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薄暗い戦場

 ――辺境。


 ウルフキングとの戦闘が終わってから、しばらく。ラントたちは倒した魔物の処理に取り掛かっていた。


「さて、と。まずはこいつからだな」


 リンクスがウルフキングの巨体を見下ろしながら、腰に下げていたナイフを取り出す。リンクスによる剥ぎ取り講座が始まり、アリサたち4人がリンクスの周りに集まる。リンクスはウルフキングの身体の横にしゃがみ込んだ。


「魔物の素材は冒険者にとって大事な収入源の一つだからな。まず、魔物の素材を取るときは、どこに価値があるのかを見極める。ウルフなら毛皮、牙、爪。種類によっては肉も食料として使える」


「へぇ……」


「ただし、適当に切り取ればいいわけじゃない。傷をつけすぎると価値が落ちるし、素材によっては採取する場所を間違えると使い物にならなくなる」


 リンクスがウルフキングにナイフを入れる。慣れた手つきで毛皮を切り分け、傷の少ない部分を丁寧に剥がしていく。


「うわぁ……」


 アリサは目を輝かせていた。一方、セラは少し顔を青くしている。


「な、なんだか……生々しいですね……」


「慣れだ、慣れ」


「わ、私はまだ慣れそうにありません……」


「リゼットは?」


「必要なことだとは思いますが……少しだけ複雑な気持ちです」


 アリサの問いにリゼットは苦笑した。ミリアは真剣な表情でリンクスの手元を観察している。


「なるほど。素材の価値を維持するためには、戦闘中の攻撃箇所も考える必要があるんですね」


「おっ、いいところに気づいたな。そういうことだ」


 ミリアの呟きにリンクスが笑う。


「例えば、毛皮が目的なら無闇に炎で焼くのは避けたい。逆に、魔物の動きを止めるためなら、素材の損傷を気にせず攻撃する判断も必要になる」


「戦闘中から、討伐後のことまで考えるんですね」


「冒険者ってのは、魔物を倒して終わりじゃないからな」


 ラントは少し離れた場所で周囲を警戒していた。ウルフキングが倒れたとはいえ、ここはまだ魔物の生息域だ。


「リンクス、手早く済ませろ」


「分かってるって。せっかくの大物なんだ、少しくらい楽しませてくれよ」


「……」


「おい、無言で睨むなよ」


「知らん、早く済ませろ」とでも言いたげな表情で睨まれたリンクスが肩をすくめる。セレナは小さく笑いながら、4人に説明を続けた。


「剥ぎ取りは冒険者ギルドでも講習を受けられるわ。素材の種類や保存方法も覚えておくと便利よ。そういえばあなた達、冒険者ランクは?」


「私たち、認定試験を受けてないのでEランクかと」


 セレナの問いにミリアが答える。そのとき、ウルフキングの剝ぎ取りを続けていたリンクスの手が止まる。


「……ん?」


「どうしました?」


 リゼットがリンクスに視線を向ける。


「いや、ちょっと待て。こいつ、妙なものを持ってるぞ」


 リンクスはウルフキングの胸元にナイフを入れ、慎重に毛皮を開いていく。そして、


「……なんだ、こりゃ」


 取り出したのは、拳ほどの大きさをした紫黒色の結晶だった。表面には赤紫色の筋が走り、内部では微かな光が脈打っている。


「魔石……?」


 セラがウルフキングから取り出されたそれを見つめ、首を傾げる。


「いや、普通の魔石とは違うな。魔結晶だ」


「魔結晶?」


 アリサが聞き返す。セレナの表情が変わった。


「見せてもらえる?」


「ああ」


 リンクスから結晶を受け取る。セレナは目を細め、軽く魔力を流すと、結晶が僅かに紫色に輝いた。


「……間違いないわ」


「何か分かったのか?」


 少し離れた木の下からリンクスたちの元へ近づきラントが尋ねる。


「高濃度の魔力を蓄えた魔結晶よ。それも、かなり純度が高い」


「普通の魔石とは違うんですか?」


 リゼットが尋ねる。


「魔石は魔物の体内に形成される魔力の核。魔結晶は、それよりも高密度の魔力が凝縮されて結晶化したものよ。自然に形成される場合もあるけれど、魔物の体内に存在するのは珍しいわ」


