コンタール山の調査 前編
セレッソ達が部屋の氷をどうにかこうにか剥がそうと奮闘している頃。
コンタール山の調査へと向かう為にベナード隊の隊舎を出発したレアルは、冒険者ギルドの前へとやって来ていた。
隊長であるベナードから、コンタール山へ向かう前に冒険者ギルドへ向かうように指示を受けたからである。
コンタールの町中は相変わらずの異様な寒さではあったが、年越しの祭りを数日後に控えている為か、人通りは多い。
見慣れたコンタールの町の住人達以外に、他の町から来た者達の姿もあった。
とは言え、そのほとんどが観光目的ではない。
何分コンタールは娯楽が少ない町である。これと言って見るべきものが無い、ごくごく平凡な町であるからして、やって来る理由の大半は何かしらの仕事絡みだ。
荷物や手紙の配達に、商人同士の商談、打ち合わせに、他の町の冒険者ギルドから依頼された仕事、それに、
「イサーク一座の舞台見損ねたぁぁあぁあぁぁあ……!」
と、まぁ、中にはそんな事を叫んでいる者もいたりする。
言葉通り彼らはイサーク一座のファンである。
どこから聞きつけたのか、マルグリートやピエールのようにイサーク一座目当てにコンタールへやって来るファンの姿も精霊祭以降増えていた。
「まぁ、賑やかになるのは良い事だがね」
レアルは道行くコンタールの人々の姿を見ながら小さく呟く。
そう、賑やかになるのはコンタールが活気づいている証拠でもある為、良い事ではあるのだ。
だが人が増えれば増えただけ面倒事や厄介毎も増えるのが、その難しい所である。
そして人が増えた事によって発生した面倒事の仲裁や解決に駆り出されるのは騎士や冒険者達だ。
ただでさえ忙しい年越しの祭りの準備の中で起こる面倒事に、彼らの疲労やストレスも高まっていた。
レアルはそんな事を考えながら冒険者ギルドのドアへと向き直る。
とにもかくにも今はコンタール山の調査が先だ。
そう思い、レアルはギルドのドアを開けた。
――――開けて、まるで氷結したかのように、ピシリ、と固まった。
「いい加減諦めろペーラ! つーか離せ、苦しいんだよ!」
「いやッス! ぜったいにぜったいに諦めないッスー!」
冒険者ギルドの中はとても賑やかだった。
否、賑やかというよりは、騒がしいという方が正しいかもしれない。
「……何だいコレは」
レアルはポカンとした表情で呟いた。
彼の目の前には、目を吊り上げて怒るカルタモと、カルタモの腰にしがみついて何とか離すまいとジタバタしているペーラの姿があった。
何を諦めるのか、諦めないのか、レアルには想像がつかない。
想像がつかないが、一先ず浮かんできた言葉を口にした。
「新手の修行かい?」
男女間の甘酸っぱい何かとは到底思えない光景に、浮かんできた言葉はロマンもへったくれもない、それである。
もっとも、これが甘酸っぱい何かから派生したものだとするならば、甘酸っぱさよりも苦みと酸味が増した修羅場に近い気もするのだが。
そんなドロドロした考えをパッと振り払ってレアルは右手の指で頬をかいた。
「レアル?」
「む、ボクとした事が挨拶が遅れて失礼した。お邪魔しているよ」
レアルの声が聞こえ、カルタモとペーラがいったん騒ぎを止めた。
二人以外にも冒険者ギルドの中にいたグルージャとヒラソール、そしてカトレーヤが彼の方を見る。
集まる視線の中、レアルは軽く手を挙げて挨拶をする。
「こんにちはレアルさん! その響き良いッスね! そうッス! これは修行ッス! 正確に言うと修行の為の準備運動ッス!」
レアルの言葉に真っ先に反応をしたのがペーラである。
ペーラが目を輝かせて力強くそう言うと、カルタモが即座に「違う」と反論した。
「こんな準備運動があってたまるか! 準備運動ってのはな……」
「そうかい、カルタモにも弟子が出来たのか。これはめでたい事だね! このボクが新たな師弟関係の誕生を祝おうじゃないか!」
「待て違う、色々待て」
ペーラの言葉にうんうんと頷くレアルに、カルタモは頭を抱えた。
そんな三人の様子に冒険者ギルドのコンタール支部、支部長グルージャは苦笑しながら、
「ようレアル。誰かしら来ると思ったが、やっぱりお前さんだったか」
と、片手を挙げて声を掛けた。
グルージャの話によれば、ヒラソールから相談を受けた冒険者ギルドの方でも、コンタール山の調査に向かおうとしていた所だったそうだ。
コンタール山から聞こえた音については、ヒラソールの妹のクルトゥーラ以外にも、何人か聞こえたという報告がコンタールの住人達から上がって来ているらしい。
こういった住人達からの情報収集の部分に関しては、やはりまだまだベナード隊は冒険者ギルドには及ばない。
これはベナード隊の人数が少ないだけが理由ではない。
コンタールの町の住人達からの信頼や、相談しやすさの差だ。
以前と比べれば大分打ち解けたように思えても、まだまだ足りない部分がある事を実感しながら、レアルはグルージャの話を聞いていた。
「それで冒険者ギルドからは誰が調査に向かうんだい?」
「ああ、カルタモだ。調査に向かう前に騎士隊と相談をしようと思っていたんだが、うちの方が町の門に近いからな。入れ違いになるかもしれねぇから待っていたら、来てくれて良かったよ。誰が向かうかは、大体の見当はついていたがな」
