精霊祭の準備 後編
教会の飾り付けがひと段落したところで、セレッソ達は昼食を取る事になった。
今回は手伝いという事もあって、食事は教会側が用意してくれる事になっている。
花を作っていた部屋を片付けてテーブルを拭いた後、セレッソ達はそこへ料理を運び込んだ。
子供達も意外と慣れたもので、カチャカチャと手際よく料理を運んで配って行く。
「美味しそうですわねぇ」
「うん! あのねーシスターのご飯、美味しいんだよー!」
料理を見ながらセレッソが言うと、子供達もにこにこ笑って頷く。
美味しそうな匂いにつられてササッと用意をしてしまうと、セレッソ達は食事の前の祈りを捧げ、食べ始めた。
教会側で用意してくれた料理は六色豆のスープに目玉焼きを乗せた黒パンである。
六色豆のスープは、六種類の豆と細かく切ったベーコンを入れ、塩と胡椒、バターで味付けをしたアルディリアではポピュラーなスープだ。
季節によって豆の種類や色も変わるので、四季折々に見た目も鮮やかで楽しく、豆以外にも色々な野菜を入れて食べる。
家ごとに入れる具材や味付けも違うので、アルディリアでは家庭の味と言えば六色豆のスープと言われるくらいだった。
スプーンですくって口に含むと、塩味のスープにベーコンとバターの旨みが溶け出し、じわりと舌の上に広がる。また、スープの中の豆は柔らかくほんのりと甘い。
目玉焼きを乗せた黒パンは塩胡椒を振りかけたシンプルな味付けだが、六色豆のスープに入れるベーコンを焼いた後に目玉焼きを焼いている為、ベーコンの旨みが目玉焼きにしっかりとついている。黄身はほどよく半熟だ。
「美味しいですわねぇ」
「うむうむ、毎年これが楽しみでね。シスター・フルータの六色豆のスープは最高だとも」
「あらやだ、レアルさんたら。うふふ」
セレッソの言葉にレアルも上機嫌で頷いた。
褒められたフルータは少し照れながらくすくすと微笑む。
聞けば六色豆のスープはシスター・フルータの得意料理なのだそうだ。
「コラソン亭のおじさんも、スープはシスターの方が上って言ってたんだよー」
「まあ! なら、味わって頂かないとですわねっ」
セレッソは目を輝かせてスープを見る。
それを見てフルータが「おかわりもありますよ」と言うと、レアルと一部の子供達が目を光らせた。
「そう言えば、精霊祭で用意するお礼もシスターが作るのだったね」
レアルが思い出したようにそう言うと、フルータがにこりと微笑んで頷いた。
精霊祭では精霊酒を奉納してくれた人へのお礼の品物を渡している。
教会ごとに違うが、ここコンタールでは毎回、ヌエースの実の入ったパンを焼いて渡しているのだそうだ。
このお礼の品物は基本的に精霊の恵みを感じられるもの、というのが前提となっている。
その為、食べ物である事が多いのだ。
「セレッソさんの村の教会はどんなものを用意しているのですか?」
「うちの村では干し肉ですわねぇ」
うふふ、と笑うセレッソの言葉に「なるほど」と興味深そうに頷いたシスターとは正反対に、レアルだけは微妙そうな顔をしていた。
別にレアルも干し肉がどうのということはない。干し肉もちゃんとした精霊の恵みだ。
ただ、精霊祭のお礼の品として干し肉を持ち帰る人々を想像して、何とも「合わないなぁ」と思っただけだ。
「村人総出で狩りに行きますの」
「キミの村は一体何なんだい?」
さらにその様子を想像してレアルは頭を抱えた。
精霊祭のお礼の品物として干し肉を渡している教会がないわけではないが、レアルの様子を見ても分かる通り、極めて少ない。
セレッソはハッとして口に手をあてると、
「昔は冒険者さんに頼んでいましたの!」
と言ったが、問題はそこではない。
レアルは返答に困って「強くなったんだな……」と言った。
セレッソの話を聞きながら、フルータが「そう言えば」と、両手をポンと鳴らして二人を見た。
