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セレッソの怖いもの


 セレッソ達がコンタールの町に戻ってきてから二日後に年越しの祭りが行われた。

 問題が色々と起きていた事もあってか、通年とは違って慌ただしく時間が過ぎて行く。

 ベナード隊は年越しの祭りの見回りを終えた後は、ローロの鍋をつついて談笑し、それぞれ部屋に戻っていた。

 そんな中、セレッソだけは祭りの余韻に浸っているのか、広間のソファーの上でぐてんと横になりながら、暖炉の火を眺めている。

 そこへ湯気の立つカップを持ったベナードがやって来た。


「ようセレッソ、お疲れさん」

「ベナード隊長!」


 ベナードの声に、セレッソはひょいっと体を起こした。


「どうだい、コンタールでの初めての年越しの祭りの感想は」

「とても賑やかで楽しかったですわ! ……でも、石碑の中に巣こまれた時の疲れが一気に出た感じがして全力が出せずに、ちょっともったいない事をした気分になりましたわ」


 普段通りでしたらもっと楽しめましたのにと、セレッソは肩をすくめてみせた。

 ベナードは小さく笑うとセレッソにホットミルクを差し出す。


「ありがとうございます」

「いや、それよりセレッソ」


 そしてふっと真面目な顔になったかと思うと、ベナードはセレッソに向かって頭を下げた。

 セレッソはベナードの行動の理由が分からず目を丸くして首を傾げる。


「ベ、ベナード隊長?」

「色々と悪かった」

「何がですの? ベナード隊長に謝られる事なんて何も……」

戦斧(バトルアックス)と原稿の件。騎士隊の隊舎が泥棒に入られるなんて、ほんと情けねェ話だ」


 ベナードの言葉には後悔がにじみ出ていた。

 年越しの祭りに掛かりっきりだったため分からなかったが、気に病んでいたらしい。

 セレッソはベナードのせいではないと首を横に振った。


「泥棒に入る方が悪いに決まっていますもの。ベナード隊長が悪くは……」

「隊舎の管理者は隊長である俺だ。……本当に、悪かった」


 だがベナードは頑なにそう言う。

 セレッソは困ってしまって、ベナードとホットミルクのカップと交互に見る。

 何を言ってもベナードは納得してくれなさそうだ。

 いつもの様に「ならばわたくしの婿になって下さいませ!」などと言っても空気を換えられる雰囲気ではない。

 セレッソは少し考えた後で、


「……自分が」


 と、ぽつりと文字通り言葉を落とした。


「自分が何もかも間違った事はしていないなんて自信は、ありませんの」


 静かな口調だ。普段の跳ねる様な明るさではなく、ただただ静かにセレッソは言う。

 その声にベナードは少しだけ顔を上げた。


「アベートさんたちと揉めた時みたいに、自分が正しいと思っていても、それはわたくし側から見ただけの『正しさ』なんですの」


 物事は見方によって如何様にも姿を変える。それはかつてセレッソの祖父が言った言葉だ。

 セレッソはその言葉を思い出しながら続ける。


「今回の件もそうですわ。わたくしが正しいと思ってやっている事に、否と答える人がいただけのことです。だから……実を言うと少しだけほっとしたんです」

「ほっとした?」

「はい。わたくしの原稿を破り捨てるほどに、あれが誰かの心に届くものだったと分かったから」

 

 静かに言うセレッソにベナードは驚いたように顔を上げ、目を見開く。

 セレッソはようやく目があったベナードに向けて、ふっと微笑んだ。


「嫌われても拒まれても、あれが誰かの心に届く意味を持ったものであると分かったんです。それを知ることが出来た。それは十分に収穫ですわ」

「……破り捨てられてもか?」

「あっもちろんショックじゃなかったわけじゃありませんわよ? あれを見て、正直、こう胸の辺りがきゅーっと痛くなりましたし。でもそれよりも、何も伝わらない事の方がわたくしには怖いですわ」


 子供の頃にセレッソはベナード隊の事を手紙で何度も何度も訴えかけた。

 毎日のように手紙を書いては送り、書いては送りを繰り返していた。

 しかしそれらは全て黙殺されたのだ。

 何もなかったと、そんなものなどに何の価値もないのだと、言葉よりも明確に返ってきた。

 大勢を納得させるためには個々を犠牲にして回って行く。世の中はそう(、、)であるとセレッソが理解したのはその時だ。

 子供のセレッソが世の中に失望するには十分な出来事だった。

 だからセレッソは自分の力で変えたいと望み、変えるために力が欲しいと望んだのだ。

 存在感、発言力、そして自分の身を守れるだけの戦う力。セレッソはそれらを得ようと行動して、今に至る。

 世間が無視できない人になって、いかにベナード隊の事を無視しようが、悪く言おうが、そんなものをぶっ飛ばしてやろうと思ったのだ。

 だからこそ「何もなかった」と言われる事がセレッソには怖い。良くも悪くも誰かの目に、耳に、そして心に、何かを残したかったのだ。


「……セレッソにも怖いもんがあるんだな」


 ベナードは何かを言おうとして、言葉を変えた。

 少しだけ表情を緩めたベナードに、セレッソは「うふふ」と笑う。


「あら、わたくしこれでも結構臆病ですのよ?」

「そうかい? そいつぁ見えねェなァ」


 ベナードは冗談めかして言うと、小さく息を吐いた。

 そのままセレッソの顔を見る。その目には心配そうな色が浮かんでいた。


「……俺達のために、あんまり気負うなよ。無理して溜め込んでいたら、いつか潰れちまうぞ」

「――――」


 セレッソは思わずどきりとした。

 見透かされたような気持ちになって、セレッソは少しだけ照れながら誤魔化すように首を振る。


「自分で背負いたいものの重さを計れないほど安い女じゃありませんもの」


 セレッソの言葉に今度はベナードが目を瞬くと、吹きだすように笑った。


「そういやお前、結構力あるもんなァ」

「ええ、荷物持ちでもどんと来いですの!」


 セレッソは胸を叩いて元気に言う。

 ベナードは笑いながらセレッソの隣に腰を下ろした。そして膝の上で手を組む。


「ありがとよ」

「うふふ」

「それと…………無事に戻って来てくれてほっとした」


 ベナードが目を細めて微笑む。


「ベナード隊長?」

「お前達が行方不明になった時は、生きた心地がしなかった。生きて戻って来てくれて、本当に良かった」

「……はい」


 セレッソは嬉しそうに笑って頷いた。花の咲くような笑顔だった。







「…………ふむ、ボクの出番はなさそうだな」


 セレッソとベナードが話す広間のドアの向こうでレアルが小さく呟いた。

 僅かに微笑んだその手にはすっかりと冷めてしまったミルクティーのカップが握られている。

 一度だけミルクティーに目を落とした後、レアルは足音を立てずに静かにその場を後にしたのだった。

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