 セレナは結晶を見つめたまま続ける。


「それに、この魔力……」


「何か問題でも?」


 ミリアが尋ねた。


「この魔結晶は、周囲の魔力を取り込んでいる。おそらく、ウルフキングはこれを体内に宿したことで、通常よりも大幅に強化されていたのね」


「じゃあ……、普通のウルフキングより強かったってことですか?」


「ええ。身体能力だけではなく、魔力による強化も受けていた可能性が高いわ」


「そりゃ、あれだけ強いわけだ」


「……道理でな」


 リンクスが口笛を吹き、ラントが腕を組む。戦闘中に感じた違和感。通常のウルフキングなら、あそこまでの速度と膂力を同時に発揮することは考えにくい。魔結晶の影響だとすれば説明がつく。


「しかし、どうしてそんなものが体内に?」


 ミリアが疑問を口にする。


「偶然かもしれないし、何者かが意図的に関与した可能性もある」


 ラントが答えた。


「いずれにしても、国王への報告が必要ね」


 セレナが結晶を布で包む。


「魔物の異常な強化は、辺境の安全にも関わる問題よ」


「だな。こいつはギルドに持ち込むだけじゃ済まなそうだ」


 リンクスが頷いた。こうして、ウルフキングの討伐と魔結晶の発見は、当初の依頼とは別の問題を浮かび上がらせることになった。


 ◇


 ――数時間後。


 辺境を離れた一行は、キルディス王国の王都へと到着していた。


「うわぁ……!」


 馬車の窓から外を眺めていたアリサが声を上げる。そこには、これまで訪れた街とは比べものにならないほど大きな都市が広がっていた。高くそびえる城壁。整然と並ぶ石造りの建物。大通りには多くの人々が行き交い、商店からは活気のある呼び込みが聞こえてくる。遠くには、王城の尖塔が見えた。


「すごい……。これが王都……」


 セラが窓に顔を近づける。


「人も建物も、こんなにたくさん……」


「さすがキルディス王国の王都ですね」


 リゼットも感嘆の声を漏らした。ミリアは少し複雑そうな表情で王城を見つめていた。


「ミリア?」


 アリサが顔を覗き込む。


「どうしたの?」


「ううん、何でも。ただ、久しぶりだと思っただけ」


「そっか!」


 ミリアは小さく首を振り、アリサもそれ以上追及しなかった。やがて馬車は、王城へ続く大通りから少し外れた場所に停車した。


「到着だ」


 リンクスが先に降りる。


「ここからは歩きだな」


 ラントたちも馬車を降りた。セレナは王城の方向を確認する。


「まずは国王陛下への報告ね。魔結晶の件もあるから、早めに済ませたいわ」


「俺たちも同行するのか?」


 リンクスが尋ねる。


「当然でしょう。あなたも討伐に参加したのだから」


「はいはい」


 リンクスが苦笑した。ラントは4人へ視線を向ける。


「お前たちはどうする?」


「え?」


 アリサが首を傾げる。


「俺たちは王城へ報告に行く。お前たちまで連れていく必要はないだろう」


「じゃあ……」


「王都を見て回るか?」


「行きたいです!」


 アリサが即答した。


「私も、少し見て回りたいです」


 ミリアも頷く。


「私も……」


「私も行ってみたいです!」


 セラとリゼットも続いた。


「決まりだな」


 リンクスが笑う。


「ただし、あまり遠くへ行くなよ。王都は広いからな」


「分かってます!」


 アリサが胸を張る。ラントは少しだけ目を細めた。


「……本当に分かっているのか?」


「分かってますって!」


「お前たち、アリサを見張っておくんだぞ」


「了解です」


「リゼットったら!」


 アリサは信用の無さに頬を少し膨らます。その姿を見て一同に笑顔が広がった。こうして、ラント、リンクス、セレナの3人は王城へ向かい、4人の少女たちは王都の散策へと出発した。


