(3)
これで最後です。
とりあえず、話してる内容が色々と危ない方向に向かってる(もう手遅れ?)ので、一旦解散して場所を変えて話すことにした。
正直なところ、こんな話は打ち切って貴重な休日のプライベートに戻りたいところだったのだが、鳶があまりにも粘るので渋々了承したのだ。
私は店で買い物だけして社員寮に戻ると、とりあえず重たい気分を一新するべく珈琲を淹れてチビチビと飲みながら、鳶を待っていた。
しばらくして玄関の扉がノックされ、予想通りそこにいたのは鳶で、私は彼を部屋に入れるとコタツテーブルに向かい合って座った。
早速、口を開いたのは鳶だった。
こんな提案をしたのはな、別に自分のことしか考えてないわけじゃないんだ。
まず、娘のことを考えての提案だ。
このままでは家の家計は火の車、下手をすると娘の進路……将来にすら影響しかねん。
(え? 深刻とは思ってたけど……そんなに厳しいの?)
ちょっと前に、どっかのテレビで“若い女性の貧困”をテーマに特集してただろ? あれを見てると、他人事に思えなくてな。
今のままじゃこの先、娘を進学させるのも厳しい気がしてなぁ。実家の状況が今より悪化したら、学費が捻出できるか非常に怪しい。親の都合でそうなってくると……もう、目も当てられん。
奨学金制度もあるが、果たして今の時代それで高校・大学を卒業させたとして娘がそれを返済していけるだけの職に就けるのか……まぁ、厳しいと思うわけだ。
(そういや、そんな特集やってたな。明日の食事を心配する極貧生活、ネカフェ難民……まぁ、酷いもんだった)
将来何がしたいか、って聞くとな、まだ考えてないから普通科の進学校に行きたいと言う。
まだ中学生に将来のビジョンを具体的に考えろなんて難しいことだと思うが、真剣に考えてくれないなら……否、真剣に考えていたとしても最終的に稼げない職業を目指して夢ばっかり見るくらいなら、いっそ現実的に将来考えてる鷲にでも嫁がせた方が良いんじゃないかなと、お前と話してて思ったんだ。
(たしかに、貧困抜け出したいとか言いながら“保育士”とか駄目だよな。現実を克服してから、やっと夢だろうよ)
あと、家を出ることで俺の巻き添えを受けることもないだろう。
で、ここからが重要なんだが……これはお前にとっても十分メリットがある話だし、この借金の落とし所としては非常に理にかなってると思う。
(え? どこが? そりゃ、若い嫁は男にしてみりゃ嬉しいけどさ……それだけでしょ?)
鷲は将来を見据えて、嫁より自分の介護をしてくれる人間が欲しいんだよな?
俺がお前から借りてるのは、それを雇うための老後資金の一部……なんだよな?
なら、将来は俺の娘に介護してもらうと良い。
お前の老後資金の一部で、今から自分より一回り若い介護士を雇うわけだ。
お前が長生きでもして80歳になっても娘はまだ60半ばだから、自宅で寝たきりになっても何とかしてくれるだろう。少なくとも病院やヘルパーに助けを呼ぶために電話くらいはかけられるはずだ。
(そういえば母方の祖母は70そこそこで亡・祖父の介護してたし、病院とも色々話していたから……無理な話ではないだろう)
もちろんこれは、ついさっき鷲と話してて思いついたばかりで、嫁にも娘にもまだ何にも話していない。
実行に移すには俺がアレコレ説得しなきゃいけないし、理解してくれたところで納得して応じてくれるとも思えない。
娘がゴネたら、それこそこの話は立ち消えだ。
だが、鷲が受け入れてくれるつもりなら、全力でこの話を進めるつもりだ。
どうかな? 最悪の場合は、これで勘弁してもらえないだろうか?
鳶の提案に、私は特にはっきりと返事はしなかった。
はっきり断ればいいのだが、この先自分の貸した金額が返ってこない可能性を考えれば、鳶の提示した“借金の形”には惹かれるものがあった。
まぁ……到底、無理な話ではあろうが。
ちなみに娘さんの写真を見せてもらった(正確には見せられた)のだが、美少女……とは言えないものの年相応の可愛らしいお嬢さんであった。
それから数日後、鳶は顔に青痣をつけて出勤した。夫婦喧嘩らしいが、詳しくは語らなかった。
なんとなくだが、家族にあの話をしたのではないかと思った。
2週間後、職場に鳶の家族が来たらしい。休日出勤した日で、鳶に忘れ物を届けに来たそうだ。
私は仕事に没頭していて、それに全く気がつかなかった。
……
…………
………………
そして、鳶とのあのヤリトリから2ヶ月が過ぎた頃……忙しい業務が続いてすっかりあの日のことを忘れていた頃、
「鷲には色々世話になってるし、家で飯でもどうかな?」
と、鳶の家に誘われた。
これってやっぱり…………アレかな?
老後資金と借金の形 終
お付き合い、ありがとうございました。
これの続きは気が向いたら書こうかなと思います。現在書いてる作品の2番煎じみたいなものですので。
ご一読いただいて、如何でしたでしょうか?
不快な要素が多数あったと思われますし、不景気な話には違いありません。
ですが、主人公・鷲の感じている不安や価値観にはある程度の理解は得られるのではないかと思っております。
感想等、お待ちしております。