魔法の方向性
レアルはコンタールの町に駐留するベナード隊に所属する騎士である。
派手な見た目と、偉そうな物言い。負けず嫌いな性格と相まって、なかなかに癖の強い男だ。
だがそんな目立つ雰囲気とは裏腹に、仕事や物事に対しては基本的には真面目で公平である。
「うーむ……」
そんなレアルであるが、最近、どうしても悩んでいる事があった。
理由は二か月ほど前に遡る。
それは自分がある人物に出した、とある事への『条件』に関する事だった。
「何を唸っていますのレアルさん。幸せが逃げますわよ」
「やかましい」
レアルの目の前で仕事をしているセレッソは、首を傾げてそう言った。
その言葉にレアルの片方の眉が上がる。
が、しかし、これはいつも通りのやり取りであるので、どちらとも何か気を悪くすると言う事はなかった。
レアルはフンと鼻を鳴らすと、自分の肩に掛かった髪をフアサと手で払う。
「フッこのボクの崇高な悩みはキミには分かるま」
「あ、よし! 合いましたわ!」
「聞きたまえよ」
どうやら仕事が上手く進んだのだろう、ポンと手を鳴らして喜ぶセレッソにレアルは半目になった。
そう、レアルの悩みは、目の前のセレッソのベナード隊への正式採用に関わる『魔法を使って見せる事』という条件についてだ。
あの場のノリでは言ってしまったものの、正直な所レアルは悩んでいた。
魔法を使う為には素質が必要になる。
その素質は基本的には先天的なもので、個人が持って生まれたものだ。
後天的に手に入れたというケースもないわけではないが、それは本当に稀なもので、余程の強運の持ち主か、精霊に愛された者でなければ不可能だ。
つまりほぼ確実にセレッソは魔法を使う事は出来ない。
セレッソがコンタールへやって来てそろそろ二か月。期限が近づいてくる事に、レアルは何とも言えない焦りを感じていた。
「そう言えば、キミが来て二か月か」
「そうですわねぇ。時間が経つのは、意外と早いものですわっ」
セレッソが来たのは確か秋の終わりだったとレアルは記憶している。
コンタールはもともとアルディリアでも北の方にある為、冬は長い。
秋の景色などあっという間に冬の景色へと変わるこの町だが、それでもはっきりと覚えていた。
ベナード隊が負け犬隊と呼ばれるようになったのは、もっとずっと昔の事だ。
命惜しさに戦場から逃げ出した負け犬と、過激派を取り逃がした負け犬隊。
ずっとそう呼ばれ続けていた自分達隊へ好き好んでやってくるのは物好きだけだと、レアルは思っていた。
それでやって来た物好きがセレッソである。
「そう言えば、コンタールの年越しの祭りは騎士隊で何かやるんですの?」
「うん? まぁ、年越しの祭りは酒を飲んで大騒ぎする輩も多いからな、基本は見回りだ。で、ひと段落した辺りで、皆揃って鍋をつつく」
「鍋!」
「ローロお手製鍋だ」
想像してセレッソはごくりと喉を鳴らす。
その様子を見てレアルは笑った。
セレッソが来てから、まだたった二か月だ。その間に色々な事があったとレアルは思い出す。
コラソン亭のミルクティー騒動に、紙芝居、それに絡んだ大騒ぎに、冒険者ギルドと商工会を巻き込んだ雪合戦。
出来事だけ羅列すると実に騒々しい事になっているが、とても濃い二か月だ。
とても濃く、また、不思議な二か月だった。
もともとあった自分達への評判や評価は決して良い物ではない。
けれど何を言われようと騎士としてぶれず変わらず行動し続ければ、いつかは分かって貰えるとレアルは思っていた。
もちろんレアルだけではなくベナード隊の騎士達は皆そう思っている。
だがセレッソはどちらかと言うと、自らが何かしらの行動を起こしてそれを変えようとしていた。
今までの自分達とセレッソの行動、そのどちらが良かったかなどは分からない。
だがセレッソが来てから少しずつだが確実に色々が変わってきているのだ。
あの雪合戦の日、レアルはまさか自分が冒険者と共に雪像を作るようになるなど、今まで考えもしなかった。
だからこそレアルは悩んでいた。
自分の言い出した事が、この変化を止める事になってしまうのではないか、と。
それに何よりも。
セレッソがここへ来てまだ二か月しか経っていないのに、もう何年もここにいるような、そんな錯覚をするのだ。
「キミは本当に変わっているな」
「レアルさんには言われたくないですわ」
「む、ボクのどこが変わっていると言うのだね」
「えっ」
セレッソは自覚がないのか、という目でレアルを見る。
レアルは半目になって睨んだ後で、少し時間を置いてセレッソに問いかけた。
「魔法は、どうかね?」
