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疫病神

「アルダガルド駐在員からの情報によると、現地で謎の魔方陣と儀式の痕跡が発見されたそうです。…分析した結果、東京に出現して黒竜を出現させたものと同じでした。現地の呪術関係に詳しい専門家の指導の下、アルダガルド側の厚意でその魔方陣や式は破壊した、との事ですが…」


 大川外務大臣からの現地情報を聞きながら岩田は溜息を吐いた。

 …軍事侵攻を受けたアルダガルドから早々に現地スタッフを引き上げた…薄情者と言われて現地スタッフ…駐在員らを追い返されても仕方ない所を、大淵大輔とその小隊の独善的行動のお陰で、日本政府は文句を言われるどころか破格の待遇を受け続けていた。



「…英雄さんの報告書と辻褄は合いますね…けど、その辺の話は私には全く分かりませんね。高等数学の話の方がまだ理解できます。…何で遥か離れたアルダガルドの砂漠で描かれた魔方陣がこの東京に出るの?なんであの絵本から出たようなドラゴンにはギルド戦士やスキル保有者の戦車砲すら効かないの?」


 …もっとも、今となってはダメージを与えられなくて本当に良かった…あんなモノの体や一部が、この人口密集率が世界トップクラスの首都に落ちていたらと思うと胃が痛くなる。…他にどうしようも無いとはいえ…


 既に出された被害も決して看過できないものがあった。…死者行方不明者合わせて二千人を超えつつある。…孤独死と一時期騒がれたように、誰にも認知されていない孤独な人だって少なくない。 まだ行政側で《《居なくなった事すら》》把握できていない部分もある筈だ。


(…これで本当に終わりなの…?)

 

 アルダガルドに侵攻したという謎の武装カルト集団…一体何が目的で…


 あの東京の空に浮かんだ漆黒の魔方陣は、大淵とレイスが全てのドラゴンを消滅させると同時に煙のように消え失せた。…今は夜空の下、見渡す限りの都心の光に消防・警察の赤色灯が多数煌いている。


「…大々的に放送されてしまっていたけれど、大丈夫かしら」

 

 …何が大丈夫かしらだ、と我ながら忌々しく思った。…これまでは噂や都市伝説の類として存在していた大淵は実在する英雄として確定してしまった。…まさかよりによって空中で接触され墜落中の報道ヘリを助け出してしまうとは… 勿論、人助けを否定するものでは無いが…


「つくづく運の悪い英雄…いえ、スーパーマンね」


 …特に貴女に目を付けられたのがね…と、冗談でも決して口には出せないものの、不動は岩田を横目で見ながら頷いた。


 くしゃみを抑えながら大淵は自室でテレビを見ていた。…これではエゴサだ。こんな事なら往年のヒーローマスクでもして行くべきだったか?

 よりによって助けたヘリが報道関係だったとは…いや、だから見捨てれば良かったとはならないが…夕食時に初めて見た画面にはアナウンサーの胸に顔の幾らかを隠されながらも、ヘリの窓から覗き込む自分の、顔のほぼ全てがアップで映されていた。…流石にプライバシー保護とコンプライアンスの面からまずかったのか、今はそのシーンをカットされ、ビルからビルへ飛び移る自分の後ろ姿が映されている。



 チャンネルを切り替えると……被害現場で家族を失った男性のインタビューに切り替わり、いたたまれなくなってテレビを消した。

 

 …しかし、これで終わりなのだろうか…? 


 あんな唐突に出てくるモノを一々ここから出撃していたら、幾らこの力を手に入れた自分でもすべての被害を押し留める事は不可能だ。…ましてや今回は出現場所がまとまっていたから良かったが、これがあちこちに点在するようになったら…



「ん~、そうなればどんどん後手後手のゲームになっていきますが、アレはこの東京内にしか現れません」


「…どっから湧いて出やがった?ゴキブリじゃあるまいし」


「おほほほほ!私めはゴキブリをも超える生命力と神出鬼没さが売りでしてねぇ!」


 忌々しく思いながら振り返ると…大淵のベッドの上で、例のタキシードの上に…セクシーランジェリーの類を身に着けた銀ピカの悪魔が居た。…変態悪魔とでも呼び改めるか…いや、却って喜びそうだ…止そう。