「冒険者さんから聞いたのですけれど、西の国の教会では精霊の恵みではない食べ物を作って渡しているらしいですよ」
フルータの言葉にセレッソとレアルは驚いたように目を丸くした。
西の国というのは、アルディリアの西に存在するフォルクスリート王国だ。
この世界で最も技術が進歩している国で、国内には鉄鉱山も多く、それを使った道具の発明も進んでいる。
何でも馬ではなく鉄で動く乗り物を作っているそうだ。
そんな事からついたあだ名は鉄の国。
そしてこのアルディリアに、古くから無理難題を吹っかけてきている国の一つである。
「精霊の恵みではない食べ物ですか……何だかちょっと不気味ですわね」
「ああ。そもそも精霊の恵みではない食べ物なんて、どう作るのだろうねぇ」
セレッソとレアルは不思議そうに首を傾げる。
それもそうだろう。
アルディリアでは精霊信仰が根強い。
そのアルディリアで生まれ育ったセレッソとレアルにとっては、精霊の恵みではない食べ物というのは不可解極まりないものだった。
「何種類かのお薬を混ぜ合わせて、その材料では考えられないようなパンを作るらしいのです。元の材料自体は精霊の恵みなのですけれど……邪道ですわ」
セレッソ達に説明をしていたフルータの目がスッと細まる。
心なしか前髪から鼻のあたりに掛けて、暗い影のようなものが出来ているようにも見える。
表情こそ笑顔だがフルータの目は一切笑ってはいない。
雰囲気もガラリと変わったフルータにセレッソとレアル、子供達は『怖い!』と思ったが、空気を読んで言葉にはしなかった。
「そ、そう言えば! 今年の精霊祭は劇団が公演に来るらしいぞ」
何とか話を変えようと、レアルがパンッと手を叩いて勢いよくそう言った。
その言葉にフルータの雰囲気も元に戻る。
セレッソもほっと胸を撫で下ろし、
「劇団! いいですわね!」
劇団の言葉に目を輝かせた。
セレッソとは反対に、子供達がどうやら劇団を見たことがないようで、首を傾げて「どんなのだろうね?」と話をしている。
「劇団と言うのは、例えば……ほら、紙芝居の登場人物になりきって、人の前で物語を演じる事、かしらね?」
子供達の様子を見て、セレッソはピンと人差し指を立ててそう言った。
セレッソの説明を聞いて子供達は目をぱちぱちと瞬いた後、
「へぇー」
「あっ! それなら、おれたちもやってたじゃん!」
「そっかぁーあたしたちも劇団だったんだー!」
と、にこにこ笑いながら、楽しそうに「劇団!」「劇団!」と言い始めた。
食事をしていなければ飛び跳ねそうな勢いだ。
子供達の様子を微笑ましそうに見ていたレアルは、腕を組んでうんうんと頷く。
「うむうむ、そうだとも。子供達は何でも……」
「ししょーもやってたから、劇団だねー!」
「あっこら! しー! しー!」
ちょっといい事を言おうとした矢先、子供達にそんな事を言われてレアルは大慌てで子供達に口止めをしようとする。
セレッソはそれを聞いて少し目を開いた後「うふふ」と楽しそうに笑った。
それから、教会での手伝いを終えてセレッソとレアルが隊舎に戻ったのは、空の端が夜の色に染まり始めた頃だった。
二人の手にはフルータから今日のお礼にと貰った騎士隊分の花束が抱えられている。
花束は夕日にかざせばキラキラと輝き、それを見てセレッソは楽しそうに笑っていた。
そんなセレッソを横目で見ながら、レアルは懐から懐中時計を取り出して何やら時間を確認している。
「……そろそろいいか」
「何がですの?」
「いや、こちらの話だ。入ろう」
レアルは軽く首を横に振った後、隊舎へと入って行った。
セレッソは首を傾げながらそれに続く。
「この花はどちらに飾ります?」
「とりあえずベナード隊長に聞いてみよう」
そう言うとレアルはかつかつと階段を登り始めた。
ふっと隊舎には良い香りが漂っている事にセレッソは気が付いた。
