人じゃないだけ
立ち止まり、自分に向き直ったセレッソ達に、氷の霊獣が床を蹴り飛び掛かった。
ローロは剣を構えると、その刃で自分達を食いちぎろうと牙を剥いた氷の霊獣を受け止める。
その勢いと氷の霊獣の重さでローロの体が後ろへ押される。
「ぐう……!」
ローロは歯を食いしばり、血管が浮かび上がるほど足に腕に力を込めて氷の霊獣を押し返す。
拮抗しているようにも見えるが、力はどうやら氷の霊獣の方が上のようだ。
ベナード隊の騎士達の中で――恐らくコンタールの冒険者達と比べても――最も力が強いローロであっても、力比べでは氷の霊獣に対しては劣勢なのだ。
他の騎士や冒険者達では太刀打ちできなかったかもしれない。
声があの時どうしてローロを巻き込んだのかセレッソとグルージャには良く分かった。
「二人とも、そこから狙える!?」
「ああ、任せろ!」
「ええ、行けますわ。一つは当ててみせますの!」
「よろしく!」
短い掛け声に、セレッソとグルージャが動く。
ローロが氷の霊獣を引きつけている間に、二人は地面に落ちた氷の破片を集め、天窓に向かって投げた。
何度も、何度も。
その幾つかが天窓に当たり、ヒビを入れる。
天窓を破るまでいかないまでも、氷の霊獣には効果があるようだった。
ヒビが入った瞬間に、やはりやはり氷の霊獣の体がスウと消えかける。
消えかけたのは僅かな時間だ。
だがその隙にローロは氷の霊獣から距離を取り、体勢を立て直した。
「ローロさん、大丈夫でしたか?」
「うん、平気。だけど、かなり力が強いね。少し手がしびれてる」
ローロはセレッソの言葉に頷きながら、右手を剣の柄から放し、軽く振った。
話してはいるものの、その目は氷の霊獣を見つめたままだ。
その視線の先で、氷の霊獣が再び動き始める。
それを見てローロは剣を握り直すと氷の霊獣に向かって行く。
「もう一度!」
ローロが剣を振るった瞬間、ふっと、氷の霊獣が大きく後ろに跳躍して避けた。
先ほどの事を警戒したのかもしれない。
氷の霊獣はそのまま後転し、背後にあった壁を力強く蹴って、広間の中央に降り立った。
その荒々しさとは正反対に、不思議な程に着地はとても静かで繊細だ。
ついた足元から、ふわ、と細かな氷の破片が舞い上がる。
氷の霊獣が降り立ったのは広間の中央、そこはちょうど天窓の真下だ。
天窓からの光を受けて氷の霊獣の体が淡く光る。
何が起きるのか、と身構える三人の目の前で、氷の霊獣は大きく体を震わせた。
『――――』
咆哮だ。
氷の霊獣の咆哮が広間に響き渡ったのだ。
だがそれは、先ほど聞いたものとは別の、どこか独特の響きを持つ声だった。
セレッソはそれを以前にも聞いた事があった。
「二人とも、離れて!」
血相を変えて叫ぶセレッソの声に、ローロとグルージャは半ば反射的に後ろへ跳ぶ。
その直後、氷の霊獣を中心に、ぶわり、と冷たい風が巻き起こった。
風は氷の破片と天窓から降る光を巻き込み、青白く光り、渦巻く。
そして氷の霊獣が再び吼えた時、渦巻く風がまるで意思を持つかのようにセレッソ達に襲いかかった。
全てを凍てつかせるかのように放たれる冷気と氷の破片が、刃物のように三人の肌を刺す。
息すら吐いたその瞬間から凍り付く。
口を開ければ体の中から凍って死ぬ。
直感的にそれを感じた三人は息を止め、服の袖で顔を庇いながら、風が収まるまで必死で耐えた。
時間にして十数秒の事であっただろう。
だがそれは、その何倍にも長い時間のように感じられた。
「――――ぶ、はっ」
ようやく風が収まると、三人は空気を求めて口を開ける。