恐る恐るレアルがそう言うと、セレッソはぐっと両手の拳を握ってにこりと笑った。
「まだまだですけれど……でも、方向性は見えてきましたわ」
「方向性?」
意外な答えが返って来てレアルは目を丸くする。
そんなレアルにセレッソはにこにこと笑顔で頷いた。
仕事が終わった後、昼食を終えたセレッソは宿に戻って服を着替えてコンタールの町の外にある小さな森へとやって来た。
彼女が身に纏っているのは白いコートにタートルネックのセーター、ズボンにブーツと、普段とは違い動きやすい服装だ。
手にはいつものチェロケースではなく、その中に入っているバトルアックスが握られている。
アルディリアに限った事ではないが町の外には狂暴な獣も存在する。
冬の討伐の際に発生する『冬の精霊の悪戯』ほどではないが、それでも人にとっては脅威だ。
その脅威から身を守る為に、町を出る際にはこうして武器を持って出かけるのは基本とされていた。
「方向性は見えてきたんですのよね」
呟きながらザクザクと雪を踏みしめてセレッソは歩く。
足元にある雪は数日前に降ったもので、この寒さからか溶けずに残っている。
歩きながらセレッソは自分の言った『方向性』について考えていた。
レアルからベナード隊に正式に採用される為の条件として出されたのは『魔法と使ってみせる事』だ。
つまり魔法を使えるようになる事ではない。
また幸いなことに魔法の種類の指定もなかった。
それに気が付いたセレッソは、それならばと元々考えていた『魔法を使えるようになる事』という目標から方向性を変えたのだ。
「魔法、魔法……騎士が使う魔法は大体が身体能力を僅かに上げる物でしたわね」
基本的にこの世界で魔法について口にすると、大体が物語で書かれるような派手な演出のものか、騎士が使う本来のささやかなものかのどちらかが挙げられる。
騎士の使う魔法というのは、身体能力を僅かに上げたり、夜目が僅かに効くようになったり、怪我をした場合に一時的に止血出来たりと、大体が自分自身に関するものだ。
騎士団では魔法に対する講義も行われており、入団後に魔法の素質があれば受講する事が出来るとセレッソはシスネから聞いた。
ちなみにこの魔法は自分だけではなく、他人に対して使用する事も出来る。
「……あれって、やっぱりそうだったのかしら」
ふと、セレッソは立ち止まって自分の足に触れた。
七年前にベナード隊に助けられた時、足に感じたふわりとした温かい感覚。
もしかしたらあれも魔法ではなかったのだろうか。
「ああいう、あたたかい魔法が良いですわよね」
もしも使うなら、とセレッソは呟き、頷いた。
騎士の使うような魔法は使えない。
ならば可能性として残っているのは物語で描かれるような魔法だ。
もちろん魔法自体は使えないし、もし使えたとしても魔法というものに値するかは分からないが、使うならああいう魔法が良いとセレッソは思った。
「物語にあるような魔法って、炎がぶわっと出たり、光がキラキラしたり、空を飛んだりとか、そういうのですわよね。比較的できそうなものですと、炎を出したりとか、光がキラキラするものとか……」
そうして歩いていると、ふと、セレッソの耳に聞き覚えのある声が飛び込んで来た。
「センパイ、そっちに行ったッス!」
少女の声だ。
セレッソは「ん?」と首を傾げて声のした方角に視線を向ける。
「オーケイ! これで、最後っ!」
次いで聞こえてきたのは少年の声。
見ると、そこには武器を構えたヒラソールとペーラがいた。
掛け声と共にヒラソールは大きく剣を振り、青色がかった灰色の毛の獣を切り伏せる。
「ヒラソールさんとペーラさんですわね。冒険者ギルドの依頼かしら……」
青色がかった灰色の毛の獣。
毛の色から、恐らくあれはアルディリア各地に生息するアスール狼という獣だろうとセレッソは思った。
アスール狼と言うのは小さな肉食の獣だ。
一匹一匹ならば大した強さではないが、群れで襲われるとそうもいかない。
アスール狼が群れで襲えば自分の何倍もある獣すら仕留めてしまうのだ。
セレッソは両手でバトルアックスを握り、周囲の様子を警戒し始める。
ヒラソールの言葉からすると大体は倒し終えているように思えるが、アスール狼は如何せん群れで行動する獣だ。
セレッソの故郷の村でも定期的に騎士が討伐隊を編成して出かけるが、一度倒し損ねて大怪我をして戻って来たのをセレッソは見ている。
そうしていると、僅かにザク、と何かが軽く雪を踏む音が聞こえてきた。
セレッソが音の方向へと体を向けると同時に、茂みから一匹のアスール狼が飛び出して来る。
――――否、背後からもう一匹が飛び掛かって来た!
