徹夜明けの冒険者
ご存じの通り、アルディリアでは騎士と冒険者の仲はすこぶる悪い。
それはアルディリアの王都から遠い場所にあるコンタールも同様だ。
否、同様だった。
何故過去形なのかと言えば、ここ最近、コンタールの騎士と冒険者の仲はそれ程悪くないからである。
もちろんそれは全員ではない。
だが、それぞれが持つ感情の差はあれど、全体的にお互いの関係はゆっくりとではあるが改善されつつあった。
そう、例えば――――一部の冒険者がコンタールの騎士隊の隊舎に堂々と遊びに行くくらいには。
「ほら見ろよアベート! ローロのプリンすげーぞ!」
「あははは……おかわりはあるからね」
「うるせぇぶっ飛ばすぞカトレーヤ!」
「それでだな、レアル。この間パペールを覗いたらこんな色の絵の具がな」
「ほうほう、それは興味深いね、サウセ。緑色なのに赤色も出るなんて珍しい」
「おーいシスネー、ちょっとこれ見てくれない?」
「あっずるいッス、ヒラソール! こっちも教えて欲しいッス!」
「あのですね、ペーラさん、ヒラソールさん。ここは集会所でも喫茶店でもないのですが……」
精霊祭の翌日、ベナード隊の隊舎の広間では、朝からそんな賑やかな声が響いていた。
広間の中にいるのは冒険者ギルドとの打ち合わせで出かけているベナードとルシエを除いたベナード隊の騎士達とセレッソ、それに冒険者のサウセとアベート、カトレーヤにヒラソール、ペーラにカラバッサという大人数である。
元々ベナード隊の隊舎は、十数人の騎士が配属されていても問題がないくらいの広さはある。
コンタールは田舎町ではあるが、かつてはもう少ししっかりとした人数の騎士が駐留していた名残だ。
セレッソを入れて六人だけの現在から見れば、倍くらいの人数になっている。
そんな大人数の為、普段ならばベナード隊の騎士達が全員座っても余裕のある中央のソファーはぎゅうぎゅうになっていた。
ソファーに囲まれたテーブルの上には、ミルクティーのカップが人数分と、ローロお手製のお茶請けのお菓子が置かれている。
ふわりと上がる湯気とミルクティーの香りが、午前の陽ざしの中に広がり、何ともゆったりとした空気を醸し出していた。
そんな中で、セレッソは欠伸を噛み殺しながら、ミルクティーに口をつけている。
「眠そうだなーお前さん」
「イサーク一座の舞台が楽しくて、つい」
目の前に座るカラバッサにそう言われ、セレッソは少しだけ恥ずかしそうに「うふふ」と笑って空いている手を頬に添えた。
そう、カラバッサの言葉通り、セレッソは少々寝不足気味である。
その理由は昨日の精霊祭で行われたイサーク一座の舞台にあった。
もっとも、悪い理由ではないのだ。
昨日のイサーク一座の演劇はセレッソもとても楽しんだし、公演自体も日を跨いで行われたという事はない。
予定された時間は多少はオーバーしたが、かねがね予定通りに大盛況の内に公演は終了している。
それなのに何故セレッソは寝不足になっているのかと言えば、答えは簡単。
イサーク一座の舞台を観たセレッソは興奮冷めやらず、なかなか寝付けなかったのだ。
「演劇なんてもうずいぶん観ていませんでしたから、ちょっとテンションが上がってしまって」
「ああ、そいつぁ分かる分かる。良い舞台だったよなぁ。オッサン、涙腺を刺激されたり、笑い転げたりで忙しかったよ」
セレッソの言葉にカラバッサはうんうんと頷き、目を閉じた。
口の端が上がっている事から見ても、恐らく昨日のイサーク一座の舞台の事を思い出しているのだろう。
カラバッサにつられてセレッソもそっと目を閉じて昨日の事を頭の中に思い浮かべだ。
華やかで、力強い舞台だった。
