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精霊祭の準備 前編

 アルディリアには精霊祭と呼ばれるものがある。

 春、夏、秋、冬の四つの季節ごとに行われている精霊の恵みに感謝と祈りを捧げる祭りだ。

 それぞれの季節ごとに春は芽吹きを願い、夏は成長を祈り、秋は収穫を祝い、冬は一年の実りに感謝をするという意味合いがある。

 精霊信仰が強いアルディリアでは、どんなに小さな村でも毎年欠かさず行われていた。

 祭りでは精霊祭の為に造られる『精霊酒』というものをそれぞれの家で購入し、教会へ奉納する。

 そうして精霊に祈りと感謝を捧げた後は、食べたり飲んだり、踊ったり歌ったりと、ごくごく普通の賑やかな祭りを行うのだ。

 

 そんな精霊祭を数日後に控えたある日の事、セレッソとレアルは騎士隊の仕事の一環でコンタールの教会の手伝いに来ていた。

 精霊祭で一番忙しくなるのは教会である。

 精霊への祈りを捧げる儀式、儀式の流れの調整、奉納される精霊酒の置き場に、精霊酒を奉納してくれた者へのお礼の品など、様々な準備が必要となる。

 王都などの大きな場所では教会で働く者の数も多いが、コンタールなどの地方の町では数人だ。

 なので精霊祭前後は大忙しなのである。

 その為、毎年こうして騎士隊も手伝いに来ているのだ。

 だが。


「つまりこれも大事な騎士の仕事なのだよっ」

「それは分かっておりますけれど」


 レアルの説明を聞きながらどこか浮かない表情でセレッソは言う。


「何をむくれているのだい? 反抗期か?」

「とっくに過ぎましたわ! そうではなくて、その、何かこう追い出されるような感じで隊舎を出された気がするのですけれど」


 頬に手を添えて「うーん」と唸るセレッソの言葉に、レアルはぎくりと肩を跳ねた。

 そう、ここへ来る前の事だ。

 セレッソはいつも通りベナード隊の隊舎へ行き自分の仕事をしようとしてたのだが、


「ようセレッソ、今日はちょっと頼まれてくれねェかい」

「そ、そう! そうなの! 手が放せなくって!」

「いやぁちょうど良い! レアルが手伝って欲しいって言っていてね!」

「えっボクかい!? そ、そうだとも!」

「……というわけで、申し訳ないのですが、今日は教会で精霊祭の準備を手伝って欲しいのです」


 などと、ベナード隊の騎士達が口ぐちにそう言って、セレッソは半ば強引に隊舎を連れ出されたのだ。

 どう考えても怪しい。


「何か企んでいません?」


 セレッソが訝しげな顔でレアルを見上げると、レアルはサッと顔を逸らして素知らぬ顔で口笛を吹き始めた。

 誤魔化すのが下手な男である。

 だがこれ以上尋ねても答えてくれる気はなさそうだ。

 セレッソが肩をすくめて軽く息を吐いていると、そんな二人の所へシスター・フルータがやって来た。


「こんにちは、セレッソさん、レアルさん。今日はよろしくお願いします」

「こんにちは、シスター・フルータ」

「お世話になります」


 セレッソとレアルは軽く頭を下げて挨拶をする。

 フルータは「助かりますわ」と言いながら、嬉しそうに微笑んでいる。

 彼女の後ろからは、教会に手伝いに来ていたであろう子供達がセレッソ達の所へと駆け寄ってきた。


「あー! ししょーだー!」


 レアルに向けられて行った言葉にセレッソは目を瞬いて「師匠?」とレアルに尋ねた。


