物事の繋がり
石碑の前で開かれた臨時公演という名前の小さなコンサートが終わってから少し経った後。
セレッソ達はジャンヌやアベートも含めてコラソン亭で遅めの昼食を取った後、再びコンタールの町の商店街を歩いていた。
目的は勿論、本日の騎士隊で割り振られた仕事である大掃除の為である。
セレッソ達の他に、ジャンヌやアベートも目的は違うものの向かう方向が同じだった為、一緒に行動をしていた。
「それであんた達が商店街担当ってわけか。どうりで珍しい奴らが手伝いに来てると思ったわ」
セレッソ達が揃って商店街にいる理由を聞いて、アベートは納得したように頷いた。
アベートが言う『珍しい奴ら』とは、恐らくルシエのファンの事だろう。
役割分担をしていた為にセレッソ達からは彼らの働きぶりは見えないが、アベートが言うにはとても良く働いてくれているようだ。
それを聞いたルシエは「お礼、しっかりしないと……」と、彼女にしては珍しくやる気を出していた。
ちなみに、忙しい時期に手伝って貰っている分、それだけではさすがに申し訳がないので、それとは別にアルバイト代も用意していたりする。
「そういうアベートさんも商店街の手伝いなんですの?」
「ああ、まぁな。俺の分担は専ら荷物運びとか、他の町から届く荷物の仕分けの手伝いだな」
「ああ……確かに、毎年大変な事になっていますよね」
アベートの言葉にシスネが神妙な顔で頷いて言った。
シスネの言う通り、この時期はコンタールだけではなく、アルディリアの各地で年越しの祭りや、年の始まりに向けて荷物の配送の馬車が増える。
荷物の内容は食べ物だったり、店に並べる商品だったり、燃料だったり雑貨だったりと様々ではあるが、文字通り山ほどやって来るのだ。
一つの馬車で一つの店の分だけが届くのではなく、複数の店の荷物が一緒に届くので、なかなかの騒ぎになる。
もちろん間違いなども少なくはなく、そのトラブルが起きにくいように第三者として冒険者達が間に入って荷物の仕分けや配達を手伝っているのだそうだ。
「しかもさ、こういう時期の支部長は結構な鬼でよ。仕事が終わったって報告に行けば、次の仕事を笑顔で目の前に山積みにするんだよ……」
「ええ……分かる、分かるわ……。有無を言わさぬような笑顔なのよね、本当に……」
アベートが疲れたように息を吐くと、ルシエもそれに同意するように頷いた。
セレッソとシスネは頭の中に今朝方のベナードの姿を思い浮かべた。
確かに笑顔だった。
不気味なまでに良い笑顔だった。
セレッソは「こういうベナード隊長の笑顔も素敵ですわ! 婿に!」と言って、ベナードに「はっはっは! それよりも仕事だ!」とバッサリ切られていた。
相変わらずの光景である。
「仕事を頑張る男性って素敵ですわよね!」
ベナードとのやりとりを思い出してセレッソはにこにこ笑いながら力強くそう言うと、
「いやあれは鬼だ」
「ええ、あれは鬼よ」
「セレッソさんは相変わらずブレないですよね……」
と、ルシエ、シスネ、アベートの三人に即座にそう言われた。
そんな四人の話を聞いていたジャンヌが、堪えきれないように噴き出した。
「あっはっはっは! あんた達、面白いねぇ」
「あら、うふふ! 光栄ですわっ」
セレッソがそう言うと、シスネはしきりに「光栄……?」と首を傾げていた。
ジャンヌの言葉は恐らく好意的なものだとはシスネも分かるのだが、面白いと言われて素直に喜んで良いのかどうかと言われると、シスネにとっては微妙な所らしい。
そんなシスネはさておき、ジャンヌは目尻の涙を拭いた。
「あんた達自身も面白いんだけど、何より、あれね。冒険者と騎士がこんな風に普通にわいわい話をしている町なんて珍しいわ」
「あー、まぁ、それはなぁ、色々あったからよ。なぁ?」
ジャンヌの言葉にアベートが顔をかきながらそう言うと、セレッソは頷いた。
「へー? 詳しく聞きたいところだけど、忙しいわよね。今度カラバッサにでもゆっくり聞かせてもらおうかしら」
