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冬の討伐の始まり

 その日、早朝からコンタールの町は慌ただしかった。

 理由はやはりコンタールの町のすぐ近くにあるコンタール山の頂上付近に、虹色の輪が掛かった事である。

 冬の精霊の悪戯と呼ばれるものだ。

 虹色の輪が掛かってから数時間の内に氷から生まれた獣が群れで出現し始める。

 そろそろだろうと交代で山の様子を見張っていた騎士や冒険者達は、すぐさまコンタールの町の住人に注意を呼びかけたり、討伐の準備を整えたりしていた。

 今回の冬の討伐は先日の雪合戦での結果通り、騎士と冒険者による初めての合同チームとなる。

 その為、討伐隊の本部となるベナード隊の隊舎の広間にて、騎士や冒険者が揃って念入りに調整が行われていた。

 広間にいるのはセレッソとベナード隊の騎士達、冒険者ギルドの支部長のグルージャと、冒険者のカラバッサ、アベート、サウセの十一名だ。

 これだけの人数が広間に入っているのを見るのはセレッソは初めてだった。

 話し合いはまず状況確認と、討伐班、防衛班の編成から始まった。


「えっわたくしはダメですの!?」


 討伐班のメンバーを聞いた時、セレッソが目を丸くして驚いた声を上げた。

 そう、討伐班についてだが、名前が読み上げられた時にそこにセレッソの名前はなかった。

 それはまぁそうだろう。

 セレッソは隊付き作家であって騎士ではなく、また冒険者でもない。

 そもそもの条件としての参加資格は残念ながら持っていないのだ。

 セレッソとしては冬の討伐そのものへの協力もしたかったし、隊付き作家としてベナード隊の活動の様子をその目で見ておきたいという理由もある。

 一応、セレッソは生まれ故郷の村で行われる冬の討伐でも二回程参加しているので、まったく経験がないわけでもなかった。

 だが、それを話しても、ベナードとグルージャの反応は苦い。


「今回は留守番だ。町の守りもいるしな。それに、セレッソには子供達も良く懐いているし、何かあった時に不安を和らげてやれるだろう?」


 ベナードが諭すようにそう言う。

 前述の理由もあるが、コンタールの町を守る防衛班も冬の討伐にとっては大事な存在だ。

 以前シスネも言ったが、万が一、一匹でも氷の獣を逃せば、奴らは町へと降りてしまう。

 氷の獣は日が昇っている内は氷の体を維持しているが、日が沈めば吹雪へと姿を変える。

 どちらの体にせよ町には危険であるし、倒すまでそれは繰り返し続くのだ。


「……うう、残念ですけれど分かりましたわ。でも、そうならいっそ、事前に冒険者登録もしておくべきでしたわね」

「隊付き作家兼冒険者ってのは、今の所聞いたことねぇなぁ」


 しぶしぶ頷きながら言うセレッソに、グルージャは苦笑した。

 今までの行動を見てもセレッソならばやりかねないというのは流石に分かるようだ。

 だがその時、そんな彼女達の話を静かに聞いていたサウセが軽く手を挙げた。

 皆の視線が集まる中でサウセは、挙げた手とは反対側の手を顎に当てて言う。


「……いいんじゃないの?」

「何がだ?」

「いや、セレッソが討伐班側で参加するの」


 サウセの言葉に一同は少し目を張った。

 一番驚いていたのはセレッソだ。


「理由は?」

「ああ、今回は俺達冒険者も討伐隊に入るだろう? 今ここにいる冒険者なら、多分、下手な事はしないと思うけど。他に何人か入っている奴の事までは保障できない。一応セレッソは騎士隊の隊付き作家……見習いだっけ。だけど、あんまり騎士隊っぽくはないし、かと言って冒険者っぽくもないし。間に入るにはちょうどいいじゃないかって思うんだけど」


