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万年筆の持ち主達


 セレッソ達が万年筆の持ち主の二人組を探し出してから、しばらく。

 空はすっかりと薄暗くなり始めている。

 ベナードは懐中時計を取り出して時間を見れば、そろそろ一座の公演が始まる頃合いだ。


「そろそろ広場に戻ってみるか……」

「そうですわね。広場の方はロシオさんが見て下さっていますから、あちらで待っているかもしれませんし」


 ベナードの言葉にセレッソとクルトゥーラも頷く。

 辺りも暗くなっている為に地面に落ちている万年筆を見つけるのは大変だ。

 明日、日が昇って明るくなってから探した方が見つけやすい。

 万年筆の持ち主もそう思って今日の所は諦めて広場へ戻っているかもしれない。

 三人がそう思って広場の方へと向きを変えて歩き出そうとした。


 その時だ。


「もー! 見つかんないよー!」


 ふと、半泣きのような少女の声が聞こえた。

 セレッソ達は目を瞬くと、声の方へと顔を向ける。

 声の大きさからして、セレッソ達がいる場所からそれ程遠くはない。

 今いる場所の先の、角を曲がったあたりだ。

 三人は一度顔を見合わせると、声の方向へと歩き出した。


「も、もういいですよ、お嬢さん。公演も始まっていますし、うっかり落とした僕が悪いんです。ですから……」


 セレッソ達が角を曲がると、その先には金色のロングヘアの少女と、茶髪でそばかす顔の少年が地面にしゃがみこんで何かを探している所だった。


「いや! あれ、ピエールが大事にしていたものじゃない。見つかるまで広場に戻らない!」

「で、でも、お嬢さん。風邪を引いてしまいますよ」

「いや!」


 困り顔の少年の言葉に、少女はぶんぶんと思い切り顔を横に振る。

 ずず、と鼻をすすっている所から見ても、体は冷えているように見えた。

 二人の顔を見て、セレッソとベナード、そしてクルトゥーラが目を大きく見開いて、


『あの二人!』


 と、同時に叫んだ。

 セレッソ達の声に少女と少年はびくっと肩を跳ね、顔を向ける。

 少年と少女はセレッソ達と同じく目を大きく見開いている。

 突然現れた見知らぬ男女が自分達を見て叫んだのだ、それは驚くだろう。

 だが、そんな事はお構いなしに、セレッソ達はお互い頷き合う。

 そうしてクルトゥーラが少年と少女に駆け寄って、手に持った万年筆を見せると、


『あったああああああああ!』


 と、目を輝かせて万年筆を持ったクルトゥーラの手をハシッと掴んだ。




 空にキラキラとした星が瞬き始めた頃、セレッソ達は広場に向かって早足で歩いていた。

 もちろん万年筆の持ち主である少年と少女も一緒である。


「本当にありがとうございますー!」


 歩きながら二人は何度も何度もセレッソ達にお礼を言っている。

 万年筆の持ち主は少年の方だが、彼よりも少女の方がほっとした顔で、泣きそうな顔になっていたのがセレッソには印象的だった。

 少年の方がピエール、少女の方がマルグリートと名乗り、王都からイサーク一座の公演を観にコンタールへとやって来たのだそうだ。

 年齢はピエールが十五、六くらい、マルグリートはそれよりも一つか二つ程年下に見える。


「もー! 大事なものなんだから、ちゃんと持ってないとダメでしょう?」

「ううう、面目ない……」


 もっとも、力関係的にはマルグリートの方が強そうだ。

 二人のやりとりを聞きながらベナードは『こりゃ尻に引かれるな』などと思っていたりする。


「でも、えっと、クルトゥーラ、だっけ。見つけてくれて、ありがとう!」

「えっあっいえ、その……はい!」


 マルグリートに笑顔を向けられたクルトゥーラは、はにかむように微笑む。

 セレッソとベナードはそれを見て、微笑ましそうにほんの少しだけ目を細めた。


「それにしても、王都から駆けつけるなんて、本当にイサーク一座がお好きですのね」

「うん! 大好きなの!」


 セレッソの言葉にマルグリートは力強く頷く。

 マルグリートと同じくピエールもこくこくと頷いている事から、二人共イサーク一座の事が本当に好きなのだろう。


「しかし、精霊祭に合わせてだからなァ。結構大変だったんじゃねェかい?」

「いやー、ははは。その、ちょっとだけ」


 ベナードが尋ねると、ピエールは右手の親指と人差し指を近づけて苦笑した。

 ご存じの通りコンタールは王都から遠い場所にある町だ。

 距離が遠いと言う事は、移動の費用も掛かる事になる。

 アルディリアでは基本的に移動は馬車を使う。

 乗合馬車か自分達の持ち物の馬車かで多少は変わるが、移動に掛かる日数によって運賃や食料、馬車の馬の餌代諸々が必要になるのだ。

 しかもこの二人が目的とするイサーク一座の公演は冬の精霊祭の日だ。

 乗合馬車の予約もなかなか取れなかっただろうし、乗合馬車によっては料金を上乗せされる可能性もある。

 その日に着くという保証もないが、何よりもその費用の面も大変だっただろう。


「でも、頑張った甲斐はありますよ。……その、万年筆は落としちゃいましたけどね」


 あはは、とピエールは笑ってそう言った。

 ピエールの表情は晴れやかで、苦労など大した事ではないという気持ちがにじみ出ている。

 また、その言葉の間にピエールがちらりと一瞬マルグリートの方に視線を向けた事から見ても、公演を観たい以外にも別の何かがあるのがセレッソとベナード、そしてクルトゥーラにも分かった。

 三人が『なるほどなぁ』と思いながら少しだけニヤニヤとしていると、ピエールはハッとして「違います違います!」と両手を振り、それを見てマルグリートが首を傾げた。


「まぁ、それならしっかり楽しまないとな(、、、、、、、)

