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障害がある方が燃える


 イサーク一座の舞台練習を見終えた後、セレッソとマルグリート、ピーエルの三人はコラソン亭にやって来ていた。

 昼食をとる為である。

 最初はセレッソもまっすぐに隊舎へ戻ろうと思っていたのだが、コラソン亭の前を通りかかった時に、ふわり、と美味しそうな香りが漂ってきたのだ。

 それが何であるかを考える前に足は動いていた。時間もちょうど昼時だ。それならば隊舎に戻る前に済ませてしまおう、などという後付けの理由を引っ提げて、三人はウキウキとコラソン亭に入る。

 カランコロンとベルが鳴ると直ぐに、


「あ! セレッソおねーさんだ! いらっしゃませー!」


 と、看板娘のパステルが笑顔で出迎えてくれた。

 コラソン亭の中は昼時という事もあってそこそこ混んでいる。セレッソの顔見知りの冒険者の姿もちらほらと見えた。満足そうな笑顔で食事をしている所を見ると、今日のメニューへの期待も膨らむ。目が合うと、彼らはセレッソに手を振ってくれたので、セレッソも同じように振り返す。

 そんな事をしながらセレッソ達は、パステルに四人掛けのテーブルへと案内された。

 座って直ぐに、目を輝かせてセレッソは、


「今日のおすすめは何かしらっ」


 と聞くとパステルが元気よく、


「今日のおすすめはコラソン亭特製のベーコンとキノコのスープパスタです!」


 と答えてくれた。スープとパスタの黄金タッグだ。

 パステルの言葉を後押しするように、隣の席の冒険者がスープパスタ皿を持ち上げて見せてくれた。

 肉厚なキノコと厚切りベーコンがたっぷり入ったパスタである。見るだけで食欲をそそられるそれに、三人はごくりと喉を鳴らした。

 セレッソがびしっと手を挙げて「では、それで!」と注文をすると、マルグリートとピエールも続く。パステルは「はーい!」と明るく答え、厨房へと向かった。


「うふふ、楽しみですわねぇ。スープパスタなんて何年ぶりかしら」

「スープとパスタってところがニクイよね!」

「ええ、とってもニクイですわ!」


 うふふ、とセレッソは笑って、コラソン亭をぐるりと見回した。

 コラソン亭は相変わらず賑わっており、忙しそうだ。注文を受け、配膳しているのはパステル一人で、他の従業員は見当たらない。

 そう言えば最近アベートとサウセが働いている所を見ないな、とセレッソは思った。恐らくグルージャから課せられたペナルティの期間が終わったのだろう。

 アベートもサウセもエプロン姿は似合っていたし、接客も様になっていた。それに接客中に何気ない会話をするのも楽しみだったので、セレッソも少しばかり残念だった。

 そんな事を思い出していると、向いに座るマルグリートがセレッソを見ている事に気が付く。


「ねぇねぇセレッソ。そう言えば聞きたかったんだけど、あの原稿って完成した?」


 あの原稿と言えば、ボロボロになってしまったベナード隊についての原稿の事だろう。

 セレッソは残念そうに首を横に振ると、


「完成はしたのですけれど、その……ちょっとボロボロになってしまいまして」


 と答えた。マルグリートは不思議そうに首を傾げる。


「ボロボロ? もしかして、氷漬けになったの、ダメだった?」

「いえ、あの時の分は何とかなりましたわ。でも、その後で誰かに破かれてしまいましたの」


 セレッソは肩をすくめる。ベナード隊の隊舎に入った泥棒が、と付け加えようかと思ったが、知られていたとしてもあまり大きな声で言うべき事ではない。

 そう思ったのでセレッソは若干ぼかして言った。


「えっ原稿を破かれちゃったの!? 誰に!? 酷いよ!」


 セレッソの言葉を聞いて、マルグリートがテーブルを叩いて立ち上がった。なかなかの剣幕である。

 その声に驚いて、コラソン亭の客の視線がセレッソ達のテーブルに集まった。セレッソは慌てて周囲に頭を下げると、マルグリートをなだめる。


「ま、マルグリートさん、落ち着いて下さいな。ほら、レディはテーブルを叩いたりはしませんわっ」

「あっごめんなさい」


 セレッソがそう言うと、マルグリートはストン、と素直に椅子に座り直す。

 しかし怒りは継続中の様で、むう、と口が尖っている。


「セレッソが頑張って書いた原稿なのに……」

「そうですよ、血と汗と涙の結晶ですよ」


 マルグリートの言葉に、ピエールも頷いた。

 二人ともそれぞれに怒ってくれている。他人である自分のためにだ。セレッソはその事を嬉しく思った。

 セレッソは二人に「ありがとうございます」と礼を言う。


「大丈夫ですわ、何度だって書き直しますもの。それに障害が」


 障害がある方が燃える、そう言おうとした時、セレッソの頭に紙芝居の事が浮かんだ。

 セレッソが伝えたかった事を形にした、最初の一歩だ。

 あの紙芝居もボロボロになってしまった事があった。その事はショックではあったし、落ち込まなかったと言えば嘘になる。

 けれどセレッソは言ったのだ。そして言って貰ったのだ。


「それに、障害がある方が燃えますもの!」


 セレッソは力強く言う。言葉にした途端、それ(、、)が胸にスッと綺麗にはまって、セレッソは微笑んだ。ああ、これだった、と。

 マルグリートとピーエルセレッソの言葉に目を瞬いた後、ぐっと拳を作って頷いた。

 セレッソの笑顔を見て、二人も落ち着いてきたようだ。尖らせた口を戻して柔らかな雰囲気になったマルグリートがふっとピエールを見る。


「そう言えば、ピエールも書いた脚本を何度も何度も直しているよね。障害がある方が燃えるから?」

「うぐっ! い、いえ、僕は……そんなに障害がない方が……」


 ピエールが痛い所を突かれた顔になった。


「そうなんですの?」

「……あの、はい。イサークさんに見て貰うんですが、なかなかOKが出なくて、それで」

「イサークさんに?」

「実は僕が書いた脚本を認められたら、イサーク一座に入れて貰える事になっているんです。……でも何が駄目なのか分からなくて、書けば書くだけ分からなくなって……。だからセレッソさんが書いた脚本から、自分に何が足りないのかを知りたくて、それで……あの時、脚本の話をしました」


 イサークからセレッソに脚本以来の話が出た時に「セレッソの脚本では認められない」と言っていたのをセレッソは思い出した。

 なるほど、そういう事か、とセレッソは納得した。

 ピエールは少し視線を落とすと、

 

「ど、泥棒みたいな真似なんですけどね……」


 と、申し訳なさそうに言った。

 セレッソはそんなピエールに「そんな事はない」と首を横に振る。


「わたくしだって色んな本を読んで勉強しますもの。参考にするのと泥棒は違いますわ」


 確かに盗作は犯罪である。だがそれとピエールがやろうとしてる事は別だ。

 技術とは学ぶもので、盗むものだ。出来上がったものをそのまま奪って自分の物だと言い張る事と、技術を得て自分で作り出すというのは全くの別物なのだ。

 そうセレッソが言うと、ピエールはハッとしたように顔を上げる。そして肩の力が抜けたように笑った。

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