ルースの実
セレッソ達がルースの木が生えている場所に到着してから三十分程経った後。
それぞれに満足のいく量のルースの実を拾った三人は、森の出口を目指して歩いていた。
三人の手にはルースの実によって膨らんだ袋が握られている。
この袋は採取用にそれぞれが持って来ていたものである。
ヒラソールとペーラはその為の依頼でここへ来ているので採取用の袋を持っている事は不思議ではないのだが、セレッソは元々そう言った採取の予定はない。
にも関わらず、セレッソがコートのポケットからするりと採取用の袋を取り出していたのがヒラソールとペーラには意外だった。
「準備いいなぁ」
「つい癖で」
ヒラソールが少し驚いたようにそう言うと、セレッソは「うふふ」と笑って頬に手を当てた。
そう、これはセレッソの癖なのだ。
セレッソはベナード隊の隊付き作家として雇って貰うにあたって、給与面での雇用を断られた時を見越して自分で自分の給料を稼いでくるという荒業を使っていたのだが、その給与分のお金を稼ぐ際にアルバイト以外にもこうして森で何かを採取しては買い取って貰うという事も行っていた。
もちろん一つ一つの買い取り値は安いし、そうそう毎日見つかるとも限らないし、また見つけても根こそぎ採取するわけにはいかない。
これ自体の稼ぎは些細なものだが、それでも塵も積もれば山となる。
そんなこんなで長い間の繰り返しにより、無意識のうちに武器を持ったらついでに袋もというのがセレッソの体に染みついていた。
「それにしても今回は意外とたくさん残っていたッスねぇ」
「だな。まぁマズイからなぁルースの実って」
「動物も食べたがりませんわよねぇ。せめて料理したら味が変わるとかだったら良かったのですけれど」
ペーラの言葉通り、あの場にはルースの実はかなりの量が落ちていた。
そしてそのほとんどが殻も割れずに、落ちたそのままの状態で残っていたのだ。
その理由はやはりこの、食用に適さない苦みのせいだろう。
ルースの実の味を思い出してセレッソは少しだけ眉間にシワを寄せた。
「どうしたの?」
「いえ、ちょっと味を思い出して」
「あー、あれ、ホントきついッスよね。何ていうか、苦い物って言うと最初に浮かんでくるくらい」
「ええ、本当にきついですわよね。そもそもの味もですけれど、しばらく口の中に残る苦さが辛いですわ」
セレッソは小さい頃にルースの実をそれと良く似たヌエースの実と呼ばれる木の実と間違えて食べてしまった事がある。
ヌエースの実とはルースの実と同じように焦げ茶色の硬い殻に覆われた木の実だ。
殻を割ると中からほんのりと甘い味のする白い実が出てくる。
この実は風味が良く味も良いので、生で食べる事も出来るがお菓子の材料にもよく使われていた。
だが如何せんヌエースの実はルースの実と見た目が良く似ており、間違って拾っていく人も多い。
当時セレッソも殻を開いた時に色が違うなとは思ったが、まぁそういうものもあるだろうと特に気にせず食べて酷い目に合った。
ルースの実は食べても毒はないのだが、この苦みだけはどうにもならない。
昔から料理人達がこの実を何とか食べられないものかと頭を捻って料理をしてきたが、どんなに多彩な料理に組み込もうとも強烈に自己主張をするこの苦みを和らげる事は出来なかった。
ルースの木は寒い地方ならば場所を選ばず生えるので、美味しく食べる事が出来ればアルディリアとしても助かるのだが、なかなかそううまくはいかない。
もちろん敢えてこの苦みが良いという者も稀にだが存在する。
残念ながらあまり理解はされてはいないのだが。
「でもイベントごとでは人気あるッスよねルースの実」
「そうなんですの?」
