青の遺跡
水の膜を通り抜ける様な冷たさと感覚を感じた後、セレッソ達は全体がほのかに光を放つ青色の通路に立っていた。
壁や床、天井に至るまで、その全てが青色をした不思議な石材で出来ている。
ただの石材というわけではなさそうだが、それが何であるかはセレッソ達には分からなかった。
「石碑に吸い込まれたと思ったら、ここは一体どこかしら……何だか不思議なところですわね」
「さてなぁ。あの石碑の中にある空間なのか、それとも全く別のどこかへ飛ばされたか……まぁどのみち入り口は綺麗サッパリ消えちまっているが」
グルージャは後ろを振り返ってそう言った。
同じようにセレッソとローロが振り返って見れば、彼女達の背後は行き止まりとなっている。
その壁には石碑に彫られていた文字と同じようなものが刻まれている。
試しに手で触れてみたが、石碑の時と違って吸い込まれるような事にはならなかった。
「そう言えば、吸い込まれる直前に声が聞こえた気がするのですけれど」
「ああ、俺にも聞こえた。確か……」
「「水の精霊王の在り方を体現する者よ」」
セレッソとグルージャの声がハモる。どうやら二人は同じように聞こえたようだ。
だが、それを聞いてローロだけは少し違うものが聞こえたらしく首を傾げる。
「僕は、二人だけだと戦力的に心配なのでついでに引っ張り込んだ、みたいな事を言われたよ」
「戦力?」
「うん、戦力。よく意味が分からなかったんだけど……二人とも武器は持っているかい?」
「あー、俺はギルドに置いたまま出てきたから持ってねぇな」
「わたくしの戦斧は今使えない状態ですし……でも、その声の言い回しからすると、何だかものすごーく嫌な予感がするのですけれど……」
「奇遇だな、俺もだ」
見知らぬ場所で『戦力不足』ときたものだ、いやがおうにも嫌な予感はするだろう。
肩をすくめるセレッソとグルージャにローロは苦笑した。
「そう言えば、支部長さんは普段どんな武器を使っているんですの?」
「ああ、俺か? 俺はクロスボウだよ」
「クロスボウ! 格好良いですわね!」
グルージャの言葉にセレッソが目を輝かせる。
クロスボウとは弓の一種で、通常の弓とは違い、引き金を引いて放つタイプの武器である。
狙いをつけやすく少ない力で矢を放てる反面、連射には不向きで、三十年前の大災害以降、アルディリアでは比較的使用者が少ない武器だった。
どちらかと言うと矢を作る為の素材的な意味合いが強かったりするのだが。
「冒険者ギルドの人達は得意な武器のバランスが良くていいなぁ」
「ベナード隊の皆様は全員剣でしたわよね?」
「うん、セレッソ以外はね。人数が少ないからというのもあるけれど、クロスボウとか槍とか何人かいれば、作戦の幅が広がると思うんだ」
「色々いるのも考え物だぞ? 俺としては下手にバラバラよりは揃っていた方が頭悩ませなくて良いけどな」
グルージャがカラカラと笑って言った。
隣の畑は何とやら、どちらもそれぞれ悩みがあるようだ。
「さて、これからどうするか……と言っても戻る道もねぇし、このまままっすぐ進むしかねぇな」
「思ったほど寒くはないけれど、それでも夜になるとどれだけ温度が下がるか分からないからね。せめて暖を取れるような場所があるといいんだけど」
「そうですわねぇ。わたくしまだまだ氷像にはなりたくありませんの」
「あははは……それじゃあ、行こうか。何かあれば僕が何とかするよ」
ローロが腰から下げた剣を見せて軽く叩く。
そうして二人の一歩前を立って歩き出す姿は、やはり騎士だな、とセレッソは思った。
三人が通路を歩きだしてから数十分。
大人が四、五人は並んで歩けそうな広さの通路には特に変化はなく、響くのは三人の足音だけ。
歩きはじめてしばらくは辺りに注意を払い、静かに様子を見ていた三人も、あまりの変化のなさと静けさに耐えかねて話をし始めた。
「水の精霊王の在り方って何でしょうね?」
ふと、セレッソがそんな事を二人に尋ねた。
セレッソとグルージャが石碑に吸い込まれる際に聞いた言葉である。
「在り方って事は、多分司るって意味合いじゃないかな」
「水の精霊王の司るものか……確か、大まかに『汚染』と『浄化』だったと思うが」
グルージャが顎に手を当てて、思い出すようにそう言った。
この世のあらゆるものには精霊が宿っているというのが精霊信仰の考え方なのだが、その精霊には属性が存在する。
火、水、風、地、時、命の六属性で、それぞれが精霊王の象徴と言われていた。
しかしそれらは属性であって、司るものではない。もちろん司るものは属性に少なからず関係するものではあるのだが。
簡単に言えば『属性とは生まれ持ったもの』であり『司るものとは就いた職業』だ。