演技に対する熱意と集中力は指の先まで込められており、役者がほんの僅かに手を動かすだけでも目を惹きつけられたものだ。
観客達は役者達の白熱した演技を観て、まるで自分の事のように笑い、怒り、泣いていた。
もちろんセレッソ達もだ。
クルトゥーラや冒険者達も同じように役者達の演じる登場人物達に感情移入し、くるくると表情を変えていた。
一緒に見ていたベナードも少し鼻をすすっているのを観てセレッソは少し嬉しくなったのは内緒である。
ただ、万年筆の持ち主であるピエールやマルグリートだけは、楽しんではいるものの、少し違う感情を抱いているように感じた。
そこまで思い浮かべて、ふとセレッソは『そう言えば』と目を開ける。
「そう言えば、カラバッサさん達は遅くまでギルドで宴会を開いていたんでしょう? その割には元気ですわね」
そうなのだ。
セレッソとベナードはイサーク一座の公演が終わった後、広場で見張ってくれていた商人のロシオに状況を報告してそのまま隊舎へ戻ったのだが、冒険者達はギルドで宴会を開いていたのだそうだ。
帰り間際にセレッソ達も誘われたが、次の日も仕事があるので、丁重にお断りした。
状況こそ違うものの、セレッソ同様に寝る時間が遅かったのではないかと尋ねると、カラバッサはカラカラ笑って頷く。
「あー、そりゃ、あれだ。寝てないもん、オッサン達」
「え」
あっけらかんといってのけたカラバッサにセレッソは目を丸くして広間にいる冒険者達を見回す。
普段通り、いや、どこか普段以上にテンションの高い彼らの目の下には、言われてみればしっかりとクマが出来ているのが見えた。
そんなクマをつけて尚、冒険者達は妙に元気で、不自然なまでに明るい。
これはいわゆる、徹夜明けのテンション、という奴なのだろう。
自分でも覚えのある感覚に、セレッソは「ああ……」と納得したように頷いた。
「大丈夫ですの?」
「まー、一日二日くらいはな。多分昼飯食ったあたりで口数減るだろうし、幸い精霊祭の次の日じゃ依頼も大して来ねぇから、早めに寝るさ」
「それなら良かったですわ。……ところで、今更ですけれど今日はどうしてこちらに?」
「奴らのテンションが面倒くさいので助けて貰おうと」
セレッソの問いかけにカラバッサは真顔で答えた。
この男。
セレッソ達の会話が聞こえてきたらしきシスネが半目になってカラバッサを見た。
シスネの視線を感じて、カラバッサは慌てて「それだけじゃない」とばかりに両手を振ると、
「ギルドでおたくの隊長さんとうちの支部長の打ち合わせがあるだろ? その時このテンションの奴らがいると色々面倒なのよ」
と、苦笑しつつ言った。
なるほど、確かに。
この調子で打ち合わせ中騒がれて絡まれたら、それはそれで面倒そうだ。
だが、ある意味で酔っ払いを相手にするような扱いである。
一部はあながち間違ってはいないのかもしれないが、セレッソは思わずくすりと笑った。
「それは確かに」
「でしょー? で、俺がセレッソに用があったから、ついでにまとめて連れてきた」
「わたくしに用事ですか?」
「ああ。ちょっとな、セレッソに会わせたい奴がいるんだよ」
首を傾げるセレッソに向かってカラバッサは人差し指をピンと立てると、ニッと笑ってそう言った。
その日の午後、カラバッサの言葉通りすっかり無口になった冒険者達は、隊舎でしっかりと昼食を食べた後、広間に寝そべってぐうぐうと寝息を立てていた。
ローロが仮眠室があるからそちらを使って良いよと言ったが、案内する前にすっかりと夢の中である。
苦笑しながらローロは彼らに毛布を掛けてやっていると、レアルが『顔にヒゲ』などと言いながらインク瓶に手を伸ばしていたのを、シスネが呆れ顔で止めていた。
