三日間の不在
気が付いた時にはセレッソ達はコンタールの町の石碑の前にいた。
吸い込まれた時と同じ場所である。
「戻って来た……みたいですわね」
セレッソはそう言いながら辺りを見回した。
石碑に吸い込まれる前と比べて町に積もっている雪の量は増えている気もするが、セレッソ達が不在の間にでも降ったのだろう。
普段通りの光景にほっとしながら、三人は石碑を見上げた。
石碑はすでに光を放ってはおらず静かなもので、手で触れてみても今は何の変哲もない冷たく硬い石だった。
「ここに精霊と人の盟約が書かれている、と」
「さっぱり読めませんわねぇ……勉強した方が良い気もしてきましたわ」
「そうだねぇ……そもそも、そんなに大事なものなら、どうして学ばせて来なかったんだろう」
ローロが不思議そうに言った。
アルディリアでは古い時代の言葉の読み書きができる者はほとんどいない。
出来たとしても王都の学者が数人くらいだろう。
「時代の流れで文字や文章が変化するというのは確かにありますけれど。ほら、昔の本ってわたくし達には少し読みづらい言い回しが書かれているじゃありませんか」
「あ、確かに。今はあまり使われていない表現とかも書かれているよね。時代に合わせて変化してきたってことかなぁ」
「もしくは、まぁ……意図的に消した、とかかねぇ」
「え?」
「水の精霊の話じゃ、昔のアルディリアも色々大変そうだったみたいだしな」
水の精霊が教えてくれた話では、魔力という力を持ったからこそアルディリアの人間は傲慢となった。
当時のアルディリアの王はアルディリアを安定させるために水の精霊王に豊富な魔力を手放すことを望んだのだ。
しかし石碑の文字を読むことが出来れば、再びアルディリアに魔力、すなわち力を取り戻そうという動きが起こるだろう。
それゆえに古い時代の文字や記憶を捨てる道を選んだのかもしれない、とグルージャは言った。
「ま、あくまで俺の想像だがな」
「水の精霊はそれを知っていたのかな」
「どうでしょう。……でも、何だか寂しそうでしたわ」
セレッソの頭の中に、水の精霊から最後に聞いた言葉が蘇った。
ローロやグルージャにも聞こえていたのか、三人の間にしんみりとした空気が流れる。
だが、その空気は直ぐに、明るい声にかき消された。
「あっれ、戻って来た?」
「うん? って、カトレーヤか」
声の方を向くと、そこには冒険者ギルドのハルバート使い、カトレーヤが立っていた。
「びびったー。石碑がピカッて光ったと思ったら、支部長達がいるじゃん。何、手品? 魔法? すっげーなー」
カトレーヤは遠くを見る時のように額に手を掲げ、ぱちぱちと金色の目を瞬いている。
面白そうと興味深いが半々くらいの様子である。
カトレーヤはひょいひょいとセレッソ達の所へ歩いて来ると、
「なぁなぁ、あんた達、本物? 本物かどうかつねっていい?」
と、手の指をわしゃわしゃと動かしながらそう聞いた。
セレッソ達は反射的に手で両頬を抑えるとぶんぶんと首を横に振る。
戦いが三人の絆を強くしたのか、単に本気で嫌なだけなのか――恐らくは後者だろうが――行動がピタリと見事に揃っていた。
「お前は手加減を知らんからお断りだ。自分の頬でもつねってろ」
「あー、その言い方支部長っぽい」
「ぽいじゃねぇよ、本物だ本物」
「あっははは、ごめんごめん」
グルージャが半眼になると、カトレーヤはカラカラと笑って謝った。
どうやら納得したらしい。
「いや、あんた達、行方不明だったから、探していたところなんだよ。どこ行ってたんだよ」
「どこというか……どこだろう、説明が難しいんだけど……あ、ねぇカトレーヤ、今って何時だい? 僕達、一体どのくらいいなかったの?」
