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イサークの用事

「そうですか、依頼で」


 ベナード隊の隊舎を出てから少し。

 セレッソとカラバッサは横に並んで宿屋に向かって歩きながら、イサーク一座について話をしていた。

 カラバッサとイサーク一座は以前に冒険者ギルドに寄せられた依頼を通じて知り合った仲なのだそうだ。


「そ。今思えばびっくりだよ。いい演技してるなーとは思ったんだが、ここまででかくなるとはなぁ」


 昔を思い出すように少し目を細めながら、カラバッサは懐かしそうに笑う。

 その口ぶりから察するに、イサーク一座がまだ拠点を持たず、アルディリアの各地で旅をしながら公演をしていた頃の事を言っているのだろう。

 依頼内容については守秘義務が、との事なので詳しくは聞くことは出来なかったが、恐らく護衛なのではないかとセレッソは思った。

 アルディリアは世界地図上で北に位置する大陸に存在する国である。

 一年を通して気温が低く、国土の半分を雪と山に覆われた厳しい自然環境と共に生きている。

 その為、雪と寒さで育つ植物は限られ、また海とも離れている為に、この国は食料の半分以上を他国からの輸入に頼っている。

 ここで生きる人間達にも食糧は大きな問題である状況だ。

 それはアルディリアに生息する獣達にとっても同じことである。

 植物が育たない、また何らかの原因で減ってしまえば、それらを主食とする草食の獣達の数は減る。

 草食の獣達の数が減れば、それらを主食とする肉食の獣達の数も減る

 生きる為に食糧を求めて草食の獣達は人里へ下りては田畑を荒し、肉食の獣達は人を襲う。

 それを防ぐ為に人間側もまた、彼らを退治したり、追い返したりを続けているのだ。

 町や村ならば門や柵を作って獣達を町中へ入れないように工夫しているが、旅をするとなるとそうも言ってはいられない。

 徒歩はもちろんだが、馬車での移動ですら襲われる事があるのだ。

 その為の護衛として、他の町へ移動する際には冒険者を雇う者は、このアルディリアでは少なくはなかった。


「でも本当に、そんなイサーク一座の座長さんが、わたくしに一体何のご用事ですの?」

「まぁそいつは直接イサークから聞いてやってくれ。……オッサンもちょっとだけ噛んでいるけど」

「え?」


 セレッソの問いかけに、片目を瞑って悪戯っぽくそう言った。

 どうやら何か企んでいるようでカラバッサは楽しげである。

 セレッソはカラバッサとの付き合いはそれこそ長くはないものの、悪い人間ではない事は分かっている。

 そんな相手が楽しそうにしているのだ、ローロが言ったようにおかしな用事ではないだろうとセレッソは思った。


「それにしても、カラバッサさんは色々と知り合いが多いですわね」

「冒険者やって長いからねェ。イサークの事もだけど、まさかよく読んでいる本の作者と知り合いになれるとも思わなかったよ。サインして貰った本、ちょうお宝」

「あら、うふふ」


 カラバッサの言葉にセレッソはほんの少し照れて笑った。

 セレッソが作家になった本来の目的はベナード隊の汚名返上である。

 執筆をした本もその過程で必要になるものだ。

 とは言え、手は抜いていない。

 セレッソは色々な物語の本を読んで、文章の書き方や、物語の作り方を学んだ。

 何度も何度も挑戦して、挫折して。その繰り返しである。

 そうして、ようやく相手を納得させられる(、、、、、、、)物語が出来上がった時などへろへろで、ボロボロだった。

 だからこそ、そうして書き上げた自分の物語を楽しんでくれている人がいるのを目の前にすると、やはり嬉しいものなのだろう。

 もっと頑張らないと。

 セレッソがそんな事を思っていると、ようやく目的地の宿屋が見えて来た。


「お、着いた着いた――――って、何だありゃ」


 目の上に手をあてて明るく言ったカラバッサは、次の瞬間には半目になった。

 セレッソがカラバッサの視線の先を追うと、そこには何やら奇妙な行動を取っている二人組の姿がった。

 金髪の少女と茶髪の少年である。

 セレッソとカラバッサはその二人に見覚えがあった。


「マルグリートさんとピエールさん?」

「あいつら何してんだ?」


 そう言って二人揃って首を傾げる。

 そう、セレッソとカラバッサの視線の先にいたのは精霊祭で万年筆を探していたマルグリートとピエールだった。

