸々使って一日中書きつづければ、一人でも何とかなるだろうとも思っていた。

 だが、セレッソが思っていた以上にマルグリートとピエールは優秀だった。

 二人の丁寧かつ速い作業速度のお陰で、予定していた日数の半分で原稿の書き直しが終わってしまい、こうしてセレッソは休暇三日目で出版社に原稿を提出する事が出来たのだ。


「こんなに早く完成するとは思わなかったので、数日は自由時間が出来ましたの」

「そうか、ならばゆっくり楽しみたまえよ。休み明けは書類の山がどっさりだ」


 書類の山と言われたセレッソは「うっ」と言葉を詰まらせた。

 テーブルの上に積み重ねられた書類の山がするりと想像出来てしまい、セレッソは頭を抱える。

 そんなセレッソを見てレアルはくつくつと笑った。


「……というのは冗談だが。そちらは大丈夫なのかね?」

「ええ、今のところは。シスネさんが時々様子を見に来てくれますし、ヒラソールさんやペーラさんも遊びに来てくれますわ」


 二人の護衛として、とセレッソは暗に言った。

 マルグリート達と歳が近く、仲の良いシスネとヒラソール、ペーラの三人ならば、さほど怪しまれないだろう、と三人が交代で護衛につけられている。

 もし追求されてもセレッソを理由に出せば良いし、そもそもイサーク一座はアルディリアでは有名だ。単にファンだから、というものでも理由にはなる。

 レアルは「そうか」と納得したように頷いた。


「それで、キミはこれからどうするんだい? イサーク一座の様子を見に行くのかね?」

「それもありますけれど……その前に、ちょっと探し物がありますの」

「探し物? 何か落し物でもしたのか?」

「いえ、その、武器屋がないかなって」


 そう言って、セレッソは肩をすくめた。

 先日、唯一の武器である戦斧(バトルアックス)を盗まれたセレッソには、今現在扱える武器が無い。

 騎士隊にも予備の武器は供えられているものの、剣か槍のどちらかだ。どちらもセレッソには使い慣れないものである。

 万が一のために武器がないと困るし、そもそもセレッソは武器を持っていないと落ち着かない。

 なので戦斧(バトルアックス)か、せめてそれに近いものを探したかった。


「というわけで武器を取り扱っているお店を探していますの。ほら、カトレーヤさんの武器はハルバートでしょう? もしかしたらコンタールで買ったものじゃないかなと思いまして」

