魔法が掛かったようなもの
ルシエとシスネが戦斧を調べ終え、戻って来た後の事だ。
セレッソ達は広間のテーブルの周りをぐるりと囲んでソファーに座っていた。
もちろん二人の話を聞くためである。
人数が多い為、一部座り切れない者もいるにはいるが、気にしていない様子である。
それぞれ思い思いにテーブルの周りを囲み、ある一点を見つめている。
視線の先にあるのは件の戦斧だ。
テーブルの上にどっしりと置かれたそれの刃は、相変わらず澄んだ青色に輝いていた。
「結論から言うと、この戦斧には魔力が宿っているの」
ルシエはテーブルを囲む者達の顔をぐるっと見回し、そう言った。
今のルシエには普段のおどおどした様子はない。
聞き取りやすいようにはっきりと――――心なしかワクワクとした様子で話すルシエが珍しくて、アベートは目を丸くした。
「魔力と言うと、魔法を使うのに必要な素質だったか?」
グルージャがルシエに聞き返す。
ルシエは「ええ」と答えて頷いた。
魔法を使うのに必要な素質。
そう聞いて、サウセは指で自分の頬をかいた。
「あー、俺達、魔力ねぇんだよなぁ。ベナード隊は皆使えるんだっけ?」
「使えるのは俺とルシエ、シスネ、レアルの四人だな」
ベナードがそう答えると、サウセは意外そうな顔でセレッソに視線を向けた。
「あれ? セレッソとローロは、魔法を使えないのか?」
「ええ、わたくし、魔力はないんですの。何度も何度も、それこそ何度もシスネさんに手伝って頂いて調べたのですけれど、全くのゼロでしたわっ」
そう、セレッソには魔力が無い。
ベナード隊にやって来て早々に『見通しの石』で調べてみたが、何の反応もなかったのだ。
サウセはそんなセレッソの言葉を聞くと、バッと勢いよく顔を上げ、シスネを見た。
シスネは向けられたサウセの視線に、フッと、何か達観したような笑みを浮かべる。
そして目を伏せた。
シスネの様子に、何かを理解したサウセはツカツカとシスネに近寄ると、ポンと肩に手を置く。
「大変だったな……」
思いがけず優しい言葉を貰ったシスネは、ハッとした表情でサウセを見上げる。
サウセはゆっくりと頷いた。
「分かって頂けますか、サウセさん」
「ああ、よく分かるぜ。何つーか、アレだな。本当……大変だよな、お前らも」
「お二人には後でお話がありますの」
お互いの苦労(?)を分かち合うシスネとサウセを、セレッソが憮然とした顔で睨む。
放っておくとどこまでも脱線しそうだ。
アベートはやれやれ、と眉間を抑えると、話の流れを戻そうと、グルージャに話しかける。
「まぁそれは置いておいてだが……なぁ支部長、うちの支部って、魔法を使える奴って誰かいるんすか?」
「カトレーヤだな」
「えっ」
アベートの質問にグルージャがさらっと答える。
返ってきた言葉にアベートだけではなく、他の者達も意外そうに目を丸くした。
もっとも、誰の名前が挙がっても驚くだろうが、カトレーヤだったからこそ余計にこの反応だったのだろう。
「マジで?」
「マジだ。もっとも、あいつは勉強する気がゼロだがな」
「もったいねぇ……」
「何て羨ましい……!」
グルージャが肩をすくめてそう言うと、アベートとセレッソが揃って唸った。
二人とも羨ましげに「くうっ」と拳を握っている。
それを見て、ベナードが片方の眉を上げた。
「何だ、お前は魔法使うの諦めてなかったのか?」
「魔法魔法と繰り返していたら、何だか気になって仕方ありませんの」
刷り込みのようなものだろうか。
ルシエの頭の中で雛鳥のようにパタパタと羽ばたくセレッソとアベートが浮かぶ。
姿はもこもも着ぐるみだ。
セレッソはともかく、アベートが知ったら落ち込みそうな光景である。
想像して微笑ましそうに目を細めると、ルシエは説明を再開した。
「うふふ。えっと、話を戻すわね。戦斧に魔力が宿っていると言っても、あくまで後天的なものなのよ」
「後天的?」
「ええ。もともと生まれ持ったものではないという事ね。セレッソちゃん、この戦斧は最初は普通の物だったのよね?」
「はいですわっ」
「それが、氷の獣に突き刺さった時に、その身体の一部とみなされた。細かい部分は記録を取って調べてみないとだけれど、その時に氷の獣の魔力が戦斧に流れたのだと思うわ。私達の体に血が通うみたいにね」
ルシエがとんとん、と自分の手で胸を軽く叩く。
ふっと、ルシエの豊かなそれが目に入る。
アベートとシスネが真っ赤になって、慌てて視線を逸らす隣で、マルグリートがポン、と合点が言ったように手を叩いた。
「それじゃあ、これ、氷の獣の体の一部なのね! どの部分かな、ピエール?」
「ひい! 怖い表現は止めて下さい、マルグリートお嬢さん!」
マルグリートの言葉に、ピエールがサッと青ざめる。
