修行、そして休息
―――4日目。
朝。まだ太陽が昇りきっていない時間から、町の外周を4人の少女たちが走っていた。
「はぁ……はぁ……!」
「頑張れ!」
「わ、分かってるってばぁ!」
「もう少し……です……!」
先頭を走るアリサ。
その後ろをミリア、セラ、リゼットの順で追いかける。以前なら、3人はアリサの背中を見るだけで精一杯だった。しかし――今は違う。
4人とも、苦しそうに息を切らしながらも、確実に足を前へ進めている。
――4日目修行開始前
『そういえば言ってなかったが今日から、6周だ』
ラントが淡々と伝える。4人の口が、ぽかんと開いた。
『6周……って、42キロ!?』
『それ、準備運動で走る距離じゃないですよね……?』
アリサ、セラがそれぞれ異議を申し立てる。しかし――
『文句か?』
『いえ…』
2人がしゅんとする
――ラントから告げられた新たな修行内容だった。最初は、6周という距離に4人とも絶望した。しかし、ラントは容赦しなかった。走るだけではない。走り終われば、休む間もなく戦闘訓練。
そして――その内容も、一段階厳しくなっていた。
アリサには、ラントが用意した様々な角度からの攻撃を、ひたすら受け続ける訓練。正面だけではない。左右、背後、頭上、足元。さらに、攻撃の速度も徐々に上げられていった。
「そこ!」
「っ!」
木剣が横薙ぎに迫る。
アリサは咄嗟に身をかがめた。
頭上を木剣が通過する。
「まだだ」
「えっ――」
直後、足元から木剣が跳ね上がった。
「うわっ!」
アリサは慌てて後ろへ飛び退く。
「今のは避けるんじゃない。受けろ」
「無茶言うなぁ!」
「戦場では敵が攻撃を待ってくれるのか?」
「うぐ…………」
「なら、動け」
「はい!」
アリサは歯を食いしばり、再び構えた。
ミリアは、アリサの攻撃を防ぎながら、反撃する訓練。
「はぁっ!」
アリサの剣を盾で受け止める。
――ガンッ!
「くっ……!」
衝撃で腕が痺れる。だが、ミリアは止まらない。盾を押し返し、空いた脇へ剣を突き出す。
「そこ!」
「甘い!」
アリサが身体を捻る。剣先がミリアの肩を掠めた。
「今の反撃は遅い」
「……はい!」
「盾で受けた瞬間、相手の体勢が崩れている。そこを狙え」
「分かりました!」
何度も、何度も。2人は剣を交え続けた。
一方――。
「もう……魔力が……」
「まだ半分ですよ」
「半分……?」
セラとリゼットは、魔力量を増やす訓練をしていた。魔力を限界まで使い切る。休息して回復する。そして、また使い切る。単純な訓練だが、2人にとっては地獄だった。
「もう無理です……」
「まだです」
「リゼットさん……私、もう足が動かない……」
「座ったままでも魔力は使えます」
「そういう問題じゃないよぉ……!」
セラの悲鳴が訓練場に響く。だが――数日前とは明らかに違っていた。最初なら、魔力が尽きた時点で倒れていただろう。今は違う。限界を迎えても、ほんの少しだけ残った力を絞り出している。それを見たラントは、何も言わなかった。
ただ、ほんの少しだけ口元を緩めた。
―――5日目。
さらに厳しくなる。走る速度が上がる。訓練時間が伸びる。休憩時間が短くなる。
アリサへの攻撃はさらに複雑になり、ミリアの反撃訓練ではラント自身が相手役を務めるようになった。
「無理無理無理無理!」
ミリアが叫ぶ。
「速すぎます!」
「盾を構えろ」
「構えてます!」
「遅い」
「えぇ!?」
――ガンッ!