ローロが夕食の準備をしているのだろうか。
「どこへ行くんですの?」
「隊長の執務室。……そう言えば、キミは入ったことがなかったか?」
「ベナード隊長の執務室! 心躍る場所ですわね! もちろんないですわっ」
執務室と聞いてセレッソがパッと表情を明るくした。
レアルは「相変わらずぶれないね」と苦笑しながら、先導するように歩いて行く。
セレッソはうきうきとした足取りでそれに続いた。
ベナードの執務室は、階段を上がった先の廊下の突き当たりにある。
レアルはセレッソがついてきているか確認した後で「コホン」と軽く咳払いをしてドアをノックした。
「どうぞ」
執務室の奥からはベナードの声が聞こえて来る。
返答を聞いた後、レアルはガチャリとドアノブを回し、ドアを開けた。
「よう、来たな」
そこには執務机に座って軽く手を挙げているベナード以外に、ルシエやローロ、シスネが左右に分かれて立っている。
セレッソが目を丸くしていると、レアルはすたすたと大股で歩き、シスネの隣に並んだ。
何だろうとセレッソは少し困ったようにきょろきょろと左右を交互に見ながら「失礼します」と部屋の中へと入る。
「えっと、今日は何かありますの?」
「ああ、あると言えば、あるな」
セレッソが執務机に座るベナードに近づいてそう尋ねると、ベナードはニッと笑って頷く。
そうしてベナードは自分の机の上に置いてある紙を一枚手に取ると、セレッソに向かってずいと差し出した。
セレッソは不思議そうにその紙を受け取って内容を見る。
『雇用契約書』
その紙には、はっきりとそう書かれていた。
ベナードのサインはすでに記入されている。
セレッソは大きく目を見開くと、紙とベナードを何度も何度も見比べた。
「えっと、これは」
「文字通り、雇用契約書だ。――――うちの隊付き作家としてのな」
セレッソの頬にすうと赤みが差す。
「で、でも、わたくし、魔法がまだ」
「魔法ならもう見た」
セレッソの言葉に応えるようにレアルがそう言った。
振り返ると、レアルが顔をかいて笑っている。
「ルースの実の粉だ」
レアルの言葉を補足するように、ベナードが言う。
崖の下で、あのルースの粉によって出来た光の道が、レアル達をテントまで導いてくれたのだと。
そして何よりもセレッソが隊付き作家になる為の条件として課題を出したレアルが言ったのだ。
「魔法みたいだったよ」
レアルの言葉にセレッソはぎゅう、と雇用契約書を持つ手に力を込める。
「それじゃあ、今日は……」
「ええ、この準備です。セレッソさん用の部屋の掃除や準備があったので、少し出てもらいました」
「どうせなら驚かせたいと思っていたのだけれど、セレッソちゃんを連れ出す上手い言い訳がなかなか浮かばなくて」
「精霊祭の準備なら、ちょうど良いかなって」
ベナード隊の騎士達の言葉に、セレッソは何と言えば良いのか分からず、もごもごと口を動かしている。
嬉しいのだ。
嬉しいのだが、嬉しさが重なり過ぎて、上手く言葉に出来ない。
セレッソはベナード隊の騎士達の顔を順番に見た後、最後にベナードを見た。
ベナードは笑って右手を差出す。
「ようこそ、ベナード隊へ!」
セレッソは感極まったように泣き笑いのような表情を浮かべると、雇用契約書ごとベナードの手を握って、ぶんぶんと上下に振った。
騎士達もそれを見ながら、お互いに顔を合わせて笑う。
「はい!!!」
セレッソが何とか言葉にできたのはそれだけだ。
その日、新しく仲間入りをした隊付き作家を歓迎する夕食会は、夜遅くまで続いた。
賑やかに、賑やかに。
そんなベナード隊の隊舎の前を、仕事を終えたグルージャが通りかかった。
自分の家へ帰る途中なのだろう。
普段と少し様子の違う隊舎を見上げたグルージャは、
「若者はいいねぇ」
と、ふっと笑って呟き、通り過ぎて行った。