 ◇


「どこから見て回ろうか!」


 大通りを歩きながら、アリサが楽しそうに言う。


「まずは商店街かな」


 ミリアが答える。


「食べ物のお店も多そうだし……」


 セラが周囲を見回す。


「それなら、あそこの屋台はどうですか?」


 リゼットが指差した先には、焼き菓子を売る店があった。


「いいね!」


 アリサが駆け寄る。


「おじさん、これ4つください!」


「おう、嬢ちゃんたち。王都は初めてかい?」


「はい!」


「なら、ゆっくり見ていくといい。今日は市場も賑わってるぞ」


「ありがとうございます!」


 焼き菓子を受け取り、4人は歩きながら食べ始めた。


「おいしい……!」


 セラが頬を緩める。


「甘さもちょうどいいですね」


「リゼット、こっちも食べる?」


「いいんですか?」


「もちろん!」


 アリサが自分の分を差し出す。ミリアはそんな3人を見て、微笑んだ。


 王都の大通りは活気に満ちていた。武器屋、防具屋、道具屋。冒険者向けの店も多く、店先には様々な装備が並んでいる。


「見て、あの剣!」


 アリサが武器屋の前で足を止める。


「綺麗な装飾ですね」


 ミリアが剣を眺める。


「でも、少し重そう……」


 セラが呟く。


「アリサなら使えるんじゃない?」


「えー? どうかなぁ」


 4人はしばらく店先を眺めていた。その後も、装飾品の店や本屋などを見て回る。リゼットは教会関係の書物を見つけて足を止め、セラは魔法道具の店で目を輝かせた。気がつけば、かなりの時間が経過していた。


「そろそろ戻ったほうがいいでしょうか?」


 リゼットが空を見上げる。


「そうだね。ラントさんたちも、そろそろ報告が終わってるかも」


 ミリアが頷く。しかし、


「……ん?」


 アリサが足を止めた。


「どうしたの?」


 セラが尋ねる。アリサは大通りから少し外れた路地を見ていた。


「今、何か聞こえなかった?」


「何か?」


「うん……」


 4人が耳を澄ます。人々の話し声。馬車の車輪の音。遠くから聞こえる商人の呼び込み。その中に、


「……うっ……ひっく……」


 小さな泣き声が混じっていた。


「女の子の声……?」


 リゼットが呟く。アリサは路地へ向かって歩き出した。


「アリサ、待って!」


 ミリアが追いかける。


「どうしたの?」


「泣いてる子がいるみたい」


「……!」


 セラとリゼットも続いた。路地の奥。建物の陰に、小さな女の子がしゃがみ込んでいた。年齢は7歳か8歳ほどだろうか。薄汚れた服を着て、両手で顔を覆っている。


「……うっ……お父さん……」


 その声を聞いた瞬間、リゼットが駆け寄り優しく尋ねかけた。


「大丈夫ですか?」


 女の子が顔を上げる。涙で濡れた瞳が、4人を見つめた。


「……お姉ちゃんたち……」


「どうしたの? 何かあった?」


 アリサがしゃがみ込む。女の子は震える指で、路地のさらに奥を指差した。


「お父さんが……」


「お父さん?」


「知らない人に……連れていかれて……」


 その言葉に、4人の表情が変わる。


「あっちにいるの?」


 ミリアが尋ねる。女の子は奥を指差したまま、何度も頷いた。アリサが立ち上がる。


「行こう!」


「待って、アリサ。慎重に」


 ミリアが制する。


「でも!」


「分かっています。助けに行きましょう。放ってはおけません」


 リゼットが女の子の肩に優しく手を置いた。


「大丈夫です。私たちが助けますから」


 女の子は小さく頷いた。4人は路地の奥へ進む。大通りの喧騒が遠ざかっていく。建物の間は薄暗く、昼間だというのに陽の光がほとんど届いていなかった。


「……頼む、やめてくれ……!」


 男の声が聞こえた。


「助けてくれ......金なら出す!だから......」


「うるさいなぁ」


 若い女の声。4人は足を止めた。路地の先にあった薄暗い空き地。そこには、1人の男が壁に押し付けられていた。その前に立っているのは、若い女性。紫色の髪。その一部には黒いメッシュが入っている。胸元の大きく開いた服を着ており、右手には細身のナイフが握られていた。女性は男の首元にナイフを突きつけている。


