辺境へ
――翌朝。
まだ太陽が昇りきっていない早朝。リドーアの街、その中で一番大きな建物である冒険者ギルド。その前に1台の馬車が停まっていた。頑丈そうな造りをした馬車だ。華美な装飾はなく、長距離を移動するために必要な機能だけを重視している。その馬車の横で、1人の男が腕を組んで立っていた。リンクスである。
「……そろそろ来る頃か」
空を見上げる。朝の冷たい風が吹き抜ける。しばらくして――。
「あ!リンクスさん!」
遠くから、元気な声が聞こえてきた。リンクスが声のした方向へ目を向ける。アリサ、ミリア、セラ、リゼット。そしてその少し後ろをラントが歩いてくる。昨日までの修行で疲れているはずなのに、先頭を歩くアリサだけは朝から元気いっぱいだった。
「おはようございます!」
「おう。おはよう」
アリサが大きく手を振りながら挨拶をし、リンクスもそれに応じる。
「お待たせしてしまいましたか?」
「時間通りだ。俺が早く来ただけだ」
リンクスの言葉にリゼットが胸を撫で下ろす。
「おう。全員揃ったな。それじゃあ俺の仲間を紹介するよ」
リンクスが馬車の方を指差す。1人の女性が姿を現した。
長い緑色の髪。白を基調としたワンピースのような服。その上から鉄製の胸当てを装備している。年齢は4人よりも上。穏やかで落ち着いた雰囲気をしているが、その瞳には知性が宿っている。女性は4人へ向き直ると、丁寧に頭を下げた。
「初めまして。セレナと申します」
女性は微笑む。
「今回、皆様と共に依頼へ同行することになりました。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
アリサが頭を下げる。ミリア、セラとリゼットも続く。
「よろしくお願いします」
セレナがラントの方へ視線を移し、
「みんな元気でいい子たちそうですね。ラントさん」
「え?」
アリサが顔を上げラントとセレナを交互に見る。
「ラントさんのこと知ってるんですか?」
「ええ。昔ラントさんのパーティーと一緒に冒険したこともありますから」
「ということは……セレナさんも強いんですか?」
アリサが目をキラキラ輝かせてセレナを見る。
「まあ、それなりには」
「どれくらい?」
「……そうですね」
セレナが顎に手を添え少し考える。
「リンクスやラントさんと同じAランク冒険者ですよ。役職は賢者で」
「賢者!?」
リゼットの声が広場に響き渡った。
「賢者って、あの賢者ですか!?」
「はい」
アリサが一気にセレナへ近づく。
「本当に賢者なんですか!?」
「本当ですよ」
「どんな魔法が使えるんですか!?」
「一通りの魔法は扱えます」
「一通り!?」
セラが目を丸くし、セレナの話に食い付く。横でリゼットも興味津々にセレナを見ていた。
「攻撃魔法だけではなく、補助魔法も使えるんですか?回復魔法も?防御魔法も?」
「はい」
「……すごい」
リゼットが小さく呟いた。セラは驚愕の表情を浮かべている。セレナは微笑みながら―――
「ですが、私もまだまだ修行中の身です」
「賢者でも修行するんですね」
セラが呟く。
「もちろんです。魔法に終わりはありませんから」
セレナは優しく答えた。
「……」
リゼットの目がさらに輝いた。
「かっこいい……」
「そうでしょうか?」
セレナが少し照れたように笑う。その様子を見て、アリサが笑った。
「セレナさんもラントさんの仲間なら、ラントさんのこと色々知ってるんですか?」
「ええ」
「ラントさんって昔からあんな感じなんですか?無口で、怖そうで、でも意外と面倒見がよくて……」
「なるほど……昔からあまり変わっていませんね」
「やっぱり!」
「やめろセレナ。俺の話はいい」
「あら照れているんですか?」
「ラントさんがリンクスさんみたいに元気いっぱいだったらびっくりしちゃう!」
「アリサ...…お前な……」
5人が笑う。ラントは諦めて小さくため息をついた。
「おーい、出発するぞ。乗ってくれ!」
「はーい!」
リンクスの声に返事をし、アリサたちが馬車へ乗り込んでいく。ラント、セレナも続く。最後にリンクスが御者席に座った。
「行くぞ」
リンクスが手綱を振るい、馬車が動き始めた。
◇
リドーアの街を抜ける。街道を進み、町の外へ出ていく。最初のうちは商人や旅人の姿も見えた。だが、時間が経つにつれて人の姿は減っていく。やがて周囲には草原と森ばかりが広がるようになった。
「結構遠いですね」
アリサが窓から外を見る。
「そうだな。目的地まで大体5時間くらいかかるかな」