「雪像の、ね」


 どうやらあの雪合戦以来、レアルとサウセは子供達から『師匠』と呼ばれているようだ。

 セレッソの頭の中に子供達の中に混ざって雪像を作るレアルとサウセが浮かぶ。

 微笑ましいのと同時に、違和感がない、とも思ったのは内緒である。


「ししょー! 今日は雪の像作るのー?」

「おねーさん、紙芝居やるのー?」


 子供達は口々にそんな事を言いながら、きゃいきゃいとセレッソとレアルに飛びつく。

 セレッソとレアルは首を横に振って「今日はお手伝いなんだよ」と言うと、子供達は「じゃあ、こっちこっち!」と二人の手を取って引っ張った。


「うふふ、それでは行きましょうか」


 フルータはくすくす微笑んでそう言うと歩き出す。

 セレッソとレアルはフルータに返すように頷くと、子供達に引っ張られ、教会の奥の部屋へと向かった。




 教会の奥では飾り付けに使うものが作られていた。

 その飾りはアルディリアの特産品であるアルディリア織の切れ端を使って作られている。

 アルディリア織の切れ端を花びらのような形に切り『銀・青・緑・橙・赤・金』の六色に染めて縫い合わせ一輪の花にする。

 そうして出来上がった花を教会に飾るのだ。

 アルディリアの教会で古くから行われている事ではあるが、切れ端と言えど他国で高値で取引をされているアルディリア織を使って作る飾りはなかなか贅沢なものである。

 その花をセレッソとレアルは子供達と一緒に作っていた。

 意気揚々と針を動かすレアルとは正反対に、セレッソは眉間にシワを寄せて難しい顔で花を作っている。


「よし、これで半分だな。どうだい、ひよっこ作家。そちらは……」

「あいた! 指! 指を刺しましたわ!」


 レアルが子供を数人挟んだ隣に座るセレッソに顔を向けると、セレッソはそんな事を叫んでいた。

 どうやら花を縫い合わせている際に針で指を刺したらしい。

 彼女の隣に座る子供達は、


「おねーさん、大丈夫?」

「おねーちゃん下手だなぁー」

「もー! そんな事言ったらだめだよー」


 と、心配したり、やれやれと肩をすくめたりと賑やかだ。

 見ればセレッソの前のテーブルにはまだ片手で数えるくらいの花しか出来上がっていなかった。


「……もしかして、キミ、裁縫が苦手なのかい?」

「い、いえ! そんな事ありませんわ! ほ、ほら! ばっちりでしょう!?」


 レアルの言葉にだらだらと冷や汗をかきながら、セレッソは自分が作った花を手に乗せて、ずいと差し出した。

 見れば確かに縫い目は綺麗には出来ている。

 綺麗に出来てはいるが、その花を乗せている手の指には切り傷等の治療で使われる布が幾つも巻いてあるのも見えた。

 恐らく何度も何度も針で刺したのだろう。

 レアルが呆れたように半目になると、


「苦手なのだね?」

「う、うう……で、出来る事は、できますわよ……? その、時間は掛かりますけれど……」


 レアルにそう言われ、セレッソは視線を泳がせてしどろもどろになりながら答えた。

 そう、セレッソは裁縫があまり得意ではない。

 布と布を繋ぎ合わせる時も、気を抜けば縫い目の広さがバラバラになって見た目的に大変残念な出来に仕上がる。

 今回はアルディリア織を使うという事もあって、何とかきちんとしたものを作らなければと必死になっていたので縫い目は何とかなっているが、その分時間が掛かってしまっていた。

