反省と昔の仲間
―――夕方。
ゴブリン討伐を終えた4人は、町へ戻ってきていた。冒険者ギルドで報告を終え、依頼達成の手続き、報酬の受け取りを済ませる。そして――。
「お腹すいた!」
ギルドを出た瞬間、アリサが叫んだ。
「さっきも言ってたじゃん」
ミリアが呆れたように言う。
「だって本当にお腹すいてるんだもん」
「私も……」
セラがおどおどしつつ手を上げる。
「3時間歩いて魔物と戦って、また歩いたんだよ?お腹すくでしょ!」
「私もお腹すいた」
「でしょう?」
ミリアは今日一日動きっぱなしだったことに驚きつつ賛同する。アリサが嬉しそうに笑った。
「リゼットは?」
「私も少し空いています」
「よし!じゃあ、早くご飯食べよう!」
アリサが拳を握り空に突き上げる。
「その前に反省会だ」
背後からラントの声が飛んできた。
「えー……」
アリサが露骨に顔をしかめる。
「ご飯の後じゃ駄目?」
「駄目だ」
「なんで?」
「飯を食ったら、お前は反省会どころか寝る」
「寝ないよ!」
「寝る」
「寝ない!」
「アリサは寝ると思う」
「セラまで!」
ミリアとリゼットが小さく笑う。
「まあ、確かに先に反省した方がいいと思う」
「ミリアまでそっち側!?」
「そっち側って何よ」
ラントはそんな4人を先導するように歩き出した。
「この近くに冒険者がよく使う食堂がある。そこで飯が来るまで反省会だ」
「最初からそう言ってよ!」
アリサがすぐに機嫌を直し、4人はラントの後を追った。
◇
町の大通りから少し外れた場所。そこには冒険者向けの大衆食堂があった。近づくといい匂いが漂ってくる。木製の扉を開けると、店員の元気な声が飛んでくる。
「いらっしゃい!」
店内には、依頼を終えた冒険者たちが何人もいた。鎧を脱いで食事をしている者。大きな肉を頬張っている者。酒を片手に今日の冒険を語る者。そこには、冒険者たちの日常があった。アリサたちは右角の6人掛けの席に腰を落とす。
「好きなものを頼め」
「本当に!?」
アリサの目が輝いた。
「ああ」
「じゃあ私、これ!」
メニューを開いた瞬間、アリサが指を差す。
「山盛り肉料理定食!」
ステーキが3枚にミニハンバーグ、ヒレカツ、ソーセージ、目玉焼き。とにかくボリューミーな一品。
「……本当に食べきれるの?」
ミリアが横から覗き込む。あまりのボリュームに若干引いている。
「食べられる!」
アリサは胸を張った。
「ミリアは何にする?」
「私は……これかな」
ミリアが指差したのは、焼いた鶏肉と野菜、それにパンが付いた定食だった。
「普通だね」
「悪かったわね」
「悪いとは言ってないよ」
「アリサが言うと、なんか馬鹿にされてる気がするのよ」
「ひどい!」
アリサがショックを受けたような表情になる。セラはしばらくメニューを眺めていた。
「私は……シチューにします」
「シチュー?」
「はい。好きなので」
「いいね!」
アリサが頷き親指を立てる。
「リゼットは?」
「私はこのお魚料理の定食をお願いします」
リゼットがメニューを指差す。
「魚!」
アリサが身を乗り出して反応する。
「おいしそう!」
「アリサさんはもう自分の料理を頼んだでしょう?」
「それとこれとは別!」
「別なんですか?」
「別!」
リゼットがくすりと笑う。
「では、少しだけ分けましょうか?」
「いいの!?」
「はい」
「やった!」
セラも小さく笑った。
「アリサさん、本当に食べるの好きですね」
「冒険者は体力が資本だからね!」
そんな会話をしていると、店員が注文を確認しに来た。ラントが5人分の料理を注文する。
「では、少々お待ちください!」
店員が去っていく。ラントがテーブルに肘をついた。
「じゃあ、反省会始めるぞ」
4人の表情が引き締まる。
「今日の戦いで、自分ができなかったことを一人ずつ言ってみろ」
「私!」
アリサが真っ先に手を上げる。
「敵を追いすぎそうになった!」
「そうだな」
「でも、途中で止まれた!」
「ああ。それは良かった」
ラントが頷く。
「お前は攻撃に入ると周りが見えなくなる。それ自体が悪いわけじゃない。だが、前に出る役だからこそ、周囲を見る癖をつけろ」
「分かった!」
アリサが真剣に頷く。
「次、ミリア」
「私は……」
ミリアは少し考え、
「防御に集中しすぎたと思う」
「具体的には?」
「目の前の敵を止めることに集中して、味方の位置を見るのが遅れた」