 …同じ理由で、何故自分のベッドの上でそんな気色悪い格好をしているのか、という事も敢えて聞かないでおいた。…今度から部屋にも塩と殺虫剤を置いておこう。


「…どうして東京にだけ出現できるんだ? 」


「原因は33ゲートですな。アレが東京に開いてしまったが故にこの地だけが特異点として彼らの玄関口となっているのです。 更に言うと貴方達人間様の現在の技術ではあのゲートを破壊・封印するなどして閉鎖することもできません。そして、現れた以上は最早世界中のどこへでも移動可能です。ダイス様をはじめとしたこの国の人々が早急に始末してくれたおかげでそうはなりませんでしたがね。」


「何だと…? じゃああの黒竜みたいなのを何度も相手しなければならんのか…」


「あの黒竜もどきの姿は形態の一つに過ぎません。そうですなぁ…とりあえず便宜上、彼の世界のカルト教徒達に呼ばれていた通り上位者とでも申し上げましょうかね? …彼らの狙いは現時点ではこの世界を滅ぼす事のようです。


「…向こうの世界で呼ばれたものが何故こちらを優先する?」


「こちらの世界の人類はスキル・ステータス保有者としては今一つですが、国家同士が連携する事もできるだけの近代化が進められています。 今でこそ上位者の敵ではありませんが、何らかの情報を得ればそれを研究して、上位者の弱点を見つけ出さないとも限りません。先に潰しておきたいでしょうなぁ。 それに、優先順位の高い強敵ツートップが居る事ですし」


「俺達の事か?」

「はい。 彼らはアルダガルドを襲ったアースァル産カルト教団が不完全ながら正規の手続きで呼び出した存在でしてね。 ついでに一番肝心な生贄…ダイス様かレイス君の魂がまだ支払われていない為にああしてお二人の元へカチコミがてら取り立てにやって来たのですよ。 …もっとも、あの黒竜もどきの上位者ではとても束になってもお二人に敵わないと知って逃げ回っていましたがね」


「…」

 上位者とやらにまともに通用する戦力は今のところ自分とレイスだけだ。他のスキルを持つ戦士や自衛隊でもあの黒竜相手には殆どの攻撃がまともに効いていなかったように見える。 

 しばらくは自分と…レイスでこの東京を守らなければならない。


「…お前なら何でも知っていそうだな」

「フフフフフ♪えぇ、そうですとも、何でもかんでも知っておりますとも。特にダイス様に関する事ならほぼ何でも!」


「なら丁度いい。この際だから教えてくれ。 …なぜ第33ゲートだけがあの世界と繋がったのか。 俺の中に勇者…レイスの人格が眠っていた理由。 どうして俺がこの世界の俺を乗っ取ったのか。 」


「ええ、ええ、喜んで! 私なりの解釈を含みますがそれでもよろしければ」


「頼む」


「…最初のきっかけは、隕石に当たるような偶然です。幾つもの中途半端な未開通ゲートと、唯一彼の世界へと開通した第33ゲートがこの世界に現れた事自体は。 今にして思えば、第33ゲートさえ開かなければ元の世界のダイス様がその肉体に宿る事も、上位者が目覚める事も無かったのでしょうな。勿論、彼の世界とこの世界が繋がる事も。

  …しかし人生とは一秒後に何が起こるか分からない物です。 偶然の産物に過ぎなかった第33ゲートはまるでブラックホールのようにあらゆる事象を引き寄せ、連鎖させました。それは彼の世界で起きた、とんでもない数の人類が絶滅させられる際に…絶望しつつも後世への希望を求める人々の渇いた願い…祈り…そういった人類の強固な意思が、ミスター・カロンによって殺害され、勇者という永遠に失われた人類の対抗手段を再構築させようとしました」


 大淵は魔王軍の途轍もない戦力を初めて知った時の自分や関係者たちの反応を思い出した。 彼の世界で勇者レイスを失い、絶滅が確定した何千万という北大陸の人類の最期を想って目を伏した。


「残念ながらそれは彼の世界の人々の助けにはなりませんでしたがね。しかし、その人類の意思を第33ゲートが吸い上げ、丁度そこにいた勇者としての適性と器を持つ者…この世界オリジナルの大淵大輔に、勇者の魂を組み込んだのです」