「な、何を……!」


 アリサが目の前に広がる光景に息を呑む。


「お父さん!」


 リゼットの後ろに隠れ、裾を掴みながら女の子が叫んだ。男が娘の声に気づき、


「お前……! 来るな!」


 女性がゆっくりと顔を上げた。


「あら?新しい子連れてきてくれたの」


 紫色の瞳が4人を捉え、品定めをするように見つめる。その声は、どこか楽しそうだった。


「その人から離れて!」


 アリサが剣を抜く。ミリアも盾を構えた。セラは杖を握り直し、リゼットは女の子を背後へ庇う。女性は小さく笑った。


「へぇ……正義の味方ってやつ?」


「その人をどうするつもりなの?」


 ミリアが尋ねる。


「さあね」


 女性は首を傾げる。


「その人を解放して!」


 アリサが叫ぶ。


「嫌だって言ったら?」


「力ずくでも止める!」


 女性は虚を突かれたように一瞬だけ目を丸くした。そして、


「あはっ。いいねぇ。そういうの、嫌いじゃないよ」


 次の瞬間、女性の姿が眼前から消えた。


「――っ!?」


 アリサが反応する。剣とナイフがぶつかり、周囲に金属音が響く。


「なっ……!」


 目の前に、女性がいた。速い。アリサが剣を押し返す。女性は軽く後ろへ跳んだ。


「へぇ。今のを止めるんだ」


 女性は舌なめずりをするとナイフをくるりと回す。


「あなた、面白いね。遊んであげる」


「アリサ、油断しないで!」


 ミリアが叫ぶ。女性が踏み込み距離を詰めた。


「っ!」


 ミリアがアリサの前に立ち、盾を構える。ナイフが盾に弾かれた。


「あなたもいいわね」


 女性は笑いながら後ろへ下がる。


「でも、いつまで守れるかな?」


 その瞬間、女性の姿が再び動いた。正面、右、左。素早い多方向からの連続攻撃。


「くっ……!」


 ミリアが盾で受け止める。しかし、攻撃の間隔が短い。少しずつ体勢が崩れていく。


「ミリア!」


 アリサが横から斬りかかる。女性は身体を反らして避けた。


「おっと」


 そのままアリサの剣を踏み台にするように華麗に跳び、後方へ着地する。


「な……!」


 アリサが目を見開く。


「動きが軽い……!」


「セラ!」


「うんっ!」


 ミリアが叫びを聞き、セラが杖を構える。


「《ファイア》!」


 小さな火球が女性へ飛ぶ。女性は軽く身体を捻って避けた。


「魔法使いもいるんだ」


 女性がセラを見る。


「でも、ちょっと遅いかな?」


「っ……!」


 セラが怯む。


「セラ、落ち着いて!」


 リゼットが声をかける。


「相手の動きを見て!」


「う、うん……!」


 女性が再び動く。今度はセラへ向かっていた。


「させない!」


 アリサが割り込む。剣を横薙ぎに振るが、女性はナイフで軽々と受け流す。そしてそのままアリサの懐へ入り込んだ。


「しまっ――」


 女性の膝がアリサの腹部へ迫る。しかし、ミリアの盾がその攻撃に割り込んだ。


「アリサ、下がって!」


「ありがと!」


 アリサが距離を取り体勢を立て直す。女性は少しだけ目を細めた。


「へぇ。連携はできるんだ。でもさぁ……」


 その口元が吊り上がり、女性が右手のナイフを構える。ミリアへ攻撃を仕掛ける。今までと同じ一直線で敵に向かってくる。ミリアが盾で女性の攻撃を防ぎ―――


「そんなので私を止められると思ってる?」


 その瞬間。女性の左手が動いた。袖口から、もう1本のナイフが滑り出る。


「――っ!」


 ミリアが気づいたときには遅かった。女性は右手のナイフでミリアの盾を誘い、左手のナイフを横から突き出す。


「ミリア!」


 アリサが叫ぶ。ミリアは咄嗟に身体を捻った。ナイフが顔を掠める。ギリギリで致命傷は避けたものの、体勢が崩れた。その隙を見逃さず、腹部に鋭い蹴りを入れる。無防備な状態で攻撃を受けたミリアは、壁まで吹き飛ばされる。


「ぐはっ……!」


「ミリア!」


 リゼットが駆け寄ろうとする。


「大丈夫!来ないで!」


 体が軋むのを感じながらミリアが叫んだ。そんなミリアを見て女性が笑う。


「あははっ!いいねぇ!」


 2本のナイフを楽しげに回す。


「やっぱり、こうじゃなくちゃ!」


 アリサは剣を握り直した。心臓が早鐘のように鳴っている。相手は速い。攻撃も鋭い。そして、こちらの動きを見てから対応している。今まで戦ってきたゴブリンとは、明らかに違う。それでも、


「……絶対に、通さない!」


 アリサが前へ出る。ミリアが立ち上がり盾を構え直す。セラは魔力を集中させ、リゼットは女の子と父親の位置を確認しつつタイミングをうかがう。


 4人はそれぞれの役割を思い出す。前衛が敵を引きつける。盾が攻撃を受け止め、隙を作る。魔法使いが援護する。僧侶が仲間を支える。ラントとの修行で繰り返してきたこと。その成果を試す時が来ていた。


「行くよ、みんな!」


「うん!」


「分かりました!」


「うん……!」


 4人が一斉に動く。女性は楽しそうに笑った。


「いい表情になったじゃん」


 そして。


「それじゃあ、もう少し本気で遊ぼうか」


 裏路地に、再び金属音が響いた。

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