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ロシオとイサーク一座の関係


 商談を終えたセレッソは、ロシオの病室を出て診療所の廊下を歩いていた。マルグリート達が待つ待合室へと向かうためだ。

 すれ違う人間のいない廊下は静かだ。診療所や病室とは本来そういうものであるのだが、賑やかな隊舎に慣れているせいか、その静けさがセレッソには何だかソワソワした。


 セレッソがここ(コンタール)へ来てから三か月と少し。思えば怒涛の毎日だった。

 三か月と言う長い様で短いこの時間、セレッソは様々な人々と出会った。ベナードを始めとしたベナード隊の騎士達、ヒラソールを始めとした冒険者ギルドの冒険者達。それ以外にもコンタールの住人達や、町の外から来たイサーク一座の団員達など、本当に多くの出会いがあった。

 ロシオもその一人だ。セレッソがコンタールに来た際に同じ馬車に乗り合わせていた商人。まさか、こうして再会するとはセレッソも思っていなかった。

 人の出会いは一期一会だ。もちろん長く続く関係もあるが、馬車に乗り合わせた程度、町ですれ違った程度の相手と再会する、なんて事はなかなかない。

 そんな相手と商談までする事になるとは、人の縁とは不思議な物である。


 セレッソは廊下を歩きながらロシオとの商談を思い出していた。

 あの話で決まったのは『セレッソが作った紙芝居を、ロシオが考えた商品の箱にする』というものだ。

 豆本というもの自体はには元々セレッソも興味があった、そういう形で自分の作品が使われるというのは初めての事だった。

 豆本にお菓子、どんな商品になるのだろうと、ちょっとだけセレッソはワクワクした。


「誰でも美味しい物をお腹いっぱいに食べられる世の中……か」


 商談を想い出したら、ふと、ロシオが言った言葉が頭の中に浮かんで来て、そのままセレッソは呟く。

 ロシオは誰もが美味しい物をお腹いっぱいに食べられる世の中にしたいと言っていた。そのためにアルディリアを変えるのだとも。

 彼があの場で語ったのは、彼が目指す夢の形だ。

 人それぞれに夢や目的があり、そしてその数分だけ手段がある。セレッソは今日、その事を改めて実感した。


「わたくし、まだまだですわねぇ」


 うふふ、とセレッソは笑った。

 そう、まだまだなのだ。セレッソの目的である『ベナード隊の汚名返上』はまだまだ始まったばかりなのだ。

 原稿を完成させて、本にして、そこで初めて動き出す波を乗り越えなくてはならないのだ。

 頑張らねば、とセレッソは気合を入れる。


「…………でも、ちょっとだけ気になる事があるのですよね」


 ロシオとの商談は思っていたよりもずっと楽しい時間ではあったが、その楽しさの中に気になる事もあった。

 話の最中にロシオは、


『以前に、コラソン亭で販売されているヌエースの実のパイを食べたんですが、美味しくて』


 とセレッソに話してくれたのだ。

 コラソン亭のヌエースの実のパイ。セレッソは食べ損ねてしまったが、コラソン亭の主人の作った美味しそうなパイ自体は覚えている。

 そう、あるにはあるのだ。だが問題は「それがメニューにはない」という事である。

 

 コンタールに来て三か月、ルシエに紹介されから何度も通ったセレッソは、すでにコラソン亭の常連だ。

 新メニューがあれば直ぐに飛びつくし、お気に入りのメニューだってある。財布の中身やお腹の具合と相談しながらメニュー表にかじりついた事もあるし、ちょっと高いメニューを見ては「また今度」と諦めた事もある。

 何度も何度も眺めたおかげか、コラソン亭のメニューは大体覚えていた。

 だがそこにヌエースの実のパイはないのだ。

 

