コンタール山の調査 中編
コンタール山は相変わらず深い雪に覆われている。
地面は言わずもがな、そこに生える木々もまた雪に覆われ、真っ白な雪の塊――――樹氷と化していた。
時折強く吹く風が、樹氷の雪を、積もった雪を薄い青空へと舞い上げる。
踊るように、暴れるように。
そんなコンタール山に入って直ぐに、レアル達はアスール狼の群れに襲われた。
「うわっ! 何だよ、こいつら、いつもより狂暴……!」
「うわー! ヒラソール、そっち行ったッスー!」
静かな山にヒラソールとペーラの声が響く。
ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人を他所に、レアルとカルタモは訝しんだ視線をアスール狼に向けていた。
二人の視線の先にあるのは、アスール狼の灰色の毛並み、その中にはっきりと見える赤色だ。
そう、彼らを襲ったアスール狼の群れは手負いだったのである。
「……どういう事だ?」
カルタモがアスール狼の攻撃を槍で捌きながら疑問を口にする。
アスール狼とはアルディリア各地に生息する獣だ。
各地に、という言葉通り、コンタール山にもアスール狼の群れが生息している。
先日セレッソとヒラソール、ペーラの三人が遭遇したアスール狼も、その群れの一部だ。
アルディリアは一年を通してその国土のほとんどを雪に覆われた食糧の少ない土地である。
人が食糧問題で頭を悩ませているのと同じく、獣達も自分達が生きる為に食糧を求めて人を襲う。
彼らの餌場に入れば襲われるのはアルディリアでは普通の事であった。
もちろんそれはコンタール山でも同じ事が言える。コンタール山に足を踏み入れれば、いつアスール狼に襲われてもおかしくはないのだ。
だがしかし、奇妙な事に、レアル達を襲ったアスール狼の群れは手負いだったのである。
「ボク達よりも早く、誰かが山へ入ったようだね」
レアルがそう言いながら一匹のアスール狼を切り伏せる。
いつもよりも凶暴性が増しているものの、負っている怪我の為にアスール狼の動きは鈍い。
良く見て対処をすれば、倒すのはそう難しくはなかった。
「ぎゃー! そっち行ったッス、ヒラソール!」
「うわー! ていうか後ろ! 後ろ! ペーラ!」
「お前らな……」
賑やかな新人コンビに半眼になりながら、カルタモがアスール狼を一匹仕留めた。
流石はベテランと言う所だろうか。
以前の冬の討伐でもそうだが、カルタモの動きは静かで的確だ。無駄がない、という言葉がよく似合うとレアルは思った。
そうしてしばらく戦った後、ヒラソールとペーラが二匹のアスール狼を倒す頃には、他のアスール狼達も雪の上に横たわり、静かになっていた。
「うわー……死ぬかと思ったぁー……」
「ま、まだまだッスね、ヒラソール……あ、あたしはまだまだ平気ッス……」
「そういう台詞は呼吸整えてから言えって……」
ヒラソールとペーラはぜいぜいと肩で息をしながら、そんな軽口を叩き合う。
登山の疲れも合わさって、二人の顔に浮かぶ疲労の色も濃い。
そんな二人とは対照的に、僅かに息が上がった程度のレアルとカルタモは苦い顔でアスール狼の死体を見ていた。
「誰だか知らねぇが、中途半端な事しやがって……」
カルタモは吐き捨てるようにそう言うと、軽く槍を振るって刃についていた血を払う。
レアルも同様の動作をした後で、武器を鞘に納めた。
「ボク達が山に入ったルートには足跡はなかった。となると、別の方角から山に入ったのだと思うが……無事かどうかは微妙な所だね」
入った者達が、とレアルが暗にそう言うと、カルタモも頷く。
レアルの声が聞こえたのか、ヒラソールがぎょっとしたように目を剥いた。
「えっ、じゃあ、ちょっと山の周りをぐるっと見て来た方が良いんじゃない?」
「いや、位置から考えると、襲われたとしても下ではないね。確か……」
レアルはそう言いながら、ごそごそと鞄を探り、中からコンタール山の地図を取り出して開いて見せた。
そこには何やら丸印とメモ書きが書かれている。
レアルは地図の印の場所を確認しながら顔を上げると、周囲を見回す。
すると、遠くの木の枝に橙色をした紐が結ばれているのを見つけた。
「あれ何ッスか?」
「この間の冬の討伐の時に、ルシエ副隊長の班がアスール狼の足跡を発見してね、その目印だよ。あの付近にアスール狼の住処が存在する可能性があるんだ」
「なるほど……」
カルタモが納得してそう言うと、いまいち分かっていないヒラソールとペーラも同じように『なるほど』と頷いた。
二人の様子にカルタモはため息を吐く。
「分かってねぇのに分かったフリをするんじゃねぇ」
「何でバレたの!?」
「顔に書いてあるわ、阿呆」
「消すッス!」
「消せるか、阿呆」
慌てて手で顔を隠す二人にレアルは苦笑しながら、分かるように説明を始めた。