残った冷気でピリピリと口の中に痛みが走ったが、さきほどと比べれば大した事はない。
吸いながら体を見れば、衣服はボロボロで、さらには凍り付き、白い霜まで覆っていた。
唯一外に出ていた顔にも切り傷が出来ており、血が流れている。
「こりゃあ何度も受け切れねぇな。これが冬の討伐の時にセレッソ達が言っていたボスが使ったアレか?」
「ええ、そうですわ。でも、あの時とは比べ物になりませんけれど。体の大きさも能力も倍以上って事ですわね」
「ははは、それは困ったなぁ。…………でも、人じゃないだけマシだ」
「ローロさん?」
「いや、何でもないよ」
そんな事を話しながらも三人はじりじりと氷の霊獣から距離を取る。
次にどう行動するのかを警戒しているのだ。
だがそんな三人の心配をよそに、氷の霊獣は今の攻撃の反動によるものか、動きが鈍くなっていた。
「――――一気に片付ける」
ローロは今が好機と言わんばかりに剣を携え氷の霊獣へと駆ける。
普段の穏やかな雰囲気や、その大柄な身体とは似合わぬ俊敏さだ。
向かってくるローロを迎え撃とうと氷の霊獣は牙を剥き、前足を振り上げるも、やはりまだ本来の動きは出来ないようだ。
ローロは氷の霊獣の攻撃を躱すと、その体に剣を叩きつけた。
正に力づくという言葉がふさわしい一撃は、氷の霊獣の体を割り、抉る。
その傷が再生するよりも早く、ローロはそこに足を掛けると、氷の霊獣の体を一気に駆け上がった。
『――――!』
氷の霊獣が吼え、ローロを振り落とそうと暴れ出す。
ローロは氷の霊獣の頭に剣を突き刺し、振り落とされまいと耐える。
「支部長さん!」
「ああ!」
それを見て、セレッソとグルージャもまた氷の霊獣に向かった駆け出した。
走りながら二人は自分達が着ていたコートを脱ぐと、それをロープ代わりに氷の霊獣の左右それぞれの前足に掛け、引っ張った。
少しでも氷の霊獣の動きが鈍るように。
ローロの助けになるように。
氷の霊獣は暴れるが三人は歯を食いしばって耐えた。
「ローロさん!」
「行け、ローロ!」
セレッソとグルージャが叫ぶ。
その声に後押しされるように、ローロは氷の霊獣に突き刺していた剣を抜いた。
そして頭上を見上げる。
前髪で隠れていた深緑色の目が天窓を捉える。
ローロは剣を構えると、氷の霊獣の頭を蹴り、天窓に向かって跳びあがった。
「はっ!」
一振り。
短い掛け声とともに振われた剣は、天窓から降る光を反射する。
まるでおとぎ話や英雄譚にあるような光で出来た剣のようだとセレッソは思った。
ローロの剣は三色の光に輝きながら天窓を叩き割る。
天窓は大きな音を立てて割れ、その硝子の破片がパラパラと広間に降り注いだ。
雪のように降っていた三色の光も消え、氷の霊獣が動きを止める。
舞っていた光の雪が、降り注ぐ硝子の雨に変わる。
それはさながら厳しい冬が終わり温かな春が始まった事を知らせる雪解けのようでもあった。
その中でローロはスッと床に着地をする。
それとほぼ同時に彼の背後に立っていた氷の霊獣も、その場にスウと溶けるように消えていった。
最後にカシャン、と寂しげに割れた落ちたガラスの音だけを残して。
「…………終わった、のかな?」
ローロは氷の霊獣がいた場所を振り返り、呟く。
そのローロに向かってセレッソとグルージャはワッと駆け寄った。
二人は満面の笑顔で両手を挙げている。
ローロは二人が何をしようとしているか気が付いて、くすくす笑って同じように両手を挙げた。
それから直ぐにパンッと、それぞれの手と手が打ち鳴らされ、軽快な音が広間に響き渡った。