「? うん、もちろん、ばっちり楽しむわ!」

「は、ははは……」


 ベナードがニヤリと笑ってそう言うと、マルグリートが楽しげに頷く。

 ピエールはほんの少し頬を赤く染めて曖昧に笑った。


「……あ! 見えて来たよ!」


 そんな話をしていると、目的の広場の灯りが見えて来た。

 それと同時に賑やかな声も聞こえて来る。

 それもそうだろう。

 イサーク一座の公演はコンタールの町の住人のとって、精霊祭で一番楽しみにしていたイベントなのだ。

 恐らくほとんどのコン(、、、、、、、、、、)タールの住人が集まっ(、、、、、、、、、、)()いる。


『あ』


 そこまで考えて、セレッソとベナード、クルトゥーラは、ほぼ同時に同じ事を思い浮かべた。

 マルグリートとピエールは三人の様子には気づかずに、そのままウキウキと広場へ足を踏み入れる。


「さあ! イサーク一座の公演を」


 そして満面の笑顔でそう言い掛けて、


――――がくりと両手を地面について蹲った。


 そう、広場にはコンタールの住人のほとんどが集まっている。

 コンタールはそれ程大きい町ではないが、ほとんどの住人が集まれば広場は満杯になる。

 つまり、今コンタールの町の広場には、イサーク一座の舞台が見えない程に大勢の人が集まっているのだ。


「これは、どこかに登らないと、ここからじゃ見えませんわねぇ……」


 セレッソが額に手をあて、つま先立ちになりながら舞台の方に顔を向けるが、如何せんセレッソの身長では難しい。

 また、セレッソだけではなくベナードも、クルトゥーラも、マルグリートも身長は低い。

 ピエールだけはつま先で立てば辛うじて見えるだろうが、それでも舞台を観る、というのはこの場所からはどうにも厳しい。

 舞台もそうだが、広場でピエールとマルグリートが来るかどうかを見ていてくれると言ったロシオの姿も見つける事が出来ない。

 セレッソとしては見つかった事の報告とお礼を言いたいのだが、この混み合いでは舞台が終わるまでは見つけるのは無理そうだ。


「こ、こうなったら! ピエール、その辺の木か何かに登るわよ!」

「お、落ちたらどうするんですか、マルグリートお嬢さん! 僕が肩車でもしますから!」

「ピエールの腕力じゃ無理だと思う!」

「うぐっ」


 マルグリートの言葉にピエールは言葉に詰まった。

 なるほど、確かに。

 ピエールはひょろっとした体型をしているのだが、見た目通り力はないようだ。

 さらに言えば、セレッソ達が最初に見た時の様子を見る限り、体力もそれ程ないように思える。

 マルグリートを肩車すれば、恐らく数分で潰れてしまうだろう。


「さて、どうするか」

「せめてクルトゥーラには見せてあげたいですわねぇ……」


 マルグリートとピエールがわいわいと賑やかに話している中、セレッソとベナードも腕を組んで考え込んでいた。

 二人の言葉にクルトゥーラは「大丈夫です!」と首を振っていたが、やはり観ることが出来ないのは悲しいのか、しょんぼりとしているように見えた。


「あー、いたいた、クルトゥーラ! どこに行っていたんだよ、探したぞー。それに、セレッソとベナード隊長も何してんのー?」


 五人が考え込んでいると、ふいに後ろの方から、そんな明るい声が聞こえた。

 聞き覚えのある声につられて振り向くと、そこにはクルトゥーラの兄であり、冒険者でもあるヒラソールが不思議そうな顔で立っていた。




 イサーク一座の公演が始まって、少し経った頃。

 セレッソ達はヒラソールの案内で広場近くの二階建ての民家の屋根を上っていた。

 他人様の家の屋根に上る事に最初は抵抗があったものの、ヒラソールが「大丈夫大丈夫」と笑って言うので、セレッソ達も信じて上る。


「おい、滑るから気をつけろ」


 そうして屋根に上ると、また聞き覚えのある声が聞こえて来る。

 見ればそこには冬の討伐の際に一緒に戦った冒険者のカルタモと、カルタモと良く似た十二、三程の眼鏡の少年がいた。