「そうだ」
ラントが頷く。
「盾役だからといって、目の前だけ見ていればいいわけじゃない。アリサの位置、後衛の位置、敵の数。常に把握しろ」
「はい」
「それと」
「はい?」
「途中、敵の攻撃を受けたとき、ただ盾で止めるんじゃなくて、相手の力を横に流していたな」
「……あれは、ラントさんに教えてもらったので」
「悪くなかった」
ミリアの表情が少し緩む。
「ありがとうございます」
「次。セラ」
「はい」
セラは少し背筋をピンと伸ばした。
「私は……」
言葉を探す。
「敵との距離が近くなったとき、少し慌てました」
「ほう」
「敵がこっちに来たので、離れようとしたんです」
「それ自体は悪くない」
「はい。でも……」
セラが俯く。
「後ろに下がることばかり考えて、リゼットさんとの距離を空けてしまいました」
「そうだ」
ラントが頷く。
「後衛同士の距離が開けば、それだけ守る側の負担が増える」
「……はい」
「魔法使いが敵から距離を取るのは必要だ。だが、ただ逃げればいいわけじゃない」
セラが顔を上げる。
「味方がどこにいるか確認して、退避する方向を選べ」
「はい」
「それと」
ラントが続ける。
「魔法を撃たなかった場面は正しかった」
「……!」
セラが少し驚く。
「あのときは、リゼットも敵も近かった。お前自身も巻き込まれる位置だった。あそこで撃てば、敵だけじゃなく自分たちも巻き込んでいた可能性がある」
「はい」
「撃たない判断は正しい。ただし、撃てないと判断した後に、どう動くか。それを考えられるようになれ」
「……分かりました」
セラが小さく頷いた。
「最後、リゼット」
「はい」
リゼットが姿勢を正す。
「私は……」
少し考える。
「攻撃と防御、それから回復に意識が偏っていました」
「具体的には?」
「セラさんが危ないときは防御。敵に隙があれば攻撃。誰かが傷ついたら回復……そればかり考えていました」
「それで?」
「補助魔法を使えていませんでした」
リゼットが悔しそうに目を伏せる。
「なぜだ?」
「余裕がありませんでした」
リゼットは正直に答える。
「目の前のことに精一杯で……支援魔法まで考えられませんでした」
「それは今回の大きな課題だな」
ラントが頷く。
「僧侶の役割は回復だけじゃない。敵を弱らせ、味方を強くする。それだけで戦況は大きく変わる」
「……次は、使えるようにします」
「まずは、戦況を見る余裕を作れ」
「分かりました」
リゼットが頷いた。4人それぞれの課題と改善点を確認した、そのとき、
「お待たせしました!」
店員が料理を運んできた。
「おお……!」
アリサの目が輝く。
「山盛り!」
大皿いっぱいの肉料理。ミリアの鶏肉定食。セラのシチュー。リゼットの魚料理定食。そしてラントの料理。それぞれの前に料理が並べられていく。
「いただきます!」
アリサがさっそく肉にかぶりつく。
「熱っ!」
「だから急いで食べるからだよ」
ミリアが呆れる。
「ふぁいじょうぶ」
「口に入れたまま喋らない」
「アリサさん、お水をどうぞ」
「ありがと!」
リゼットが水を渡す。セラはそんな3人を見ながら、くすくす笑った。
「……なんか、こういうのいいですね」
「何が?」
アリサが肉を頬張りながらリゼットに尋ねる。
「こうやって、みんなでご飯を食べるの」
「そうだね」
ミリアも頷く。
「依頼が終わって、反省会して、一緒にご飯を食べる。頑張った分ごはんがおいしいです」
「冒険者っぽい!」
アリサが笑う。
「じゃあ次の依頼も頑張ろう!」
アリサが拳を握る。
「その前に、今日の反省を忘れないこと」
ミリアが釘を刺す。
「分かってるって!」
「本当に?」
「本当!」
「……アリサさんは、分かってるって言ったときほど危ない気がします」
「セラまで!?」
4人の間に笑いが起こった。
◇
食事が半分ほど進んだ頃だった。
「そういえばさ」
アリサがラントを見る。
「ラントさんって、昔どんなパーティーだったの?」
ラントの手が止まった。
「……昔?」
「うん」
「前にパーティー組んでたって言ってたじゃん」
「そうだったな」
ラントが短く答える。
「どんな人たちだったんですか?」
リゼットが尋ねる。
「色々だ」
「それじゃ分からないよお」
アリサが笑う。
「じゃあ、誰がいたの?」
「……」
ラントが答えようとした、そのときだった。
「あ!ラントじゃねえか!おーい!ラント!」
