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商店街の石碑

 発煙筒の煙を確認すると、ベナード、ルシエ、シスネの三人は直ぐに準備を整えて、数人の冒険者と共にコンタール山へと向かう為に隊舎を出発した。

 その後で、コンタールの町にに残っているセレッソはローロと共に、町の商店街へとやって来ていた。

 二人は暖かそうなコートやブーツなどを身に纏っており、防寒対策バッチリである。

 そして、そんな二人の手にはそれぞれシャベルが握られていた。


「一日に二度も氷と格闘するなんて思いもしませんでしたわっ」

「あはは……まぁ、仕事だからね」


 セレッソがそう言うと、ローロは苦笑気味に頷いた。

 セレッソとローロ、この二人が今回の居残り組である。

 コンタール山へ誰が向かうかという話になった時、ローロは隊舎にいなかった為に、自動的に待機となった。

 同じく待機となったセレッソの理由は、戦斧(ぶき)が安全に使用できるかどうか、まだ判断が出来なかった為である。


 とは言え、ただ隊舎で連絡を待っているだけではやる事がない。

 なので二人はコンタールの町へ出て、何かおかしな事がおきていないかを見回る事にしたのだ。

 もっとも、隊付き作家であるセレッソの仕事は、基本的には書類整理などの事務作業であるので、今回の見回りに関しては「落ち着きませんの」という理由で同行したのだが。


 そうして町を見回りながら、二人が辿り着いたのがコンタールの町の商店街である。 

 商店街の道や建物にも元々雪は積もっていたものの、この異常な寒さでびっしりと凍り付いてしまっている。

 いくらアルディリアが雪の多い国で、国民が雪道や凍結した道には慣れているとしても、今回は酷かった。

 道の端から端までがびっしりと凍りついているのである。

 凍りついた商店街は太陽の光を反射し輝いており、ただ見るだけならば綺麗ではあるのだが、ここを歩くとなるととても厄介だ。

 セレッソ達が通りかかった時、ちょうど商店街で店を構える者達が、道を通れるようにする為の作業について話し合いをしている所だった。

 彼らから事情を聞いた二人は、それならばと手伝いを申し出たのだ。


「すまんなぁ、騎士さん達。助かるよ」

「いえいえ。これも仕事ですので」

「僕達は向こう側を通れるようにしてきますから、こちらをお願いしてもいいですか?」

「お任せ下さいですわっ」


 二人が頷くと、商店街の店主達は、数人ずつに分かれ、通りのあちこちへと向かって行った。

 セレッソ達の担当は商店街の外れにある石碑付近である。

 二人は到着すると直ぐに作業に取り掛かった。

 セレッソが手に持ったシャベルを積もった雪に突き刺せば、ガキン、と堅い音が鳴る。

 やはりカチンコチンに凍りついているようだ。


「これは骨が折れそうですわね」

「そうだね……よいしょ」


 ローロは頷きながら、持っていたシャベルを雪に突き刺す。

 腕力の差だろう、シャベルはセレッソの時よりも深く雪へと埋まった。

 そのまま地面を掘るように、シャベルの刃に足をかけて押せば、ズシャリという音と共に凍りついた雪が持ち上がった。


「おお……!」


 セレッソが目をキラキラしてそれを見つめる。

 その眼差しに気付いたローロが、少しだけ照れたように笑った。


「ローロさん、力持ちですわ!」

「い、いや、僕よりも力のある人はいっぱいるから……」

「そんな事ありませんわ! わたくし、まだまだ鍛え足りないという事を自覚しました。最近、鍛錬を少しサボり気味でしたから、気合を入れ直して励みますわ!」


 果たして隊付き作家に腕力は必要なのだろうか。

 決意を新たにしているセレッソを見ながら、ローロは思わず真顔になった。

 そしてその頭にレアルの顔が浮かぶ。

 セレッソがベナード隊にやって来た時に、腕相撲勝負で負けたレアルは、いつかリベンジするのだとローロに話していたのだが、まだまだ遠くなりそうである。

 ローロが心の中で合掌している中、セレッソの話は続く。


「そう言えば、前々から思っていたのですけれど、こういう仕事も騎士のお仕事なんですのね」

「便利屋みたいって思った?」

「ちょっとだけ」

「はは」


 素直に頷くセレッソに、ローロは柔らかく笑った。

 本来の騎士の仕事は、アルディリアの法の下で、アルディリアの国民の安全を守る事である。