「きゃあっ!」
盾ごと吹き飛ばされる。
「ミリア!」
アリサが駆け寄る。
「だ、大丈夫……」
ミリアは地面に座り込みながら立ち上がる。
「まだ……やれます」
「そうか」
ラントは短く答えた。
「なら続けるぞ」
「…………」
ミリアの顔が引きつる。
「……鬼」
「何か言ったか?」
「何でもありません!」
即答だった。
――6日目
「足が……足がぁ……」
セラが地面に倒れ込む。
「セラ、まだ訓練は始まってもいませんよ」
「リゼットさん……私を置いていってください……」
「嫌です」
「即答!?」
「4人で強くなると決めたでしょう」
「うぅ……」
リゼットが涙目のセラの腕を掴み、立ち上がらせる。
「行きましょう」
「……はい」
その姿を少し離れた場所から見ていたラントは、腕を組んだまま静かに頷いた。
――そして、7日目。
長いようで短い一週間が過ぎた。4人は42キロを走り終えた後、いつものように訓練場へ向かった。
「……もう……無理……」
「セラ、頑張ってください」
「その言葉、今週だけで何回聞いたと思ってるんですか……」
「200回くらいでしょうか?」
「数えてたの!?」
「はい」
「怖いよ!」
セラが叫ぶ。アリサとミリアは苦笑し、リゼットは真顔で頷いている。
「では、今日の訓練を始める」
ラントが告げた。4人は一斉に構える。
疲れている。身体は重い。足は痛い。腕も痛い。魔力もほとんど残っていない。それでも――。
4人とも、逃げなかった。その日の訓練が終わった時。4人は地面に倒れ込んでいた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
誰も喋らない。喋る体力すら残っていなかった。そんな4人を見下ろし、ラントは口を開く。
「明日は休みにする」
「…………え?」
最初に反応したのはセラだった。
「今……何て?」
「明日は休みだと言った。休息日も必要だ」
「…………」
4人が顔を見合わせる。
「休み……?」
アリサが呟いた。
「お休み……?」
セラが続ける。
「訓練……なし?」
リゼットが確認する。
「そうだ」
「…………」
数秒の沈黙。
そして――。
「やったぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
4人の声が、訓練場に響き渡った。
◇
翌朝。
「…………暇」
アリサがベッドの上で足をバタバタさせながら嘆いた。昨日までなら、朝から42キロ走っていた時間。だが、今日は何もない。
「暇って……」
隣のベッドからミリアの声が聞こえる。
「昨日まで『もう2度と走りたくない』って言ってなかった?」
「言った!」
「じゃあ休めばいいでしょう」
「でも暇!」
「…………」
ミリアは頭を抱えた。セラはというと――。
「…………」
ベッドの上で笑顔で死んでいた。
「セラ?」
「休み……最高……」
「起きてる?」
「起きてます……」
「目閉じてるけど」
「心の目で起きてます……」
「それは寝てるんですよ」
リゼットが淡々と突っ込む。結局、午前中はそれぞれ好きなことをして過ごすことになった。
だが。昼頃。
「そういえばさ」
アリサが言った。
「私たち、ラントさんに何もしてないよね?」
「何もしてない……?」
ミリアが首を傾げる。
「ほら。毎日教えてもらってるじゃん」
「ああ……」
「食事まで用意してもらってるし」
「確かに」
「だったら――」
アリサが拳を握る。
「何かお礼しよう!」
「お礼……ですか」
リゼットが考え込む。
「それは良いと思います」
「でしょう!」
セラも布団から顔を出した。
「じゃあ……何かプレゼント?」
「そうしよう!」
こうして4人の休日は――ラントへのプレゼント探しに変更された。
◇
町へ出た4人。
「さて、何を買う?」
「それが問題なんですよね」