一部の者達には、ピエールが叫んだ意味が分かったようだ。
いわゆる、スプラッタ的な。
頭の中でその光景を想像してしいまい「うっ」と口を押え、戦斧から視線を逸らした。
もっとも、氷の獣の体はあくまで氷なので、彼らが想像しているような事にはならないのだが。
恐らくは何か別の想像が混ざったのだろう。
彼らを見ながら、その戦斧の持ち主であるセレッソは、若干複雑そうな表情を浮かべた。
「何ですの、この言葉に出来ないような気持ちは……」
「恋か」
「わたくしの恋はベナード隊長に一直線ですの!」
からかうグルージャに、セレッソは、むう、と口を尖らせる。
そんなセレッソ達を見て、シスネはこめかみを押さえて小さく息を吐いた。
「とは言え、氷の獣そのものになった、という事ではありませんから、ご安心を。戦斧は戦斧です。どちらかと言うと、この状態は魔法が掛かった状態に近いものです」
「そうなんですの?」
「ええ、だから大丈夫です」
頷くシスネに、セレッソや、青ざめていた者達がほっとした表情になる。
ルシエは「そうね」とシスネの言葉を引き継いで続ける。
「隊長、これを持って、何か魔法を使ってみて」
話ながらルシエは戦斧を持ち上げる。
そしてそれをベナードに向かって差し出した。
「魔法? 何でも良いのか?」
「ええ。……あ、でも、ほんの少しだけね」
ルシエは人差し指を立てて「少しだけ」と、もう一度念を押すように言う。
ベナードは戦斧を受け取り、少し首を傾げた。
どの魔法を使えば良いか考えているのだろう。
「少しね…………ああ、じゃあ、身体強化で良いか」
「ベナード隊長の魔法!」
ベナードの言葉に、セレッソは両手を胸の前で組み、目を輝かせて立ち上がった。
どんな時もぶれない子である。
ベナードは苦笑しながら、小さい子に言い聞かせるように
「セレッソ、ちょっと座っていような」
と言って、セレッソに座るように促す。
セレッソは「はいですわっ」とにこにこ笑って、素直に座り直した。
「それじゃあ、始めるか」
ベナードは気を取り直し、戦斧を握り直した。
そして軽く息を吸い、何やら小さく呟く。
何を言っているのかはセレッソ達には聞き取れないが、見た事はある。
魔法を発動する際に必要な手順だ。
ベナードが言い終えると、戦斧を持つベナードの腕が、ふわり、と淡く光る。
――――その瞬間、戦斧の刃からパキリと音を立て、青色の氷の刃が出現した。
「うお」
「何か出たよ!?」
戦斧の刃は、突如出現した氷により、ひと周り大きくなっている。
セレッソ達はぎょっとして、目を見開いた。
「え、え、ど、どういう事ですの?」
「なるほど、魔力にあたるとこうなるって事か」
「セレッソの部屋が氷漬けになったのも、そういう関係なんだな?」
「ええ」
ベナードが身体強化の魔法を解くと、戦斧に出現した氷の刃はガラスのように砕け、ハラハラとテーブルの上に積もった。
青く輝くその色は、確かにセレッソの部屋の氷と一致している。
だがセレッソの部屋に張っていた氷と違い、テーブルに触れた後は、部屋の温度によって溶け、ただの透明な水となった。
腕を組んでそれを見ながら、サウセが言う。
「でもよ、そいつはおかしくないか? セレッソには魔力がないんだろう? なら、今回の騒ぎの原因は何だってんだ?」
「恐らく、戦斧の周囲に魔力が発生した事によるものだと思うわ」
「周囲に魔力? だけど、魔法が発動できるくらいの濃度の魔力なんて、早々に発生するもんなのか?」
「セレッソさん、何か変なもの拾って来たりしていませんよね?」
「ひ、拾って来たりしてませんわよ?」
セレッソは咄嗟にぶんぶんと首と手を横に振って否定するも、身に覚えがあるのか少し動揺している。
シスネ達からジト目で見られ、セレッソは両手の人差し指同士を合わせ「本当ですのに……」といじけた。
そんな中、何かないかとしばらく考えていたベナードが、ハッと顔を上げてコンタール山を見る。
「ベナード隊長?」
「……待て、あるぞ。コンタール山だ」
ベナードがそう言うと、部屋にいた者達の視線も、自然と窓の向こうに聳え立つコンタールに集まる。
セレッソ達が聞いたと話す不思議な音。
そして今日の異常な気温。
それが全て魔力に関係するものであったのなら、話は繋がる。
「あら? ……山から煙が上がっていませんか?」
山を見ていたセレッソが何かに気が付いた。
よくよく見れば、ゆっくりとだが、山の間から橙色の煙が上がっているのが見える。
「レアルに持たせた発煙筒の煙だ」
ベナードの言葉に、ピリ、とその場の空気に緊張が走る。
一同はお互いに頷き合うと、戦斧についての話を切り上げ、ソファーから立ち上がった。




