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二正面作戦

「…以上が俺にまとわりつくストーカー…もとい自称・悪魔からの情報だ。何か質問は?」


翌朝、会議室にて大淵はブレメルーダ組と小隊員全員を集めて銀ピカ頭の悪魔から齎された情報を共有していた。


「…つまるところお前とレイスがここにいるから、魂よこせとあのデカブツがやってくる、と?」


「そういう事らしい。…好き好んでやった訳じゃないが、なんだか皆を巻き込んでしまってすまない」


「んな事気にすんなよ。 …昨日の犠牲者は気の毒だが、それもお前のせいじゃねーからな」

 黒島は断固とした口調で言い切った。他の仲間達も全員、自分を支持してくれた。


「…ありがとう。 さて、こうなってしまった以上は売られる喧嘩は全て買わなければならない訳だが…問題はこのまま都内に留まっていていい物かどうか。 俺はゲートを越えて、向こうの世界で人気の無い砂漠か荒野でも探してそこで迎え撃とうかと思っていたんだが…」


「まぁ待て。まず、この情報はその素性不明の悪魔から齎されたものだろう?とりあえずは政府にも口外しないでおこう。面倒ごとになりかねないし、無用な混乱を招くからな。 そして連中を迎え撃つ場所だが、大淵とレイスはここで敵を迎え撃った方がいい。 因果関係はどうあれ、この都心に奴らが出現したのは事実で、お前らが向こうに行ったからと言って絶対にここに現れないという保証もない。その時にお前らが居ないと目も当てられないからな。 …その教団…スペリオールの儀式とやらを阻止する別働隊を組んだ方がいい」


「こちらの世界の不始末だ。僕達にも協力させて欲しい」

 リノーシュが協力を申し出てくれた。

「助かる。 スペリオールについての情報はアルダガルドの方が詳しいだろうな。アルダガルドのハサム・O・ポッサムを頼ってくれ。」


「狂信者相手とナルト、対人戦は必至でしょうネ。 アリッサに任せて下サイ」


「アリッサ…あなた」 

 斎城が隣に座るアリッサを見た。アリッサの素性を知る大淵と、おおよその事情を察している黒島も複雑な面持ちでアリッサを見た。


「なるべく手足くらいで済ませるようにしマスが、なにせ喜んで死にに来る相手デスからね。無血で制圧するのはほぼ不可能ダト思いマスが…」


「頼む。…お前と、仲間の身の安全第一でな。 今回ばかりは殺傷もやむなしだ。それと、上位者ってのが次にどんな方法で攻めて来るかも分からん。こちらにも俺とレイス以外に対応する戦力を残してもらわんとな。 香山、斎城、藤崎、川村、浮田、射方…お前達は残って不測の事態に備えてくれ。星村もここでバックアップを頼む。 マオ、リザベル、カリュー。お前達も黒島達に協力して一緒に教団の目論見を阻止してくれないか?」


「良かろう。あんなモノを一々送り込まれてはこちらの世界の民も安心できまい。…なにより、私が心置きなく遊興するのにもすこぶる邪魔だしな! リザベルよ、存分に暴れるが良い」

「はっ!」

「面倒な事は分からねぇが、とりあえず拳骨して、それでも止まらなければ手足を斬って止めればいいんだな? だったら任せてくれよ」


 別働チームの全員が休憩室中央に設置された転移の結晶石前に集まった。


「皆を頼むぜ、黒島」

「遠足に向かう引率教師の気分で気楽にやってくるよ。 …それぞれの役目をさっさと終わらせて、春の行楽シーズンを全員で満喫しようじゃ無いか」


「ああ。賑やかな団体旅行になるな。 おっと、財布の紐はお前が握ってるんだから、間違ってもくたばるんじゃないぞ」


「うん!? 心配する所がおかしくないかな、友よ、オイ!?」

 黒島にヘッドロックを掛けられ、大淵は悶絶した。


「…お前がこの世界にやって来たことを、まだ引きずっているかどうかは知らんが言わせてもらうぜ。 …お前は間違いなく、俺達の最高のリーダー・大淵大輔だった。 …上位者だか何だか知らねーが、あんなポッと出のデカブツなんぞにやられんじゃねーぞ」


「…ああ」


「男の友情デスかぁ?アリッサ達も混ぜて下サイ~♪」

 アリッサとマオ、リザベルが割り込んで肩を組んでくる。

「ぐえぇッ!? アリッサストップ!俺だけなんかヤバイ所に極まってる!ギブ、ギブ! 尾倉、見てないで助けてくれぇッ」

 何をされたのか、黒島が悲鳴を上げ、尾倉に担がれて離脱する。尾倉が大淵を振り返った。

「…武運を祈る」

「…元はと言えば、尾倉が俺の正体に気付いてくれたのがきっかけだったな。…あの時お前がフォローしてくれなければ、もしかしたら俺は自分の正体を皆に隠したまま…皆を欺き続けていたかもしれない。 …そしてそれは、俺にも皆にも決して良い結末を齎さなかっただろう。 …ありがとう、尾倉。 幸運を祈る」


「良いなぁ。ねぇ、僕達にもしてよ!」

「…えぇい、まとめて来い、四バカとリノーシュ…いや、五馬鹿め!」

「あぁっ! ダイス先生、また馬鹿って!リノーシュ様にまで!」

「いやはや、クロエと同格とは。不名誉な仲間入りをしてしまったよ」

「へ、陛下ッ!? ど、どう言う意味ですかッ!?」

 

 

――全く…今生の別れじゃあるまいし。

 頭ではそう思いながらも、大淵も最愛の仲間達を抱き締めた。


「…とにかく、全員無事でな。 まずいと思ったら一時退却だ。 一人も欠けずに戻って来い。 隊長命令だ!」


「…先生こそ無茶しないで下さいね」

 ラナとパルムの声が重なって、二人は顔を見合わせた。


「確かに俺はちょいちょい無茶をしてきたが、それ以上に不死身なのは知っているだろう?俺の心配なんざ100年早いっての! …スペリオールを頼むぞ」


 


 瞼を閉じ…これまでの短くも濃密な日々を振り返った。


 あの孤独な病室で…死の淵で来世に願ったものはこの世界で与えられた。 

 自分には勿体ない…彼らのような良い人達に恵まれ、彼らのリーダーとして充実した日々と満ち足りた日常の幸せを味わった。 


 ――自分は幸せ者だ。


 今度は彼らに…皆が生きる世界が与えてくれた愛情に報いる番だ。





 黒島が率いる仲間達を見送り、大淵は残った者達を振り返った。


「…やれやれ、静かになったな。どれ、俺達は上位者に備えて待機だ。けど、あんまり気負う事は無いぞ。拠点から離れすぎなければ外出もOKだ」


 …とはいえ、皆の表情はやや硬い。 

――無理もない。昨日の黒竜擬き以上の敵がいつ来るかも知れないと思えば、そんな明るい気分にもなれないか。

 自分達にまるで関心を示さないレイスは退屈そうに窓の外を眺めている。

 …早く上位者が来ないか、とでも思っているのだろうか…?