 国内の危険からも、外国の危険からも、基本的にはそう言った荒事が専門なのだ。

 なので、こういった民間の厄介毎の大半は、冒険者ギルドが請け負う事が多かった。


「まぁ、昔はこういう事はしなかったみたいだね」

「そうなんですの?」

「騎士っていう職業は、元々は貴族がなるものだったからねぇ。うちで言うなら、ルシエやシスネかな」

「えっそうだったんですの?」


 出てきた名前に、セレッソは目を瞬く。

 ローロはセレッソの反応を見て「おや」と少し首を傾げた。


「あれ、聞いていないのかい?」

「ええ、初耳ですわ。裕福な家の出身かなとは思っていたのですけれど」

「そっかぁ。……うーん、まぁ、二人とも自分からは言わないか」


 しまったな、と思いながら、ローロは顔をかいた。

 もっとも、ルシエもシスネも自分から言わないだけで、秘密にしているわけではないのだが。

 後で話してしまった事を謝っておこうと思いながら、ローロは続ける。


「今でこそ僕みたいな普通の家の人間も入隊が出来るけど、こういう風になったのも僕が子供の頃くらいからじゃなかったかな」

「そんなに前ではありませんのね」

「当時のある騎士隊の隊長が、アルディリアを守る為にも能力があり、希望する者は身分を問わずに採用するべきだって、王様に進言してくれてね」

「王様に……凄い人ですのね」

「うん。本当に……凄い人だったよ」


 ローロはそう言うと、空を見上げる。

 遠くを見つめるその目に、何か複雑そうな色が浮かんでいるようにセレッソには見えた。

 何かあったのだろうか。

 そうは思ったが、触れて良い話題なのかが分からず、セレッソは開きかけた口を閉じる。

 訪れた沈黙に、セレッソが何か言わねばと考えていると、ローロが視線を下ろた。


「……さて! 話をしてばかりいないで、手を動かさないとね。とりあえず、歩く場所から先に何とかしていこうか」

「はいですわ!」


 セレッソは普段通りの表情に戻ったローロにほっとしながら、力強く頷いた。




 セレッソ達が作業を開始してしばらく経った。

 だが、凍結の具合が酷く、なかなか思うように作業が進まない。

 それでも、何とか人ひとり分は何とか通れるだろうというくらいまで道が開けた頃だ。

 作業に集中していたセレッソが気が付くと、石碑の前にやって来ていた。

 反射的に石碑を見上げると、その表面にも雪が凍って張り付いている事に気が付く。


「そう言えば、ここでしたわね」


 セレッソはここでイサーク一座のジャンヌ達と歌った事を思い出して微笑みながら、石碑についた雪を左手で払う。

 石碑の雪は思ってよりもあっさりと払う事が出来た。

 どうやらそれ程凍り付いてはいないようだ。


「……あら?」


 石碑の雪を払っていたセレッソが、不思議そうに首を傾げる。

 ちょうどセレッソの目の胸の高さくらいだろうか。

 そこに書かれた石碑の文字の一部が、うっすらと光っているように見えたのだ。

 太陽の光に反射しているのだろうか、そんな事を思いながら、セレッソは深く考えずにその部分に指で触れた。

 その時だ。

 セレッソの手が、ずぶり、と石碑の中へと吸い込まれたのだ。


「!?」


 笑顔のままセレッソがピシリと固まった。

 彼女の頭の中は今、はてなマークでいっぱいである。

 何といっても、腕が石碑の中に吸い込まれたのだ。

 予想外の事態をに、セレッソの頭は処理落ち寸前だった。

 そんなセレッソの様子に気が付いていないローロは、ふう、と額の汗を拭うと振り返った。


「こんなところかな。少し休憩しようかセレッソ……って、何それ!?」


 そしてぎょっとして目を剥いた。

 振り返ればセレッソの腕が石碑にめり込んでいるのだ、それは驚くだろう。

 慌てて駆け寄ったローロは、セレッソと石碑を交互に見ながら、だらだらと冷や汗を流した。


「え、ええと、どうして腕が石碑の中に……セレッソ、抉ったの?」

「幾らなんでも、素手で石碑は抉れませんわ、まだ」

「まだ」

「まだ」


 そこ(、、)が気になったようで、ローロが真顔で聞き返すと、セレッソも神妙な顔で頷いた。

 先程の鍛錬発言と言い、果たしてセレッソは何を目指しているのだろうか。

 ローロは気になったが、とりあえず、それどころではないので頭の中で疑問を流した。


「と、とにかく……う、うーん。石碑から腕を抜いてみたらどうかな?」

「そ、そうですわね……」