 二人は宿屋の外をうろうろし、窓から中を覗き込んでいる。

 明らかに不審者である。

 事実、通りを歩くコンタールの住人達が何事かと二人に視線を送っている。

 恐らく騎士隊に通報されるかされないかのギリギリではないだろうか。

 セレッソは自分が初めてベナード隊を訪ねた時の事を思い出して、何とも言えない懐かしい感覚と同時に言い知れぬ微妙な感覚が胸にじわりと広がるのを感じた。


「不審者だな」

「不審者ですわね」


 セレッソとカラバッサは二人を見たまま頷くと、そろり、そろりと二人に気付かれないように足音をひそめて近づく。

 そうして行くと、何やらこそこそと話す二人の声も聞こえてきた。


「どう? どう? イサークさん達いる?」

「う、うーん、たぶん、あれがそうじゃないかなって……」


 二人の会話から察するに、どうやらイサーク一座を探しているようだ。

 セレッソとカラバッサはお互いに目だけで合図をすると、両手を口の左右に持ち上げて、


『わ!』

『うひゃあ!』


 驚かすように大きな声を出すと、マルグリートとピエールはびくりと大きく肩を跳ねて振り返り、宿屋の壁に背中を当ててセレッソ達を見た。

 相当驚いたのか、目は大きく見開かれており、顔は青ざめている。

 心臓の音が聞こえてきそうな表情で、二人は口をパクパクとしていた。


「お二人共、宿屋の前で一体何をしているんですの?」

「な、な、何だぁ、セレッソ達かぁ……」


 声を掛けた相手の姿を見て少し落ち着いたのか、マルグリートが心底ほっとした声でそう言った。


「悪い悪い、そこまで驚くとは思わなかったんだよ。……つーか、何してんの、お前さんら」

「えっと、そ、それは……」


 言い辛そうに視線を合わせるマルグリートとピエール。

 二人は、まるで悪戯がバレた子供のような、そんなバツの悪い表情をしている。


「言わねぇと騎士隊に通報するぜ? つーか、ここに騎士隊関係者がいます」


 カラバッサはひょいと右手の手のひらを空に向けてセレッソを指す。

 それを聞いてマルグリートとピエールは大慌てで、ぶんぶんと勢いよく両手を横に振る。


「す、す、すみません! 悪気はなかったんです! ただ……」

「あたし達、イサーク一座に入れて貰いに来たの!」

『え?』


 その言葉に、セレッソとカラバッサは目を丸くして二人を見た。




「――――で、何でお前らも一緒なんだい?」


 セレッソとカラバッサが宿屋の前でマルグリートとピエールに会ってから少し経っての事だ。

 宿屋に入り、イサーク一座の泊まる部屋へと案内され、軽く挨拶をした後、イサークはセレッソ達の後ろに立つ二人組を見て軽く息を吐いた。


「あ、あははは……こんにちは、イサークさん」

「こんにちは!」

「マルグリートにピエール……お前らしつこいねぇ」


 イサークは『何で連れてきたの』という視線をカラバッサに向けながら、呆れたように言う。

 カラバッサはイサークの無言の問いかけに「いやぁ……」と困ったように頭をかいて苦く笑った。

 そうなのだ。

 お察しの通り、セレッソ達の後ろに立っているのはマルグリートとピエールである。

 あの後、二人に「宿の人にも迷惑ですから、気を付けないとダメですよ」とセレッソ達は軽く注意をして中へ入ろうとすると、マルグリートとピエールに自分達も中へ連れていってくれと頼まれたのだ。


「宿屋の前でうろうろしていて怪しかったから声を掛けたんだが、そのままついて来ちまってなぁ」


 もちろん最初は断っていたのだが、しまいには「連れていってくれるまで離さない!」と二人に腕やら腰やらを掴まれて身動きがとり辛い状況になってしまった。

 南のニンナナンナ共和国には一度噛み付いたら雷が鳴らないと口を離さないという生き物がいるらしいが、その時の二人の様子は正にその獣のようであった。

 何とも強引で、はた迷惑な手段である。

 セレッソとカラバッサからすれば、体の小さいマルグリートやひょろっとして軽いピエールが引っ付いていても歩けない事はないのだが、そのまま二人を引きずって宿に入れば彼らの望む形になる。

 かと言って、その状況でベナード隊の隊舎や冒険者ギルドまで戻るのは、流石のセレッソとカラバッサでも疲れるし時間も掛かるので嫌だった。

 弱り切った二人が根負けして「何か変な事でもしたら、冒険者総出でぶっ飛ばすからな」「ついでに斧で髪を刈りますわよ」ときつく言うと、二人はようやく大人しくなったのだ。