「はいッス! ヌエースの実とルースの実をパイに入れて、ルースの実はどれだ! みたいな」
「つらい!」
想像してセレッソはわなわなと口を押さえた。
ヌエースの実とルースの実は、色が違う以外は食べてみなければ見分けがつかない。
しかもこういったイベントごとでは料理人も張り切るらしく、色が分からないように細かく刻んで生地に埋めるのだそうだ。
ちなみにヌエースとルースのパイは主に冒険者ギルドで定期的に開催されている親睦会で出されているものらしい。
「そうなんだよ! 本当につらいんだよ! 残すわけにもいかないし!」
「ヒラソールセンパイ、高確率でルースの実のパイ食べてるんスよ」
「好きなんですの?」
「違ッ!?」
ヒラソールの様子に、思わずセレッソとペーラは噴き出しす。
笑い出した二人にヒラソールは半目になったが、やがてやれやれと肩をすくめて苦笑したのだった。
セレッソ達はコンタールの町へと戻ってきた時、ちょうど一台の乗合馬車が門から入って来た。
馬車は速度を落としながら町へと入りセレッソ達の横を通り過ぎる。
同じように馬車でこの町へとやって来たセレッソがほんの少し懐かしさを感じていると、ふとコンコンと何かを叩くような音が聞こえてきた。
どうやら馬車の中からのようだ。
セレッソが音の方向へ顔を上げると、乗っていた人物と目が合う。
「あ!」
セレッソは嬉しそうに声を上げ、にこにこ笑いながら手を振った。
乗っていたはルシエだ。
窓からは見えないが、おそらくベナードも一緒だろう。
二人は騎士隊の会議で少しの間王都へ行っていたのだ。
「あれ、ルシエさんか。どこか出かけてたんだ?」
「王都で会議があったらしいですわ」
「王都! いいッスねぇ、自分のいつか一度は行ってみたいッス!」
「オレもオレも。いいよなぁ何かこう、華やかって感じで! セレッソは行ってみた事ある?」
「乗合馬車に乗った時に馬車が立ち寄ったくらいですわねぇ」
「おー!」
ヒラソールとペーラがセレッソの言葉に「いいな」と言わんばかりに目を輝かせた。
セレッソもはっきりと覚えているわけではないのだが、王都はやはりその名の通り、コンタールよりも大きく、広く、また活気もあった。
ちなみに年に一度の武術大会も王都で開かれるのだが、さすがに全員では行けない。
参加者なり観戦者なり、コンタールではこちらも毎年くじ引きが行われているのだ。
ヒラソールとペーラも気合を入れているが、
「でも雪合戦で運を使い果たした気もするッス」
「うぐっ」
と、少々弱気ではある。
勝負は時の運とも言うが、勝負以外にもなかなか馬鹿に出来ないものだ。
三人がそんな話をしていると、乗合馬車は停まり、中から荷物を持ったベナードとルシエが降りて来た。
「おかえりなさい!」
ベナードとルシエに駆け寄ると、セレッソ達三人はそう言ってにこにこ笑った。
セレッソ達の姿を見たベナードとルシエもにこりと笑って「ただいま」と返す。
「セレッソちゃん達は三人でどこかへ行っていたの?」
「ええ、ちょっと森まで」
そう言ってセレッソは手に持っていたルースの実の詰まった袋を軽く挙げる。
同じようにヒラソールとペーラも袋を上げて笑った。
「お、ルースの実か! 苦ェんだよなァそれ」
「間違って食べると大変よね」
ルースの実を見てベナードとルシエは思い出したように苦笑した。
どうやら彼らにもルースの実を食べた経験があるようだ。
くすくすと笑った後、セレッソはアール狼の事を思い出して報告をする。
「そう言えば近くの森にアスール狼が出ましたわ」
「アスール狼が?」
「うん。多分、山から下りてきた奴だと思うよ」
「倒したのは全部で五匹ッスね。一匹、逃がしてしまった分がいるッスけど」
「そうか……となると、冬の精霊の悪戯が近いかもしれねェな」