 ローロに促され、セレッソはぐいと腕を後ろに引いた。

 だが、セレッソの腕はまるで固められたかのように、石碑の中から抜けない。


「…………抜けませんわ」

「え、えええ……」


 セレッソはぐいぐいと腕を引っ張るも、一向に石碑から抜けない。

 ローロもセレッソの腕を掴んで一緒になって引っ張るが、びくともしなかった。

 どうにも好転しない事態に、二人は静かに顔を見合わせた。


「詰みましたわ」

「詰んだね……どうしようか」

「とりあえず石碑に吸い込まれたのが左手だったのが幸いでしたわ。右手はちゃんと動くので、執筆には差し支えありませんの」

「そういう問題じゃないと思うよ?」


 セレッソとローロは石碑を見ながら、状況の割にはのんきにそんな事を話している。

 そこへちょうど、マルグリートとピエールを宿まで送り届け(ほうりこみ)に行ったグルージャが通りかかった。


「よう、お前ら、そこで何をしてるんだ……って、セレッソ、その腕は一体どうなってんだ?」

「ちょっと腕が抜けなくて」

「腕がめり込むくらい思い切り石碑を殴るなんて、お前は石碑(こいつ)に一体何の恨みがあるんだよ」


 グルージャは半目になって言った。

 ローロといい、グルージャといい、何故かそちらの発想が浮かぶあたり、二人の中でセレッソがどういう扱いなのかが伺える。

 セレッソは、むう、と口を尖らせると首を横に振って否定した。


「わたくし、まだそこまで出来ませんの!」

「まだ」

「まだ」


 やはりそこ(、、)が気になるのだろう。

 ローロと同じやりとりをした後で、グルージャは手で頭をがしがしとかいた。


「まぁ冗談は置いておいて……一体何をどうしたら、こんな状態になるんだ?」

「石碑を触っただけなのですけれど。そうしたら、手がすうっと吸い込まれてしまいまして」

「抜けないのか?」

「ええ、先程から引っ張っているんですが、ちっとも動きませんの」

「そいつぁ一大事じゃねぇか……その割にお前達、落ち着いているけどよ」

「あはは……その、あまりにもどうにもならないから、逆に冷静になったっていうか」

「あー」


 驚きが度を越えると、現実味がなくなるのと似たようなものなのだろう。

 グルージャにもそれが何となく伝わったようだ。

 苦笑しながら、グルージャは少し心配そうにセレッソの腕を見た。


「……で、石碑に吸い込まれた腕の方は大丈夫なのか? 痛くはねぇのか?」

「そう言えば痛みはありませんわね……というか、むしろ……普通に動かせられますわね?」

「え、動くのかい?」

「ええ。指の先までしっかり動かせますわ」

「とすると、石碑の向こうは空洞にでもなってんのか……?」


 グルージャが腕を組んで、石碑の裏側を覗きこむ。

 もちろん、石碑の裏にはセレッソの腕はそこにはなかった。

 あったらあったでシュールではあるのだが。


「……やっぱりめり込んでねぇな」

「ご希望なら出来るように鍛錬してみますけれど……」

「石碑がかわいそうだ。やめてさしあげろ」



『水の精霊王の在り方を体現する者よ』



 そんなやり取りをしていると、ふと、セレッソとグルージャの頭の中に、そんな声が響いた。

 男性とも、女性とも取れる中性的な声だ。

 セレッソとグルージャは、驚いて辺りを見回す。

 少し遅れて、ローロも自分の額に手を当てた。

 

「な、何でしょう、今の声……え!?」


 すると、突然、石碑の文字が一斉に光りを放ち始めた。


「な!?」

「え、え、あの、ちょ……ひ、引っ張り込まれますわ!」


 セレッソの言葉に、ローロとグルージャが慌てて彼女の腕を掴んで止めようとする。

 だが、その勢いは止まらない。

 石碑の文字の光がだんだんと強くなっていくのと同時に、吸い込む力も強くなっているのだ。

 セレッソの体が石碑へと吸い込まれて行く中、その腕を掴むローロとグルージャの身体もまた、石碑の中へと進んで行く。


「おい、嘘だろ!? ちょ――――」

「これ、まず……」


 焦る三人をよそに、光は強くなる一方だ。

 やがて、石碑の文字が、目を開けているのも出来ないくらいに強い光を放つ。

 異変に気が付いて集まって来た商店街の店主達の目の前で、セレッソとローロ、グルージャの三人は石碑の中へと姿を消した。

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