「何時ってレベルは過ぎてるけどね。あんた達、三日間いなかったんだよ」
「み、三日!?」
三人は思わず目を剥いた。
カトレーヤが言うには、セレッソ達が石碑に吸い込まれてから三日も時間が経っているそうだ。
三日、三日である。セレッソ達は向こうにいた時間を遡りながら思い浮かべる。
だがやはり、どう見積もっても数時間くらいで、三日間過ごした感覚はまるでなかった。
「そんなに長い時間が経っていたようには感じませんでしたわねぇ」
「う、うーん。あちらとこちらでは時間の流れでも違うのかな? ほら、精霊の近い場所って言っていたよね」
「あー、確かに。それにしても三日か……まぁ三日なら、一年とか十年とかじゃなかっただけ良いか」
グルージャは小さく「仕事どんだけ溜まってんだろうな……」と呟き、別の意味でも頭を抱えていた。
セレッソとローロは同情するような眼差しになって、グルージャの肩にポンと手を置いた。
「あんた達、何か仲良くなってない?」
「ピンチは仲間の絆を強くするってアレですわねぇ」
「へー? 何してきたの? 焼肉?」
「何で焼肉でピンチになるんだよ。お前の中の焼肉はどういう扱いなんだよ」
「いや、だって、アレよ? 食うか食われるかだろ、アレ。うち兄弟多いからさぁ」
カトレーヤは腕を組んで、その光景を思い出すように「うんうん」と頷いた。
確かに兄弟が多いと食事は戦いだ。カトレーヤが言うように焼肉なんて肉を食うか食われるかの戦場である。
しかし今回の件に焼肉は一切関係が無い。多少似ていたとしても、それは食べる前の段階の狩りだ。
セレッソ達は焼肉らしい行動は一切してなどいないのだが、どうやら彼女の中では焼肉で落ち着いたようだ。
通じない話に頭を抱えるグルージャだったが、どうやら説明するのが面倒になったらしい。
セレッソとローロに後で説明すると目で合図をして、その場での訂正を諦めた。
「それにしても……何だか夢でも見ていた気分ですわね」
「そうだね。でも、夢じゃないかな」
ロ-ロはセレッソの言葉にそう返すと、腰に下げた剣をスッと抜いて見せた。
戦いの最中は気が付かなかったが、ローロの剣には刃こぼれが出来ている。
氷の霊獣との戦いで出来たものだ。
それだけでどれだけあの氷で出来た身体が硬かったのか伺える。
「頭痛ぇ案件が色々と……あー、報告書すげぇ量になるぞ、これ、俺やべぇ。なぁ隊付き作家さんよ、ちょっと出張しねぇ?」
「うふふ。いいですわよ? アルバイト代、弾んで下さいねっ」
「まかせとけ。それと先に状況把握だな。なぁカトレーヤ、俺達がいない三日間に何か変わった事はあったか?」
「あー、コンタール山で倒れてた奴が一人見つかった」
「コンタール山に? 誰だ?」
「ロシオって名前の商人」
「ロシオさんがいたんですの?」
聞き覚えのある名前にセレッソが首を傾げる。
ロシオとはセレッソがコンタールにやって来た時に、乗合馬車に同乗していた一人だ。
その後も何度か町で出会う事はあったが、それだけだ。知り合いではあるが、どちらかと言えば顔見知りに毛が生えた程度だろう。
セレッソが覚えている限りでは腕っぷしは強そうには見えない。
もっともセレッソ自身もそうなので、実際には見た目とは違うかもしれないが。
グルージャにもロシオという商人は覚えがあるようで、腕を組んで「ふむ」と呟いた。
「普通の商人に見えたが……護衛もつけずに山で何をしていたんだ? 相手を見る目はあるように思えたから、護衛が逃げ出したってわけではなさそうだが」
「まだ意識が戻ってないから、話聞けてないんだよなぁ。……あ、あと何かさ、騎士隊にドロボー入ったらしいよ」
「へ?」
騎士隊に泥棒。
カトレーヤが言った予想外の言葉に、セレッソとローロが揃って目を丸くした。