セレッソ達の話を聞いてベナードとルシエは少しだけ目を細めた。
恐らく冬の討伐について考えているのだろう。
今までは騎士隊だけで行っていたが、今回は冒険者も含まれる。
人数が増えた事に関しては、何だかんだでベナードも助かるとは思っているのだが増えたら増えた分、諸々の調整や討伐班と待機班の編成など、冒険者ギルドと話し合わなければならない事があるのだ。
「分かった。後で冒険者ギルドに顔を出すと支部長に伝えてくれるかい」
「了解ッス!」
ベナードの言葉にペーラが敬礼をするようにびしりと手を額の辺りに挙げた。
「それじゃあ、オレ達はギルドに行くから、ここで」
「失礼しますッス! セレッソさん、また一緒に冒険しましょー!」
「はいですわ!」
ヒラソールとペーラは元気にそう言うと、セレッソ達と別れて走って行った。
足元にはまだ雪があるので滑らないかとセレッソは少しヒヤヒヤしていたが、どうやら問題はないらしい。
「それじゃあ、俺達も帰るか」
「そうね。セレッソちゃんは隊舎へ行く?」
「あ、わたくしは、このまま宿に行きますわ」
「そっか。それじゃあ、途中まで一緒に行くか」
「はい!」
そう頷き合った後、三人は歩き出した。
わいわいと賑やかなコンタールの町の空は、だんだんと夕焼け色に染まり始めている。
「やっぱりコンタールが一番落ち着くなァ」
疲れたように息を吐いてベナードはそう言った。
ルシエも頬に手を当てて、同じようにため息を吐いた。
「そうね……あちらは忙しいというか、毒々しいというか」
「毒々しい?」
「色々とちくちくとね」
ルシエは困ったように笑って頷いた。
定期的に行われる会議では、活動報告や周辺の様子、あとはあまり部外者に聞かせられないような内部の話などが出る。
ルシエは言葉を濁したが、恐らくその会議の中で七年前の事を絡めてあまり良い事を言われなかったのだろう。
自分達の事から話題を逸らす為か、七年前の事を新聞記事そのままに鵜呑みにしているか、それともそれが分かっていても敢えて話題に持ちだしたのか。
どちらにせよ、想像してセレッソは少々腹が立った。
「騎士のくせに小さい方々ですわね」
はっきりとそう言うと、ベナードとルシエは目を丸くした後、噴き出した。
「本部の連中の前では言うなよ?」
「それは、分かっておりますけれど。でも、何というか、こう……理不尽ですわ」
むう、と口を尖らせるセレッソを見てベナードは苦笑すると、彼女の頭の上でポンポンと手を軽く弾ませた。
「まぁ、今後に期待、だろ?」
「!! もちろんですわ!」
ベナードの言葉にセレッソはパッと表情を明るくして力強く頷く。
ルシエもそれを見てくすくすと楽しそうに微笑んだ。
そうこう話している内に、あっという間に三人はセレッソが泊まっている宿へと到着した。
「それでは、わたくしはこれで」
「ああ、それじゃあな」
「セレッソちゃん、また明日」
別れの挨拶をし、遠ざかって行くベナードとルシエを見送った後、セレッソはルースの実の入った袋を見下ろした。
今後に期待と、ベナードは言ってくれた。
頑張らなければ。
「よし」
セレッソはもう一度力強く頷くと、足取りも軽く宿の中へと戻って行った。
その翌日の明け方の事だ。
宿の自室でゴリゴリとルースの実を潰して粉末状にしていたセレッソは、ふと、目の端に何かきらりとした物が映った気がして顔を上げた。
視線の先にあるのはコンタール山だ。
雪に覆われたその山の頂上付近、そこに虹色の輪が掛かっていた。
淡く光るそれは、ゆっくりと昇って来る夜明けの光に溶けて消えて行く。
「…………冬の精霊の悪戯」
それを見ながらセレッソはぽつりと呟いた。