 ヌエースの実のパイを注文するのは主に冒険者である。しかもとても苦いルースの実を混ぜて、行事などで使われる運試しのパイとしてだ。

 セレッソが知っている中でなら冬の討伐の慰労会くらいだろう。

 そして少なくとも慰労会の時にロシオはその場にいなかった。冒険者ギルドと交流があれば話は別だが。


「うーん……嫌な事は想像が捗りますから、ベナード隊長や支部長さん達の意見が欲しいところですわねぇ」


 唸りながら歩いていると、いつの間にか診療所の待合室へと到着した。考え事をしていると時間が経つのはあっという間だ。

 セレッソが待合室を見回すと直ぐにマルグリートとピエールを発見した。

 遠目で見ても分かるくらいに顔色は悪いままの二人の傍には、先ほど騒いでいた冒険者達の姿がある。

 どうやら元気のない二人を心配して声をかけてくれていたようだ。


「お、きたきた。ほら、お二人さん。待ち人だ」


 セレッソが戻って来た事に気が付いた冒険者がそう言うと、マルグリートはパと顔を上げた。

 その目が不安そうに揺れている。本当に何があったのだろうかと思いながら、セレッソは努めて笑顔で、


「ただいま戻りましたわっ」


 と元気に言った。

 マルグリートは立ち上がると、返答の代わりにセレッソに飛びつく。

 今までにはなかった行動に、セレッソは驚いて目を丸くした。


「どうしたんですの? 何かありました?」


 セレッソはマルグリートの頭を優しくなでながら顔を覗き込む。すると、ぎゅう、とマルグリートが抱き着く力が強くなる。

 どうしたものかとセレッソがピエールの方を向けば、彼も顔で青い顔をしていた。


「……あの人」


 ぽつりとマルグリートは声を漏らす。

 セレッソは再びマルグリートの顔を覗き込んだ。

 マルグリートはそんなセレッソに、


「あの人、ムーシカでイサークさんの所に来てた人よ」


 と、掠れる声でそう言った。





 マルグリートから話を聞いたセレッソは冒険者ギルドへとやって来ていた。

 ベナードがカラバッサと一緒にロシオの病室を訪れていた事を思い出したので、隊舎に戻る前に寄ってみよう、という事になったのだ。

 一緒だったのならばもしかしたらベナードは冒険者ギルドを訪れているかもしれない。そう思ってセレッソは先にギルドに顔を出した。

 その予想は正しく、ギルドを訪ねると直ぐに奥の部屋に案内された。部屋にはベナードとカラバッサ、そしてグルージャが向かい合って座っていた。


「ようセレッソ、こんな所でどうしたんだ?」


 セレッソの姿を見たベナードが、片手を挙げて声を掛ける。セレッソはパンッと両手を合わせてにこにこ笑い、お決まりの言葉(フレーズ)を口にした。


「ベナード隊長! 会えて嬉しいですわっ! 婿に!」

「それより、後ろの二人は具合でも悪いのか? 顔色が悪ィぜ」

「またフラれましたわー!」


 相変わらずの光景に、カラバッサは「もうそれ挨拶だよねぇ」などと笑っている。同席してたグルージャも眼鏡を抑えてくつくつ笑う。

 そんないつも通りのやり取りを終えると、セレッソとマルグリート、ピエールも椅子に座った。

 セレッソはマルグリート達の様子を気にしながら、ベナード達に事情を話す。


「なるほど、ロシオがイサーク一座と接触していた、か。そいつは確かに気になる話だな」

「ただの商売だけだったら、有り得る話だろうが……今の状況から見るとな」


 ベナードの言葉にグルージャは頷く。

 二人の言う通り、これが今の状況でなければ「へぇ、そうなんだ」で済む話である。むしろイサーク一座に接触できるくらいロシオはやり手の商人だと感心するほどだ。

 だがコンタールを取り巻く今の状況下では話は別だ。


「そう言えば、ロシオさんがコンタール山で倒れていた理由は何だったんですの?」

「お得意さんから頼まれた薬草を探して一人で山に入ったんだと」

「護衛もつけずにですの?」

「腕には自信があったとは本人が言っていたが……まぁ一応武器は持っていたみたいだぜ」


 セレッソの質問に答えながら、グルージャは床に置いてあったレイピアを持ち上げた。

 柄に繊細な蝶の細工がされた美しいレイピアだ。ロシオが扱うと聞けば納得の品である。

 だが残念な事にそのレイピアは刃が真っ二つに折れ、半分くらいの長さになってしまっていた。

 コンタール山の崖から落下した際に折れたらしい。グルージャいわく、病室に武器を持ち込むわけには行かなかったので、いったんギルドで預かっているのだそうだ。


「人は見た目によりませんわねぇ」

「それお前が言う台詞じゃねぇなァ」

「やだベナード隊長ったら!」


 セレッソは褒められたと解釈して照れている。たぶん褒めたんじゃないと思う、と他の全員が思った。

 そんな話はさておき、グルージャは先を続けた。


「ただ、コンタール山に調査に向かったレアルやカルタモ達が、ロシオの靴とは違う足跡を見つけた」

「違う足跡、ですか」

