夢を語り、夢を綴る
商談と言い出したロシオに、セレッソは若干身構える。
商人との商談の際には出版社が入ってくれていたので、面と向かって商談だなどと言われた事はセレッソはあまりない。
どんな話が出て来るのかとわずかに緊張するセレッソに、ロシオはまず自分の目的を伝え始めた。
「まずは私がどんな商売をしているかからお話しますね。私がメインで取り扱っているのは食品、特にお菓子類です」
「そう言えば精霊祭の時も、教会に品物を届けていらっしゃいましたわね」
セレッソは精霊祭の前に教会へ手伝いに行った時の事を思い出す。
あの時にロシオは、精霊祭で奉納された精霊酒へのお礼として配るお菓子の材料を、教会に納品していたのだ。
その事を言うとロシオは指で顔をかいて苦笑する。
「本当はお菓子そのものを納品しますよ、とシスター・フルータにお話ししたのですが『教会からのお礼の気持ちを込めてお返しするものだから』とお断りされてしまいました」
「うふふ。シスターらしいですわね」
シスター・フルータはおっとり優しそうな外見ではあるが、中身はしっかりとしている。
芯が通っていると言うのだろうか。シスター・フルータは、自分が構えた信念にそぐわない時は、誰であろうと立ち向かう女性だ。
それを痛感しているセレッソは、容易にその様子が浮かんでくすくすと笑った。
「でもお菓子をメインに取り扱ってらっしゃるならば、わたくしの作るものでは路線が違うのでは?」
「ええ。お菓子と本は別のもの、それは理解しています。それに本自体の販路は、まだ確保は出来ませんし」
ロシオは正直にそう言った。隠さず、真摯に告げるその言葉に、セレッソは好感を抱く。
少し興味が湧いて来てセレッソは続きを促した。
「それでは、何を売ろうと?」
「私は新しい商品として、子供向けに小箱入りの菓子を販売しようと考えています」
「子供向けに?」
「ええ。飴玉とかクッキーとか、他にも子供が興味を持ってくれそうなお菓子を、子供が気軽に買えるような値段設定で売るんです。一応、コラソン亭のご主人にもこのお話をさせて頂くつもりでいるんですよ。以前に、コラソン亭で販売されているヌエースの実のパイを食べたんですが、美味しくて」
ロシオはパイの味を思い出すように笑った。その表情を見るからに、美味しかったのだろう。そして本当に甘い物が好きなのだな、とセレッソは思った。
だが、それと同時に何気ない疑問も彼女の頭に浮かぶ。ヌエースの実のパイってメニューにあったかしら、と。
しかしセレッソが思考に耽る暇もなく、ロシオは続ける。
「少し話がそれましたが、その商品を作るにあたっての材料や包装の原価を計算すると、手の平に乗るサイズが利益を出せる限界です。けれどそういう小さなものになると、包装紙や箱を再び使う事が難しくなります。それならば箱を本のように出来ないかと考えたのです」
ロシオが言うのは、いわゆる豆本という、手のひらに収まる程度の小さな本のことだ。
アルディリアでは物を捨てる、という考えはあまりない。これはもともと厳しい自然環境によって資源が少なかった事に起因しているのだが、ギリギリまで大事に使うのが普通である。
だが小さな箱となると、物入れとしては物足りないし、薪の代用として暖炉にくべるにも少なすぎる。
使い道が限られるならばいっそ、それを箱ではなく本として扱ったらどうか、とロシオは言っているのだ。
「箱の内側に物語を印刷し、切り分けてまとめることで本にする。その箱に描く物語の第一弾として、セレッソさんが教会で話していた紙芝居を使わせて頂きたいのです」
「箱となると……使うのは六枚分ですわね」
ロシオの言葉にセレッソは指折り数えた。
蓋もつければ基本的に箱と言う者は六面体になる。
ゆえに豆本として必要な枚数は六枚だ。六枚となれば紙芝居の全てを納める事は出来ないが、不自然にならないように調整すればできなくはない枚数である。
「でも印刷代が高くなりませんか?」
「ええ、なので原価を抑えるために、内側の印刷は白黒で行う予定です」
セレッソの疑問を、ロシオは曖昧な言葉で濁さずに、一つ一つしっかりと答える。
よほど調べて準備していたのだろう。セレッソが何かを聞く度にすぐに答えが返ってくる。
ならば自分も曖昧に濁して答えてはならない。セレッソはそう思い、口を開いた。
「あの紙芝居は商売に使うために作ったものではありませんの」
「ええ、承知しています。ですから、あくまで商品を買ってくれた際のおまけのつもりです」