 サウセはぐるりと騎士と冒険者達を見回しながらそう言った。

 つまり、要約すればセレッソが騎士と冒険者の間の緩衝剤にならないか、と提案しているのだ。

 今までの行動から見ても、もちろんセレッソの根底にあるのはベナード隊の汚名返上ではあるから騎士よりではあるものの、言動はどちらかと言うと中間だ。

 コラソン亭での一件でもどちらの意見を擁護するわけでもなく、きちんとそれぞれの話を聞いていたとサウセは後でコラソン亭の主人から聞いた。

 セレッソの意見を尊重するわけでもなく、初めての合同チームだからこそ、万が一の為にそういう間に立つ者がいた方が良いのではないかとサウセは言うのだ。


「間か……」

「俺とアベートみたいな奴は、まだいるからさ」


 顎に当てていた手を降ろしてサウセと、それを聞いていたアベートは苦笑した。

 あの雪合戦の一件で、ある程度はお互いにお互いへのあまり良くない感情は緩和されてはいるが、元々が根深い問題の為、亀裂自体は完全には塞がっていない。

 歩み寄ろうという冒険者もいるし、ヒラソールやペーラなど若い世代にはあまり悪く思っていない冒険者も少なくはないが、それでもやはり相当に嫌っている者もいるのだ。


「ふーむ……まぁ、確かになぁ。何人か気がかりな奴はいるにはいるが……そうだな」


 ベナードとグルージャは腕を組んで唸る。

 恐らく、参加させるか否かを考えているのだろう。

 冬の討伐は早めに終わらせなければならない。

 騎士の方は一人町に残す以外は全員参加だが、冒険者ギルドの方は今、町に残っている冒険者の中から実力のある者を選んで討伐班に編成している。

 その中にはサウセの言うように騎士に対してあまり良くない感情を持っている者もいた。


「ま、仕事上でそれを出す奴は三流だがなぁ」

「同意見ですね。……こちらも気を引き締めないとですが」


 カラバッサが肩をすくめて言うと、シスネが生真面目に頷いた。


「……そうだな。どうだい、グルージャの旦那」

「多少不安は残るが、こちらとしては構わねェよ。まぁこうして討伐に参加しているのは、お嬢ちゃんがきっかけだしな」

「分かった。なら、セレッソ」

「はい」

「あまり前に出過ぎず、無茶をするな。それが守れれば、討伐隊への参加を認める」

「もちろんですわ!」


 ベナードの言葉にセレッソは目を輝かせて頷いた。

 討伐隊への参加を認められたセレッソは嬉しそうにサウセへ近づくと、その手を握ってぶんぶんと上下に振る。


「ありがとうございます、サウセさん!」

「いや、俺は別に……っていうか痛!? 思いっきり! 思いっきり振りすぎ!」


 どうやら相当思い切り振っていたのだろう、セレッソに手を振られているサウセが悲鳴に近い声を上げた。

 それを見てその場から少し笑い声が上がる。

 それによってピリッとした緊張感が少しだけ和らいだ広間はすいすいと議題が進み、やはがて三十分程で話し合いは終わった。




 話し合いが終わってからさらに四十分後、諸々の準備を整えた討伐班のメンバー達がコンタール山の前に立っていた。

 今回は初めての合同チームという事で、騎士隊長であるベナードが同行し、シスネとグルージャが本部兼防衛班として町に残っている。

 冬の山へ入ると言う事で、騎士や冒険者達はある程度しっかりと装備を整えて来ている。

 中でもセレッソは軽量型のテントまで背負いの鞄に用意しており、それを見て驚かれていた。


「むしろ何故持っていかないのか不思議ですわ」


 首を傾げながらセレッソがそう言う。

 鞄の膨らみ具合から見ても食料諸々も中に入っているのだろう。

 

「討伐が失敗するとでも思っているのか?」


 と、ふと、そんなセレッソに向かって一人の冒険者が棘のある声で言った。

 歳は二十代前半だろうか、ツンツンと跳ねた短い橙色の髪に緑色の目をした男だ。

 時折り視界に騎士が入る度に不機嫌そうな表情をしているのを見ると、騎士隊に対してはあまり良い感情を抱いていないようだ。


「思ってはいませんわ。でも、それと用心するというのは別の問題ですの」


 もともとセレッソの村も山の近くにあり、冬の討伐は参加回数こそ少ないが、生まれてからずっと経験してきている。

 セレッソの村での冬の討伐では、村に駐留している騎士の他に冬の討伐の為に派遣される騎士と戦える村人も協力して行われていたが、やはり全体的に少ない人数での討伐だった。