「カラバッサ?」
ジャンヌの口から出てきた名前にアベートは意外そうに目を丸くした。シスネやルシエも同様だ。
セレッソだけは、先日イサークから呼ばれた際にカラバッサからイサーク一座との事を少しだけ聞いていたので、特に驚きもなく落ち着いていた。
そんな彼らにジャンヌが「知り合いなのよ」と、以前に冒険者ギルドを通して依頼を出した事を話すと、
「人生色々ですね……」
と、シスネはしみじみと言う。
それを聞いたジャンヌは、どうやらツボに入ったようで、カラカラと楽しそうに笑った。
「ホント人生色々よ。縁っていうのかしら、何がどこでどう繋がってくるか分からないんだから面白いわよね」
「そうですわね。わたくしも……そう思いますわ」
ジャンヌの言葉に、セレッソはここ最近起きた事を思い浮かべながら頷く。
それと同時にずっと昔の事も浮かんで来て少しだけ目を細めた。
何がどこでどう繋がって来るか分からない。
確かにそうだ。
今ここでセレッソ達がイサーク一座のジャンヌと話をしているのは、コンタールの商工会がはりきって交渉してくれたからだし、コンタールの商工会がはりきるきっかけになったのは以前行われたベナード隊と冒険者ギルドとの雪合戦だ。
その雪合戦によりコンタールの騎士と冒険者の仲は少しずつ改善されているし、そのきっかけになったのはセレッソとアベート、そしてサウセとのいざこざである。
不思議なものだとセレッソは思いながら微笑んだ。
「あー! いたー!!」
セレッソがそんな事を思いながら話をしていた時、ふと、彼女達の背後から大きな声が響き渡った。
若い少女の声だ。
その声の大きさにぎょっとしてセレッソ達が振り返ると、そこには見覚えのある二人組がいた。
マルグリートとピエールである。
「マルグリートにピエール?」
「何だ?」
二人の事を知っているセレッソとジャンヌが目を丸くして、二人の事を知らないアベートとルシエ、シスネは首を傾げて不思議そうに呟く。
五人の視線と、待ちゆく人の視線を受けながら、マルグリートはその金色の髪を跳ねさせ、ピエールは癖っ気の髪をよりぼさぼさにして、セレッソ達の立っている場所へとぱたぱたと駆け寄ってきた。
「こんにちは、セレッソ! あっジャンヌさん達もこんにちは!」
「ま、待って、待って下さいよう、マルグリートお嬢さん……」
マルグリートより少し遅れて到着したピエールはすでに疲れ切っている様子で、足を止めた途端に膝に手を当ててぜいぜいと肩で息をしている。
その様子に思わずシスネが「大丈夫ですか?」と声を掛けると、ピエールはあまり大丈夫そうではない様子ではあったが、何も言わずに何度も頷いた。
どちらかと言うと言わずにというより、言えずにという方が正しいかもしれない。
「もー! ピエールはもっと体力つけようよ!」
「お、お嬢さんの、体力が、ありすぎるんですよう……」
そんなピエールに向かってマルグリートが両手の拳を握っては上下にぶんぶんと振りながら言うと、ピエールは困り顔で途切れ途切れに答えた。
ひいひい言っているピエールとは正反対に、呼吸一つ乱れていないマルグリートは確かに体力はしっかりあるのだろう。
そう言えば最初に二人を見た時もこんな感じだったな、と思いながらセレッソは口を開いた。
「こんにちはマルグリートさん、ピエールさん。何か御用でしょうか?」
「セレッソにね! 隊舎に行ったら出かけているって聞いたから、追いかけてきたの!」
「わたくしにですか?」
「うん! 脚本の練習!」
セレッソの問いかけに力強く答えたマルグリートに、セレッソとジャンヌは揃って「あ」と口を開き、ピエールは大慌てでマルグリートの口を両手で塞いだ。
二人の様子と、じたばたと暴れるマルグリートを見ながらルシエ達は首を傾げる。
「セレッソちゃん、今度は脚本を書くの?」
「い、いえ、その……し、仕事の幅を増やそうかと思いまして! 勉強しようと思ったんですの!」
ルシエの言葉にセレッソは曖昧に笑いながらそう答えた。