「お前らなぁ、他人に迷惑掛けんなっつってるだろう?」

「ご、ごめんなさい……」


 イサークががしがしと頭をかいてそう言うと、マルグリートとピエールは気まずそうに視線を落とす。

 その言葉を聞いてセレッソは少し首を傾げた。


「もしかしてイサークさんはこちらのお二人とお知り合いですの?」

「ああ、どこへ公演に行っても『一座に入れてくれ』って、よく来るよ」

「そいつはすげぇな」


 イサークの言葉にカラバッサは目を剥いた。

 マルグリートとピエールはカラバッサの言葉に「いやぁ」と照れたように笑って顔をかく。

 恐らくカラバッサは褒めてはいないと思うのだが、なかなかに前向きな二人である。


「でも、セレッソだってイサークさんと知り合いなんでしょう?」

「いえいえ、わたくしは初対面ですわ」

「そうなの?」


 首を横に振るセレッソにマルグリートは目を丸くする。

 マルグリートはそのままイサークへ視線を向けると、イサークは軽く頷いた。


「ああ、俺が用事があってな。本来ならばこちらから伺わなければならない所なんだが、足を運んで頂いて申し訳ない」

「いえ、精霊祭の公演の様子だったり、今の――――を見れば、事情は理解できますわ」


 そう言いながらセレッソがちらり、とマルグリートとピエールを見ると、二人はサッと目を逸らす。

 前向きではあるが、どうやら自覚もあるようだ。

 そんな二人の様子にくすりと小さく微笑みながら、セレッソはイサークに今回の用事について尋ねる。


「それで、イサークさん。わたくしにご用事とは、一体何でしょう?」


 セレッソがそう言うと、頷き、イサークは居住まいを整えて答えた。


「司書怪盗ディアマンテの物語を、うちの一座の舞台で公演する許可を頂きたい」


 イサークの言葉にセレッソは数回目を瞬く。

 そしてそれと同時に、その言葉にピエールが息を呑んだ事にカラバッサは気が付いた。


「それは……嬉しいお話ですけれど、わたくしの一存では決められませんわ。そういう事は出版社の方に許可を頂いて下さいませ」

「ああ、そいつは分かってる。だが、あれはあんたの本だ。あんたに断りなく先に出版社と交渉をしたら、作者(あんた)の意見を聞くことが出来ないだろう?」


 真っ直ぐにセレッソの目を見てイサークは言う。

 口調こそ穏やかではあるが、イサークの目は真剣だった。

 セレッソは少し目を見張るとスッと少しだけ背筋を伸ばす。


「――――光栄ですわ」


 そうして、にこりと微笑むとセレッソは頷く。

 セレッソの言葉にイサークはほっとしたように小さく息を吐くと、背もたれに背中を付けた。

 イサーク一座の仲間達もお互いに顔を見合わせて嬉しそうな笑顔を浮かべている。

 が、その中の誰よりも嬉しそうだったのはカラバッサである。


「いよっしゃあ! 舞台でディアマンテが観れる!」


 イサーク一座の仲間達が声を上げるよりも早く、カラバッサが大きくガッツポーズをしながら歓声を上げた。

 今にも踊り出しそうな勢いにイサークは苦笑する。


「まだまだこれからだっての」

「お前さん達なら大丈夫だって! よーし、オッサン今からしっかり稼いで、良い席ゲットしちゃうぞー!」


 カラバッサはふんふんと鼻歌を歌いながらそう言う。

 セレッソをイサークと引き合わせたのは、イサークが頼んだからだろうが、それと同じくらい自分の目的もあったようだ。

 さすが冒険者、と思いながらセレッソはくすくすと笑っていると、再びイサークが「セレッソ」と声を掛けた。


「何でしょう?」

「そこで、だ。出版社からも許可を得る事が出来たら、正式な依頼として、あんたにディアマンテの劇の脚本を頼みたい」

「脚本ですか?」

「ああ。出来れば原作者のあんたに頼みたいんだ」

「うーん……お受けしたいのは山々なのですが、わたくし脚本は手がけた事がないのですよね……」


 イサークの言葉にセレッソは顎に手をあてて考え込む。

 そうなのだ。セレッソは物語は書いたことがあっても、劇の脚本を書いたことはない。

 脚本の執筆に興味はあるが、一度も手掛けた事がないものを引き受けて、相手が納得出来るものが仕上げられなければ失礼にあたる。

 そう考えてセレッソが悩んでいると、


「ぼ、僕が! 脚本の書き方なら、僕が教えます!」


 突然、ピエールが立ち上がり、胸を叩いてそう言った。

 セレッソとカラバッサはピエールの剣幕に目を丸くする。

 緊張によるものか、ピエールの顔は真っ赤で、握りしめている手は小さく震えていた。


「脚本の書き方って……ピエールさんは脚本家の方だったんですの?」

「はい! あ、いえ、その……脚本家というわけでは、ないのですが。その、まだ……」


 そう言ってピエールはしどろもどろになりながらも、頷いたり首を振ったりしていた。

 まだ、という事は、これからなる予定か、もしくはなりたいと思って学んでいる最中かなのだろう。

 今までとは様子の違うピーエルにセレッソ達が驚く中で、マルグリートとイサークだけは平静を保っていた。

 イサークは小さく息を吐くと静かにピエールを見上げ、目を少しだけ細めて言う。


「セレッソが書いた脚本じゃあ、認められねぇぞ?」

「分かっています!」

「そうか、ならいい」


 力強く頷くピエールの言葉に、イサークは数回小さく頷くとセレッソに視線を向けた。

 目だけで『いいかい?』と問いかけられ、セレッソは一度ピエールを見た後でにこりと微笑む。


「ええ、お願い致しますわっピエール先生!」


 セレッソがそう言うと、ピエールはほっとしたように――ほんの少しだけ後ろめたそうに――小さく息を吐いた後、笑って頷いた。

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