「ああ。ロシオの足跡の上を歩いていたようで、最初は気づかなかったらしい。ロシオを発見した崖下にもあったそうだ。レアルが言うにはどうも女性のものらしい」


 靴のサイズというよりは、靴の足跡自体が特徴的だとレアルは言っていたそうだ。

 女性物の靴を専門で作っている工房の作品らしい。

 レアルが紙に模写してきたものと照らし合わせて調べたところ、同じ形の物が見つかったそうだ。


「それと周囲の木の枝に積もっていた雪が不自然に落ちていたんだと。だから木を伝ってその場から逃げたんじゃないかってな」

「き、木を伝って、ですか? それはまた身体能力が凄いですわね。まるで魔法でも使った……」


 まるで魔法を使ったみたいで。

 そう言いかけてセレッソはパチンと手を合わせた。


使った(、、、)んですわね」

「恐らくな」


 ベナードが頷いた。

 水の精霊との一件で、コンタール付近の魔力が強くなっている。ロシオともう一人が落下したタイミングと魔力が強くなったタイミングが合うかは分からないが、あの時、コンタール山の崖下には虹色の霧が覆っていた。あの虹色の霧が魔力だと仮定すると、同様の事が起きるのではないか、というのが共通の見解だ。

 ベナードが使う身体能力強化の魔法の効果は通常ならばささやかなものではあるが、魔力が強くなればそれに比例して効果も上昇する。

 つまり、木を伝って移動する、という普通に考えたら出来そうにない事も、出来る可能性があるのだ。


「逃げた奴が誰なのかはまだ調査中だが……」

「……一人、心当たりがありますわ」


 セレッソが顎に手を当てて言った。女、と聞いて直ぐに、浮かんでしまった人物が一人いるのだ。


「誰だ?」

「確証はないですけれど、イサーク一座のジャンヌさんですわ」

「ジャンヌが?」


 カラバッサが怪訝そうに片方の眉を上げた。

 イサークからは内緒で、とは言われているが、口を噤む話題ではないと思った。

 その辺りの事は後で説明するとして、セレッソは話を続ける。


「今日はマルグリートさん達と一緒にイサーク一座の所へ行ったんですが、その時にジャンヌさんが練習中に足を怪我して診療所に行っていると聞いたんですの。それでロシオさんのお見舞いがてらお邪魔したんですけれど、先生に聞いても来なかったそうですわ」

「途中で用事が出来たとかじゃないのか?」

「それも考えましたけれど、公演が迫っていますもの。イサーク一座がどれだけ舞台を大事にしているかは、わたくしでも分かりますわ」


 セレッソの言葉に、カラバッサは「それは確かに……」と呟く。

 カラバッサの方がずっと長くイサーク一座の事を見ているのだ。一座の団員達がどれだけ舞台に情熱をもっているかは誰よりも分かっているだろう。

 話を聞いてベナードは腕を組んで考える。


「ならどうして診療所に行かなかったのか、だな。その辺りは分かるか?」

「多分、ベナード隊長達が来ていたからじゃないかと思いますわ」


 もしもジャンヌの怪我がコンタール山で負ったものであれば、山でロシオを発見した騎士や冒険者達と遭遇するのを避けるのではないか、とセレッソは言う。

 ただ足を捻っただけならば、遭遇しようがそれで通せる。だがそうでない怪我を負っているならば、それを隠さなければ疑われる。

 だってロシオは、アスール狼に追われて、崖から落下したのだから。


 同じく崖から落下したセレッソやベナードがあの程度の怪我で済んだのは、ベナードの身体強化の魔法があってこそだ。

 もしもジャンヌが身体強化の魔法が使えたならば、崖下の雪がクッションになって大怪我は免れる事が出来ただろう。ロシオを庇う事は間に合わなかったかもしれないが、一人ならばどれだけ焦っていたとしても可能だ。彼女はイサーク一座の歌姫なのだ、土壇場での度胸は持ち合わせているだろう。

 ロシオは大怪我をしたが、ジャンヌは落下で、という意味でなら軽傷だった可能性が高い。

 ならば何の怪我か。


 ――――そう、アスール狼によって負った傷である。


 ジャンヌが診療所を訪れなかったのは、その傷を負っているのをベナード達に見られたくなかったのではないか。

 そう話すセレッソにグルージャが納得したように数回頷いた。


「ふむ……ロシオがイサーク一座と知り合いだったと考えると、辻褄は合うな」

「……ロシオがイサーク達の所に来ていたってのは、見間違いじゃないんだな?」


 一人難しい顔をしていたカラバッサが念を押して聞くと、マルグリートは頷いた。ピエールも同様だ。

 まっすぐにカラバッサを見上げるその目に、嘘や偽り、そして「もしかしたら違うかも」などという不安さはない。


「うん、見間違いじゃないわ」

「あ、あの。……僕も同じです。見間違いじゃないです」


 はっきりと答えた二人の言葉を聞いて、グルージャが考えるようにこめかみを数回指で叩いた。

 それぞれが考え始めた事で静かになった中、言うなら今だとセレッソが軽く手を挙げて発現する。

 