ミリアが腕を組む。
「ラントさんが何を欲しがるのか、全然分かりません」
「剣?」
アリサが武器屋を指差す。
「ラントさん、剣は持っておられるし、強いから他の武器は必要なさそう」
「防具は?」
「もっと必要なさそう」
「食べ物!」
「……それはありかもしれません」
セラが目を輝かせる。
「甘いものとか?」
「ラントさんが甘いものを食べているところ、見たことないですよ」
「じゃあ辛いもの!」
「なんで極端なの?」
4人で店を巡る。武器屋。防具屋。雑貨屋。食料品店。アクセサリー店。しかし――。
「これ、どう?」
セラが持ち上げたのは派手な赤いマントだった。
「却下」
ミリアが即答する。
「えー!」
「ラントさんがこれを着て歩いている姿を想像してください」
「…………」
「…………」
「…………」
4人とも想像する。赤いマントを翻しながら町を歩くラント。
「…………似合う?」
セラが恐る恐る言う。
「まあ、似合うとは思うけど……」
ミリアが呟く。
「たぶん本人が嫌がります」
「確かに」
リゼットも頷く。セラは残念そうにマントを戻した。
「じゃあこれは?」
アリサが提案したのは巨大な熊のぬいぐるみ。
「もっと駄目です」
「なんで!?」
「置くなら寝室でしょ?」
「だって……ラントさんの部屋にこれがあるんですよ?」
4人で想像する。無表情のラント。その横に巨大な熊のぬいぐるみ。ミリアが吹き出した。
「ふふっ……!」
「笑うなよ!」
「…………」
「…………」
「……ありかもしれません」
リゼットが真顔で言った。
「リゼット!?」
ミリアが驚く。
「冗談です」
「分かりにくいよ!」
しばらく店内を探し回った末。
「これ……」
セラが一つの商品を手に取った。シンプルな革製の小物入れだった。派手さはない。だが、丈夫そうで使いやすい。
「ラントさん、こういうのなら使うんじゃない?」
「確かに」
ミリアが頷く。
「普段、必要なものをまとめて入れてますからね」
「これにしよう!」
アリサも賛成する。
「でも……これだけじゃ寂しいですよ」
リゼットが言った。
「これを4人からとして、みんなで何か一つずつ選びませんか?」
「いいね!」
アリサは小さな木彫りのキーホルダーを選んだ。
「これ!」
「理由は?」
「なんとなく!」
「なんとなく……」
ミリアは苦笑した。ミリアが選んだのは、丈夫な革紐を使った腕輪だった。
「これは実用品です」
「ミリアらしいね」
セラは小さな袋に入った焼き菓子を選んだ。
「ラントさん、甘いもの食べないかもしれないけど……」
「いいんじゃない?」
アリサが笑う。
「食べなかったら私が食べる!」
「それはプレゼントにならないでしょう」
リゼットが呆れる。
「私は――」
リゼットは少し悩み、一本のしおりを手に取った。
「これにします」
「本のしおり?」
「はい。ラントさん、よく本を読んでいますから」
「なるほど」
4人は顔を見合わせる。それぞれが選んだもの。高価ではない。豪華でもない。けれど――。
「これでいいよね」
アリサが笑う。
「うん」
「はい」
「……喜んでくれるかな」
「きっと」
4人は店を出た。その手には、小さな包みがあった。
◇
夜。
宿に戻った4人は、夕食を囲んでいた。今日の夕食はいつもより少し豪華にしていた。お疲れ様パーティーである。
「じゃあ……」
アリサが立ち上がる。
「ラントさんを呼ぼう!」
「待ってください」
リゼットが止めた。
「どうやって呼ぶんですか?」
「普通に呼べばいいじゃん!私が呼んでくる」
「よろしく!」
ミリアが部屋を出ていく。
しかし数分後。
「…………」
戻ってきた。
「どうしたの?」
「どこにいるか分からない」
「え?」
「ラントさん、いない」
「…………」
4人が顔を見合わせる。
「どこ行ったんでしょう?」
「町じゃない?」
「探しに行く?」
