閑話 ルシエ班
ベナード班がコンタール山を登っている頃、ルシエ班もまた別のルートからコンタール山を登っていた。
並び順は先頭からルシエ、カトレーヤ、アベート、カラバッサ、ローロだ。
ベナード班同様に、ルシエ班のメンバー達も大体が顔見知りだが、その中にルシエとローロにとって初対面の相手がいた。
ルシエの後ろを歩くカトレーヤという名前の冒険者だ。
年齢や身長は大体セレッソと同じくらいだろうか。
サラサラとした赤紫色のセミロングの髪と、少々目つきの悪い金色の瞳をした少女である。
カトレーヤも騎士や冒険者同様に冬山を歩く為の装備を身に着けているが、特徴的なのはその手に持った武器だ。
ハルバートという槍に斧の刃を合わせたような武器である。
扱いは難しいが、使いようによっては様々な戦い方が出来るので騎士でも憧れる者が多かった。
「最近の女の子の間では斧が流行っているのかねぇ」
「怖ぇよ」
カラバッサが後ろからカトレーヤの武器を見て呟いたのを聞いて、アベートが少し青ざめて言った。
恐らく二人ともセレッソの事を思い浮かべたのだろう。
そんなアベートの言葉を聞いて、彼の目の前を歩くカトレーヤが振り返った。
「何だアベートは討伐が怖いのか? 大丈夫だって、あたしが守ってやるからさ!」
「言ってねぇよ! 怖くねぇわ!」
どうやらカラバッサの言葉は聞こえていなかったようだ。
カトレーヤはアベートの『怖ぇよ』の言葉に反応して、フッと笑顔を浮かべてサムズアップした。
「まぁまぁ恥ずかしがるなって! 誰にだって怖いもんはあるからさ!」
「聞けよ!」
自分はちゃんと分かっていると言わんばかりにカラカラと笑ってカトレーヤは頷いた。
アベートは半目になって怒鳴ると、額に手を当てて大きくため息を吐いた。
ルシエとローロは冒険者達の賑やかな会話にくすくす楽しそうに微笑みながら歩いている。
実の所、こちらの班はコンタール山に入った頃から大体こんな調子だった。
最初の内はルシエとローロも、冒険者との初めての合同討伐に少しばかり緊張していたのだが、フタを開けて見ればあまり接点のなかったカトレーヤがとても賑やかに場を明るくしてくれる為、そんな緊張感などどこかへと吹っ飛んでしまっていた。
カトレーヤは歩きながら、
「ルシエさん、セクレトの粉って何使ってんの? 良い香りだわぁ」
「えっあっ、えっと、レフィナドって所のものなの」
「へー、探してみよ」
と、ルシエや後ろのアベート達に、始終そんな調子で話し掛けている。
騎士も冒険者も関係なく、接点の多さ少なさにも関わらず、誰に対しても物怖じせずにそうして話し掛けていた。
仕事中なので人見知りを押さえているルシエですら、仕事が終わった後でも普通に話が出きそうなくらい直ぐに慣れた。
もしかしたらカトレーヤは自分達に気を遣って話を振ってくれているのかもしれない。
カトレーヤの様子を見て最初はローロもそう思っていたが、
「おいアベート、あんた意外とドジだから滑って転ぶなよ? カラバッサなんて年だからついでに滑りそうだもんなぁ。おーい、後ろのでっかいの、転んだら頼むわー」
「年って!」
「うるせぇお前口閉じて登れ!」
などと会話において気を遣う素振りすら見せない部分も多かったので、恐らくこれが元々のカトレーヤ性格や性質なのだろう。
聞いている分にはあまり気にならないが、当事者だとこれが結構ダメージを食らうらしい。
アベートは小さい声で「だからこいつと組むのは嫌なんだ……」と呟き、カラバッサは「まだそんな年じゃないもん……」と地味に落ち込んでいた。
一つ一つにツッコミを入れているアベートはともかくとして、一人称で『オッサン』を使うカラバッサが年について気にしていた事はローロにとってはある意味驚きだった。
これもこれで口にすれば失礼な驚きでもあるのだが。
カラバッサは休憩時だったのならば地面にしゃがみこんで『の』の字でも書き出しそうなくらい虚ろな目をしている。
「ま、まぁ、僕でも転ぶことがあるから、大丈夫だよ」
肩を落とした二人を見てローロが慌ててフォローすると、アベートとカラバッサは少し気分が浮上したらしく、心なしか嬉しそうにローロを振り返った。
「だ、だよな! 転ぶことあるよな!」
「そうそう! 転ぶよな!」
「そうそう、大丈夫だよ!」
お互いに慰め合うように三人は笑顔で頷き合った。
実に和やかな空間である。
だが。
「転ぶのを趣味にするのはやめた方がいいよ?」
その和やかな空間を颯爽と突き破って、怪訝そうに首を傾げてカトレーヤが言うと『お前が言うな』と奇跡的にローロ達の心情は一致した。
そんな賑やかな調子で歩いている最中、ふと、何かに気が付いてルシエは足を止めた。
そしてひょいとしゃがみこむ。
後ろを歩いていたカトレーヤが首を傾げてルシエを覗き込んだ。