イサーク一座の座長であるイサークからの依頼自体は、正式に決まってからの話なのだ。
今ここでその話をするのは早いし、何よりも正式に決まってもいないのに変に話が広がっては厄介な事になるだけである。
「……もしかして、この間のイサーク一座の公演を観たからですか?」
「そ、そうなんですの! あんな風に自分の書いた物語を演じて頂けたら良いなって」
ぽん、と両手を鳴らしてそう言うシスネに、セレッソはこくこくと頷いた。
ちなみにこれは嘘でも誤魔化しでもない。
精霊祭の夜に見たイサーク一座の舞台は、瞼を閉じればその裏に浮かぶくらいに素晴らしいものだった。
華やかな舞台、指の先まで惹きつけられるような役者の演技、体を通り抜けて掛けて行く声と音楽。
芸術とは何かと問われたら、セレッソはあの一夜の公演の事だと答えるだろう。
「機会があれば、是非また観たいですわねぇ」
「そうね、うふふ。その時は私も観に行ってみようかしら……」
「あー、俺もまた観たいねぇ」
「僕もまた観たいですね……」
セレッソの言葉に納得したらしく、シスネ達は揃って精霊祭の夜の事を思い出すようにうんうんと頷く。
その隣ではピエールに口を塞がれて息が出来ず、顔を真っ赤にしたマルグリートが何とか脱出していた。
「し、死ぬかと思った……」
「すすすすみません、マルグリートお嬢さん!」
「ううん、あたしもごめん……」
どうやら、マルグリートは自分の言った言葉がまずかったと理解したらしい。
肩を落としてしゅんとしながらマルグリートはピエールやセレッソ、ジャンヌに謝った。
セレッソはマルグリートを見て優しげに目を細めながら、その頭に手を当てて撫でる。
「年越しの祭りが終わるまでと、年が明けてから少しの間は諸々慌ただしくなりますから、それが落ち着いてからお願いしますわね」
それに、ベナード隊の本の事や執筆の仕事に関しても幾つかあるからとセレッソが言うと、マルグリートは少し驚いたように目を見張ると「えへへ」と照れたように笑った。
「そうよ、あんた達も年越しの祭りは忙しいでしょう? 無理言っちゃダメよ?」
「うん!」
「は、はい……」
ジャンヌもそう言うと、マルグリートとピエールは素直に頷いた。
押しが強く強引な所があるが、根は良い子達なのだろう。
セレッソがそう思っていると、マルグリートは徐にバッと右手を挙げて、
「じゃあ、あたし達もお手伝いするわっ」
「え?」
「騎士隊のお仕事のお手伝い!」
と、力強くそう言った。
その言葉にシスネは小さくため息を吐くと、
「必用ありません」
と、首を横に振ってきっぱりと断る。
「マルグリートさん、でしたか? 手伝いは必要ありません。そもそも……」
「じゃあ、また明日ねー!」
そうして、理由を説明しようとしていたシスネの言葉を聞かずに、マルグリートは笑顔でそう言うと、ぱたぱたと走って行った。
あまりの早さに唖然としたシスネにピエールは青い顔をして何度も何度も頭を下げた後、
「す、す、す、すみません……! マルグリートお嬢さんには僕の方からしっかりと言って……ああっちょ、待って下さいよう!」
と言ってマルグリートを追いかけて行った。
嵐のような勢いである。
セレッソ達は揃ってジャンヌを見ると、
「あれは来るわね、明日」
と、肩をすくめてそう言われてしまった。
どうやらイサーク一座でも似たような事があったようだ。
ジャンヌ曰く、マルグリートがああなると、幾らピエールが止めても言葉通りにしっかりとやって来るらしい。
ジャンヌの言葉にセレッソとルシエは頬に手を添え、アベートは苦笑し、シスネは頭を抱えて唸っていた。
「そう言えば、前にも似たような事が……」
ふと、シスネは頭の中にセレッソがベナード隊に来た日の事が浮かんだ。
シスネがセレッソを見上げると、彼の視線に気づいたセレッソはそこから何かを察したのだろう。向けられた視線から逃れるようにサッと顔を逸らしたのだった。