「アスール狼の狩りの範囲は、住処のある位置で決まるのだよ」
アスール狼とは群れで狩りをする獣である。
一匹一匹はそれ程強くはないが、それを補って、見事な連携で自分達の体の何倍も大きな獲物すら仕留めてしまうのだ。
だが、幾ら体の大きな獲物を仕留める事が出来ても、それを住処に持ち帰る際には数匹で引き摺って行くしかない。
獲物を引きずって住処に持ち帰る際に襲われた場合、直ぐに敵に対処出来る数はどうしても少なくなる。
アスール狼にとっては住処まで持ち帰る事の方が、狩りをする事よりも危険なのだ。
その為、彼らは自分達の住処の周辺で狩りをする習性があった。
「それじゃあ、あの近くにいるかもって事ッスか?」
「そうなるな。……まぁ、この様子だと生きていても無傷ってわけにはいかねぇだろうが」
カルタモの言葉にヒラソールとペーラのがごくり、と喉を鳴らす。
若干青ざめた二人を他所に、カルタモはレアルを見て「どうする?」と聞いた。
「先に住処の付近を調査した方が良いと思うが、そうなると戦力的に少しばかり不安があるね」
「住処の方に何匹残っているか分からねぇからな……応援を呼んだ方が良いとは思うが、時間がな」
カルタモがそう言いながら鞄から発煙筒を取り出した。
先日、冬の討伐で使われた物と同じものである。
「時間?」
「怪我も含めて、この寒さだ。生きていたとしても、時間が掛かり過ぎれば命の危険がある」
「な、なら、直ぐに助けに行きましょうッス!」
カルタモの言葉に、直ぐに反応をしたのはペーラだった。
「ペーラ……」
「だって、危険なんですよね? なら、直ぐに助けにいかないと……!」
「そこにいるという保証も、生きているって保証もない」
「保証がなくても、困っているなら助けるのが冒険者ッス!」
カルタモの言葉にペーラは力強くそう言った。
ペーラが言ったのはアルディリアの冒険者達の信念だ。
だが、その言葉に何とも言えない違和感を感じ、レアルは少しだけ目を細める。
「それはそうだが……あー……そうだな。なら、俺とレアルで様子を見に行くから、お前らはどこか安全な場所に残って、応援を呼んでくれ」
カルタモは少し考えた後でそう言うと、ペーラに向かって発煙筒を差し出した。
「え?」
「ん?」
差し出された発煙筒を見て驚くペーラに、カルタモが軽く首を傾げる。
まるで、何故自分に発煙筒を差し出したのかが分からない――――否、分かりたくない、というような様子で。
発煙筒を前に、受け取る素振りを見せないペーラにカルタモが訝しんだ視線を向ける。
「どうした?」
「えっと、その……あ、あたしも助けに行きたいッス!」
そう言って手を挙げるペーラに、カルタモは目を丸くした後、ため息を吐いた。
「馬鹿言うな、危険そうな場所にお前ら連れて行けるか」
「ペーラ、無茶言うなって」
「ば、馬鹿じゃないッス! あたしだって冒険者ッス! 誰かを助けるくらい……」
「くらいじゃねぇ。助ける対象を増やすな、足手まといだ」
ペーラの言葉を、カルタモは一蹴する。
助ける対象を増やすな、そう言われたペーラはぐっと唇を噛んで視線を落とした。
何とも言えない空気が流れる。
その空気を払うように、二人のやりとりを聞いていたレアルがぽん、と手を叩いた。
「とは言え、新人二人を残して行くのも、先輩として、センパイとして聊か気がかりだね! うむうむ、ならば、アスール狼の住処に近づかない範囲でぐるりと辺りを見回って足跡がないか探してみたらどうだい?」
先輩を強調しつつレアルがそう提案すると、カルタモが考えるように腕を組む。
「だが、それだと時間が……」
「住処にいたら、どの道もう無事ではいないだろう。足跡を探して、それを追った方が早いのではないかね?」
「それは、そうだが……」
だが、と言い掛けるカルタモは、ペーラに視線を移す。
相変わらず下を向いたままのペーラに、カルタモは深くため息を吐くと、レアルの方へと視線を戻した。
「……分かった。だが、一度に移動するのはやはり時間が足りねぇ」
「ああ、別々に探した方が良いね。ならば、ボクは……うむ、出発前にも言ったからね、ボクがペーラの面倒を見よう」
ぽん、とペーラの頭に手を乗せて、レアルはそう言った。
ペーラは驚いたように顔を上げる。
思わず合った視線にレアルは笑ってみせると、カルタモに「どうだい?」と尋ねた。
恐らく今のままカルタモとペーラを組ませれば、途中で厄介な事になるとレアルも思ったのだろう。
その意図が伝わったようで、カルタモはペーラをもう一度ペーラを見た後、頷いた。
「頼む」
「うむうむ、任せておきたまえ! 先輩だからね、センパイ!」
ニッと笑って胸を叩くレアルの傍で、ペーラは若干気まずそうにカルタモから視線を逸らす。
ヒラソールはそんなペーラを心配そうに見ていた。