「そう。それじゃちょっと付き合ってもらおうかな」

 斎城が大淵に向き直ると、普段と同じ調子で言った。

「ん? 良いけど、どこへ?」


「新宿駅近くのショッピングセンター。 久々にショッピングで息抜きしたいから。 ね、香山さん?」

「は、はい! すごく良いと思います」


 敵は自分とレイスを座標にして襲来して来る。 …そんな人混みになる場所へ自分は行かない方がいいだろう。

「俺は…」


 辞退しようと口を開いた所で、思わぬ声が割って入った。

「行ってみるか」


 声の主を振り返ると、窓枠にもたれ掛かっているレイスが無感動な顔のまま大淵を見返していた。

 真意を読み取れずに困惑する大淵や斎城らの顔を見て、レイスは口の端を上げた。


「…なぁに、何事も無理にでも興味を持たんことには始まらんからな」

 

 現代に興味を…? そうは見えないが…いや、そうだとしても自分とレイスがそんな場所に行けば、確実に敵の襲来に人々を巻き込む。


「そうはいかない。 俺とお前は敵にとっての出没座標だ。 俺達がそんな所へ行ったら…」


「前回の黒竜擬きとて、俺達が居た公園の頭上に現れてくれた訳ではあるまい?結局追い回す羽目になったじゃないか。 この地を離れられないなら、どこに居てもやる事は同じだ。 …なにより、お前と俺がいれば確実に奴らが来るんだろう? 次はどんなモノが来るか知らんが、空中で片付けてしまえば問題ないのだろう?」 


 …確かに。それに、ビルや高い建築物がある複雑な地形の方が巨大な敵に接近して戦うのにいい足場と遮蔽物となる。こちらとしては何もない平原で迎え撃つよりは戦いやすくなる。 …戦場とされる都民には迷惑極まりないのは重々承知だが。


 それに、目的はどうあれレイスが自分と協力して上位者と戦ってくれる意思は本物のようだ。 これは助かるし、喜ばしい事だ。


「…分かった。それじゃ、大仕事になる前に皆で息抜きをさせてもらおうか。 万一の事態に備えて全員の装備は俺が預かっておくよ」 






 何とも呑気なものだ。 窓ガラスに映った私服姿の自分を見て苦笑した。

 昨晩自分の顔が民放のニュースで放送されたため、マスクを付けて来たのだが自分の杞憂だったようだ。 さほど際立った特徴の無いこの顔だ。 それも写真含め自分の個人情報がすぐに保護されたのもあり、マスクを外しても誰一人として自分を気に留める者はいない。取り払い、ポケットに無造作に突っ込んだ。 


 ただ、モデルのような斎城らを連れ歩くため、目立つことは目立つ。寧ろ、つば広のストローハットを被った斎城の方が目立っていた。

(あれでサングラスでもかけたらどこかのセレブかお忍びの芸能人だな)


 その斎城と並んで歩く香山は春らしい色合いながら落ち着いたデザインのワンピース姿だ。


 少し離れて川村と藤崎が歩き、間を歩く小柄な星村の姿も相まって…やや個性的な家族連れに見える。

 

 浮田と射方も何やら言い合いながら施設に入る店舗を覗いて回っている。やはり若いカップルに見える。


 …このまま何事も起きないまま…スペリオールや上位者の連中が諦めてくれればいいのに…


 快晴の空の下、都内のそこかしこに植えられた桜が自分の思いをよそに咲き乱れている。淡いピンクの花弁がこちらにまで流れてくるように思えた。


 昨夜の黒竜騒動もなんのその、人々は普段とそう変わらぬ一日を過ごしているようだった。 人々の話題こそ黒竜についての憶測や不安を囁く声がそこかしこで聞こえたが、どの階の売り場も恐らく普段通りの人混みで溢れていた。 

  

「良い事じゃ無いか。享楽こそが経済の原動力だ。どいつもこいつも労働と金勘定しかできなくなったら終わりに向かって老いていくだけだ」


「道楽にばかりうつつを抜かすのもどうかと思うがな」

「それはそいつらが自滅するだけだ。巻き込まれたくなければせいぜい、関わらない事だな」


 隣に立ったレイスはこの施設に入る店舗で購入したカジュアルな…ミリタリー系寄りの服に着替えていた。 …どういう訳か自分よりセンスがある。


「体は若返っても中身は変わらんという事だ。諦めろ」


「それは良いんだが…お前も俺の思考が読めるのか?」


「その体に同居していた名残か知らんが、そのようだ。…安心しろ、お前の《《嗜好》》を言い触らして悦に入る趣味は無い」

「…そいつはどうも」


 自分には誰も目もくれないが、レイスには道行く者が男女問わず視線を向ける。 中には振り返る者までいた。 …この元勇者には魅力のステータスもあるのか?


「それも多分にあるな。なんだ、羨ましいか? お前は随分とさもしい前世を送ったようだが?」


 …確かに惨めなものだった。 

 だが、それは自身の努力が間違っていたか、足りなかったから。その帰結に過ぎない。 


 それに、自分は世界中の誰彼にちやほやされたかった訳では無い。


「十分、素晴らしい人達にちやほやされたからな。 …もう間に合ってる」

 店を回る仲間達の後ろ姿を見つめた。

 

「フン… だがその通りだ。 宝を持っているのは間違いなくお前だと、今なら認められる」

「砂漠で皆の援護を得てお前を倒したからか?」


「それもある。俺の経験上、お前の仲間達ほどの猛者は敵にも味方にも記憶に無い。 …だがそれ以上に、お前の仲間達の信頼関係こそが最終的にお前を鍛えたのだと確信している」

 

 信頼関係…今は絆と呼べると思っている。  


「ああ、その通りだ。 …俺は間違いなく、あいつら全員に助けられて育った」


「…お前達には散々迷惑を掛けたな」


「え?」


「…久しぶりに浮かれたせいか、長話が過ぎた。俺は適当にこの世界を遊ばせてもらうとしよう」


「お、おい…」

「俺はお前に武器を預ける必要も無いしな。 …敵が来たら勝手に戻るさ」


 大淵が止める間もなく、レイスは行き交う人混みの中に消え去ってしまった。


(アイツ…)


「おい、スケ~ いつまでも黄昏てないで早く来いよー!」


「あ、ああ! 今行く」


 エスカレーター前の広場で皆が自分を待ってくれていた。 


「あれ、レイスは?」

「別行動で楽しむそうだ」

「そっか。 やっぱウチらの事なんてどーでもいいって感じなのかな?」

「…いや。 ああ見えて存外、俺達が思っていたより心を開いてくれているのかもしれない。 俺達に迷惑を掛けた、と」


「うぅむ。あの戦闘狂がなぁ。しかし大歓迎じゃないか。 得体の知れない遺跡の技術で受肉したとはいえ、戦いしか知らないままの命なんて悲しすぎるからな」


「はい。 あれからレイスさんなりに拠点に馴染もうとしているようで。 …ただ、人との付き合い方を知らないのかな、って。 でも、これから一緒に居ればきっと皆ともっと打ち解けると思います」


――そうだな…俺とて元は人付き合いが苦手な人間だったのに、彼らと過ごす内にすっかりかけがえの無い仲間同士になれた。 レイスにだって…。


「そうね。私には目を合わせようとしないけど、もしかしたら気まずいくらいには思ってくれているのかしらね」


 斎城は泥のアウターデーモンに体を乗っ取られた際、大淵の体の制御を奪ったレイスによって殺されかけている。にも拘らずレイスを責める事も無く、寛大に迎え入れてくれた一人だ。


