狙われたもの
カトレーヤからベナード隊の隊舎に泥棒が入ったと聞いたセレッソとローロはベナード隊の隊舎へと向かった。
今まで一緒に行動していたグルージャは、いったん冒険者ギルドへ戻って情報を整理するとの事で、石碑の前で別れている。
そして大慌てで隊舎に駆けこんで来た二人を出迎えたのはルシエだった。
ルシエは勢いよくドアが開かれた事に驚いて紫色の目を丸くしたが、飛び込んで来たセレッソのローロを見て、その目を潤ませる。
そして二人に飛びつくと、
「セレッソちゃん、ローロ……! ううううう、良かったぁぁぁぁぁぁぁ!」
と、半泣きになりながら二人を力一杯ぎゅうぎゅうと抱きしめた。
途端にセレッソとローロの顔は真っ赤になる。
だがそれは嬉しいから、とか、恥ずかしいから、とかそういう意味だけではなかった。
「くるし! ギブ! ギブですわ、ルシエ副隊長!」
「るるるるるるるる」
ルシエもまたそれなりに腕力がある方である。例の腕相撲ではレアルをサッと負かせるくらいである。
そんなルシエに力一杯ぎゅうぎゅうと抱きしめられればどうなるか。
――――大変、苦しい事になる。
ルシエの腕をぺしぺしと叩いて「タイム! タイムですわ!」と訴えるセレッソと、動揺し過ぎて「る」しか言えないローロ。
阿鼻叫喚である。
抱きしめられて柔らかかいとか、温かいとか、良い匂いがするとか、そんなときめきは文字通り一瞬で吹き飛んだ。
それぞれの意味で、ただただ苦しかった。
二人とも色んな意味で真っ赤になっていた。
「ルシエどうした? ……って、お前ら無事だったか! ――――じゃなさそうだな。ルシエ、そろそろ勘弁してやれ」
ルシエの声に様子を見に来たベナードがセレッソとローロの姿を見てほっとしたように言う。
そして苦しげな二人を見かねてルシエを止めた。
セレッソとローロ曰く、この時のベナードがまるで救世主のように見えたと言う。
ベナードの言葉にようやく落ち着いたルシエが二人から離れる頃には、シスネも顔を覗かせた。
そしてセレッソとローロの姿を見て、ほっと表情を緩ませる。
「セレッソさん、ローロさん! ああ、良かった……ご無事で何よりです」
「ただいま戻りましたわっ! この通り、何とかピンピンしていますの。支部長さんも無事ですわっ」
「ごめん隊長、皆。まさか三日も留守になっていたなんて思わなくて」
申し訳なさそうなローロにグルージャは笑って首を横に振る。
「いや、元気そうでほっとしたよ。それより何があったんだ?」
「話せば長くなるのですけれど……」
「後でちゃんと報告するよ。それよりもカトレーヤから隊舎に泥棒が入ったって聞いたんだけど、何か盗まれたりしたの?」
「ああ。セレッソの戦斧がな」
ベナードの言葉にセレッソは意外そうに目を瞬く。
セレッソの戦斧とは、今現在、ちょっと大変な事になっているアレの事である。
「わたくしの?」
「それと……いや、見て貰った方が早いか」
戦斧以外にも何かがあったようで、グルージャは言葉を濁すとシスネに目で合図をした。
シスネは頷くと何かを取に二階へと上がって行く。
セレッソとローロが「何があったのだろう?」とシスネの背を見ながら揃って首を傾げていると、
「とにかく広間で話そう。疲れているだろう?」
と、ベナードに促された。
走りっぱなしで疲れていた事を思い出して、セレッソ達は広間へと移動した。
広間でシスネを待っている間に、ルシエが二人にあたたかいミルクティーを出してくれた。
ミルクティーのカップを二人の前に並べながら「レアルちゃんは今ちょっと出てるの」と教えてくれる。
聞きながらルシエが用意してくれたミルクティーに口をつけると、その熱がじんわりと体の内側に広がるのを感じる。
延々と寒い場所にいたせいか、セレッソとローロにはこのミルクティーの温かさが有難かった。
「やっぱりどこへ行くにも温かい飲み物を持ち歩くのは必須ですわねぇ」
「あと火を起こせる道具と非常食だね。欲を言えば鍋か何かも持参したいなぁ……」
しみじみと語る二人にベナードとローロは小さく笑った。
「そう言えば冬の討伐の時もセレッソが色々持っていてくれたおかげで助かったな」
「覚えていて下さって嬉しいですわ、ベナード隊長! 婿に!」
「久々に聞いた気がするなァそれ」
ベナードの言葉に、拭き出すように全員が笑っていると、そこへシスネが何かを持ってやって来た。
両手で握っているのは料理を配膳する時に使うトレイだ。
