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それぞれの仕事


 年越しの祭りから三日ほど経った日の午前中。

 ロシオが意識を取り戻したとの連絡がベナード隊に届いた。

 知らせを受けたベナードがコンタールの診療所へ向かうと、騎士達もそれぞれの仕事へと出かけて行く。ベナード隊の隊舎に残っているのはルシエとセレッソの二人だった。

 

 さて、そんなセレッソは広間のソファーに座り、隊付作家として仕事をしていた。

 テーブルの上に大量の書類や報告書が並べられている。この書類を整理して、報告書をまとめるのが本日のセレッソの仕事だ。

 そう言った仕事が終わったら、次の仕事がやって来る合間にボロボロになってしまった原稿を書き直す。その繰り返しである。

 文字を書く事に慣れているセレッソでも、だんだん腕が痛くなってくる。ついでにボロボロの原稿を見る度に、ため息も出るようになっていた。


 セレッソの原稿は本当に文字通りボロボロの状態だった。

 何とか分かる部分は繋ぎ合わせてみたものの、その見た目はまるで虫食いの古文書だ。

 セレッソはベナードには平気だと言ったものの、それでもやはり「やっと完成したのになぁ」と少し気落ちしていた。

 人前では普段通りにしているつもりのセレッソだったが、やはり周りにも何となくだがそれが分かるらしい。仲間達はさり気なく気遣ってくれていた。

 セレッソはそれを有難いと思うものの、同時に申し訳なさも感じて、二重の意味で落ち込んでいた。


「早く書き直してしまいませんと」


 完成さえしたら、こんな気持ちはぺいっと遠くに放り投げられるはずだ。

 そう考えたセレッソが「よし!」と気合を入れ直していると、ふと玄関の方から賑やかな声が聞こえてきた。

 マルグリートとピエールである。


「こんにちはー! セレッソ、いるー?」

「こ、こんにちはー」


 二人は明るく元気な声でセレッソを呼ぶ。

 セレッソは広間を出ると玄関へ向かい、二人を出迎えた。


「こんにちは、マルグリートさん、ピエールさん。わたくしにご用事ですか?」

「うん! あのねあのね、今日イサークさん達の公演があるんだって! 良かったら観に行かない?」


 マルグリートはにっこにっこと太陽のような笑顔でセレッソを誘う。

 イサーク一座の公演と聞いてセレッソは「まあ!」と興味を惹かれた。だが生憎とまだ仕事の時間中である。

 仕事自体はひと段落しているものの、ひょいひょいと出かけるわけにはいかないだろう。

 そう思い断ろうとしたのだが、そこへ二人の声を聞いたルシエが二階から降りてきた。


「あら、イサーク一座の公演? うふふ、良いんじゃないかしら。行ってらっしゃいな、セレッソちゃん」

「ですが……」

「せっかくのお誘いだもの。それに、もしジャンヌさんがいたら、石碑の話も聞いて来てくれると嬉しいわ」


 そう言ってルシエはにこりと微笑んだ。恐らくセレッソの気分転換にと思ったのだろう。

 セレッソが気にしないようにさり気なく仕事の話も混ぜてくれるあたり、さすがルシエである。


「……はい! ばっちり聞いてきますわ!」


 セレッソは明るく頷いた。もちろん気を利かせてくれた事にも気付いている。

 断れば断るだけ気遣われてしまう事も分かったので、ならばいっそ気分転換をしてスッキリしよう。そう思い、セレッソはルシエの言葉に甘える事にした。


「マルグリートさん、ピエールさん、よろしくお願いしますわ!」

「はーい! わーい!」


 マルグリートが跳ねて両手を挙げる。

 セレッソはその手に自分の手を合わせ、軽くパン、と打ち鳴らした。




 イサーク一座の公演が予定されている場所は、精霊祭と同じくコンタールの町の広場だった。

 広場に近づく度に精霊祭の時の感動が蘇って来て、セレッソの気分もウキウキと上昇してくる。

 だが、やって来た広場は静かだった。

 イサーク一座の公演前にしては人気が無く、舞台も幕が下りたままである。劇で使われる小道具も箱に入って置かれたままだ。


「あ、あれ? おかしいなぁ、何でお客さんが誰もいなんだろう?」

「時間が変わったのかしら?」


 セレッソが不思議そうに辺りを見回していると、ふと舞台の脇の暗がりに、イサーク一座の座長であるイサークの姿を見つけた。イサーク以外にももう一人、背中に大きな剣を背負った利発そうな顔立ちの少年が立っている。

 イサークは何やら難しい顔をしながら彼と話をしている。

 少年の姿からすると恐らく冒険者だろうが、コンタールの町の冒険者ギルドでは見ない顔だった。

 話の最中ならば声を掛けるのは待った方が良いだろうとセレッソが見守っていると、少年がイサークに何やら封筒を手渡そうとしているのが見えた。

 その封筒を見て、ほんの一瞬、イサークが酷く苦い顔になる。

 それを見たマルグリートが突然、


「イサークさん! こんにっちはー!」


 と、イサークに向かって元気に声を掛けた。まるでそれを邪魔をするように大きな声で。

 セレッソがぎょっとしてマルグリートを見る。

 マルグリートは表情こそ笑顔ではあったが、目が笑っていない。天真爛漫で素直に感情を表現するマルグリートにしては珍しい表情である。

 まるで何かに対して怒っているような、心配しているような、そんな目をしていた。

 