「さて、そろそろ昼にするか。射方、星村、どっか入りたい店あるか?」

「えっ?選んでいいんですか!?」 星村が目を輝かせた。

「もちろんだとも。食べ盛り優先だ」

「って、私達だってそんなにガッツリ食べませんよ!」

「…なーに言ってやがる、いっつも…」

 浮田がぼそりと呟いたが、耳聡く聞きつけた射方に睨み上げられ、浮田は情けない顔でたじろいだ。







「これがようやく得られた情報です。 たったこれだけの情報です。 …本当にしぶとい連中でした。 …先の襲撃の際、苦労して捕らえた十二人のうち、一人がようやく漏らした情報です」


 アルダガルドの憲兵団本部を訪れた黒島とアリッサはA4サイズほどの一枚の羊皮紙を受け取った。既にリノーシュがハサムを介して国王と会談し、事の経緯を説明して全面的な支援を約束された後だった。


 それにはアースァルの砂漠にある神殿を件の教団…スペリオールが活動の拠点として夜な夜な儀式を行っている事、その構成数は千人規模だが、儀式を執り行えるのはレイスが与えた魔導書を持つ教主ただ一人だという。


「神殿などの正確な位置は決して教えませんでした。 …これ以上やるとなると殺してしまうのでこれ以上の情報は得られないのです」


 ――憲兵隊も相当闇深い拷問をしたらしい。 そのお陰でこうして情報が得られるのだが…。 

 黒島は複雑に思いながら羊皮紙をアリッサに渡して憲兵長と向き合った。


「敵ながら厄介ですね。 …失礼ながらこの情報がブラフだという可能性は?」

  

「連中の教義ではどのような状況下でも偽証は罪となり、楽園行きを取り消されて地獄に落ちるそうです」

「真実をゲロするか黙って殺されるか、デスか。 …健気デスねぇ」

 憲兵隊の取ったであろう凄絶な拷問方法を察しながらアリッサは自身の内面に沈み込んだ。

(人類が滅ぼされるかという時にヒューマニズムに浸っても仕方ないか…)


 黒島はアリッサの翳った横顔には気付かず、憲兵長にさらに尋ねた。

「…アースァルの砂漠に詳しい方に心当たりなどありませんか?」

「残念ながらアルダガルド軍にはおりません。依然としてアースァルとは一切の国交が無い状況なのです。 しかし、民間人なら…アースァル領に侵入して遺跡荒らしで生計を立てている者ならいます」


「取り締まらないんデスか?」

「…納税しておりますので、目を瞑って来ました。南西の居住区画にある低所得者向け住宅地に住んでいるアルノーという男です。 探索者故に武器も持っておりますので、そこは御留意頂きたい。また、その近辺の治安は万全とは言い切れないので、よろしければこちらから護衛の憲兵を向かわせます」


「いえいえ、そこまでお手数かける訳にはいきません。 それに、こちらは大淵大輔の片腕とも言える実力者でして。 なに、騒ぎを起こしてご厄介にならないよう十分注意しますのでご心配なく」


「何と…貴女がダイス殿の…」


 憲兵長は小柄なアリッサを見下ろして驚愕に目を見開いた。


 アルダガルドが異形のモンスター…タコマスクによる襲撃を受けた際、多くの民と将兵が大淵大輔の初動と活躍を目にしている。兵の中には大淵を畏怖する者さえ居るという。


「そうデス。 御老公の両脇に立つお侍さんみたいなものデス♪」

「は、はぁ…?」

「と、とにかくご助力ありがとうございました。早速向かってみますので」


 憲兵団本部となっている、ちょっとした砦のような建物を出た。城の傍にある、見慣れたハサムの屋敷へと向かう。屋敷を警備する兵が会釈しながら通してくれた。


「やあ、ご苦労様、黒島。どうだった?」

 リビングでソファに座りながらハサムと談笑していたリノーシュ、マオが顔を上げた。

「これから砂漠に詳しいガイド役を探しに行ってきます。もうしばらく待っていて下さい。 ハサムさん、毎度申し訳ないですね、折角のお屋敷を占拠してしまって」


「なんの。来客は大歓迎だ。 …ましてや今回は君達と我々の世界に重大な影響を及ぼす相手だと言うでは無いか」


「ええ。今回の敵…上位者は全人類を滅ぼすつもりですから。何としてもスペリオールを制圧して、その召喚儀式を封印しなければなりません」


 ハサムに断って屋敷を出た二人は南西の居住区へと向かうため、アルダガルド中心部を航行する水上バスに乗り込んだ。

 住宅街の船着き場で降り、道行く人々に道を訊ねながらアルノーの棲む低所得者向け住宅地を捜した。


「ンー、アレじゃないですかね? スラムに似た雰囲気デス」


 アリッサが指す方を見ると、まだ昼さがりの早い時間から日陰になる壁際の住宅街が見えた。


「ああ、俺は香山や射方たちと一緒に合気道初心者コースを習い始めた程度で徒手格闘はからっきしなんで、エスコートよろしく頼むぜ」

「OKデス」


 薄暗い集合住宅地を進む。 薄汚れた屈強な男達が路地に屯してこちらに警戒心を露わにした視線を送ってくる。 隣を歩くアリッサはいつも通りの薄ら笑いを浮かべて平然としているが、黒島は隠し持った拳銃を意識せずにはいられなかった。

 これでは聞き込み所では無い…


「幼い少年少女か、温厚そうな人デモ居ればアルノーの居場所を聞き出せるんデスがねぇ」


「読心術でもあるのか? 全く同じことを考えてたよ」


「ソンナ便利な能力持ってたら現場仕事なんかしてマセン。 まぁ、コンナ所で目を血走らせて探し回っても良い結果にはならナイでしょうから、世間話でもしながら歩きマスか」


「んじゃ質問。 この際折角だから聞きたいんだが…とある筋から、お前が元は大淵を攫いに来た凄腕工作員だと聞いたが?」


「ン~、ソウですね。アリッサは凄腕の元・セクシーエージェントデス。 紆余曲折あって任務放棄して、今は古巣から勘当されてマスケドね。本国からは帰国命令が出てマスが、帰ったらマッドサイエンティスト達に交配実験された後に解剖される運命ナノデ無視して日本に居座ってマス」


「解剖って…」


「ハッキングして調べマシタ。貴重な竜騎兵を解析シテ優秀なスキル・ステータス保有者を人造する計画が進行中デス。 魔王軍&日本に勝てる最強国家を目標にしているみたいデス。 …斎城も予備として微妙に狙われてマスが、大淵の傍にいる限りは安全でしょう」


「マジかよ…」


「最強の座を明け渡したら死ぬ病を患っていマスから、我が国は。まぁ、だからこそこれまでも世界最強で居られたンデスがね」


「…それで大淵にくっついているのか」


 米政府が日本政府にアリッサの身柄拘束と強制送還を要求すれば断れないだろう。しかし、その日本政府もそんな事をすれば大淵との信頼関係に致命的かつ修復不可能な亀裂を生じさせることは分かっている。 


「それもアリマスが、ナチュラルに好きデス。大淵と一緒に居ると心が安らぎマス。黒島と一緒に馬鹿な自分を演じて楽しんだり大淵をからかうのもベリーファニー。 ずっとこの仲良しプラトゥーンに…大淵の傍に居たいデスね」


