実践
―――修行開始から、2週間。
朝。まだ太陽が完全に昇りきっていない時間から、町の外周を4人の少女たちが走っていた。
「はぁ……はぁ……!」
「まだいけるよ! あと少し!」
先頭を走るアリサ。その少し後ろをミリアが追い、そのさらに後ろをセラとリゼットが続いている。
「はぁ……はぁ……。わ、分かってる……!」
セラは苦しそうに息を吐きながらも、足を止めない。
「頑張ってください、セラさん!」
リゼットも息を切らしながら声をかける。
「うん……!」
修行初日なら、とっくに足を止めていた。特にセラは、少し走っただけでも魔力を消耗しているかのように疲れていた。だが、今は違う。
苦しい。辛い。それでも走れる。
「……あと少し!」
アリサが叫ぶ。
「うん!」
「はい!」
「分かってる!」
4人は最後まで速度を落とさなかった。
そして――。
「……ゴール!」
アリサが足を止める。ミリア、セラ、リゼットも続いて立ち止まった。
「はぁ……はぁ……!」
「……疲れた」
ミリアが膝に手をつく。セラも大きく息を吐く。
「はぁ……はぁ……。でも……」
セラが自分の手を見る。
「前より、ずっと動ける」
「そうだね」
アリサも頷く。この2週間。4人は徹底的に鍛えられた。朝から走り込み。その後は武器を使った訓練。そして午後からは、それぞれに合わせた特訓。
アリサは様々な角度からの無限打ち込み。ミリアはアリサの攻撃を防ぎ、隙を見つけて反撃する訓練。セラとリゼットは、魔力を限界近くまで使ってから回復させる訓練。最初の頃は、誰もまともについていけなかった。それでも2週間、4人で努力した。
「魔力も……」
セラが手を握る。
「前より残ってる」
「私もです。魔法を何度も使っているのに、まだ残っています」
リゼットが頷く。
ミリアが二人を見る。
「すごいじゃん」
「うん」
アリサも笑った。
その時。
「当然だ」
背後から声がした。
「ラントさん」
4人が振り返る。そこには、腕を組んだラントが立っていた。
「2週間、あれだけ鍛えれば多少は変わる」
「多少って……」
ミリアが苦笑する。
「かなり変わったと思うけど」
「そう思うなら、明日の修行で確かめればいい。最後の仕上げだ」
ラントの言葉に、4人が姿勢を正す。
「明日からは実戦に入る」
「……!」
4人の顔が引き締まった。
「実戦……」
セラが呟く。
「本物の魔物と戦ってもらう」
ラントが続ける。
「明日、冒険者ギルドへ行け。討伐依頼を一つ受けろ」
「私たちだけで?」
ミリアが尋ねる。
「そうだ」
「ラントさんは?」
「同行する」
4人が少し安心した表情を見せる。
「ただし、戦闘に手を出さない」
「えっ?」
アリサが目を丸くする。
「自分たちの力だけで戦うんだ」
「分かった」
アリサが頷く。
「私、やってみる」
「私も」
ミリアが続く。
「私も頑張ります」
セラも頷く。
「私もです」
リゼットが続いた。
「よし」
ラントが頷く。
「今日は実戦を想定して、4人の役割をもう一度確認する」
4人は顔を見合わせた。明日から――。本当に戦いが始まる。
◇
翌朝。
「行こう!」
アリサがギルドの扉を開けた。
「おはようございます!」
4人が中へ入る。
朝早い時間にもかかわらず、冒険者ギルドには多くの冒険者がいた。剣を腰に下げた者。大きな斧を背負った者。盾を持った者。魔法使いらしい格好をした者。様々な冒険者が依頼を探している。
「……緊張するね」
セラが小さく呟く。
「大丈夫だよ」
アリサが笑う。
「昨日まで散々修行したんだから」
「そうだけど……」
「セラさんなら大丈夫です」
リゼットが微笑む。
「うん……!」
ミリアが掲示板を指差した。
「まず依頼を探そう」
「そうだね」
4人で掲示板を見る。薬草採取。荷物運び。護衛。捜索。そして――。
「討伐依頼」
アリサが目を止める。一枚の依頼書を取った。
「ゴブリン討伐」
ミリアが横から覗き込む。
「町から東へ3時間くらいの森だね」
「討伐数は?」
「最低5体」
セラが依頼書を読む。
「目撃情報では、複数のゴブリンが森の中を徘徊しているみたい」
「報酬も悪くないね」
アリサが言う。ゴブリン。2週間前殺されそうになった相手。
「これにしよう」
3人も頷く。4人は依頼書を持って受付へ向かった。
◇
「ゴブリン討伐ですね」
受付嬢が依頼書を確認する。
「こちらは討伐数5体以上が達成条件になります。目撃情報では、少なくとも数体の群れが確認されています」
「分かりました」
「ただし、今回が初めての討伐ですよね?」
「はい」
「ゴブリンは一体一体はそれほど強くありません。しかし、群れになると危険です」
受付嬢は4人を見る。
「無理だと思ったら、必ず撤退してください」
「はい!」
「では、依頼を受理します」
4人はギルドを出た。ギルドの入り口横で、ラントが待っていた。
「受けたか」
「うん。ゴブリン討伐」
アリサが依頼書を見せる。ラントが依頼書を受け取り内容を確認する。