リンクスが御者席から答える。
「5時間!?」
「目的地はキルディス王国の辺境だからな」
「そんなに遠い場所で、何が起きてるんですか?」
「魔物の被害だ」
リンクスが答える。
「最近、キルディス王国の辺境で魔物が増えている」
リンクスの言葉にミリアの身体がわずかに反応した。
「ミリア?」
アリサが声をかける。
「どうしたの?」
「え?」
「なんか難しい顔してるよ」
「……ああ。少し眠いだけ、大丈夫」
ミリアは慌ててアリサに笑顔を向けた。
「昨日遅くまで準備してたもんね。馬車の中で寝たら?」
「私のでよければ毛布もありますよ。どうぞ、ミリアさん」
セレナが荷物袋から茶色の毛布を取り出し、ミリアに手渡す。
「ありがとうございます」
毛布を受け取り、ミリアが微笑む。
「それでリンクスさん。どんな魔物が出るの?」
「特に多いのが狼型の魔物だ」
「ウルフですか?」
リゼットが尋ねる。
「ああ」
「それなら、そこまで珍しい魔物ではありませんよね?Cランクの魔物ですし、Aランク冒険者が3人も必要なんて……」
「普通のウルフならな」
リンクスが言葉を続ける。
「問題は、その群れの中に上位種が確認されていることだ」
「上位種……」
セラが呟く。
「何という魔物ですか?」
「ウルフキングだ」
「……!」
4人の表情が変わった。
「ウルフキング……」
「知ってるのか?」
ミリアの呟きにリンクスが尋ねる。
「はい」
リゼットが答える。
「ウルフの群れを統率する上位種です。通常のウルフより遥かに強く、知能も高いとされています。確かAランクの魔物でしたよね?」
「その通りだ」
「Aランクの魔物……」
セラの表情が曇る。
「だから今回、国王陛下から直接依頼が来た」
「……国王陛下から?」
アリサが目を丸くする。
「そうだ」
「それって、かなり凄い依頼じゃないですか?」
「まあな」
「どうしてリンクスさんが?」
「たまたまキルディス王国に俺たちが滞在していたからだろうな。Aランク冒険者は人数がそもそも少ないしな。」
「私たちは別の依頼で用事があってリドーアの街に寄っていたんです」
「そしたらラントを見かけたんだよ」
「ラントさんを?」
「そうだ」
「それで誘ったんですか?」
「ああ」
「随分と偶然ですね」
「俺もそう思う」
リンクスが笑う。
「だが、ちょうどいいと思ってな」
「どうしてですか?」
「この依頼は、俺たちだけでも問題ないが――」
リンクスは一度言葉を切った。そしてラントをちらっと見て―――
「ラントがいれば、さらに確実だと思ってさ」
「Aランク冒険者が3人もいれば心強いですもんね!」
アリサが頷く。
「それでラントさんを誘ったんですね」
「ああ」
その話を聞いていたミリアが、ふと口を開いた。
「……国王陛下からの直接依頼ということは」
「ん?」
「かなり重要な依頼なんですよね?」
「ああ」
「辺境の魔物討伐で、そこまで大掛かりになるものなんですか?」
ミリアの声は平静だった。だが、その質問にはわずかな緊張が混ざっていた。リンクスはそれに気づいた様子もなく答える。
「普通なら、ここまでの人員は必要ない」
「では、なぜ?」
「ウルフキングだけじゃない」
「……?」
「魔物の増え方が妙なんだ。ただ数が増えたというだけじゃない。群れの規模も大きくなっている」
「それは……」
「だから国王陛下も気にしているらしい」
ミリアの表情が少しだけ強張る。
「……そうですか」
「どうした?」
「いえ。なんでも。ただ……」
ミリアは慌てて笑顔を作り―――
「国王陛下が直接依頼するほどのことなのかと思って」
「まあ、普通は驚くよな」
リンクスが笑う。
「まあ報酬もいっぱい貰えるみたいだし?ラントにも分けてやるから安心しろよな!」
「当たり前だ。分けないなんて言い出したらぶっ飛ばすところだ」
リンクスの軽口にラントが鋭く睨みながら答える。
「やっぱりラントさんとリンクスさん仲がいいね!」
「仲良くない」
「そうよアリサちゃん。リンクスとラントさん、前一緒に冒険したときね……」
「やめろセレナ」
ラントの過去話を話そうとするセレナをラントが遮る。
「セレナさん!聞かせて聞かせて!」
「私も聞きたいかも」
「私も」
「私も昔のラントさんが気になります」
4人がラントの過去話を聞こうとセレナの周りに集まって目をキラキラさせる。
「聞いたら馬車から降ろして走らせるからな」
「そんなああああああああ!!」
4人がラントの脅しに抗議する。リンクスとセレナはそんな4人の姿を見て笑っていた。