「となると、香山や斎城がメインライバルになるな。手強いぜ?」

 黒島はいつもの調子に戻って冷やかした。

「お姫様・お妃様の役は譲ってOK。アリッサは大人な関係で大淵と繋がりマスので♪」

「言うねぇ。 …おっ」


 少し先の路地に幼い少年が居た。 擦り切れた衣服を身に着けてはいるが、栄養状態はそこまで低い訳では無さそうだ。

 先の男達同様、自分達を警戒心を露わにして睨んでいる。

「よう、少年。ちょっと人探しをしているんだが…アルノーと言う男を知らないか?」

「…」

 無言のまま、首を振りもしない。

「…聞こえてない訳じゃないよな?」

 黒島は困惑気味にアリッサを振り返る。


「ボーイ、アルノーを知りませんか?」

 アリッサが銀貨を一枚握った。 それにようやく少年は反応した。


「金が先だ」

「OK。契約成立、デスね?」


 アリッサは少年に歩み寄り、銀貨を手渡した。少年はそれをすぐにポケットに仕舞い込むと徐に歩き出した。アリッサがそれに続き、黒島も続いた。


 やがて、一層入り組んだ集合住宅地に入り込んだ。不安の色を濃くさせる黒島をよそに、アリッサは涼しい顔で少年の後に続いた。 やがて集合住宅の間に立つ一軒の古い石造りの家屋の前に辿り着き、少年が扉をノックした。

 

 一分ほどして、180近い大柄で髭面の四十代の男が扉の隙間からフェイを見下ろし、次にアリッサと黒島を怪訝そうに見下ろした。

 


「…フェイ、なんだそいつらは?」

「アンタに客だよ、アルノー。なんかやったの?」

「仕事しかしてねぇよ。もう帰んな」

 アルノーはフェイを手振りで帰らせ、次いでアリッサと黒島を見た。

「…で、お前らは何だ?」


「どうも、アルノーさん。 実はアースァルの砂漠にあるという神殿を探していましてね。そこで砂漠で遺跡探しをしているというアルノーさんに砂漠を案内してもらえたらと思いましてね。 …スペリオールという教団が儀式を行っているという神殿を御存知ありませんか?」

 

 黒島が朗らかに尋ねた。 しかしアルノーは大欠伸を噛み殺しながら目を擦る。

「知らんな。他を当たってくれないか」


「困ったなぁ、《《憲兵団からの紹介》》で貴方を尋ねてきたのですが」

「…」

 憲兵団からの紹介、という一言でアルノーは眠たげな顔を忌々しげに歪ませた。

「…税なら払っている。強請ろうってのか?」

「まさか、とんでもない。 本当にただスペリオールの神殿を探しているだけなんですよ。あの砂漠のどこかに必ずあるんです。 本当に御存知無いんですか?」


 アルノーは溜息を一つ吐くと、ドアの隙間から外へ出た。


「…あの連中は気味が悪いから近づきたくないんだがね。目なんかつけられたら敵わねぇよ」


「知っているんですね。今日の夜あたり案内してもらえませんか?」


「分かったよ… 砂漠行きの装備は用意してあるのかい?」

「ええ。乗り物も用意してありますよ」


「熱心な事だ… 明るい内は相手に見つかる可能性が高い。夕方になったら南門で落ち合おう」

「ありがとうございます。 申し遅れましたが俺は黒島、こっちはアリッサです。どうぞよろしく」

「アリガトございマース!」

「ったく…報酬はもらえるんだろうな?」

「ええ、勿論。十分な報酬をお約束しますとも」

 黒島は愛想よく請け合った。





 夕刻。


 アルダガルドの城壁南門には一個小隊ほどの人数が集まっていた。リノーシュとマオをリザーブを兼ねてハサムの屋敷に残し、残りのメンバー全員と、アルダガルドの兵らも加わる。

「…なんてこった、英雄ハサムまで居るとは…それに、乗り物ってのはこの鉄の馬車か。 アンタら、ニホンの人だったのか」


 アルダガルドに間借りしている駐屯連絡部隊の車を知っているのだろう。


「そういう事です。それでは早速ですが先頭の一号車に乗り込んで道案内をお願いします」


「わかったよ。先ずは当分まっすぐ進んでくれ。アルダガルドが化物の襲撃後に架けた橋と建設中の見張りの砦がある」

「アリッサ、強度は大丈夫そうか?」


『ノープロブレムデス。渡って下サイ』

 先行するバイクのアリッサが応答した。


「遺跡探しに行く時はあの橋を渡った訳じゃ無いでしょう?川を渡って行ったんですか?


「ああ。上流からボートを使ってな。 監視所の兵も恐らく俺を見つけては居たと思うが、お互いなぁなぁで上手くやらせてもらってたのさ」


「おかげでこちらとしては助かりましたがね。砂漠を延々と探さずに済みます」

「ああ。この砂漠は道が無いからな。誰かが歩いた足跡も砂風ですぐに無くなる。 一度方角を見失うと、余程の強運の持ち主でもないと迷い死ぬことになる」

「あなたはどうやって探索していたんですか?」


「命綱のコンパスと、最悪の場合には太陽と月を頼りに。 細い竹のポールを何十本も背負って、岩場も何も無い砂丘では色違いの布を巻いたものを設置して目印代わりにしたりする。 ポールや布が風に吹き飛ばされていた時は生きた心地がしなかったがな」


「そこまでして命懸けで遺跡を探索するとは、余程稼ぎになるんですね。 スペリオールの神殿を見つけた時はどんな状況だったんですか?」


「何週間か前…月がやけに明るい晩だったな。 収穫が無くて、日が昇り切らない内にキャンプ場所に戻ろうと思いながら砂丘を進んでいたんだが、東のロナレ山脈が見えた時、その岩山の麓に明かりが見えてな。 少なくともアルダガルドからアースァルまでの間で、あの山脈伝いの麓には街なんて無い筈なんだ。水源…川や森も無いしな。だから、同業者かと思って興味本位で覗きに行ったんだ。 危ない奴じゃ無ければ情報交換でもと思ってな」


「しかし違ったと」

「ああ。ちょっとした砦のような…岩山を削り出して作った神殿だった。その中で火を焚いて何かの呪文が聞こえてきた。急いで逃げ帰ったさ。 …薄々そんな予感はしていたが、アースァルを襲って来たあいつらの仲間だったとはな。 …よし、そこの岩場を越えたら暫く東に向かってくれ」


 先行するアリッサに指示を下し、窓から一面の砂漠を眺めた。既に周囲は暗くなっている。


「もし今日も儀式をしていたら…明かりが見えるのかな」

 待てよ…逆に、もしそこに連中が居なければ空振りになるのか…? …まぁ、その時は隠しカメラを仕掛けるなり偵察するなりして情報を得ればいいか。



 すっかり日が落ちて暗闇に包まれた砂漠を月明かりが照らし出す。

 …やけに明るく感じられる。

「あの日みたいだな。そう言えば昨日も月が明るかったような…」

 アルノーの不吉な呟きに、思わず黒島も月を見上げた。

「…まさかな…」


 やがて、遥か遠くに黒々とした山脈が見えてきた。

「あれがロナレ山脈か…あの麓に明かりが…? アリッサ、何か見えるか?」

 先行するアリッサに通信を送った。


『…こちらアリッサ。 見えマシタ。 確かに明かりが灯っていマス』


「よし…」

 最初から全車両の明かりは消したり、ライト自体を覆って隠してある。徐々に見えてきた火の光に向かって車両を進ませた。



「じき到着する。到着したらアリッサは他に裏口のような侵入口が無いか探って、あればそこから合流してくれ。ハサムさんとブレメルーダチームは一緒に正面から突入をお願いします」