「何かあったの?」
不思議そうなカトレーヤに、ルシエは雪の上から何かを摘まんで、彼女達に見えるように持ち上げた。
獣の毛だ。
色は灰色で、毛先の方が僅かに青色をしている。
色の雰囲気から見て恐らくアスール狼だろう。
「この辺りにアスール狼の住処があるかもしれないわね」
そう言って立ち上がり周囲を見回しながらルシエは言った。
良く見ると辺りには小さな獣の足跡が幾つも残っている。
足跡が残された後で雪が降ったのか多少見え辛くはあるが、それでも木々の下など雪が積もりにくい場所にははっきりと残っていた。
だが足跡だけで周囲には獣の姿は見られず気配も感じられない。
「アスール狼の姿はみえないな。やっぱり冬の精霊の悪戯の影響っすかね」
「そうね。ギルドの方からも注意喚起してくれるかしら」
「うっす」
アベートの言葉にルシエはそう言うと、自分の鞄から地図を取り出して現在地に印とメモを書き込んだ。
それを見てアベートも鞄から色のついた紐を取り出すと、近くの木々に目印代わりに巻きつける。
コンタールの山に入るのは何も騎士や冒険者だけではない。
コンタールに住む一般の住人達も木の実やキノコなどの食材や、木材等を得る為に山に入っていた。
冒険者を雇って入れば安全ではあるが、やはり費用が掛かるので自分達だけで山へと入る者も多い。
出来るだけ危険がないように、こうして調査をするのも騎士や冒険者の仕事の一つだった。
「アスール狼って食べられる部分少ないんんだよなぁ。硬いし、臭うし」
ルシエとアベートがそんな事をしていると、カトレーヤが腕を組んでそんな事を言い出した。
「幾つかのハーブを入れれば匂いが消えるし、じっくり煮込めば美味しいよ」
「まっじで!?」
「ちょっとクセはあるけど、あれが逆に良いよなぁ」
ローロの言葉にカトレーヤは目を輝かせた姿を見たアベートは頭を抱ええている。
恐らくカトレーヤとカラバッサは普段もこの調子なのだろう。
ルシエはその様子を見て、アベートはこうして他の冒険者達と並ぶとコラソン亭での時と違い落ち着いて見えるなぁと思った。
ルシエもコンタールに来て長い。
なのでアベートの事も以前から知ってはいたが、ルシエの中にあったアベートのイメージはコラソン亭での時の様子とほとんどそのままだ。
騎士に対して良い感情を持たず、おおよそ一緒に仕事をしても上手くいきそうにない相手。
それがルシエが持っていたアベートへの認識だった。
だが。
だがこうして、今一緒に仕事をしている姿や、コンタールでの雪合戦の一件を思い出して、ルシエはそれが偏った見方だったという事に気付いた。
相手からもそうであるように自分も片側からしか相手の事を見ていない。
「……不思議ね」
地図にメモを書き終えた後でルシエはそうぽつりと呟く。
アベートはルシエの声に顔を向けて首を傾げた。
「つーか、飯の話してたら腹減って来たな」
不意に、カトレーヤがそんな事を言い出した。
それと合わせるように彼女のお腹の虫が鳴る。
「まだそんなに進んでねぇだろが」
呆れてアベートがそう言うとルシエはくすくすと微笑んで
「うふふ。でも、空腹だと力も出ないし、少し早いけれどお昼にしましょうか」
と言った。
カトレーヤはルシエの言葉に「よっしゃ!」と小さくガッツポーズをすると、真っ先に腰を下ろす。
カラバッサもそれに続いて腰を下ろし、ローロも苦笑しながら準備を始める。
アベートは空を見上げて大きく息を吐いて、仕方なしにそれに続いた。
ルシエ達の昼食もベナード班と同様にコラソン亭の主人のサンドイッチだった。
がつがつと食べるカトレーヤの様子を見るからに、相当にお腹がすいていたのだろう。
あれだけしゃべりなが歩けば当たり前と言えば当たり前なのかもしれないが。
「はい、お茶」
「ありがとー」
ローロがミルクティーの入ったカップを差し出すと、カトレーヤは嬉しそうに受け取って飲んだ。
このミルクティーはコラソン亭のものではなくローロ独自のブレンドだ。
カトレーヤは飲んだ後、少し驚いたように目をぱちぱちとさせて、ローロを見た。
「これ美味しい!」
「そう? 良かった」
「あんた、良い旦那さんになれるよ!」
「えっそ、そう!」
カトレーヤに褒められてローロは照れたように顔をかいた。
食事中も変わらず賑やかな様子にアベートは本日何度目かになるため息を吐く。
「お前、飯食う時くらい静かにならねぇのか」
アベートの言葉にカトレーヤは眉をひそめて首を傾げた。
「黙って食事して何が楽しいんだよ?」
「食いながらしゃべったら飛ぶだろ」
「あんた、飲み込まずにしゃべるのか? それはどうかと思うよ」
「ぶっ飛ばすぞ」
怪訝そうにそう返され、アベートは半目になってカトレーヤを睨んだ。