「マルグリートさん、お話の邪魔をしては……」

「セレッソさん」


 セレッソがマルグリートを止めかけると、逆にピエールに肩を掴まれて止められた。

 反射的にピエールを見ると、彼は「大丈夫です」と小さな声で言う。

 普段ならば率先してマルグリートを止めるはずのピエールの行動に、セレッソは僅かに首を傾げた。

 だが何か理由があるのだろう。セレッソはそれ以上は何も言わず、様子を見守る。


「マルグリート?」


 イサークがぽかんとした顔でマルグリートを見た。

 そしてその後ろにセレッソやピエールがいる事に気付き、ハッと驚いた顔になる。

 イサークと話していた少年は三人の姿を見ると、渡そうとしていた封筒を隠すようにサッと懐に戻した。

 マルグリートは少年を見ない。ただまっすぐにイサークだけを見て近づいていく。

 少年はマルグリートがやって来る前に、


「それじゃ、僕はこれで!」


 とイサークに挨拶をしてぐるりと背を向けた。そして足早に歩いてく。

 少年を見ていたセレッソは、彼とすれ違い様に目が合う。

 一瞬、睨まれたような気がした。


「どーも」


 だが、ほんの一瞬だ。

 少年は直ぐに表情を変え、にっこりと笑って去って行く。


「……あの子、どこかで」


 見たことがあるような気がするとセレッソは思ったが、誰なのか思い出せない。

 背中を見ながら考えている間に、少年の背中は小さくなっていき、やがて完全に見えなくなった。

 マルグリートはちらりとそれを確認し、ほっとしたように表情を緩めると、いつも通りの笑顔をイサークに向ける。 


「えへへー、来ちゃった!」

「来ちゃったじゃねぇよ。まったく、お前らなぁ」


 にこにこ笑うマルグリートを見て、イサークは迷惑そうにそうに言った。だが彼もまたどこかほっとした顔になっている。先ほどまでの難しい表情は薄れ、柔らかさが戻っていた。

 話しかけても大丈夫そうなので、セレッソもイサークに近づいて挨拶をする。


「こんにちは、イサークさん」

「こんにちは。セレッソまで一緒とは、何か用でもあったのか?」

「あのね、公演を観に来たの! 今日やるって言っていたでしょ?」


 マルグリートがワクワクした様子で言うと、イサークは申し訳なさそうに頬を掻いた。


「あー、それなぁ……悪い。ちょっと諸事情で一週間延期になっちまったんだ」

「えー!」


 イサークの言葉にマルグリートは分かりやすいくらいに肩を落とす。

 ピエールはしょんぼりとしたマルグリートを慰めるように声を掛ける。


「大丈夫ですよ、お嬢さん。一週間なんて直ぐです」

「ホント悪いな。それと、それがコンタールでは最後の公演になる予定だ」

「そうなんですの?」

「ああ、居心地が良かったんで思ったより長居しちまったが、ムーシカで一つでかい仕事が入った」


 そう言ってイサークは肩をすくめた。

 大きな仕事と言う割には何故かイサークはちっとも嬉しそうではない。

 普通大きな仕事なら大きな報酬も入って来る。それは喜ばしい事だと思うのだがイサークは乗り気ではなさそうだ。

 どうにもチグハグな彼の様子にセレッソは違和感を感じた。


「えー! もう戻っちゃうの!?」

「もうも何も結構長い事いたと思うが。お前さん達もそろそろ金が尽きるんじゃねぇかい?」

「う、そ、それは、確かに……」


 ピエールが財布を確認して目を逸らす。イサークの言う通りお金が尽きて来たようだ。

 何せ二人はずっと宿屋暮らしなのだ。一日ごとにお金はかかるし、食費だって馬鹿にならない。その上二人分である。セレッソも隊付き作家として雇って貰う前の自分が宿屋暮らしだった頃を思い出し、神妙な面持ちになる。


「何かアルバイト出来そうな所を紹介しましょうか?」

「も、もしもの時はお願いします……!」


 ピエールが力強く頷いた。マルグリートもやる気の様子である。

 イサークはそんな二人を見て小さく笑った。


「まぁせっかく来てくれたんだ、練習で良いなら見ていくといい」

「いいんですの?」

「ああ。見られて困るようなもんはねぇしな」


 イサークがニッと笑うと、幕の中を指差す。イサークの後を追って幕を潜って中に入ると、そこでは一座の面々が劇の練習をしている所だった。

 それを見たマルグリートは「うわあ!」と嬉しそうに手を合わせ、目を輝かせている。ピエールもそんなマルグリートを見て嬉しそうに微笑んでいた。

 セレッソもまた興味深そうにきょろきょろと見回す。


「……あら? ジャンヌさんはお休みなんですね」


 そしてそこに一座の歌姫であるジャンヌの姿がない事に気が付いた。

 セレッソの言葉にイサークは肩をすくめる。


「ああ、ちょっと練習中に足を捻ってな。今は診療所で診てもらってる」

「あ、諸事情ってもしかして……」

「ああ、ナイショだぜ?」


 イサークは人差し指を口の前に立ててそう言った。

 どうやらジャンヌが怪我をした事で公演が延期になったようだ。

 セレッソは心配そうに尋ねる。

 

「一週間休むだけで大丈夫なんですの?」

「ああ、先生の話では、そのくらい安静にしていれば大丈夫らしい。無理はさせねぇつもりだがジャンヌが『どうしてもやりたい』って聞かなくてな」


 イサークは「よっぽどコンタールでの公演が楽しかったんだろう」と言った。

 言葉の端々からジャンヌが舞台に掛ける思いが伝わってくるかのようだ。

 コンタールでの、という部分が嬉しくてセレッソは微笑む。


「それではわたくしも気合を入れて観に行きますわ!」

「ははは、そいつは楽しみだ」


 セレッソが両手で拳を作って言うと、イサークもまた楽しげに笑った。

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