 尾倉の運転する二号車に分譲するブレメルーダの四人とハサム、そして四人のアルダガルド騎士に向けて無線を送った。 ハサムとクロエにだけ予備の無線機を配っていた。

『わかった、任せてくれ』

『了解であります!』


 石堀の神殿が見えてきた。立派なものだった。キリスト教圏の大きめな教会ほどもあろうか。それだけの規模の建物を岩山を利用して精巧に彫り抜くとは…

 その教会の窓から火の光が揺れているのが見える。


「よし、全員降車! 警告しても向かってくる相手には容赦するな! それと、前回の襲撃では頭部を致命的に損傷させるか両手両足を破壊するまで襲ってきた。 …キツイ戦いになると覚悟しておいてくれ」


黒島は騎兵銃を検め、砂の上に降り立った。先に降車したアリッサが猫のようにしなやかで素早いジャンプで神殿の二階部分に跳び上がり、明り取り窓に忍び寄る。



 掘り抜かれたまま扉すら無い正面入り口を潜って突入した。 神殿内に椅子などの物は無くただ広いホールになっていた。正面奥には大小の祭壇らしきものが向かい合って立ち、小さい祭壇の前では黒いローブ姿の大柄な男が跪き、聞き取れぬ言葉で何か祈りを捧げ続けている。


(他の信者は…居ないのか? …なぜ…)

 広い神殿内にはその男一人しかいない。拍子抜けするよりも、何か途轍もなく嫌な予感がしてならなかった。 背後の面々からも同じく困惑する雰囲気が伝わって来た。


 それでも黒島は騎兵銃を身構えながら声を張り上げた。


「そこまでだ、動くな!スペリオールの教主だな? 儀式を止め、上位者を呼び出すのをもう止めるんだ」


 教主は意に介さず、一心不乱に呪文を唱え続けている。


「なら…」


 手錠をポーチから取り出しつつ、騎兵銃を構えたまま教主に向かって進んだ。 

 罠…など無いだろうな…?


 慎重に進みながら教主の元に辿り着いた時、一際高い声で何かを唱えた後、教主の言葉が止んだ。 

 そして前触れも無く満面の笑みを黒島に向けた。


「ッ!」


 反射的に銃床で側頭部を殴り飛ばし、倒れた教主の後ろ手に手錠を掛けた。教主らしき男は床に這いつくばらせられながらも、くぐもった笑い声をあげる。

(不気味な奴だ…)

 忌々しく思いながらも小さな祭壇の上に置かれた一冊の分厚い聖書…サイズの書物を取り上げた。

 

「これが魔導書か…これさえ奪えば良いんだろう? アンタももう諦めろよ。 自分達ごと世界を滅ぼして何になるって言うんだ? 今からでも考えを改めたらどうだ?」


 屋根から飛び降りてきたアリッサが周囲を見回し、祭壇の周りを物色し始めた。


 …これで終わりか?もっとヤバイ信者が押し寄せて来るかと思っていたのだが…


「…所で他の信者はどこだよ?」

「最上位の神の許へ」


 かぶりを振っていると、それまで物色していたアリッサが立ち上がり、大きな祭壇を蹴り壊した。


「お、おいおい…」

「look」


 アリッサの視線の先を見ると、地下への階段が見えた。


「…前のリーデでもそうだが、教会や神殿に貯蔵用・宝物用の地下室があってもおかしくはないが…ここに限っては不自然過ぎるな…」

「ソモソモ、ここから血の匂いシマス。 …ヤッパリ。開けたら一気に匂って来マシタ。十人やそこらの血じゃありマセン」

 今になって黒島の嗅覚も血の匂いを嗅ぎ取った。

「…まさか」


 ハサムに命じられた騎士達が突入していく。 程なくして一人が顔を覗かせた。


「信者と思しき死体が大量に積み重なっています! …全員、笑ったまま…」


「…やったのはアンタか。 そこまでして世界を滅ぼしたいのか? けど無駄だぜ。レイスや大淵の魂が無ければ上位者は万全の状態で召喚できないんだろう。 こう言っちゃ気の毒だが、おたくらの信者を幾ら犠牲にしようとあいつらの魂の代わりにはならないんじゃないか?」


 足元で教主が再びくぐもった笑い声を上げた。

「…あの方々こそが世界を統べられるべきなのだ。 故に我らはその命を投げうってあの方々の降臨を望むのだ。 …最早、その魔導書をどうした所で止められはしない。我々は自らの命と引き換えに上位者様と新たな契約を結んだのだ」 


「新たな契約…? っ、しまった、猿轡を…!」

 咄嗟に騎兵銃のバレルを噛ませようとしたが間に合わず、躊躇いなく舌を嚙み千切った。夥しい血と共にその一部を飲み込み、窒息して白目を剥いて痙攣する。

「クソッ、やめろ!」

 黒島が血を浴びながらも口をこじ開けようとするが、渾身の力で抵抗し続ける教主を止める事はできなかった。

「黒島、もう無理デス…」


「クソ… …?」


 教主の体の異変に気付いた。 吹き出していた血がどす黒く変わり、その全身が急速に黒ずんでいく。


「なんだか知らないが、あまりいい状況じゃ無さそうだな…」

「なんて悍ましい…」

 メノムが言葉を絞り出す。

「全員、ソイツから距離を取るんだ!」

 ハサムが声を上げる。


 それに従って黒島とアリッサが後退り、アルダガルドの兵達も剣を身構えたまま距離を取った。

 やがて、黒ずんだ体は腐敗したかのように崩れ落ち、崩れ落ちた黒い物体が肥大化しながら再びその体にへばりつく。 教主だったモノは体長三メートル程の巨人となった。人型に近いが両手両足は歪な形で巨大化し、全身を黒いタール状の粘ついた粘液が覆っている。 胸の中心から黒い肉をかき分けて浮き出てきた教主の生気ない顔…デスマスクが作り物のように無機質な動きと抑揚のない声で言葉を発した。


「何と…私の体を仮初めの器として選ばれるとは…勿体なき…」

 

 教主の声が途切れ、複数の声が重なってエコーしたような耳障りな声に変った。 

「滅びを受け入れろ」



「…教主じゃないな。おたくが上位者か? はいそうですか、なんて受け入れられるかよ! 上位者だか何だか知らないが、そう簡単に行くと思うなよ!」


(いかにもボス戦ってか…!? だが、これだけの豪華な戦力を前に、たかだか3メートルの化物一匹で何ができる!)

 

 黒島が騎兵銃を連射し、メノムは弓矢を構えて矢を放った。

 

 それぞれが黒い肉体を削り、抉っていくが、90000もあるHPのうちそれぞれ100と200を削っただけだった。


(…黒竜対処に当たった自衛隊の、そこそこステータスが高い専門対策部隊でも攻撃が殆ど通らなかったと聞いたが… あのデカブツだけじゃ無く、このサイズでもそうなのか…!?)