「ならば『三人の騎士』である必要はありませんわ」
「私には『三人の騎士』である必要があります」
「なぜですの?」
「あれが真実を描いたものであるからです」
言われた言葉にセレッソは少し目を細める。
ロシオはそんなセレッソの目を真っ直ぐに見て言う。
「あれは七年前の事件を描いたものですね」
「何故そうだと?」
「理由は二つ。ベナード隊の隊付き作家であるセレッソさんが描いた事、そして私が調べた出来事と良く似ているからです」
紙芝居では死人は出ませんでしたが、とロシオは言う。
そこまで調べていた事にセレッソは素直に驚いた。何故なら七年前の事件は上手く隠されているからだ。
セレッソは当事者だから知っているが、それを第三者が自力で調べるのは糸を手繰るようなものだ。
そして、だからこそ、セレッソにはロシオが商売にそれを使おうとする理由が分からなかった。
「それならばなおの事、商人の選択ではありませんわね」
「そうですね、私以外の商人ならば、有り得ない選択です」
自分以外と否定した上で、ロシオは引かない。
「セレッソさん、前々から聞きたかった事があるのですが」
「何でしょう?」
「あなたはどうして隊付き作家になったのですか?」
「もちろん、ベナード隊の汚名返上ですわ」
「何の利益にもならないでしょう? むしろ、あなたにとってはマイナスの要素のはずだ。それなのに何故、そこまで?」
「前も同じことを聞かれましたわ」
ベナードの事を思い出してセレッソは微笑んだ。そして胸に手を当てて言う。
「わたくしは隊付き作家になるために作家になったんです。マイナスなんて関係ありませんわ」
「それと同じことです。私は私の夢を叶えるために商人になったのです。だからこそマイナスなんて関係ない。あるのは利益が出るか出ないか、そしてそれが私の夢に繋がるかです」
「……ロシオさんの夢は何ですの?」
「誰でも美味しい物をお腹いっぱい食べられる世の中にする事です」
セレッソの問い掛けに、ロシオは笑って答えた。
夢、と口にした時、ロシオの目に火が灯っているようにセレッソには見えた。
「私が子供の頃にはまだアルディリアの大災害の影響がありました。食べ物も少なくて、お菓子なんてもってのほか。でも、貴族の子供達は美味しそうなお菓子を食べていたんです。私はそれがとても羨ましくて。……ちょっとだけ、妬みました。何で自分は食べられないんだろうなってずっと思っていました。まぁ、身もふたもない話をすると高すぎたっていうのが理由なんですけれどね」
ロシオは肩をすくめ、おどけて見せる。そしてすぐに真面目な顔に戻った。
「アルディリアは食糧自給率の低い国です。今でも食糧の大半を輸入によって賄っている。だから食べ物と名のつくものは基本的には高い。というよりも高くせざるを得ない。今は大分良くなってきていますから、これから先、何事もなければもっと安定するでしょう」
何事もなければ、との言葉にセレッソの頭の中に、アルディリアの大災害が浮かぶ。冬の討伐を怠れば、あの大災害は再びやって来る。
隣国の問題と、大災害の問題。この二つを解決できなければ、いつかその安定は崩れ去るだろう。
「それなら、やはり『三人の騎士』の紙芝居を選択するのはどうかと思いますわ。わたくしが言うのも何ですけれど、あれは……」
「公の場に出たら、静かに騒ぎになるでしょうね。ベナード隊の隊付き作家であるあなたが書いたものだ。知らずとも、勘ぐる人間はいるでしょう。ですが、それが何だって言うんです?」
ロシオの言葉に、セレッソは驚いて言葉を失くす。
あれが危険だと言う者はいた。どうなっても大丈夫だと言う者はいた。
だがここまではっきりと「それがどうした」と言ってくれた人間がいただろうか。
「痛い所を突かれたら、逆上するのが人間です。そして怒って声を上げたら、それが正しいものであると、はっきりと言ってやれば良いのです。あなた達の選択は間違いであったと。その結果が、この今の現状であると」
「あなたは何を――――いえ、何を言っているのかは分かります。けれど、それでも問いかけましょう。あなたは何を言っているんですの?」
セレッソは僅かに混乱する頭でロシオに問いかける。
ロシオは彼女の疑問に真っ直ぐに答えて行く。