シスネの姿を見ると、ベナードとルシエは今まで笑っていた顔を引き締める。
「……何があったの?」
「さっきの話の続きだが、今回の事件での被害は二つあった。一つはセレッソの戦斧が盗まれた件。そしてもう一つは――――」
ベナードがシスネの持つトレイに目を向ける。
セレッソとローロもつられてトレイを見た。
「――――セレッソの原稿だ」
ベナードの言葉を引き継いで、シスネがセレッソに向けてトレイを差し出した。
そのトレイの上に乗っているのは紙きれの山。
ボロボロに、無残に破られたセレッソの原稿であった。
それを見てセレッソが息を呑む。体が強張る。
「セレッソ」
ベナードが気遣わしげに声をかける。
セレッソはそれに応えるように何かを言いかけて、
「か」
一瞬、言葉に詰まった。
ほんの一瞬だ。
セレッソは動揺で生まれたほんの些細なその間を誤魔化すように慌てて次の言葉を続けた。
「き直せば良いんですもの、問題ありませんわっ! インクと紙代は問題アリアリですけど……見事にボロッボロですわねぇ」
うふふ、とセレッソは笑う。
何でもないのだと言うように、そして自分にも言い聞かせるように。
心配をかけまいと感情を飲み込んで浮かべた笑顔に、シスネ達は少しほっとしたようだった。
だがベナードはセレッソの誤魔化しの前の一瞬に気が付いた。
「犯人の目星はついているんですの?」
「いや、まだだ。コンタール山から戻ったら隊舎がこんな状態で、お前らもいないから肝が冷えたよ」
「あー……それは僕も怖い」
思い浮かべてローロが指で顔をかいた。
異変のあったコンタール山から戻って来たら、隊舎には泥棒が入った上に、セレッソとローロが行方不明である。しかも冒険者ギルドのグルージャもだ。
恐らく石碑が光ったと言う事も報告には入っていただろう。
異変と関係していてもいなくても、状況が状況だけに最悪の場合もあり得る。
「泥棒がいるその場に居合わせたら、こうガツーン! とやってやりますわっ」
「武器はどうするんですか?」
「手段を選ばなければ割と。こう、椅子で」
「椅子」
「テーブルはご飯を食べる時に必要ですし……攻撃力は高そうですけれど」
「大事なのはそこですか!? ……あの、以前から思っていましたが、セレッソさんって重い武器が好きですよね?」
「大好きですわ! だって格好良いんですもの!」
力こぶを作って笑って見せたあと、セレッソはもう一度シスネが持つトレイに目をやった。
そしてそこから破かれた原稿を手に取ると、もう片方の手で撫でた。
破かれ暗号のように断片化した原稿は、もうセレッソ以外には何と書いてあったのかは分からない。読めないものは誰にも伝わらない。
先ほどまで明るく振舞っていたセレッソだったが、原稿に向けた目はまるで感情を殺すように細まった。
「……でも犯人は少なくとも、これを読んで思う所があった方ですわね」
「思う所があった? どういう意味だ?」
「ほら、この原稿は氷漬けだったでしょう? 氷を融かすにも剥がすにも、どうしても最初と最後の数ページはダメになってしまいましたの。ですからその部分は書き直す予定だったんですの。部屋に置いてあったのはそれ以外の部分ですわ」
セレッソはいったん言葉を区切ると原稿から顔を上げ、ベナードの目を見た。
「その時に一番上にあったのは、七年前の事件の事ですわ」
セレッソの言葉にベナードだけではなく、その場にいた騎士達も驚いたように目を見開く。
七年前の事件というのは、ベナードが『負け犬』と呼ばれるようになったあの事件の事だ。
誰にとっても苦い記憶が残る事件の事である。
セレッソにとっての始まりであり、彼女が隊付き作家となってやりたかった事の一つ。
自分や、自分の村を救ってくれたベナード達の事を書いたものである。
ただ単に原稿だけが破り捨てられたならば、内容が気に入らなかったのだろうとセレッソは思う。
だが原稿の内容は未発表のものであったし、そもそも未だ何の効力もないそんなもののためにわざわざ侵入する者はいないだろう。
「元々の狙いは戦斧だけで、原稿は関係がなかったのだと思いますわ」
「セレッソの戦斧を盗むためにお前の部屋に侵入した時に、たまたま目についたって事か? それなら――――」
「ええ、こちらはオマケ。ただ単に衝動的に行動したのだと思います」
原稿をに触れながら言うセレッソの言葉に、その場が静まりかえる。
ベナードはガシガシと手で頭を掻くと、
「年越しの祭りの前に厄介な事になったもんだ」
と、苦い顔で言った。