「ゴブリンか…いいだろう。行くぞ」
◇
町を出てから3時間。4人は目的の森へ到着した。森の中へ入ると、自然と会話が少なくなっていく。鳥の声。木の葉が擦れる音。風が木々の間を抜ける音。それ以外は静かだった。
「……静かだね」
アリサが周囲を見る。
「こういう場所の方が、魔物が近くにいる可能性があります」
ミリアが答える。
「足跡とか探そう」
アリサがしゃがみ込む。地面を確認する。しばらく進むと――。
「……あった」
アリサが指差した。土の上に、小さな足跡がいくつも残っている。
「ゴブリンですね」
リゼットが確認する。
「しかも、複数」
ミリアが周囲を見る。
「近いかも」
アリサが立ち上がる。
「みんな、気をつけて」
4人が武器を構える。ラントは少し後ろを歩きながら、黙って4人を見ていた。そして――。
数分後。アリサが突然、手を上げた。全員が止まる。
「……いる」
木々の隙間。何かが動いた。アリサが目を細める。
「ゴブリンです」
リゼットが小さく呟く。ゴブリンが1体、2体、3体。さらに奥にも。
「……7体」
ミリアが数える。ゴブリンたちは棍棒や短剣を持っている。まだこちらには気づいていない。
「7体か……」
アリサが呟く。そして3人を見る。
「戦う前に、もう一回確認しよう」
3人が頷いた。
「まず、私が前に出る」
アリサが自分を指す。
「私はゴブリンの注意を引く。できるだけ敵をこっちに集める」
「じゃあ、私はアリサの右側」
ミリアが盾を構える。
「アリサを抜けた敵は私が止める。敵が多かったら、私が前に出て時間を作る」
「うん。お願い」
アリサが頷く。
「セラは後ろから魔法」
「分かった」
「敵が固まっている時に撃って。私たちが近い時は撃たないで」
「分かってる」
セラが杖を握る。
「魔力の配分に気をつけて。長く戦うことを優先して」
「うん」
アリサは最後にリゼットを見る。
「リゼットはセラのそばにいて」
「はい」
「敵が後ろへ抜けたら、まずセラを守って。それから余裕があったら攻撃」
「分かりました」
リゼットが頷く。
「回復は?」
ミリアが尋ねる。
「任せてください」
リゼットが両手を胸の前に合わせる。
「怪我をした人がいたら、私が回復します」
「分かった」
アリサが頷く。
最後にアリサが3人を見る。
「誰かが危なくなったら、自分の敵にこだわらないこと」
3人が頷く。
「私たちは4人で戦う」
アリサが剣を握る。
「一人じゃない」
「うん」
ミリアが盾を構える。
「分かった」
セラが杖を構える。
「はい」
リゼットが両手に魔力を集める。
ラントが口を開いた。
「準備はできたか」
「はい、ラントさん」
4人が同時に答える。
「なら、行け」
アリサが頷いた。ゆっくりと右手を上げる。ミリアが構える。セラが魔力を練る。リゼットがセラの隣に立つ。
「行くよ!」
アリサが地面を蹴った。
◇
「ギャッ!?」
ゴブリンが振り返る。アリサが一気に距離を詰めた。剣を振る。ゴブリンが棍棒を構える。剣と棍棒がぶつかる。アリサはそのまま押し切った。
「――っ!」
ゴブリンの腕を斬りつける。
「ギィィッ!」
ゴブリンが後退する。アリサは追撃する。一歩。二歩。剣を振り抜く。ゴブリンが倒れた。その瞬間。横から別のゴブリンが襲いかかる。
「アリサ!」
ミリアが前へ出る。
ガンッ!
棍棒が盾に叩きつけられる。
「……っ!」
衝撃でミリアの腕が震える。それでも盾を下げない。
「ここは通さない!」
ミリアが剣を振る。ゴブリンが後退する。その横から、さらに一体。ミリアが盾を向ける。
「二体……!」
アリサが振り返る。
「私もやる!」
「お願い!」
二人が並ぶ。
アリサが一体を引きつける。ミリアがもう一体を止める。
その後方。セラが敵の位置を確認していた。
「……今なら」
ゴブリンが二体、少し離れた場所に固まっている。アリサとミリアからも距離がある。セラがゴブリンに狙いを定め――
「――《ファイアボール》!」
炎の球が飛ぶ。ゴブリンへ着弾した。爆炎が広がる。
「ギャアッ!」
二体が吹き飛んだ。
「セラ、いいよ!」
アリサが叫ぶ。
「うん!」
セラが再び魔力を集める。だが――。一体のゴブリンが炎を抜けて立ち上がった。そしてセラへ向かって走る。
「……!」
セラが後退する。
「セラさん!」
リゼットが前へ出た。ゴブリンが短剣を振る。
「――《ホーリーバリア》!」
光の防壁でゴブリンの攻撃を受け止める
「ここから先へは、行かせません!セラさん!」
「うん!」
セラが魔法を放つ。
「――《ファイアランス》!」
炎の槍がゴブリンを貫いた。ゴブリンが倒れる。
「……!」
セラは荒く息を吐く。だが、まだ立っている。まだ魔力がある。
「……まだいける」
セラが呟く。
2週間前なら、この時点で魔力はほとんど残っていなかった。だが、今は違う。まだ戦える。その事実が、セラ自身を支えていた。
◇
「残り4体!」
ミリアが叫ぶ。ゴブリンの一体がミリアへ振り下ろされた棍棒を盾で受ける。
ガンッ!