「…しかし、残された日誌や映像、皆の話を聞く限りオリジナルの大淵大輔にはレイスの人格を宿した気配など無かったが?」


「レイス君の意識が目覚めるには早すぎました。そして、レイスが目覚める前にオリジナルの大輔は勇者絶対殺すマン…もといミスター・カロンによって殺害されたオリジナルの遺志がゲートを介して、三途の川をラフティングされていたダイス様の遺志と奇跡的にマッチングした訳です。 …なぜオリジナル大輔はそのまま死に、ダイス様は復活できたかと言えば…こればかりは神のみぞ知る、といった所ですかね。 ミスターカロンの呪いによって事実上の勇者候補であったオリジナルは死が確定してしまい、そこへ同じ魂の波長を持つダイス様の意識が入り込んだ肉体にフロイライン香山の賢明なヒールが後から効いてきた…とかじゃないですかね? まぁ、これは私めの妄想に過ぎませんが。 しかし、死から三日後の復活というのも、今にして思えば悪趣味ですが神話めいてますなぁ!」


 大淵は考え込んだ。 突拍子もない話だが…この世界で疑問に思っていたことに当てはめると概ね辻褄が合う…と思う。




「それはそうとダイス様、見ましたよぉ? …今日の上位者との初顔合わせ!いやぁ、惚れ惚れ致しました!まさか人間が上位者を殺す…正確には存在を全世界線においてまで消し去るという、殺害以上の芸当までしてしまうとは!私もう、大興奮のあまりブラックホールまで飛んで行ってホワイトホールを作り出してしまいそうです!」


 勝手に飛んでいけ、そして二度とここに戻るなと思いながらも、コイツから情報を引き出すしかないと割り切った。 …上位者については何もわからない。 

 


「お二人だけであの上位者を根絶やしに出来るかは流石に微妙ですなぁ。 何せ、レイス君はともかくダイス様は人の身ですから24時間何か月も何年も戦い続ける事はできないでしょう?レイス君も天敵とはいえ、無敵ではありませんからなぁ。 …時にダイス様、お子様はいらっしゃいますか?若しくは見込みでも構いませんが」


 銀ピカが身に着けていたランジェリー類を脱ぎ、無造作にゴミ箱に放り捨てる。


「…答える必要が?」

「大ありです♪ 力を継げる存在が居なくては、あなたとレイス君に何かあったら少なくとも《《バックアップ》》…或いは保険として重要この上ありませんよ!」


(そうなる前に何とかしなきゃな…)


「それでは尚更その方法は悪手ですなぁ。それでお二人のどちらかが斃れたら人類滅亡確率九割ですからなぁ。 勿論、二人揃って亡くなられたら人類滅亡200%です!」


「何が200%だ、ふざけやがって…」


「《《この世界と、彼の世界の人間併せて終了》》、という意味でございます♪」


「なんだと…?」


「上位者にとってはどちらの人間も生かしておく理由はございませんから。まぁ、元はと言えばレイス君が中学二年生頃に掛かりやすい好戦的な行いから引き起こしたカルト教団の儀式ですが、それにダイス様も、そして両世界の人類全てを巻き込んだ存亡を賭けた戦いになってしまいましたなぁ、これが!! あぁ、ちなみに教団の名前はスペリオールだそうです。 捻りがないセンスですなぁ?私だったら「破滅サイコー!教」くらいのホットなネーミングにしますがねぇ」




「…まぁいい。じゃあ上位者について詳しく教えてくれないか?」


「嗚呼ァ!ダイス様に何度もお願いされる日が来るとはッ!? 喜悦の余り絶頂しそうです、ハイッ!」


 …これほど耳栓が欲しい相手もいない。 我慢だ…。


「上位者と言うのはそうですねぇ…他に例えようがございませんので人間様として仮定いたしましょう。彼らに上下は無く、種族…あなた達で言う人種があるのみです。…あぁ、人種問題の面倒を言うのはナシにしましょう、えぇ。シンプルにお考え下さい。 …さて、その上位者からしたら皆さん人間は…バクテリアのようなものですかね。バクテリアとて中には目ん玉引ん剝くほど恐ろしい物もありますが、正にダイス様は彼ら上位者からしたら、ソレの遥か斜め上を飛んでくる…唯一無二の超極悪殺人バクテリアでしょうなぁ!」 