 セレッソとベナードが目を丸くしていると、ヒラソールが「ここ、カルタモの家なんだよ」と教えてくれた。


「そうでしたの。お邪魔しますわっ」

「……ああ」


 セレッソがにこにこ笑ってそう言うと、カルタモは頷く。

 以前のような雰囲気はないが、逆に若干気まずそうな雰囲気が伝わって来た。

 恐らく冬の討伐の事をまだ気にしているのだろう。

 そんなカルタモの隣に座る少年は、正反対ににこりと微笑み、


「初めまして、シエロと言います。いつも兄がお世話になっています」


 と頭を下げた。

 どうやらシエロと名乗ったこの少年はカルタモの弟らしい。

 セレッソ達も同じように、にこりと笑って挨拶を返した。

 それと同時にセレッソとベナードの頭の中に以前サウセが言った『体の弱い弟』という言葉が浮かぶ。


「シエロさん、寒さは大丈夫ですか?」

「はい、しっかり着こんできましたし、温かい飲み物もありますから」


 セレッソの言葉にシエロは礼儀正しくそう言って頷く。

 そうして「皆さんもどうですか?」と、近くに置いた鞄の中からごそごそとカップを取り出した。


「わあ! 嬉しい! いいの!?」


 シエロの言葉に一番に反応をしたのはマルグリートとピエールだ。

 やはり長い時間万年筆を探し回っていた為に体が冷えているらしい。

 それはクルトゥーラも同じらしく、ヒラソールを見上げて「いいの?」と尋ねていた。


「おう、大丈夫大丈夫。後で他のギルドの連中も来るから、多めに用意してあるからさっ」

「おいコラ、何でお前が胸を張って答えるんだよヒラソール」

「えー、手伝ったからいいじゃん」


 ヒラソールはカラカラ笑うと、クルトゥーラと一緒にカルタモ達の近くに座る。

 マルグリートとピエールもすでに座っている。

 立っているのはセレッソとベナードだけだ。

 二人はカルタモを見て、


「サンキュ」

「ありがとうございますっ」


 と、ニッと笑った。

 二人に笑い掛けられて、カルタモは少しだけ目を見張った後、がしがしと頭をかいて目を逸らし、


「…………おう」


 と、小さく頷いた。

 心なしか頬が赤く染まっているような気がして、セレッソはにこにこと微笑む。

 そうして二人も座ると、シエロが全員のカップにミルクティーを注いで配ってくれた。

 カップを両手で持つとじわりとした温かさが伝わって来て、セレッソ達は揃って「ほう」と息を吐く。


「ここからは舞台がよく見えますのね」

「それに声も結構聞こえてくるな」

「まぁ、空は遮るものがねぇからな」


 セレッソとベナードの言葉に、カルタモは頷く。

 カルタモの家はイサーク一座が公演している舞台から近いとは言えないが、それでもカルタモの言葉通り遮るものはなく、声や音楽も聞こえて来る。

 ぐるりと辺りを見回せば、人混みの中にレアルらしき姿や、ロシオらしき姿も見つける事が出来た。

 広場はあちこちで暖を取る為にバケツで火が焚かれており、まるで夜空のように輝いて見える。

 セレッソはそれを見て綺麗だなぁと思いながらカップに口を付ける。

 その横ではマルグリートとピエールが食い入るようにイサーク一座の舞台を見つめていた。

 余程楽しみにしていたのだろう。

 二人の姿を見ながらセレッソは、何とか舞台に間に合って良かったと、小さく笑う。

 

「……絶対にピエールと一緒にイサーク一座に入れてもらうんだ」


 そんなセレッソの耳に、ふと、マルグリートの呟きが聞こえてきた。

 セレッソが顔を向けると、マルグリートだけではなくピエールも真っ直ぐに、真剣な顔で舞台を見つめている。

 小さな声だ。

 だが、マルグリートの言葉は、賑やかな観客の歓声の中にあって、なおはっきりとセレッソの耳に届いた。

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