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閑話 頼まれ事

 ある晴れた日の午前中の事だ。

 数日後に精霊祭を控えたコンタールの町は普段よりも賑わっていた。

 町のあちこちには六色に染められた花弁を持つ花の飾りや、カンテラ、雪像などが飾られており、華やかだ。

 夜になればカンテラには火が入れられ、町を明るく彩る。

 そのコンタールの町中を、この町に駐留している騎士隊に所属している騎士のローロは歩いていた。

 両手には食材や雑貨品などが入った布の袋が抱えられている。

 恐らく騎士隊の備品の買い出し中なのだろう。


「えーと、後は……あ、カンテラ用の油だ」


 思い出したようにローロは頷く。

 彼が言っているのは普段仕事で使うカンテラの油ではなく、精霊祭用のカンテラの油である。

 アルディリアの騎士団では、精霊祭に関するある程度の備品は申請すれば経費で落とす事が出来る。

 それを利用して良からぬ事を企む隊も過去に幾つかあったが、ベナード隊では今のところは起きていない。

 ローロ自身も、そんな事をしたいとは思わないが、ベナード隊は人数が少ないので振り分けられる予算は少ない。

 そういう意味でも、セレッソが隊付き作家としてベナード隊に正式に所属するのは喜ばしい事だった。

 

 セレッソは正式に雇用契約を結んだ翌々日に、宿からベナード隊の隊舎へと移動している。

 にっこにこの笑顔で、スキップしそうな足取りで、彼女は荷物を手に持って隊舎へとやって来た。

 その時の事を思い出してローロはくすりと小さく笑う。

 セレッソは隊舎について早々「ベナード隊長と一つ屋根の下ですわー!」と叫んでいた。

 相変わらずぶれない少女である。

 そんな事を考えながら、ローロはカンテラの油を買いにコンタールの雑貨屋を目指した。


「おんや、ローロじゃないの。荷物大量だねぇ」


 ふと、歩いていると道の反対側の方から男の声が聞こえてきた。

 顔を向けるとそこにはカラバッサが立っている。


「こんにちは、カラバッサ」

「おうよ、こんにちは」


 ローロが挨拶をするとカラバッサもそれに返すように手を挙げて、道を渡ってローロの所へとやって来た。

 カラバッサもまたローロ同様に何やら買い物に出ていたようで、片手に布の袋を持っている。

 