「…俺の話じゃなくて上位者の話を聞きたかったんだが?」


「これは失礼♪ 彼らは別次元からやって来たモンスターですよ。…魔族とモンスターのモンスターではありません。…本当の意味で怪物(モンスター)ですね。例のスペリオールの教義にある「別世界の神々」というものに当たります」


「…あれで終わりか?」


「いえいえ!滅相もございません!まだまだゴマンと居ますよ!あ、五万じゃないですよ?私もそこまではわかりませんが、まぁ百体や千体では無い事は確実です。 なにせ、教義によれば星の数ほど存在するそうですから」


「…何万体来ようが相手してやる。 …やるしかないんだ」


「あーッ、痺れるゥッ!マジイケメン、ですわぁ~♪」

「うるせぇ…」


 …これだけ騒いで誰も様子を見に来ないのだから、本当に自分にしか感知できない存在なのだな…


「それでこそダイス様でございます。…しかしダイス様、そのイケメン度ぶっちぎりは結構ですが、《《ご自分が何をやらかしたか》》は分かっておいでですかなぁ?」


「…まぁ、目はつけられたかもな」


「スイーツ♪ ベリースイーツ♪ …その自己評価の低さはちょいと致命的ですなぁ? …先程、私は彼らを人間に例えましたが、それは適当な比喩ではありませんよ? ダイス様、例えばあなたのこの拠点で大切なお仲間が未知の病原体やバクテリアに冒されて亡くなったら…どうされます?」


「…医療機関・保健所に相談するかな」


「はいはい、そう、専門家が居るのですよ、彼らにも! ダイス様は触れた人間を問答無用で消してしまう超超危険なウィルス・バクテリアなのですよ!…次に来る時、上位者はダイス様への対策を備えた上で徹底して狙ってくるでしょう」


「…」

 …自分の負ける未来を描きかけ…かぶりを振った。 …弱気になってどうする。これまでだって戦って、最終的には勝って来たじゃないか。…あいつらと…最高の仲間達と共に。


「…例え、どんな敵が相手でも、逃げずに最期まで戦ってやる」


 そんな敵が相手なら、最早自分に逃げる事は許されない。…死ぬまで抗ってやるまでだ。


「最ッ高でございます、ダイス様!それでこそ、ですよぉ♪ しかし…御自慢のベストフレンズがアレに敵いますかねぇ?」


「…」


「しかーし、一方でダイス様は恵まれておいでです! …レイス君を殺さなかったのはかなり大きいですよ! …元凶が鍵となる、というのも皮肉ですがねぇ!」


「どういうことだ?」


「ダイス様とフレンズにとっては彼ら上位者が天敵ですが、レイス君はあの者らにとっての天敵なのです。また、この度東京を襲った上位者は極めて不完全な召喚で呼び出された偽物です。ダイス様にも勝ち目はありますよぉ♪」


「…不完全な召喚?」

「先も言いましたが、生贄の魂が足りなかったのです。そう、ダイス様かレイス君どちらかの、強大な魂が。 ダイス様とレイス君がアルダガルドの砂漠で死ななかった事であのカルト教団の目論見はまんまと外れ、こうして不完全な神を降臨させてしまったのです」


「…しかし、こんな襲撃が何度もあっては東京がダメになってしまう。 …一体どうしろって言うんだ…」


 大淵は考え込んでしまった。 


「根本的に解決するには彼の世界にて例のカルト教団を壊滅させる事ですな。現地の人々に任せるか、フレンズと共にまた旅に出るか…そこはダイス様の裁量次第ですがね、えぇ!」


「…情報をどうも。そろそろ寝たいのでお引き取り願おうか」

「そんな堅苦しい事をおっしゃらず!私も熱い一夜をご一緒に…」


 …黙って殴りつけると、やはり銀ピカの悪魔が奇妙な高笑いを上げながら掻き消える。


(せっかく帰って来たってのにこれかよ…クソッ… これからどうすれば…) 

 …まずは生理的に受け付けないベッドのシーツを交換することから始めた。

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