店の入口から大声が響いた。店内の何人かが振り返る。ラントの顔が、わずかに曇った。「ゲッ」とでも言いそうな表情。
「……リンクス」
入口に立っていたのは、一人の男。金色の髪に青い瞳。明るい笑顔。軽装の黒い鎧に青いマント。そして背中には長い槍。
「久しぶりじゃねえか!」
男は笑いながら、こちらへ歩いてくる。ラントの隣まで来るとガッと肩を組んだ。
「元気そうだな!」
「お前は相変わらずうるさい」
「それが俺のいいところだ!」
「自分で言うな」
「ははは!」
リンクスは豪快に笑った。そして4人へ視線を向ける。
「……ん?」
リンクスの表情が変わる。
「この子たちは?」
「俺が今、いろいろ指導してる」
「へえ」
リンクスが4人をまじまじと見ている。
「あの子はどうしたんだ?お前が面倒見てた子がいただろ?」
「……?」
アリサが首を傾げる。アリサにはラントの表情が少し曇ったように見えた。
「……ああ……今は別々だ」
短い答えだった。
リンクスは一瞬黙る。だが、すぐにいつもの笑顔に戻った。
「そうか」
それ以上は聞かなかった。アリサたちも何かを感じ取ったのか、口を閉じる。少しだけ、空気が変わった。その空気を振り払うように、リンクスが明るい声を出す。
「ま、それはそれとして!」
そして自分を指差す。
「俺はリンクス! 槍使いだ!」
「私はアリサ!」
「ミリアです」
「セラです」
「リゼットです」
「よろしくな!」
リンクスは一人ずつ顔を見ながら笑う。
「ラントが女の子4人を教えてるなんてなぁ」
「何か悪いか?」
ラントが不機嫌そうに睨む。
「いやいや。昔のお前なら絶対やらなかっただろ」
「……」
「人って変わるもんだな!」
「お前は変わってないな」
「褒め言葉として受け取っとく!」
「褒めてない」
リンクスの陽気さをことごとく突っぱねるラントの姿に思わずアリサが吹き出した。
「ラントさん、リンクスさんと仲いいんだね」
「どこがだ」
「いや、どう見ても仲いいでしょ」
ミリアも頷く。
「昔からこういう感じだったんでしょうね」
「そうですね」
リゼットも微笑む。
「昔のラントさんが少し想像できます」
「やめろ。想像するな」
ラントが小さくため息をついた。
◇
「ところで」
リンクスが椅子を引き、空いている席に腰を下ろす。
「ラントに頼みたいことがあってよ」
「頼みたいこと?」
アリサが反応する。
「ああ」
リンクスが頷く。
「明日、ウルフキングの討伐に向かおうと思ってるんだ」
「ウルフキング?」
「Aランク指定の魔物だ」
ミリアが目を見開く。
「Aランク……」
「ゴブリンがDランクだから、かなり上ですね」
セラが呟く。
「ああ」
ラントが答える。
「ウルフキングは単純な力だけじゃない。群れを率いる知能もある。普通のウルフとは別物だ」
「そんな魔物と戦うんですか?」
リゼットが尋ねる。
「ああ」
リゼットの呟きにリンクスが笑いながら答える。
「でな」
リンクスがラントを見る。
「お前にも協力してほしい」
「断る」
即答だった。
「早っ!」
アリサが声を上げる。リンクスも苦笑する。
「まだ理由も言ってないぞ」
「どうせろくでもない話だ」
「ひでえな」
リンクスは笑いながら続ける。
「Aランクのウルフキングだ。俺と仲間でAランク2人だが、あと1人Aランク冒険者が欲しい。そう思ってたらお前を見かけてよ」
「2人で十分だろ」
「十分だとは思う」
リンクスは頷いた。そしてラントの嫌そうにしている目を見つめ、
「でも、確実に仕留めたい」
「だから俺か?」
「ああ」
「嫌だ」
「お前なぁ……」
リンクスが呆れ、額に手を当てる。
「昔は一緒に無茶してただろ?」
「昔の話だ」
「冷たいねえ」
「お前が無茶するからだ」
「それはお前もだっただろ!」
「……」
ラントが黙る。ラントとリンクスのやり取りを見てアリサが目を輝かせた。
「やっぱり昔、無茶してたんだ!」
「そこに食いつくな」
「だって気になるじゃん!」
リンクスが笑う。
「まあ、昔はこいつも――」
「言うな」
「はいはい」
ラントに睨まれ渋々リンクスは肩をすくめた。リンクスは少し考え、
「じゃあ条件をつける」
「条件?」
「お前が来るなら、その4人も連れてきていい」
ラントの眉が動く。
「……どういう意味だ?」
「見学だよ」
リンクスが4人を見る。
「Aランク冒険者の戦いを見る機会なんて、そうそうないだろ?」