「下がれッ、黒島君!」

 ハサムが突進した。その渾身の右ストレートを受け、黒い巨体が揺らいだ。


 ハサムは立て続けに左足で蹴り上げ、もう一度渾身の右パンチを繰り出そうとして…その右腕が巨大な手で弾き返された。


「蟻が人を支配できないように、人もまた我らを支配できない」

 胸部のデスマスクが抑揚のない声で呟きつつ、巨大な爪がハサムを斬りつけた。

「つッ!」

 ハサムは身を引いて逃れようとするが間に合わず、その左肩から胸板までが切り裂かれた。 そのまま神殿の床に倒れ伏す。


「ハサム様!」

 配下の騎士達が続き、黒い巨人を斬りつける。 が、斬りつけた途端に触手が伸び、騎士達の体を貫いていく。


「アリンコアターック!」


 アリッサが背後から斬り掛かり、黒い巨体を袈裟懸けに切った。 ハサムとは逆に右肩から腹部まで切り裂かれ、巨体がふらつきながらもアリッサを振り返った。

 一度に6000ものダメージを与えた。


 尾倉も反対側から斬り掛かり、黒い肉塊を削り落とした。残りHP…79000。

「いいぞ…!確実に削って倒せばいい!」

(ハサムの旦那は倒れたが、カリューとアリッサの攻撃はそこそこ効いている…必ず倒せる! 頑張ってくれ…!)


 負傷した兵士とハサムを神殿の外に引きずり出しながら黒島は仲間達を励ました。


「行くぞ、お前達!」

「はいっ!」

 クロエ、メノム、ラナ、パルムが駆け、巨人に一太刀ずつ浴びせては下がって敵の反撃を悠々と躱す。

 残りHP…77000。


(しかし…上位者ってのはこんな硬いのかよ…!)

 これだけの実力者が取り囲んでこれだ…。 こりゃ大淵やレイスでなければ到底敵わない。

 

 リザベルも深々と剣を突き刺した。 残り…69000!?

 上位者の体がふらつく。

 リザベルのステータスを見る限り実力はアリッサ程も無い。魔族との相性が悪いのか?


「うぉりゃああっ!!」

 カリューがツヴァイハンダーを振り上げ、黒い巨人を袈裟懸けに斬る。残り58000。 やはり、強力な魔族…人外の者に弱いのだ。

 アリッサが背後から突き、リザベルとカリューが更に追い打ちをかける。

 一方的なタコ殴りだ。 見る間にHPが削れに削れて一万を割った。


 途端に俊敏な動きになって上位者が三人の包囲を逃れようとしたが、カリューに足を掴まれて引きずり戻される。 リザベルとアリッサが地面に這いつくばった敵に剣を深々と突き刺した。 HP、0


「フフン。 上位者サマにはお似合いの最期デスねぇ?」

 剣を一頻りねじり回した後、アリッサとリザベルは剣を抜いた。


「無駄だ。 既に…」

 無機質な声でそれだけ言い残し、黒い巨人は溶けるように消えた。 


「既に…?」

 負け惜しみか…? …そうであってほしいのだが…

 

 黒島は再び魔導書を拾い上げ、ページを開いた。

「なんだ、これは…?」


 いくつかのページにはあの魔方陣が描かれ、なんと紙に描かれたそれらは黒々とした霧のようなものを放っていた。慌てて魔導書を放り出すが、その内の魔方陣の一つが完全にページから消失して…ただの白紙のページとなった。 


「…まさか、今の奴を倒したから一つ消えた、とか…?」


 誰もが茫然として魔導書を見下ろしていた。誰も言葉を発さなかったが、それが正解だと言わんばかりに他のページでは黒々とした魔法陣がページの隙間から黒い霧を放ち続けていた。









(まったく、仕事熱心な奴らだ…! 一日も経たずに来るとは!)


 店内の騒ぎを聞きながら大淵は物陰で独尊を装着し終え、紫電と熾煉をホールドし、少し考えて澪月の弓を背負った。他の皆もそれぞれ適当な場所を見つけて着替え終え、姿を現しはじめた。

「全員、メイルアーマーは装備したな? …よし」


 大淵は続いて窓際に駆け寄り、外の様子を窺った。

 青空には例の魔法陣が浮かび、そこから黒々とした巨大なティーポットらしき物体が現れた。


「なんだ、あれは…?」


 高音ながら腹の底に響く重々しいサイレン。


 Jアラート、特別攻撃警戒情報のサイレンは、戦中の空襲警報に似た、人間の不快感と緊張感を嫌が応にも逆撫でする音を響かせていた。



 都の上空に現れた存在…異形の怪物。今度は竜ではなく、樹上に植え付けられた繭から垂れ下がった巨大な蛾のようなシルエットを見せる。…外観的には前の黒竜の方が遥かに強そうに見えるが…


 藤崎たちに市外への展開を指示した後、商業施設屋上から高空へと跳び上がった大淵は得体の知れない物体に向かって接近した。


 …毒々しい気配を強く感じる。


「テメーらが何者だか知らねーが…」


 …俺の仲間や知り合い達と、そいつらが暮らす世界に手を出すなら…平行世界の存在ごと消してやる。 


 

「…嫌な空気だ…」


 忌々しさの余り舌打ちをした。

 

 …透明な狭いガラスケースに入れられ、投薬後のパフォーマンスを観察されているラットにでもなったような…そんな居心地の悪さを感じた。

 …だからと言って後手に回って民間人に余計な犠牲を強いる訳にもいかなかった。


 高層ビルの縁を足場に、更に高空へと跳び上がる。


 …どれだけ優勢でも、あの悪魔の言葉が…呪いのように頭の片隅にあった。


 アレは自分達人類の天敵…


 …最初は自分の弱気だと思っていた。…だが、こうして実際に戦場の空気に触れて見ると、それが運命であると認めざるを得なかった。


 だが、自分にはその運命を否定し、跳ね退けるだけの力がある筈だ。


 ようやくティーポット状の物体に近づくと、ふざけた形のソレは、大淵に今までとは異質な怖気を感じさせた。


 即座に回避機動。

 大袈裟なほど距離を取るが、「ポット」の注ぎ口からは黒い液体が空中に注がれ…宙で黒い矢となって大淵にいつまでも付きまとった。


「ッ…」

 …多少の被害は仕方ないか…?

 

 花の国の女帝から貰った弓… 「澪月」を取り、空中で黒い矢の群から逃れながら番えた。


 やはり臆病熊の弓と同じく光の矢が実体化し、放たれた光の矢はポットを貫きながらもその巨大物体を引きずって天高く突き上げた。晴天の遥か彼方で光芒が瞬く。


 …臆病熊の弓とはまた別ベクトルの、高い破壊力だった。…燃費も300と、中々馬鹿にならないが…これを扱って月の使者に一矢報いた帝と言うのも相当な猛者だったのだろう。


 …しかし、本体を撃退したにも拘わらず、黒い矢の群は大淵を追い続けた。 どんな機動で翻弄しても…その黒い矢はムクドリの大群のように大淵に執拗に付きまとい、遂にストームランスと手足に絡みつくと瞬時に液体となって這い上り、全身を包み込み始めた。ストームランスを捥ぎ取られる前に空間に放り投み、全身強化で振り払おうとしたがまるで手応えが無い。 暖簾に腕押しだ。

 紫電と熾煉を両手に持って切り払うが、分断された黒い液体は再び結合して大淵の体を執拗に這い上がり続ける。


(何だ…どうなっている…!?) 