「……重い!」
腕が痺れ、ミリアの身体が後ろへ押される。さらに一撃。もう一度盾で受ける。
「……っ!」
だが、ミリアは後ろに行かせまいと耐える。その時。別のゴブリンが左からミリアへ襲いかかる。
「ミリア!」
アリサが叫ぶ。ミリアは左へ視線を移す。短剣が迫っていた。
アリサがゴブリンの短剣を剣で受け、そのまま前へ踏み込む。剣を振るいゴブリンの腕を斬る。
「ギャッ!」
さらに一撃。ゴブリンは断末魔を上げ倒れる。
「アリサ!」
ミリアの方を見る。まだ一体と戦っている。
「今、行く!」
振り下ろされる棍棒をミリアは盾で受けた。重い、腕も痺れている。ゴブリンに力負けする―――その刹那、ミリアは盾を傾けた。棍棒が盾の表面を滑りゴブリンの身体が前へ流れる。
「――今!」
アリサが剣を振るい、ゴブリンの脇腹を斬りつける。さらに剣を振り抜きゴブリンを切りつける。ゴブリンが血を噴きながら倒れる。
「……はぁ……」
ミリアが息を吐く。
「大丈夫?」
アリサが駆け寄る。
「うん、大丈夫。ありがとう」
―――後方
「セラさん!」
リゼットが叫ぶ。
「分かってる!」
セラが杖を構える。しかし、ゴブリンとの距離が近く魔法を撃てば自分もまきこまれる。セラは離れなければ魔法を撃てない。
セラがゴブリンから距離をとるが、その分距離を詰めてくる。
リゼットが胸に手を当てる。
「任せてください!《ライトバインド》!」
光がゴブリンを包み動きが止める。
「セラ!」
「うん!」
セラが魔法を放つ。
「――《ファイアボール》!」
炎がゴブリンの顔面に直撃し倒れた。
――静寂。森に再び静けさが戻った。4人はその場に立っていた。誰も動かない。聞こえるのは、自分たちの荒い呼吸だけ。
「……終わった?」
セラが呟く。
「……うん」
アリサが答える。ミリアはすぐには武器を下ろさなかった。周囲を確認する。茂み。木々。岩陰。新たな気配はない。
「……もういないみたい」
ミリアが言う。ようやく盾を下ろす。
「討伐……完了だね」
「うん」
アリサが頷く。7体。自分たちの力で倒せた。4人は互いの顔を見る。戦闘中の恐怖が、まだ身体に残っている。
「……怖かった」
セラが小さく呟く。
「うん」
アリサ、リゼットも頷く。
「私も怖かった」
「私もです」
ミリアが二人を見る。
「2週間、無駄じゃなかったね」
「うん」
アリサが頷く。
「でも……」
アリサは倒れたゴブリンを見る。
「もっともっと強くなりたい」
「そうだね」
ミリアも頷く。
「今日、何度も助けられた」
「私も」
セラが言う。
「一人だったら、たぶん無理だった」
「私も同じです」
リゼットが微笑む。4人は顔を見合わせる。そして――。
「帰ろう」
アリサが言った。
「うん」
「はい」
「帰りましょう」
4人が歩き出す。数歩進んだところで――。
「……あ」
アリサが立ち止まった。
「どうしました?」
リゼットが振り返る。
「お腹すいた」
「…………」
3人が固まった。
「……は?」
ミリアが聞き返す。
「いや、だからお腹すいた」
「今それ言う!?」
ミリアが思わず叫ぶ。
「だっていっぱい動いたし」
「討伐の直後だよ!?」
「だから余計にお腹すいたんだって」
「緊張感どこ行ったの……」
セラが呆れたように呟く。リゼットは小さく笑った。
「でも……私も少しお腹が空きました」
「ほら!」
アリサが嬉しそうに指を差す。
「リゼットもそう言ってる!」
「私まで巻き込まないでください……」
リゼットが苦笑する。少し離れたところで、その様子を見ていたラントが口を開いた。
「……帰ったら飯にするか」
「やった!」
アリサが即答する。ミリアが呆れたようにため息をついた。
「ラントさんまで甘やかさないでよ……」
「腹が減ったまま反省会をしても頭に入らん」
「それは……そうだけど」
セラが小さく笑う。
「……なんか、いつも通りだね」
「うん」
アリサが笑った。初めての討伐依頼を終えた4人は、町へ向かって歩き始めた。アリサの腹の音が森に響くのだった。