グルージャがニッと笑ってそう言うと、レアルは手で肩に掛かった髪をフアサ、と優雅に払う。
「フフン、優秀なこのボクが、このボクが調査に向かうのは当然の」
「レアルっち、この間、子供達が掘った落とし穴に落ちていなかった? あれどうなの、落とし穴落ちる時って何かこうスリルあんの?」
カトレーヤに言葉を遮られ、レアルは半眼になった。
「聞きたまえよ。というかレアルっちって何かね、というか落とし穴の話を誰から聞いたのだよ、ツッコミ所が多すぎて一人では足りないのだがね!?」
「えっレアルっち分裂するの? すげぇ」
「人を謎の生物みたいに言うのはやめたまえ!」
真顔で驚くカトレーヤに、レアルは頭を抱えて呻いた。
二人のやりとりにグルージャとヒラソールは思わず噴き出す。
レアルは何か言いたげに二人を見たが、諦めたようにため息を吐いた。
そうして目の前にいるカルタモとペーラの方に視線を移す。
「……それで、その調査員がどうしてこういう状態になっているのだね?」
「いやなに、ヒラソールとペーラが調査に同行したいと言い出してな。まぁ経験を積ませるのも悪くはないかと思ったんだが、流石にカルタモ一人に新人二人の面倒を頼むのはちと負担が掛かるんでな。ジャンケンでどちらが同行をするか勝負させたわけだ」
「カトレーヤは手が空いていないのかい?」
「いやーあたしも調査に行きたい気はまんまんなんだけどさぁ、残念だけどこれから別件の依頼なんだ」
レアルの言葉に、カトレーヤは首を横に振ってそう言った。
調査へ行けないのが本当に残念なのだろう、表情から『行きたい』という幻の文字が見えそうなくらい、残念そうだ。
「ほうほう、それで勝ったのは?」
「うん、オレなんだけどね」
ヒラソールが軽く手を挙げた。
ジャンケンで勝ったのがヒラソールならば、何故こんな状況になっているのだろうか。
そう思って首を傾げるレアルにグルージャは肩をすくめ、
「いやな、ペーラがどうしても調査に同行したいってなぁ。それならカルタモを納得させろと言ったらこうなった」
と、手のひらをカルタモとペーラの方へ向ける。
ようやく状況を理解したレアルは、それを聞いて「ああ……」と何とも言えない表情になった。
「カルタモセンパイ、一生のお願いッスー!」
「お前の一生のお願いは一体何度あるんだよ、この間も聞いたぞオイ」
「大丈夫ッス! 一生は一生続くッスー! 昨日よりも今日、今日よりも明日! だからこの間の一生のお願いよりも新しいッス!」
「何かいい事言おうとしてるっぽいけど、全く言えてないよ!? っていうか、ほらペーラ、無理言うなって」
「いやッスー! ヒラソールと差が付くッスー!」
必死でペーラを引き剥がそうとするカルタモと、何とか宥めようとしているヒラソールの努力も虚しく、ペーラはカルタモにしがみついたままぶんぶんと頭を横に振った。
相当に力を込めているのだろう、しがみつかれているカルタモは苦しそうである。
カルタモは本気で困っているようだが、ペーラもペーラで半ば意地になっているようにも思えた。
そんな三人のやりとりを見ていたレアルは「そう言えば」と、グルージャに近づき、小声で話し掛ける。
「そう言えば、ペーラは以前はヒラソールの事も“センパイ”と呼んでいなかったかね?」
「ヒラソールの方がほんの少しだが冒険者になるのは早かったから、まぁ先輩だな。あいつもあいつで、まだまだひよっこだが。……ま、何かしら心境の変化があったんだろ」
グルージャの話を聞いたレアルは「ふむ」と腕を組んで頷くと、
「それなら、ボクも調査に向かうのだから、別に一人増えても構わないのではないかね?」
と、そう提案をした。
その言葉にペーラが「えっ」と顔を上げ、グルージャやカルタモ、ヒラソールやカトレーヤが意外そうな顔でレアルの方を見る。
一人増えても構わない。
つまりは、レアルは自分が片方の新人の面倒を見ると言っているのだ。
「そいつはありがたいが……いいのか?」
「どうせ同じ場所へ向かうのだからね。それに、このまま続けば出発が遅れるだろう?」
グルージャの言葉にレアルは力強く頷いた。
カルタモも「それなら、まぁ、良いか」と呟くと、ペーラはカルタモから手を離し、
「やったー!」
と、嬉しそうに両手でバンザイをしながら、ぴょんぴょん跳ねた。
ようやく自由になったカルタモは、しがみつかれていた腰を痛そうにさすっている。
ヒラソールとカトレーヤは何だかんだで上手く話がまとまった事に、安堵したような表情を浮かべていた。
「フッ感謝したまえよペーラ。ボクは寛大だからね! ここは心を込めてセンパイと呼んでくれても構わないよ!」
レアルはそんな彼らを見ながら、ニッと笑って胸を叩く。
レアルもレアルで、思う所は色々あるようだが『センパイ』と呼ばれたい方に比重が多く見えるのは何故だろうか。
ペーラは目を輝かせてレアルの手を取ると、ぶんぶんと上下に思いきり振る。
「レアルっち、ありがとうッスー!」
「実にフレンドリーだね!?」
ペーラの言葉にレアルは目を剥いた。
レアルっち呼びの張本人であるカトレーヤは、
「浸透して来て良かったな、レアルっち!」
などと、満足げに頷き、レアルの肩にポンと手を置いた。