 浮力の無い水の中に落ちたような無力感。抵抗すらできず、黒い矢がびっしりと自分に張り付いてくる。


 その間にもう一方のポットからは黒い液体が地上に並々と注がれ…それらの黒い水滴一粒一粒が何らかのモンスターの形を借りて実体化し…民間人を襲い始めた。

 同時進行で大淵の拘束は急速に進んでいた。顔にまで這い上がった黒く粘度の高い液体から逃れようと身を捩るが、時間稼ぎにもならなかった。


「ぐ…あああぁッ!」


 大淵の無念の断末魔が響き渡った。

(まずい…飲み込まれる…! …自分を強化できないなら、敵を強化支配で…!)


 特殊強化・アレンジで黒い物体を強化支配して拘束から逃れようとしたが、赤黒く走った脈は黒い液体に飲み込まれて虚しく消えた。SPだけが虚しく消費された。

「う、嘘だろ…ッ」

 



「だ…大輔…くん…?」


 …遥か上空500メートルで幾重もの黒い矢にへばりつかれ、圧し包まれていく大淵を見上げ、地上の桜達の思考は停止寸前に陥りつつあった。



 …と、高層ビルを足場に飛び回る影が大淵を包む物体に接近した。 他方のポットから黒い矢が注がれるが、その影は剣を煌かせて矢を難なく薙ぎ払った。払われた矢は力なく地上に滴り落ちながら蒸発していった。



「馬鹿め! もう一つの力を使え! 竜騎兵の女…斎城を助けるのに使っただろう!」


(そ、そうだった…!)


 鼻と片目以外を覆われ、声すら出せなくなっていた。

 ――剥奪。

 両手に意識を集中させると、両手の平から全身に向けて黒い液体が剥がれ落ちていく。

 拘束から解放されると共に落下し、大淵は手頃なビルの屋上に飛び降りた。

 その傍らにレイスも降り立つ。


「す、すまん…助かった」


「フン…。 確かにその強化は万能で使い勝手がいい。だが、あくまでこの世界の力に過ぎん。奴らの対処可能な領分だ。 しかしお前がこの世界の人間で無かった事が幸いしたようだな。 やはり、その力はこの世界のモノでは無い。 …そしてその力は奴らの想定外だという事だ」


「…その口ぶりからすると、やはり特殊強化はこの体が本来持っていた攻撃強化がお前と交わる事で変質したものだったのか? …だとしても、これで連中に剥奪…手の内を明かしたことになるな」


「どうかな。 狂信者如きに召喚されなければ顕現もできない出来損ないの神が別世界由来の力を完全解明できるかどうか」


「…お前は、何故奴らの黒い矢を切り払えるんだ? …俺が切り払っても通用しなかった」


「俺はそもそも存在自体が神造兵器だ。 そして今の肉体は古代の陰湿な復活システムで再生された、ヒトの形をした人ではないモノだ。これも連中にとっては相性の悪い物らしいな。 …だが何より、連中は生贄が足りなくて万全でない事が最大の要因だろうな。連中が万全なら、あくまで人の身であるお前が抹殺されるのは時間の問題だろう」


「…なるほど。 対処法は分かった。仕切り直しと行くか」


 大淵は再び剣を手に立ち上がった。思い出して無線機に呼び掛ける。


「こちら大淵。たった今レイスに救助された。俺達は引き続き空に浮かんでいるデカいのに対処する。 皆は各所に順番に応援と避難支援に向かってくれ。 斎城は単独行動しても構わない。 アイスドラゴンを使って迅速に各所を遊撃して敵を撹乱しつつ味方の負担を減らしてやってくれ。いつものようにサブリーダーは藤崎。頼むぞ」


『おう、任せろ!』

『了解。 …大輔君も気を付けてね』

「ああ。藤崎、皆を頼むぞ。 斎城も無理するなよ」


 …ほぼ同時に都内に展開している自衛隊・警察・各ギルドの防衛部隊から悲鳴に近い通信が送られてきた。

『新宿方面隊、被害極めて甚大! …民間人の救助を断念する!』


『六本木方面隊! ひ、人型モンスターが民間人に襲い掛かっています!抑えきれません! 敵個体極めて強力! だ、誰か避難支援をッ!』


『こちら大淵小隊!これより支援に向かう!』


 藤崎が即座に応答し、斎城以外の隊員達を連れて移動を開始した。レイスが新たに現れた巨大な黒い人型の敵に向かって飛んだ。

 50メートルもある巨大な人型の体に向かってレイスが左手をかざすと、その巨体を覆い尽くすほどの業火を発生させる。

 黒い人型は地上に落下する間も無く消し炭…灰塵となって風に消えていった。


「…相変わらずデタラメすぎる奴だ…」

 

 今までとて、その気になればいつでも自分を殺せたのだろう。戦いを愉しむことに意義を見出してしまった為に、死に物狂いで知恵と技術を出し惜しみなく使って、なりふり構わず戦う自分に敗北したのだ。


 だが、味方になってくれてこれ程頼もしい相手も居ない。

 自身も別方向で小型モンスターを放ち続けているポットに向かって再び澪月を取り出して弦を引き、光の矢を放った。

 黒いポットが空の遥か彼方…恐らく成層圏の外へ押し出されて爆発した。


『大輔君、その……き、気を付けて!』

 移動中の香山が声を上ずらせかけながら通信を送ってきた。

「ああ、心配かけたな。でも、もう大丈夫だ。 桜も気を付けてな!」


 大物はとりあえず落ち着いた。 

 武器を7.62㎜機関銃に持ち替えた。 

 眼下で逃げ惑う人々や、その盾となって抵抗する自衛隊・警察・各ギルドの戦士達を襲う黒い異形…タコマスクに照準を合わせ、一発で一体ずつ撃ち減らして行く。


(クソ…数が多い…)


 昼下がりの光によって伸びた自身の影に手を付いた。


 ドッペルゲンガー。


 赤黒い自身の人影が立ち上がり、自身の影法師が消える。


「頼む」

 分身は軽く頷くと踵を返し、路上に押し寄せる怪異の真っただ中に飛び降りて刀剣を乱舞させた。

 射撃兵装は投影できないものの、それでも十分すぎる程強力なアレンジ技だった。

 赤黒い自分の分身は概ね五分間、鬼神の如く暴れ回る。

 

 …また、アルダガルドで分身があの異形を攻撃する際にアルダガルド兵をも巻き添えに切ったのを見た。

 その時はとんでもない事をしてしまったと大慌てで切られた兵に駆け寄ったのだが、兵は怪訝な顔を向けるだけだった。

 背後から斬られた筈の傷は鎧にも生身にも無く、それでいて異形…タコマスクは斬られていたのだ。


(あの異形共は異次元から呼ばれたものだとして…この影も俺が実体を持たせたもの。 …人間には触れられない、もしくは害を与えられないようになっているとか…?)


 突飛な仮定だが、こうして入り組んだ乱戦の時には大きな助けになる筈だ。今も、路上でタコマスクに取りつかれた機動隊員が自分の影にタコマスクごと切られ、茫然としながら傷一つ無い腹を擦っている。

 

 自身も汎用機関銃で細かな敵モンスターを撃ち減らしていくが、再び頭上に魔方陣が現れた。


「またか…!」


 機関銃を仕舞い、ストームランスを取り出して空中に飛び出した。50メートル級の、見覚えのある胴体と翼が露わになる。 


(昨日の黒竜もどき…?)