「ひた隠しにし続ける事、それはいつか隣国の付け入る隙になります。この国は都合の悪い事をひた隠しにし、本当に戦った人間の存在を隠し、ただ精霊の導きであると、責任を転嫁して安寧を得る国であると。それは隣国からはこうも見えると思いませんか? この国に対しては、何が起きても精霊のせいにすれば良いと」
ロシオの目が剣呑な色を帯びる。
その色を、セレッソはどこかで知っているような気がした。
「私はそれが腹立たしい。ようは怒っているのですよ、現状に。真に起こった事ならば、それを背負ってなおかつ『それがどうした』と言ってやれば良いのです。それが間違っているならば、胸を張って『違う』と折れずに言えば良いのです。それが出来ないからこそ、この国は隣国に足元を見られている」
ロシオの声に悔しげな色が混ざる。
もしかしたらロシオも商人として活動している最中に、そう言った事があったのかもしれない。
ロシオの言葉を聞いた時、不意にセレッソの脳裏に、昔の記憶が蘇った。
――――食糧と言う弱みを握られ、足元を見られ、他国の気まぐれに振り回されてきたこの国を、精霊の恵みで満たす為ならば、私はどんなものにでもなるさ。
かつて、彼女の町を襲い、騎士達の命を奪った男の言葉だ。
彼の言葉とロシオのそれが、同じように聞こえたセレッソの背中に、嫌な汗が流れる。
「あなたは――――それを正すためなら、どんなものにでもなると?」
問い掛けが、自然とセレッソの口をついて出た。
だがロシオはハッとしたように顔を上げると、目を瞬いて首を振る。
「いいえ。私は商人です。それ以上でも以下でもありません。ただのアルディリアの商人です」
ロシオの目からは先ほどまでの剣呑な色は消えている。
その目で「アルディリアの商人だ」と答えたロシオに、セレッソは少し安堵していた。
「私は『三人の騎士』で、子供達に投げかけたいのです。この行いは、果たして正しいものであったか、と」
「投げかける、ですか?」
「ええ。自らの力を以って、誰かを守るというその行為を、好ましいと思えますか、と。そして彼らが大人になった時――――いつか辿り着いた真実を、果たして彼らがどう思うかを」
「――――」
そこまで言われて、ようやくセレッソはロシオが何をやろうとしているのかに気が付いた。
それは途方もなく気の長い話である。夢とはまた違う、ロシオが生きている間に叶えられるか分からない願いのようなものだ。
ロシオがセレッソに持ちかけた商談でやりたい事は、つまり。
「――――未来への布石?」
セレッソが言うと、ロシオは「はい」と笑った。
「人間の一生は短いです。私が生きて出来ることも、あと五十年はないでしょう。だから次の世代のために、土台を作りたいのです」
ロシオはぐっと両手を握る。
「先ほども言いましたが、私の夢は誰でも美味しい物をお腹いっぱい食べられる世の中にする事です。そのために、変えねばと思ったのです」
セレッソはロシオが何を変えねばならないのか、変えたいのか分かった。
それは人だ。彼が変えたいのは人なのだ。
アルディリアという国を変えるのではなく、その中に住まう人の考えを変える。
正しい事を正しいと、間違った事を間違っていると、それを認めて、受け入れ、行動する人間が繋ぐ国。
未来のアルディリアがそうであって欲しいのだとロシオは言っているのだ。
もちろん、子供達に気軽にお菓子を食べて欲しいというのも、彼の本音ではあるのだろう。
だがそれと同じく、未来に立ってアルディリアを動かす子供達にそうであって欲しいと、ロシオは願っているのだ。
「途方もない話ですわ。それこそ、夢のような話です」
セレッソはそれが「夢」だと言った。
相手の夢を馬鹿にしたそれではない。肯定した上で、敢えてそう言ったのだ。
夢とは希望の一つであるとセレッソは語らずに言う。ロシオにもそれが伝わったのだろう。
「夢を語るのが商人です」
ロシオはにこりと微笑む。その笑顔に商人らしい胡散臭さはない。
セレッソはその言葉に頷いて微笑み返すと、
「夢を綴るのが作家ですわ」
そう言った。そして、ロシオの目を真っ直ぐに見て、彼の商談に答える。
「『三人の騎士』の紙芝居は商売に使うものではありません。ですから――――あの話を元にして、新しく六枚分の紙芝居を書きあげます」
セレッソの言葉にロシオは目を見張る。その目にゆっくりと歓喜の色が浮かぶのを見ながらセレッソは右手を差し出した。
「それでよろしければ、そのお話を受けましょう」
「――――もちろんです!」
ロシオは両手でセレッソの手を握る。
勝ち取った。そんな言葉が感じられるような笑顔だった。