「精霊祭の準備かい?」

「そんなところかな。カラバッサも買い物?」

「ああ、ちょっと本屋にな」


 そう言ってカラバッサは片手に持った布の袋を軽く持ち上げてニッと笑った。

 本屋。

 そう聞いてローロは目を丸くした。


「いか」

「がわしいのじゃねぇからな」


 カラバッサは半目になって、何か言いかけたローロの言葉を遮って言った。

 あまりにもすらりと出てきた言葉からすると、恐らくカラバッサは今までに何度も同じような事を言われてきたのだろう。

 カラバッサはわざとらしく口を尖らせる。


「もーオッサンが本屋って言うとみーんなそう言うんだからー」

「ごめんごめん、つい条件反射で」

「どんな条件反射!?」


 ローロの言葉にカラバッサは目を剥いた。

 いかがわしいは言われ慣れているようだが、条件反射は予想外の言葉だったようだ。


「オッサン、普通に読書家なのに……」


 肩をすくめて言うカラバッサだったが、残念ながらカラバッサが読書家だと言う事を知っているのは冒険者ギルドではグルージャくらいである。

 読書というイメージとカラバッサがどうにも結びつかないようで、趣味は読書だと言うと大抵の場合は驚かれる。

 それに対して冗談を返せるくらいには言われ慣れてはいるのだが、それでもやはり思う所もあるようで、カラバッサは冒険者ギルドに何冊か本を寄贈していた。

 善意ではあるが、半分は本を読んで語り合う仲間が欲しかったらしい。

 ちなみに一番の利用者は冒険者ではなく、冒険者の妹のクルトゥーラである。


「あ、あははは。ごめんごめん。えーと、それで、どんな本を買ったんだい?」


 どことなくしょんぼりとした――恐らくフリだろうが――様子のカラバッサに、ローロは慌ててそう言った。

 ローロの問いかけにカラバッサはバッと顔を上げると、手に持っていた袋に手を突っ込む。


「ふっふっふ、見て驚くなよー」


 本の事を問われたので、どうやらすっかり上機嫌になったようだ。

 もったいぶりながら、カラバッサは「じゃーん!」と自分で効果音を口にしながら、袋の中から一冊の本を取り出して掲げた。

 出て来たのは深い紺色の装丁に包まれた分厚い本だ。

 表紙の中央にはシルクハットをかぶった人物の影のような絵が描かれている。


「司書怪盗ディアマンテ?」


 本のタイトルにはそう書かれていた。

 どんな話なのだろうとローロが思っていると、カラバッサが本を両手に持ち直して、ずいとローロに向かって突き出す。

 その勢いにローロは僅かに後ずさった。


「そう! 司書怪盗ディアマンテシリーズの第三巻なんだよ!」


 カラバッサは高らかにそう言うと、その本について熱く語り始めた。

 ローロが尋ねる間もなく、ストップを掛ける間もなく、まるで氷の上を滑るようにスッと一瞬の流れである。

 カラバッサの説明は分かりやすくまた熱がこもっていおり、相当にその作品が好きだという事が伝わって来る。

 だがここでカラバッサの話をそのまま聞いていると、物語のあらすじから始まって、好きな登場人物、脇役達の間で描かれるドラマ、果ては登場する食べ物にまで話が飛んで長くなるので、カラバッサの相手はローロに任せて簡単に説明するとしよう。

 司書怪盗ディアマンテとは、アルディリアでじわじわと人気が出ている物語だ。

 架空の町の図書館で司書を務める冴えない青年が、夜は怪盗ディアマンテに変装して世の中にある様々な曰く付きの本を回収するというのが大まかなストーリーである。

 曰く付きの本が巻き起こす謎の現象や、本を巡って起こる事件、そしてそれを華麗に解決する怪盗ディアマンテ。

 中でもファンの間で事件と同じくらい注目されているのが、ディアマンテと彼を追う女探偵とのほのかな恋の物語である。 

 読みやすくとっつきやすい内容である為か、比較的若い世代の読者が多いのが特徴だ。


「……という事だ!」

「あ、あははは……すごいね」


 どうやらカラバッサの方の話もひと段落したようだ。

 しっかりと語り尽くしたようでカラバッサは満足そうに口の端を上げている。

 そんなカラバッサとは正反対に、ローロは疲れ切ったように曖昧に笑いながら彼の言葉に頷いた。

 無理もない。

 カラバッサが語り始めてから、すでに三十分近くは経っているのだ。

 本の内容を知っているならば話にも乗れただろうし、これほど疲れはしないだろう。

 だが何も知らない状態で感情の塊と情報をぶつけられても「そうなんだ」しか感想は出て来ない。


「そ、それじゃあ、僕は買い出しがあるから、これで……」


 ローロは若干引き気味になっている感情を顔に出さないように気を付けながら、そう言ってその場を去ろうとすると、ふとカラバッサが「あ」と何か思い出したように口を開いた。

 その声に歩き出そうとしていたローロが首を傾げる。


「どうしたの?」

「悪い悪い、順番が逆になっちまったんだけど。これ、おたくの隊付き作家さんの本だよ」

「え?」


 その言葉にローロは目を丸くしてカラバッサの本を覗き込んだ。

 先程はカラバッサの様子に驚いて見落としてしまったが、よくよく見れば本の隅に小さく『セレッソ』と著者の名前が書いてある。

 ローロが驚いてカラバッサを見ると、彼は至極真面目な顔で頷いた。


「セレッソに今度サイン下さいとお伝えください」


 カラバッサは背筋を伸ばしてそう言った。

 どうやら一番言いたかったのはそこらしい。

 それだけ言うと、カラバッサは本を袋に戻し「それじゃあ、またな」とウキウキした様子でその場を去って行った。

 本が楽しみだからか、サインが欲しいと伝える事が出来たからなのか。

 まぁ、恐らくどちらもなのだろう。


「…………世間って狭いなぁ」


 カラバッサの後ろ姿を見送りながら、ローロはぽつりと呟いた。





 カラバッサと別れたローロは、雑貨屋でカンテラ用の油を購入し、隊舎に向かって歩いていた。

 町のあちらこちらからは美味しそうな香りが漂ってくる。

 中でも一番美味しそうなスープのこの香りは、コラソン亭のものだろうか。

 本来ならばもっと早く買い出しを終わらせて昼には隊舎に戻っていられる予定だったのだが、予想外の出来事(カラバッサ)で思いのほか時間が掛かってしまった為に、ローロも少々早足だ。