七つの魔方陣から七体の黒い巨竜が現れ、空中に滞空した。

「昨日と違って逃げない…やり合おうって言うのか」


「歓迎だ。 追いかけっこをしなくて済む」


跳躍力と、自身の扱う風の魔法で宙を自在に飛ぶレイスが並んだ。


 申し合わせたように左右に別れた。大淵は左側から迫り、黒竜の一体に迫った。

 振り上げられた手に構わず風神騎槍で加速して一体に取りついた。 剥奪。


 消失した黒竜から別の黒竜へ。しかし振り下ろされた手を躱しきれず、ストームランスで受けてしまい…急速に地上に向けて叩き落とされる。


「チッ…!」


 すかさずストームランスで再浮上し、再び振り下ろされたてに向かって熾煉を振り被り…敵の腕を両断するべく強化した。

 

 剣身に走る幾筋もの赤黒い脈状のライン。 


 熾煉の纏う炎が急速に強まり、熱気も強まった。


 剣を振り下ろし、黒竜の手を両断した。両端された断面から業火…というより溶岩に蝕まれるように溶け拡がっていき、黒竜擬きが暴れながら空中で焼失していく。


 その火力に大淵は唖然としつつ、今更それに気づいた自分の間抜けさに苦笑した。

(ストームランスでは散々強化を使って来たが…紫電と熾煉にはこんな使い方しなかったな…それぞれ切れ味・攻撃力の高さが完成されていたから、強化する事に思い至りもしなかった…)


 だが、これならわざわざ敵に取りついて一々剥奪する必要も無い。接近しなければならないのは同じだが、50メートルにもなる相手を剥奪するのに一度に1000もSPを消費する。 自分の最大SPは約7000。熾煉の強化は100程度。圧倒的に効率がいい。


 消失しつつある黒竜を足場として蹴り、別の黒竜に向かった。振るわれた腕を強化した熾煉で燃やし、そのまま煉獄の炎に包まれて黒竜擬きは空中で藻掻くが灰となって消える。


 また巨大なポットが現れ、意地になったように黒い無数の矢を放ってくる。

「もうその手にはかかるかッ!」

 だが付きまとわれるのも鬱陶しい。 ストームランスに切り替えて強化。自分目掛けて一直線に向かってくる矢に向けて死嵐を放った。


 矢が全て風の刃にすり潰されるのを見届け、大淵はブロワーでポットに接近し、それも熾煉で焼き払った。ポットを蹴ってもう一方のポットも焼き払う。

「お前らが何万体来ようが全部叩き斬ってやるまでだ…!」




 大淵の援護射撃やドッペルゲンガーによる奮戦、そしてレイスによってポットや大物の敵が出現しては即座に掃討されている為、地上を埋め尽くしていた黒い小型モンスターやタコマスクは沈静化されつつあった。



 だが、全てでは無かった。

 

 小型モンスターの残党が避難する人々を執拗に追い続けていた。


 防戦に当たっていた警察・自衛隊他、駆けつけたギルドの戦士らが応戦するも、圧倒的な数の利を活かしてすり抜け、無防備な避難民に向かう。


「こいつら…! 一人でも多く道連れにしようってのか!?」

 応援に駆け付けた一人、中央ギルド「冥界幻魔騎士団」に所属する上田直人はタコマスクを22式騎兵槍で叩き潰した。 

 通り抜けようとするタコマスクの仮面を突いて破壊し、そろそろか、というタイミングで振り返ると自分に向かってくるタコマスクの鋭い触手をラウンドシールドで受け止めた。


「いいか、何としてもここを通すな!死に物狂いで死守しろ!」

「冥界幻魔騎士団長」の桑田一志がショートソードを振り上げながら声を張り上げた。

 

 いつもは調子の良い事ばかり言う桑田だが、今回ばかりは桑田が正しい、と思った。ヤバくなったら迷わず逃げろ、が自分のスタイルだったが、今回は戦場に民間人がいて、敵は自分達よりも一般市民を狙っている。それなのに自分達が退く訳には行かない。 仮に敵が自分達を狙っていたとしても同じだ。     


 現に最も練度…モンスター相手の実戦経験が少ない警官隊は最も深刻な被害を受けながらも一歩も退かず、荒波の中に取り残された小島のように孤立しかけながらも旺盛に小銃、強化警棒で敵を叩きのめしている。 …本来ならせめて騎兵刀くらい持ちたい所だろうが、主任務が内向きの治安維持であるために、強力な近接兵装は一部特殊部隊くらいしか許されていないのだろう。


 とにかく、モンスター相手の実戦経験という意味では自衛隊・警察より勝っている自分達が逃げるとしたら、それは民間人の避難が完了して、警察・自衛隊と意思疎通した上で連動的に逃げなければならない。 自分達も本来は民間人で、守られるべき立場だ、などと、権利だけ享受しておいて義務から目を逸らすような卑怯者は誰も居なかった。


 …かつて魔王軍が敵だった時、ゲート坑内で凄惨な光景を目の当たりにして生き延びた者として、やるべきことは分かっているつもりだ。


 だが敵が多すぎる。大淵小隊が応援に向かってくれている筈だが…間に合ってくれ…!


 上空から季節外れな冷気を感じたかと思うと、タコマスクの一団が即座に氷漬けにされた。 冷気の余波に身震いしながら見上げると、全身が凍てついた青いドラゴンが羽ばたいて滞空していた。その背には長めの騎兵刀を手にした黒髪の美女。

 憧れの竜騎兵、斎城日菜子だ。


「へへっ、ご縁があるなぁ!」

「よかった、大淵小隊が間に合ったね!」

 道路情報版の点検足場に陣取って弓を射続ける今井香織の弾んだ声が頭上から降って来た。

「ああ、これで持ちこたえられる!」


 大まかな敵集団を氷漬けにして掃討すると、斎城とアイスドラゴンはそのまま飛び去って行ってしまった。 代わりに頭上から正確な狙撃が民間人を追うタコマスクを襲い始めた。

 強力な.50口径対物ライフルか。 仮面を正確に撃ち砕かれたタコマスクはしなびるように溶けて消えていく。見上げると小高い雑居ビルの屋上から身を乗り出す狙撃手と観測手らしき姿が見えた。

 

「遅くなってすまない! 援軍だぁ!」


 戦場を圧する大声が聞こえて、巨大なラウンドシールドを構えて敵集団に突進していく巨体の盾戦士が現れた。それに続く大剣を振りかざした小柄な少女。その巨大な盾で敵を味方から引き剥がして押し潰し、大剣が唸って数体の異形を横薙ぎに両断、或いは力任せに叩き潰した。 大淵小隊の来援もあって敵の圧力から警官隊が一時的に解放された。 その警官隊の元へ駆け寄る栗色の髪の美女が負傷した警官を重傷者から順にトリアージしながらヒールで治療し始める。


 勢いづいた友軍が一気に敵を押し返し、黒い異形の群が一方的に狩られていく。最後はその場の全員が競うように敵を討ち取っていき、最後のヘルハウンド型の黒いモンスターに騎兵槍を突き立てた所で地上における掃討が完了した。

 頭上を見上げると、魔法陣も消えていた。敵の攻撃は失敗に終わったのだ。


 方々で鬨の声が上がった。上田も居りてきた今井と肩を抱き合って喜んだが、戦闘に巻き込まれた民間人の犠牲者を思い出して憂鬱に表情を翳らせた。



 こうして第二次東京防衛戦は上位者を撃退して終了した。

 …127名の犠牲者と32人の戦死者を残して。  


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