そんな話をしていると――。
「何を騒いでいる」
「うわっ!」
突然、背後から声がした。4人全員が飛び上がる。
「ラ、ラントさん!?」
「最初からここにいたが」
「いつから!?」
「少し前からだ」
「…………」
4人は顔を見合わせた。どうやら、誰もラントの存在に気付いていなかったらしい。
「それで?」
ラントが席につく。
「何か用か?」
「えっと……」
アリサが立ち上がる。4人を代表するように、一歩前へ出た。
「これ!」
包みを差し出す。
「……?」
ラントが包みを見る。
「プレゼントです」
ミリアが続ける。
「この一週間、ずっと修行をつけてもらったので」
「そのお礼です」
セラが小さく言う。
「私たち4人からです」
最後にリゼットが告げた。ラントはしばらく黙っていた。そして――。
「……俺に?」
「はい!」
4人が同時に答えた。ラントが包みを受け取る。革製の小物入れ。木彫りのキーホルダー。革紐の腕輪。焼き菓子。そして、しおり。一つ一つを確認していく。
「…………」
4人は固唾を呑んで見守っていた。
「……ありがとう」
ラントが言った。口元が、ほんの僅かに緩んでいる。
「…………!」
4人の表情が明るくなる。
「どういたしまして!」
「喜んでもらえてよかったです」
「よかった……」
「こちらこそ、ありがとうございます」
ラントは小物入れを手に取り、木彫りのキーホルダーをつける。そして腕輪を左手につけた。
「使わせてもらう」
「本当!?」
アリサが身を乗り出す。
「ああ」
「やった!」
ミリアも嬉しそうに笑う。セラはほっと胸を撫で下ろした。リゼットも静かに微笑む。すると――。
「それと」
ラントが焼き菓子を見る。
「これは?」
「私です!」
セラが手を挙げる。
「甘いもの、嫌いだったらごめんなさい……」
「嫌いではない」
「本当ですか!?」
「ああ」
「よかったぁ……」
セラの表情が一気に明るくなる。
そしてしおりを手に取り、
「このしおりが…」
「私です。いかがでしょうか?」
リゼットが小さく手を上げ、ラントの様子を伺う。
「使わせてもらうよ」
そのラントの言葉を聞き、リゼットの顔に自然と笑みが浮かんだ。
食事を終えた頃。
「そういえば」
アリサがラントを見る。
「明日からまた修行?」
「ああ」
「……」
「どうした?」
「…………なんでもない」
アリサが目を逸らす。ミリアも苦笑する。セラは露骨に顔を引きつらせた。リゼットだけが静かに頷いた。
「覚悟はできています」
「そうか」
ラントは頷く。
「なら、明日は今までより厳しくする」
「…………」
4人の動きが止まる。
「……え?」
アリサが聞き返す。
「明日は今までより厳しくする」
2度言った。どうやら聞き間違いではなかった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
数秒の沈黙の後、
「休暇返してぇぇぇぇぇ!」
アリサの悲鳴が宿中に響き渡った。
「ちょっとアリサ!」
「明日からの話でしょう!」
「もう嫌だぁ!」
「私は覚悟できています!」
「リゼットさん、なんでそんな平然としてるの!?」
「修行は必要ですから」
「正論!」
ミリアが頭を抱える。セラはというと――。
「私は……」
小さく呟いた。
「明日にならなければいいと思います……」
「現実逃避しないでください!」
「うわぁぁぁん!」
そんな4人の騒ぎを聞きながら。ラントは一人、静かに笑っていた。
――夜、宿のベッド
「明日……本当に今までより厳しくなるんでしょうか……」
「たぶん」
「嫌だぁ……」
「私は大丈夫です」
「リゼットさんだけ別の生き物に見える……」
4人の声が、夜の宿に響く。
明日になれば、また厳しい修行が始まる。
それでも少女たちは、明日から始まる厳しい修行に不安を抱きながらも、眠りについた。