「……あと、これは関係がないのかもしれませんけれど」

「どうした?」

「ロシオさん、コラソン亭のご主人が作ったヌエースの実のパイを食べた事があると話して下さったんですの」

「ヌエースの実のパイを? あれはメニューにはない奴だぞ」


 グルージャが首を傾げる。グルージャの言葉にセレッソは自分の記憶が間違いではなかったとほっとした。

 ほっとはしたが、嫌な予想が現実のものになっている事に、少し目を伏せる。


「ですわよね、だから少し気になって。ロシオさんはいつ、そしてどこでヌエースの実のパイを食べる機会があったんだろうって」

「……そう言えばローロが前に、パステルが気になる男を見たと報告があったな」


 セレッソの話を聞いていたベナードが、顎に手を当てて言った。


「そうなんですの?」

「ああ。冬の討伐の慰労会で店の中を見ていたんだそうだ。そいつにヌエースの実のパイをひとピース渡したって言っていた」

「それがロシオだと?」

「いや、大柄な男らしい。男の事は調べている最中だが、食べる機会があったとすれば、そのくらいか?」

「……うーむ。疑うなって方が怪しいくらい色々が繋がって来るな」


 グルージャが目を細めて唸った。

 コンタールの石碑の前で行われた儀式、同時刻にコンタール山の崖下で倒れていたロシオと逃げた何者か、そして騎士の不在を狙っての隊舎への泥棒騒ぎ。

 考えれば考える程、そのどれもが繋がっているように見えた。


「確か水の精霊はムーシカの石碑でも儀式が行われたって言っていたな」


 考えを整理するようにグルージャは呟く。

 ムーシカとはイサーク一座の拠点がある町だ。そしてロシオがイサーク一座を訪れたと言うのもムーシカである。

 控えめに言っても、無関係であると考えるには状況証拠が揃い過ぎていた。


「いやいや、でもさ、まだそうと決まったわけじゃないだろ?」


 そんな中、カラバッサがそう言った。

 確かに怪しい事は怪しいが、その全てに関係しているという証拠はない。何よりもカラバッサはイサーク一座を信じたいのだろうとセレッソは思った。カラバッサにとってイサーク一座はきっと大事な存在なのだろう、と。


「ああ、まだ怪しいってだけの段階だ。何においても確証がねぇ」

「ならさ支部長、俺に任せてくれないか?」

「カラバッサ?」

「ほら、オッサンってばイサーク一座と知り合いだしさ。探りを入れるにはちょうど良いかなって思うんだよねぇ」


 バチンと片目をウィンクしてカラバッサは言った。無理に明るくふるまっている様にも見える。

 そんなカラバッサの申し出に、グルージャは少し考えてから、


「分かった。頼む、カラバッサ」


 と頷いた。カラバッサは頷き返す。

 話を聞いていたベナードは「うちの方はレアルに任せるか」と言った。

 出てきた人物の名前に、意外そうにカラバッサは首を傾げる。


「あいつ目立つだろ?」

「そう見えるだろ? だけどうちの中ではダントツで情報収集能力が高いのがレアルだ」


 見てくれは派手だがな、とベナードは笑う。人は見かけによらないもんだ、とカラバッサはセレッソに目を向けた。

 何となく視線の意味が分かったセレッソは「うふふ」と笑って返す。


 話がまとまって来た辺りで、セレッソはちらりとマルグリート達を見た。

 二人ともまだ元気がない。大人達が「怪しい」と話ていた事も含めて、イサーク達の事が心配なのだろう。

 跳ねるように明るい元気さが陰った姿を見かけてセレッソは、


「ベナード隊長、申し訳ないのですが、少し休暇を頂いてもよろしいでしょうか?」


 と休暇の申請をした。突然出てきた言葉にベナードが目を瞬く。


「休暇?」

「ええ。ほら、わたくしの原稿、ボロボロになってしまったでしょう? 印刷所に予約を入れているんですけれど、空いた時間で仕上げようとすると、ちょっと厳しいんですの。ですから集中出来る場所で一気に完成させてしまおうと思いまして」

「まぁ今の時期ならそんなに忙しくねぇから構わねぇが……大丈夫か?」


 セレッソが隊舎を離れて作業したいというと、ベナードは心配そうだった。

 その原稿がボロボロになった一件もあるので一人にして何かあったら、と思っているようだ。

 セレッソは安心させるように「大丈夫ですわっ」と力強く頷く。


「どこに行くんだ?」

「それはですわね……」


 セレッソは「うふふ」と笑い、マルグリート達を見る。

 含んだ笑顔を向けられたマルグリートとピエールは、きょとんとした顔で首を傾げた。

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