セレッソは咄嗟にバトルアックスの柄を底の方まで持ち替えて、右足を大きく一歩右に跳ぶように踏み出すと、その足を軸にぐるりと体を回す。
それと同時にリーチの伸びたバトルアックスが大きく動き、背後から飛び掛かって来たアスール狼の腹に柄が当たった。
セレッソが腕に鈍い衝撃を感じた直後、アスール狼は吹き飛んで近くの木の幹へと激突する。
そしてその衝撃で木に溜まっていた雪がドサリと落ちた。
「セレッソ!?」
その音でヒラソールとペーラも気づいたのだろう、ハッと武器を構えてセレッソの方を見た。
「二匹いますわ!」
短くそう言うと、セレッソは目の前のアスール狼から目を離さず、一定の距離を保つ。
恐らく最初にセレッソが気づいた方は囮役だ。
アスール狼は狩りも一匹では行わない。目の前の囮が注意を引いている内に、背後から現れた仲間が獲物を仕留めるつもりだったのだろう。
残ったアスール狼は仲間が倒れた方向にちらりと視線を向けると、そのままじりじりと後退し、逃げて行った。
雪の下のアスール狼を確認した後、倒した分に手を合わせるとセレッソ達はようやく落ち着いて話し始めた。
ヒラソールとペーラはやはり冒険者ギルドの依頼を受けて森までやって来たのだと言う。
もともとは簡単な採取の依頼を受けていたのだそうだが、たまたまアスール狼に遭遇し、襲われたのだそうだ。
「でも不思議ですわね。アスール狼の生息地は山でしょう?」
「ああ。でもまぁ冬の精霊の悪戯がそろそろ始まるだろうから、それを感じて降りて来たのかも」
獣の方が人よりも感覚がするどいからね、ヒラソールは言った。
「早く採取終わらせて、ギルドに報告した方がいいッスね」
「そうだな」
ペーラの言葉に頷いたヒラソールは「そう言えば」とセレッソの方を振り向き、
「セレッソも何か採取に来たの?」
首を傾げてそう尋ねた。
確かに何の用もなくバトルアックスを手にこの辺りをうろついているのは奇妙だろう。
「ええ、ちょっと探し物を」
「へー、どんなもの? ついでに手伝うぜ?」
「それが、結構適当ですの」
セレッソが頬に手を当てて少し困ったようにそう言うと、ヒラソールとペーラは頭に疑問符を浮かべて顔を見合わせた。
「適当なの?」
「格好良く言うとフィーリング頼りですわ!」
「良く分からないッスけど、格好良いッスね!」
その言い方がどうやらペーラの心の琴線に触れたらしい。
目を輝かせるペーラの言葉にヒラソールは苦笑した。
「つまり目的地はないってことか」
「そういう事ですの。ヒラソールさんとペーラさんは何を探しに来たんですの?」
「ルースの実を採りに来たッス!」
セレッソがそう尋ねるとペーラがにこにこと笑って応えてくれた。
ルースの実とは冬の季節に生る殻が硬い木の実の事だ。
その殻を割ると中には薄い黄色の身がぎっしりと詰まっている。
見た目だけだと食べられそうなのだが、ルースの実は毒こそないのだがとても苦く、残念ながら食用には向かないのだ。
「珍しいものを必要とされるんですのね」
「研究に使うらしいよ。何でも面白い効果があるらしいんだって」
「面白い効果……あの、もしご迷惑じゃなければご一緒しても良いでしょうか?」
そこまで聞いて、ふとその言葉がセレッソは気になりそう尋ねると、二人は快く頷いてくれた。
ルースの実が生っているのはそこから五分程度歩いた先の場所だった。
少し開けた場所にルースの木がずらりと群生している。
雪の上にはルースの実が落ちいる。
わざわざ木に上らなくても良いので楽だな、とヒラソールは言っていた。
「おー、これなら直ぐに完了できそうッスね!」
「ですわね! うーん、たくさんありますわー! ……って、あら?」
ぐるりと周囲を見渡していたセレッソは、ふと、視界に何かキラキラしたものが映った気がして目を瞬いた。
雪が輝いているのかとも思ったがどうにも違う。
目を凝らすと、雪の地面がうっすらと僅かに黄色に光っているように見えた。
セレッソが不思議そうに首を傾げると、
「あれがルースの実の面白い効果ッス!」
「うん。何かね、長く日の光浴びるとああいう風に黄色に光るんだって。カンテラとか灯りの代わりにならないか、研究するらしいよ。あそこのは落ちているのを鳥か何かがつついて割ったんじゃないかな」
とペーラとヒラソールが教えてくれた。
「……黄色に光る」
ぽつりとセレッソは呟く。
呟いて、じわりと胸の奥に熱が広がるのを感じた。
「セレッソ?」
じわりとした熱はやがて頬まで上がり、セレッソの唇の端が自然と上がった。
そうしてセレッソはバッとヒラソールとペーラの手を取るとぶんぶんと上下に思い切り振る。
「これです! これですわ! これを探していたんですの!」
「え、え? そ、そうなの?」
「はい!」
ヒラソールとペーラはセレッソの様子に少しぎょっとしたが、何やら嬉しそうなのでまぁいいか、とつられて笑った。
そんな二人の心情はつゆ知らずセレッソは再び黄色の光を見る。
これだ。
これなら、きっと行ける。
セレッソは「よし」と両手の拳に力を込めて、満面の笑顔で力強く頷いた。