カラバッサは堪えきれないと言ったように「ぶはっ」と噴き出す。
「いやぁカトレーヤと組むの久々だけど、相変わらずだわぁ」
「そう? じゃあ今度また何かで組もう」
「謹んでお断りします」
カトレーヤの提案にカラバッサが真顔で首を振ると今度はローロが噴き出した。
「それにしても、いい食べっぷりだったね」
楽しそうに笑いながらローロがそう言うとカトレーヤも同じように笑って、ミルクティーの入ったカップを軽く持ち上げてニッと笑う。
「あんたもいいミルクティーだったよ。料理の方も上手いんだって? どんなもんが作れるの?」
「材料と機材があれば、大体は」
ローロがあごに手を当てて「うーん」と考えた後、そう言うと、カトレーヤは目を輝かせて
「へー! じゃあ、あれ作って、あれ! チーズケーキ!」
と言った。
その様子にアベートが半目になって咎めるように声を掛ける。
「カトレーヤ、お前なぁ……」
「あははは。うん、いいよ」
「やった! おいアベート、カラバッサ! あんた達もついでに何か頼んでみたら?」
ローロが頷くとカトレーヤは手を打ち鳴らして喜んだ。
そうしてばっとアベートとカラバッサの方を見る。
話を振られたアベートはぎょっとして目を剥いた。
「は!? 何言ってんだお前!?」
「あー、じゃあオッサン、タルトがいいねぇ」
「カラバッサ、お前まで……」
ひょいと手を挙げてカラバッサもそう言うと、アベートはほとほと困ったような顔になる。
恐らくローロに迷惑が掛かると考えているのだろう。
それを知ってか知らずか、ローロはにこにこと笑ったまま頷き、
「討伐が終わったら慰労会するって話があったし、良かったら作るよ? ルシエもチーズケーキだよね」
「うふふ、ええ。ありがとう。アベートちゃんはどんなお菓子が好き?」
ルシエにまでそう言われて、アベートは観念したように、顔をかいて小さな声で答える。
「えっあっじゃあ、俺、プリン……」
「プリンってガラか」
「うるせぇ!」
まるで当たり前のような流れでカトレーヤにそう言われ、アベートは顔を真っ赤にして怒鳴った。
昼食を終えるとカラバッサとローロが出発前に周囲の様子を確認しに行った。
残ったのはルシエとアベート、カトレーヤである。
カトレーヤは満腹になって機嫌が良いのか、少し離れた場所で鼻歌を歌っていた。
「何か本当にすんません……」
アベートがカトレーヤに聞こえないような声量でルシエにそう言うと、ルシエは軽く首を振った。
「うふふ。元気で良い子ね」
「元気っちゃあ元気だけど、あれは何も考えてないだけっすよ」
アベートがちらりとカトレーヤを見ると、今度は雪玉を転がして遊び始めている。
これ下まで転がしたら大きくならないかなどと言っているのを見てアベートは半目になった。
「……まぁ、気楽っすよ。冒険者も騎士も関係ねぇから仕事しやすいし」
「そうね。……ああいう子は、とても貴重だわ」
「そっちにも似たようなのがいると思うが」
アベートにそう言われルシエは目を丸くする。
ルシエはそれがセレッソの事だと直ぐに気が付いてくすくす微笑んだ。
「こっちはカトレーヤで良かったが、あっちはカルタモがいるなからなぁ……」
「カルタモちゃんって、ベテランの冒険者よね」
ルシエはカルタモと顔を合わせた事があったが、雰囲気として言うならばコラソン亭でのアベート達に近い印象がある。
カルタモは顔を合わせる度に、いつも難しい顔で騎士を見ていたのを思い出して、ルシエはあごに手を当てた。
アベートはルシエの言葉に頷くと、続ける。
「腕も良いし頭も良いんだが如何せん頑固でなぁ。こうと決めたら突っ走るところがある」
「そこはアベートちゃん達も似てるわねぇ」
ルシエの言葉に、アベートは「うぐっ」と言葉を詰まらせた。
ついでに『ちゃん』呼びをされて照れ臭いのか、少し顔が赤くなっている。
「な、仲間とか身内に関係すると、すげぇ顕著なんだけど。……まぁ、悪い奴じゃあないんすよ」
「そこも似てるわねぇ」
「勘弁して下さいお願いします」
アベートはルシエの言葉に耐え切れなくなったようで両手で顔を覆う。
話を聞く限りではカルタモがどこかレアルと似ている気がして、ルシエは空を見上げてベナード班の事を考えた。
ふと、その目の先に、橙色の煙のようなものが見えた。
「あれは……ベナード隊長の班からの知らせだわ」
ルシエの言葉にアベートは顔を上げて、つられてカトレーヤも同様に空を見上げた。
あれは出発前にシスネが渡してくれた発煙筒だ。
氷の獣を発見した際や、緊急時に知らせる為のものである。
恐らくベナード班の方に氷の獣が出たのだろう。
「……ベナード隊長達は大丈夫かしら」
橙色の煙を見つめながらルシエはそう呟くと、ローロとカラバッサが戻って来たら直ぐに出発できるように、準備を整え始めた。