「コンタールの武器屋か……鍛冶屋ならあるにはあるが……」


 言葉を濁すレアルにセレッソは首を傾げた。


「ボクとしては、あまりお勧めは出来ないよ」

「それは性能的な意味で?」

「いや、腕は良い。腕は良いのだが、問題は……」


 レアルは一度言葉を区切って、話す。


「コンタールの鍛冶屋は、七年前の事件で息子を失くしているのだよ」





 レアルから武器を取り扱っている店の住所を教えて貰ったセレッソは、商店街の路地の奥にやって来ていた。

 セレッソがコンタールにやって来て三か月と少しだが、来た事がない場所だった。

 商店街の賑わいから離れ、ひっそりと佇むように構えられたその店には【エスパルダの鍛冶屋】と書かれた看板が掲げられている。


「……本当に行くの?」


 セレッソのやや後ろで、サウセが気乗りしなさそうな様子でそう尋ねる。


「ええ、もちろんですわ!」


 セレッソは力強く頷いた。

 何故サウセが同行しているのかと言うと、レアルから「行くならばアベートかサウセに付き合って貰いたまえ」と助言を受けたからである。

 なのでセレッソはエスパルダの鍛冶屋に向かう前に冒険者ギルドに立ち寄って依頼し、サウセに同行を頼んだのだ。

 サウセのこの様子を見れば分かるだろうが、本人からはかなり渋られはしたが。


「武器がないのはやはり心許ないんですの」

「ここ以外で武器を買うんじゃダメ?」

「ダメではないですけど、移動もしくは輸送のコストが」

「コスト」


 セレッソが頬に手を当てて「色々に使ってしまって」と言うと、サウセは何かしら思い当たる事があったのか数回頷いた。


「……あのさ、教会での事覚えてる?」

「教会での事と言うと、サウセさん達と初めて会った時の事ですか?」

「ああ。エスパルダの親父は……その、あの時の依頼主なんだよ」


 指で頬を書きながら、サウセは言い辛そうに話す。

 セレッソは少しだけ目を大きく開く。だがそれでも迷いはないらしく「お願いします」と頭を下げた。

 サウセはそれを見て小さく息を吐いた後、


「分かった」


 と、言うと、意を決してドアを開ける。


「こんちはー……」


 その瞬間、ビュン、と短剣が飛んで来た。


「ひい!?」


 サウセが大慌てで反対側ジャンプし、それを避ける。

 短剣はサウセが立っていた場所の近くの壁にカァン、と良い音を立てて突き刺さった。


「ちょっ、何すんだよ、エスパルダの親父!?」


 青ざめた顔で叫ぶサウセの声に、店の奥から六十歳前後の髭面の男が、のっそりと姿を現した。

 髭のせいか、目つきのせいか、なかなかに強面である。

 エスパルダと呼ばれた男はサウセを見ると腕を組んだ。


「何だ、サウセか」

「何だじゃねぇよ、危ねぇだろ!?」

「話し声が聞こえたと思ったらちっとも入ってこねぇから、どんなネズミが来たかと思ったんだよ」

「ふっざけんな! ネズミがドア開けるかよ!」


 サウセが拳を振り上げて憤慨すると、エスパルダは「悪い悪い」と謝った。

 エスパルダと話すサウセが、セレッソには何だか少し幼く見えた。


(そう言えば、駆け出しの頃にお世話になったと言っていましたっけ)


 甘えられる相手なのだろうか、そんな事をセレッソが思っていると、エスパルダと目があった。

 エスパルダはセレッソを見ると不快そうに目を細める。


「……で? 何の用事だい、ベナード隊の隊付き作家さんよ」

「セレッソと申します。初めまして、エスパルダさん。実はわたくし、あなたに武器を作って頂きたくてお邪魔しましたの」


 セレッソはスカートの裾を摘まんで挨拶をすると、ストレートにそう言った。

 思わずサウセが「おいっ」と焦ったような声を上げる。


「断る」


 エスパルダは鼻で笑って却下した。

 だがセレッソはめげずに、


「予想の範囲内ですわ!」


 と元気に言った。


「いや、予想してたならもうちょっとこう、ないの!?」

「時と場合によりますの!」


 たらり、と冷や汗を流すサウセに、セレッソは力強くそう言った。

 セレッソだってお世辞を言ったり、当たり障りのない話題から目的の話へ持って行く事だって出来る。

 だが、恐らくエスパルダに対しては、そのどれもが逆効果になるだろう、とセレッソは思っていた。

 教会での一件がエスパルダの依頼ならば彼はセレッソに対して憤りを感じているはずだし、そもそもその根底にあるのはベナード隊への怒りや恨みだ。

 そういう相手に何か言っても「頼みを聞いて欲しくて言っている」としか捉えては貰えないだろう。


「おい、サウセ」


 エスパルダがセレッソを睨んだまま、サウセを呼ぶ。

 

「そいつを連れてくるってぇのは、一体どういうつもりだ?」

「いや、その……」

「サウセさんは関係ありませんわ。わたくしが、冒険者ギルドに『コンタールで武器を取り扱っているお店に案内して欲しい』と依頼を出したんですの。それで派遣されたのがサウセさんだった、というだけですわ」


 青ざめるサウセを庇って、セレッソはそう答えた。

 この理由のためにセレッソは敢えて冒険者ギルドに依頼をして、サウセに来て貰っている。万が一、サウセ達が不利益を被らないように、と。


「へぇ、そいつは随分都合の良い(、、、、、)依頼だな」

「ええ、以前にそういう都合の良い(、、、、、)依頼を見た事があるので、真似をしてみたんです」


 にこりと笑うセレッソと、睨むエスパルダ。

 その二人に挟まれたサウせは青ざめた顔で「帰りたい……」と呟いて頭を抱えた。

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