 その年その年の氷の獣の種類や群れの規模にもよるが、何度か一度では討伐しきれずに、山や村で氷の獣による吹雪が発生した事がある。

 その時に討伐に出た数人が山で一夜を過ごしたという話も聞いていた為、セレッソは祖父達から、例え量が多くなってもテント等の緊急時用の物を持って山に入った方が良いと聞いていたのだ。

 なのである程度準備はしっかりしていても、そこまで持って行く様子のない討伐班の者達に逆に驚いていた。


「やぁだもーカルタモってば、緊張しちゃってるぅ?」


 セレッソがそう言った時、橙色の髪の冒険者の後頭部を、いつの間にか近くに来ていたカラバッサが指でつーんとつついた。

 カルタモと呼ばれたその冒険者はムッと眉間にシワを寄せてカラバッサに振り返る。


「そんな事ねぇよ」

「そうか、そんならあまりピリピリしなさんな。これは仕事だ(、、、、、、)弁えろ(、、、)


 カラバッサは同じ調子でそう笑顔のまま言ったが、最後の方は少しだけ目が細まった。

 カルタモはぐっと詰まると、そのまま踵を返して離れて行く。

 それを見送るとカラバッサはやれやれと肩をすくめた。

 

「悪いな」

「いえ、ありがとうございます。なかなか手強いですわねっ」


 カラバッサに向かってセレッソはにこにこ笑ってそう言った。

 それを見てカラバッサは少しだけ目を張った後、


「なるほど、確かになぁ。こりゃ手強いわ」


 セレッソが、という言葉を飲み込んでカラバッサは頷いた。

 悪い意味ではない。むしろその反対だ。

 カラバッサはセレッソの話こそ前々から聞いていたが、実際に話をしたのは雪合戦の後だ。

 グルージャやヒラソール達からどう聞いていたかは分からないが、カラバッサは楽しそうに笑った。

 

 そうしている内にベナードより討伐班の編成が発表された。

 今回は五人ずつの二班編成での討伐となる。

 一班目はベナード、レアル、サウセ、カルタモ、セレッソ。

 二班目はルシエ、ローロ、カラバッサ、アベートともう一人、カトレーヤという名前の女性の冒険者だ。

 最初の段階では三班目も編成する予定だったが、町にいる冒険者の人数や騎士達の振り分けの関係もあって、二班に収まった。

 普段は騎士隊のみで行われていた為、今回はほぼ倍の人数である。

 久しぶりに大人数での行動に騎士達の方も少し緊張はしているようだった。


「ルシエ、そちらは頼んだ」

「ええ、大丈夫。隊長も気を付けて」


 不思議な事に、ルシエは初めての者達がいても雪合戦のようにおどおどはしてはいない。

 かといって幽霊姫(ファンタズマ)と呼ばれるような、全精神力を総動員した冷たく怖い雰囲気もない。

 セレッソや一部の冒険者も少し驚いていると、ローロが小さく笑ってセレッソに教えてくれた。


「こういう仕事の時は大体あんな感じだよ」

「そうなんですの?」

「うん、仕事だからね。さすがに人見知りなんてしていられないって。……とは言え、終わったら直ぐにダウンしてしまうんだけど」

「ルシエ副隊長は一流ですわね」

「うん? うん、そうだね」


 セレッソの頭に話し合いの時にカラバッサが言った『仕事上でそれを出す奴は三流』という言葉が浮かんできた。

 うんうんとセレッソが納得したように頷くと、ローロもにこりと笑った。

 班の編成に文句が出ないのを見て、ベナードは討伐班のメンバー達をぐるりと見回す。


「それでは、これから冬の討伐を開始する。各自、決して無理をせず、独断や単独行動は避けること。それと、万が一討伐が終わらなくとも、必ず日没前にはここへ戻って来ること。いいな?」


 ベナードがそう言うとメンバー達が頷く。


「では、行こう」


 ベナードの言葉にそれぞれの班ごとに討伐班が分かれて動き始める。

 討伐班がコンタール山へと足を踏み入れたその時、山のどこかから、不思議な響きを持った遠吠えのようなものが辺りに響いた。

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