アリサの目が輝く。
「見たい!」
「見学していいんですか?」
アリサとセラが目を輝かせている。ミリアとリゼットも興味津々な眼差しをリンクスに向けている。
「俺はまだ協力するなんて―――」
「でもこの子達行く気満々だぜ?」
「……」
「もっと強い人たちの戦いを見れば、何か分かるかもしれません。行かせてもらえませんか?」
リゼットがラントに頼みこむ。ほかの3人も頷いている。
「……リンクス。お前、こうなること分かって言ったな?」
ラントがリンクスを睨みつける。してやったりな表情なのがムカつく。
「はあ…わかったよ」
「やった!」
ため息をこぼしながらリンクスの頼みを了承した。アリサが立ち上がり、机に脚をぶつける。
「いたっ!!」
アリサが涙目になりながら足を抑えている。ミリアの口元が思わず緩んだ。
「お前たちを危険な場所に連れていくんだからな。勝手な行動はするなよ?」
その言葉に、4人は少しだけ表情を引き締めた。
「はい!」
4人は元気よく頷く。
「決まりだな!」
リンクスが手を叩く。
「それにしても」
アリサがリンクスを見て、
「リンクスさんたちって、みんなAランクなの?」
「ああ」
「すごい……」
セラが呟く。
「俺と、あともう1人だ」
「どんな人?」
「それは明日のお楽しみだ」
リンクスが笑う。
「朝、ギルド前に集合な」
「分かりました」
リゼットが頷く。
「寝坊しないようにしないと」
「私は大丈夫!」
アリサが胸を張る。
「本当に?」
ミリアが疑わしそうに見る。
「本当に!」
「昨日もそう言ってたよね」
「昨日は昨日!」
セラがくすくす笑いながら、
「アリサさん、明日はちゃんと起きてくださいね」
「セラまで!」
リンクスも笑う。
「じゃあ明日な!」
「ああ」
リンクスは店を出ていった。アリサたちは手を振って見送った。
◇
食事を終え、店を出る。夜の町は昼間より静かだった。
「明日、楽しみだね!」
アリサが言う。
「私はちょっと緊張するけど……」
セラが苦笑する。
「私も」
ミリアがセラに同調する。
「Aランクの魔物と、Aランク冒険者の戦い……」
「ちゃんと見ておきたいですね。特に私は、支援魔法をどう使うのか見たいです」
「アリサは?」
「私は……」
アリサが顎に手を置いて考える。
「んー…全部!」
「雑」
ミリアが即答した。
「だって全部大事じゃん!」
「まあ、それはそうだけど」
セラが笑う。
「私は魔法使いだから、魔法の使い方を見たい」
「明日、見るところがいっぱいありますね」
「うん!」
4人は楽しそうに話しながら歩く。ラントは少し後ろを歩いていた。
「そんなに楽しみか」
「もちろん!」
アリサが振り返る。
「だって、Aランクの戦いなんて見たことないもん!」
「見るだけだからな」
「分かってるって!」
「本当に分かってるか?」
「分かってる!」
ミリアが横から口を挟む。
「アリサは絶対に前に出ようとすると思う」
「しないよ!」
「じゃあ、私たちみんなでアリサさんを見張りましょう」
「なんで私だけ!?」
「一番危ないから」
「ミリアまで!」
リゼットがくすくす笑った。しばらく歩き、宿へ到着する。
「じゃあ、早く寝ろよ」
「はい!」
ラントの言葉に4人は返事をし部屋へ向かう。
「おやすみなさい、ラントさん!」
「明日、寝坊するなよ」
「しないって!」
アリサは最後まで寝坊すると思われていた。
◇
部屋に入る。ベッドへ腰を下ろしたセラが、ふっと息を吐いた。
「……今日は色々ありましたね」
「うん」
ミリアが頷く。
「初めての討伐」
「それからラントさんの昔の仲間」
リゼットが続ける。
「明日はウルフキング……」
「楽しみ!」
アリサはベッドに倒れ込んだ。
「Aランクの冒険者って、どんな戦い方するんだろう!」
「もう寝なさい」
ミリアが呆れる。
「明日起きられなくなるよ」
「大丈夫だって」
「本当に?」
「本当!」
セラが苦笑する。
「じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
「おやすみ!」
4人はそれぞれベッドへ入る。しばらくすると、部屋の中は静かになった。やがて――。
「……すぅ」
「……」
「……アリサさん、もう寝たんですか?」
「早すぎるでしょ……」
ミリアが小さく笑う。セラも布団の中で笑った。そして4人は眠りについた。