「というわけで、カラバッサさんの用事に付き合ってきますわ」
「うん、分かった。隊長達が戻ったら伝えておくよ。精霊祭の次の日で浮かれている人も多いから気を付けてね」
「はっはっはっ! 任せておきたまえ、セレッソ! デートだと伝えておこう!」
気遣ってそう言うローロとは正反対に、レアルは肩に掛かった髪を手で優雅にふあさと払い高笑いしてそう言うと、セレッソが口を尖らせて反論する。
「きいいい! デートではありませんわー!」
「あらやだ、ざっくりと切られちゃったわっオッサン悲しい!」
「体をくねらせないで下さい不気味です」
「シスネ少年も相変わらずざっくり行くよね……」
冗談めかせて言ったカラバッサだが、シスネに一刀両断されて肩を落とした。
「ところで誰に会うんだい? セレッソに用事があるのなら、いつも通りここへ連れて来て貰っても構わなかったのだがね」
そんなカラバッサにレアルは不思議そうに首を傾げながら尋ねた。
確かにそうだ。
正式に隊付き作家となったセレッソは、基本的にベナード隊の隊舎にいる事が多い。
隊付き作家としての仕事以外に、作家としての仕事もこなしているのだ。
最近はそれに並行して、本来の目的である『ベナード隊の本』を執筆している為、外に出かける時間も少なくなっている。
つまり、基本的に隊舎にいるのだ。
その事はカラバッサ達も良く知っているのでセレッソへの用事ならば直接来る事が多い。
もちろん事前に日程や時間は伝えてはおくが、居場所がはっきりとしているので、ここへ来た方がすれ違いも少ないのだ。
「おっと、相手に関してはヒ・ミ・ツ!」
「カラバッサさん不気味です」
「もはや何が不気味かも言わなくなったね!?」
カラバッサが「うふ」とばかりにそう言うと、シスネが眉をひそめて、言葉の剣でざっくりと切り捨てた。
見事なまでの躊躇の無さである。
胸を押さえて項垂れるカラバッサを見てローロは苦笑する。
「ま、まぁ、とにかく。カラバッサの紹介ならそれ程変な相手じゃないだろうし。遅くならない内に戻るんだよ」
「はいですわっ」
ローロの言葉にセレッソは元気に、カラバッサは手を挙げて「了解」と言いながらそれぞれ頷いた。
「終わったら送り届けて、そいつら受け取って戻るから頼むわ。行き先はセニシエンタだから、それ程遠くはねぇよ」
「宿屋だね。うん、分かった。気を付けてね」
そうして、そんな調子のやり取りを終えて、セレッソとカラバッサは隊舎を出た。
カラバッサの言葉通り、二人が向かう先はコンタールの町の宿屋『セニシエンタ』である。
そこはセレッソが正式に隊付き作家となるまでお世話になっていた宿でもあった。
「セニシエンタに行くのは久しぶりですわねぇ」
セレッソが「うふふ」と楽しげに笑った。
まるで我が家にでも帰るような感覚すら感じている。
三か月も泊まっていたのだ、無理もないだろう。
セレッソはやや浮かれ気味に宿屋への道を歩きながら、周りにあまり人がいない事を確認するとカラバッサを見上げて尋ねる。
「それで、どなたと会うんですの?」
セレッソの問いかけにカラバッサは周りを見回すと「ここなら良いか」と呟いた。
「イサークって人」
「イサーク? どこかで聞いた名前ですわね……って」
セレッソは、はたと足を止めて目を剥く。
「い、イサーク一座のですの!?」
思わず大きくなってしまった自分の声に驚いたセレッソは、慌てて両手で口を押さえる。
そんなセレッソの驚いた顔を見て満足そうにカラバッサは頷くと、
「そ、イサーク一座のイサークだよ」
と、ニッと笑って言った。