「セレッソ達が聞こえた声から考えると、汚染と浄化をセレッソとグルージャが体現したって事かな」
「そう言われても今一つピンときませんわねぇ。支部長さん、何かしました?」
「お前さんの場合は身に覚えありまくりだろ。まぁ俺も他人の事は言えねぇけどよ」
グルージャが半眼になってそう言うと、セレッソは「うぐう」と言葉に詰まった。一応自覚はあるようだ。
あれとか、これとか。恐らく本人よりも他人が上げた方が多いのだろうが。
指を折って数えるセレッソの様子に、ローロとグルージャは揃って噴き出した。
「でもそれならここは、水の精霊王か精霊に関係の深い場所という事になりますわよね。アルディリアでそういった場所となると……」
「精霊や精霊王を祀る祭壇なら各地にあるが、一柱を特化して祀っている所は聞いた事がねぇな」
「僕もないなぁ。アルディリアはもともと水の精霊王の加護が強いとは言われているけれど……うーん」
三人がそれぞれ腕を組み唸るも思い当たるような場所はないようだ。
精霊信仰は一柱を集中的に祀るような事はせず、平等である。これは全てのものには精霊が宿るという精霊信仰の考え方に基づくものだ。
もしも一柱に集中して祀るような祭壇や何かが存在していたとしたら、精霊信仰の考え方が固まる前の、それこそかなり古い時代のものになるだろう。
ローロは少しだけ肩を落として息を吐いた。
「……こういうのはルシエが得意だから、ここにいてくれたら有難かったんだけどね」
「今コンタール山に向かっていますから。……あ、そう言えば」
コンタール山、と言った所で、セレッソは冬の討伐の時の事を思い出し、ポンと手を合わせた。
「以前ベナード隊長が『コンタール山の崖の底は精霊達の住処になっている』って言っていたのを思い出しましたわ」
「あー、この辺りに伝わるおとぎ話だな。何代か前のギルドマスターが調査させたみたいなんだが、特に何もなかったって記録が残ってる」
「騎士隊の方でも同じだね」
「でも不思議ですわよね。冬の精霊の悪戯といい、おとぎ話といい、石碑といい……これだけ同じ場所に揃い過ぎていたら、何かこう必然性を感じさせられてネタ的に燃えますわね!」
「――――」
セレッソの言葉にグルージャが少し驚いたように目を開く。
「あはは、セレッソはぶれないよね、グルージャ……グルージャ?」
「支部長さん、どうかされました?」
「あ、ああ、いや、何でもない」
急に黙ったグルージャにセレッソとローロが心配そうに声を掛ける。
グルージャはハッと我に返ると、首を横に振って笑って誤魔化した。
「それよりも、見てみろ。どうやらあそこが通路の出口みたいだぞ」
すっとグルージャが指さした先。
そこへ向かって歩いていくと、ようやく開けた場所に出た。
円形をした広間のような場所だ。セレッソ達が入って来た場所からちょうど真正面の場所には大きな扉があるのが見えた。
広間の天井はステンドグラスのような天窓があり、そこから青色、水色、白色の光が雪のように降り注いでいる。
まるで教会のようだとセレッソは思った。
「こいつはまた綺麗な場所に出たなぁ」
ほう、と感嘆の息を漏らしながら三人は広間へと足を踏み入れる。
すると光と共にその天井の光から声が降って来た。
『水の精霊王の在り方を体現する者よ』
三人はぎょっとして天井を見上げる。
どうやら今度はローロにもセレッソ達と同じ言葉が聞こえているようだ。見上げると同時に剣の柄に手が伸びた。
『試しの門を通り抜ける事が出来た汝らに、我が王の試練を与える』
声の言葉にセレッソ達は困惑気味にお互いに顔を見合わせる。
何を言っているのか、というのと、嫌な予感がする、というのが混在した複雑な表情である。
「し、試練?」
「何だかものすごーく嫌な予感がするのですけれど……」
「奇遇だな、俺もだ」
「うん、さっきも聞いたような台詞だね……」
三人がそんな事を言っている中、天井から降り注ぐ光が徐々に集まり、形を成し始めた。
足下からゆっくりと、まるで氷が出来るかのように。
小刻みに割れるような音を響かせながら生み出されるそれにセレッソとローロは見覚えがあった。
「氷の獣!?」
目を剥く二人をよそに現れる狼の姿をした氷の獣。
それは先日の冬の討伐で騎士と冒険者が倒したはずのものと酷似していた。
大きさ以外は。
「あの時よりも倍近く大きいですわよ!?」
「こいつは一体……」
「とにかく下がって、二人とも!」
剣を抜き、ローロは二人を庇うように前に出る。
だが声は彼女達の様子などおかまいなしに淡々と告げる。
『――――水の眷族、氷の霊獣』
氷の獣――――否、氷の霊獣の目が三人を捉え、そして、
『我が王の試練、見事打ち勝ってみせよ』
――――吼えた。