「あっローロおにーさん!」


 コラソン亭の前を通りかかった時、ちょうど中から看板娘のパステルが出てきた。

 パステルの姿を見てローロは足を止めて「こんにちは」と挨拶をする。

 ローロの言葉にパステルもにこにこ笑って「こんにちはー!」と元気に挨拶を返した。


「おにーさん、今日はご飯いかがですか?」

「今日は荷物があるから、ごめんね。また今度お邪魔するよ」


 窓からコラソン亭の中を覗けば、すでに何席か埋まっている。

 恐らく昼を過ぎれば満席になるだろう。

 心惹かれるお誘いではあるが、大きな荷物を抱えて中へ入れば流石に他の客の邪魔になる。

 そう思ってローロが申し訳なさそうに断ると、パステルはにこにこ笑顔のまま「うん! お待ちしておりまーす!」と、気にした様子もなく頷いた。

 良い子だなぁ。

 先程の疲れが癒されるような感覚を感じていると、ふとパステルがパチリと手を合わせて、何か言いたげにローロを見上げた。


「あのね、ローロおにーさん」

「うん? どうしたの?」

「えっと、この間の、いろーかいの時の事なんだけど……」

「この間の慰労会かい? 何かあったかい?」


 パステルの言葉にローロは少しだけ首を傾げた。

 この間の慰労会と言えば冬の討伐を終えた後に行われたアレの事である。

 何かコラソン亭に迷惑を掛けてしまっていただろうか。

 ローロが慰労会の様子を思い出していると、パステルは言い辛そうに、もじもじと指を合わせながら話を続ける。 


「あの時ね、うちのお店の外に知らないおじさんがいたんです」

「知らないおじさん?」

「うん、フードをかぶった体の大きなおじさんが、窓からお店の中を見ていたんです」


 パステルの言葉にローロは首を傾げた。

 率直に浮かんだのが『パステルにしては珍しい』という言葉である。

 コラソン亭で元気よく接客をしている所から見ても、パステルは人見知りはしないし、基本的に誰に対しても――アベートとサウセの一件はパステルも迷惑に思っていたからだろうが――人懐っこい。

 そんなパステルがこういう事を言うのは珍しい(、、、)のだ。

 ローロも何度もコラソン亭には足を運んでいたり、こっそり新作のお菓子の試食を頼んだりしていたのでパステルとは仲が良い。

 だが、こうして誰かについての相談を受けるのは初めてである。


「大きなおじさんか……」

「変な事してたとか、そういうのはないんですけど、でも……でも、何か気になるんです」


 パステルは上手く説明できない事が歯がゆいようで、困ったようにそう言った。

 ローロは少し考えると、しゃがんでパステルの視線に合わせ、力強く頷いた。


「うん、分かった。僕の方で少し調べてみるよ。ありがとうね、パステル」


 ローロがそう言うと、パステルはほっとしたように表情を緩めた。

 そうして先程と同じ笑顔を浮かべて「お願いしますっ」と頭を下げると、コラソン亭の中へと戻って行く。

 パステルはドアを閉める前にローロに向かって手を振った。

 それを見送った後、ローロは立ち上がると再び隊舎に向かって歩き出した。


「…………知らない人、フード、大柄、男」


 パステルから聞いた男の特徴を繰り返す。

 それだけでは情報が足りないが、コラソン亭の主人を見慣れているパステルが『大柄なおじさん』と言ったのだ。

 少なくとも主人よりは体が大きいと考えて良いだろう。

 コラソン亭の主人は元冒険者である為、体格はがっしりとしている。日付と、町の人間以外の誰かを考えれば、何とかなるかもしれない。

 パステルの「気になる」という言葉だけでは相手が怪しいと疑う理由としては薄いが、それでも子供の勘は予想外の所で鋭い。

 調べてみて何もないならそれでいい。


「隊長と、ギルドの方にも聞いてみるか……」


 もしかしたら冒険者ギルドの方にはコラソン亭の主人から話がいっているかもしれないが。

 ローロはそう考えて「冒険者ギルドにも聞く」という考えが、自分の中で自然と出てきた事に気が付いて少し驚いた。

 数か月前にはなかった感覚に、何とも言えないむず痒さを感じつつ、ローロは小さく笑った。




 隊舎に戻ったローロは仲間達と食事を取っていると、ふとカラバッサの言葉を思い出した。

 頼まれたのだから、一応伝えておかないと。

 そう思ってローロはセレッソに話し掛ける。


「そう言えばセレッソ、カラバッサがあとで司書怪盗ディアマンテの本にサインが欲しいって言っていたよ」

「司書怪盗ディアマンテ!?」


 だが、ローロの言葉にセレッソよりも早く反応したのはシスネだった。

 シスネは目を大きく見開いてローロとセレッソを交互に見ている。


 どうやらここにも一人ファンがいたようである。

 

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