 肩を落としたセレッソを見てレアルは苦笑すると、セレッソの前に置いてある布が入ったカゴを自分の方へと引き寄せる。


「レアルさん?」

「このままでは日が暮れてしまうではないか。縫い合わせはボクがやっておくから、キミは出来上がった花を点検して、大きさごとに分けてくれたまえ」


 適材適所だと言うとレアルはセレッソの分の花を作り始める。

 セレッソが目を丸くしてレアルの指先を見ていると、あっという間に花が一つ出来上がった。


「き、器用ですわね」

「うわぁー! ししょーすげー!」

「はやいねー」

「フッそうだろうそうだろう! このボクに出来ない事などないからなっ!」


 褒められて満更でもないのか、レアルは口の端を上げてそう言った。

 普段からこういった作業に慣れているのかレアルの手際は良い。

 セレッソは羨ましいなぁと思いながら、レアルに言われた通り花の点検や仕分けの作業を始めた。


「でもねぇー秋の精霊祭の時は、冒険者の人達と張り合って、シスターに怒られていたんだよー」

「あらまぁ」

「あっこら、しー! しー!」


 などと、賑やかにわいわいと花作りは進んで行った。




 花作りが終わったら次はその花の飾り付けである。

 そのまま壁や長椅子に飾り付けたり、ブーケ状にまとめたりと、様々な方法でセレッソ達は教会を飾り付けを行った。

 そうしている間に冒険者ギルドからも、冒険者が何人か手伝いに派遣されて来る。

 雪合戦や冬の討伐のおかげか、冒険者達の態度は柔らかく、挨拶をすれば軽く手を挙げて笑って返してくれた。

 和やかな様子に心なしかフルータも嬉しそうに表情を緩めている。


「やはり仲が良い方が良いですね」

「そうですわね」


 セレッソとフルータが「うふふ」と笑い合っていると、ふと、教会の入り口の方向から、


「すみません、ご注文の品物をお届けにあがりましたー」


 と、そんな声が聞こえてきた。

 顔を向けると、そこには帽子をかぶった商人らしき男が、大きな荷物を抱えて教会の扉の所に立っている。


「ああ、こんにちはロシオさん」


 フルータは軽く手を合わせると、そちらの方へと歩いて行った。

 商人が抱えている荷物は、どうやら精霊祭で精霊酒を奉納してくれた者へのお返しとして用意するお菓子の材料のようだ。

 フルータは商品を受け取ると、中身を確認した後でお金を支払った。


「……あれ?」


 ふと、セレッソはその商人を見て首を傾げた。

 どこかで、見たような。

 そんな事を思っていると、セレッソの視線に気が付いたのか商人もセレッソの方を見た。

 そうしてセレッソと同じように少し首を傾げた後で、パチンと指を鳴らした。


「あー、馬車で!」

「ああ、馬車で!」


 商人の言葉に思い出したようにセレッソも軽く目を見張る。

 セレッソがコンタールへやって来た日、同じ乗合馬車に乗っていた一人だ。

 レアルはそんなセレッソの様子に首を傾げ、


「知り合いかい?」


 と尋ねると、セレッソは「コンタールに来た時に、少し」と頷いた。

 商人はにこりと笑うと、


「改めまして、私はロシオと言います」


 と、帽子を取って名乗った。

 セレッソとレアルもロシオに返すように自分達の名前を名乗る。

 ロシオと名乗った商人は、歳は二十代半ばだろうか。短い灰色の髪に紫色の目をした男だ。

 彼はセレッソと同じ日にコンタールの町へやって来てから、この町を拠点として活動する為に、周辺の町を走り回っていたのだそうだ。


「雪合戦の時の屋台の場所取りには、残念ながら負けてしまいまして……」


 ロシオはそんな事を言っていたが、この短期間でこうして教会と直接取引をするまで至ったその手腕を見ても並の商人ではないとレアルは思った。

 話をしていると、ロシオを見た子供達が「飴のおにーさん!」と駆け寄ってきた。

 セレッソとレアルが「飴のお兄さん?」と首を傾げていると、ロシオはコートのポケットから飴を取り出して子供達に配る。


「なるほど、だから飴のお兄さんか」


 レアルが頷きセレッソを見る。


「子供から、というあたりがキミと似ているな」

「うぐっ」


 セレッソが言葉に詰まると、今度はロシオが不思議そうな顔をした。

 レアルがロシオに、セレッソが教会で開催していた紙芝居の話をすると、


「ああ、噂の紙芝居の主はあなたでしたか!」


 と、意外にもロシオはギラリと目を光らせて食いついた。

 何か商売のネタでも浮かんだのだろうか。

 柔和な笑顔こそ浮かべているものの、しっかりと商人の顔になっている。

 さらに話を聞こうとするように身を乗り出したロシオだったが、何かを思い出したようにハッとして、コートの内側から懐中時計を引っ張り出した。


「……っと、色々とお話を聞きたいですが、次の配達がありますので今日はこれで」


 どうやら次の仕事があるようだ。

 ロシオはフルータやセレッソ達に挨拶をした後、教会を出て行った。

 パタンと扉が閉まるのを見て、セレッソはふうと息を吐く。


「……あの紙芝居は商売に使うつもりはありませんけれど」


 肩をすくめていうセレッソにレアルはくつくつと笑う。


「あれはしつこいぞ」

「レアルさんの腕相撲レベルですわね!」


 からかうように言うレアルに、お返しとばかりにセレッソが言うと、今度はレアルが「うぐっ」と言葉を詰まらせた。

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