夜桜
午後七時。 代々木公園管理拠点の三階会議室には煌々と明かりが灯っていた。
「…コイツがアルダガルドを襲った異形だ。鋭い触手の集合体が人型を無理やり模した様な歪な形状をしているから、明るければ人と見間違える事は無いだろう。 だが、人を殺害してデスマスクを作り、人の声を真似て呼びかけて来る。単調な呼びかけだけだから、二度以上も呼びかけてきたらコイツだと疑って対処した方がいいだろうな」
リノーシュ、クロエ、メノムら三人娘、そして白銀星騎士団、蒼船海兵団、黒獅子騎士団の各団から二名ずつの幹部が会議室の席に着いている。
更に陸自から六名の幹部が出席していた。 念の為に未知の敵について知っておきたいというのもあるかもしれないが、《《この後の席》》の為に居るという口実作りの意図が感じられた。
そんな彼らを前に、大淵はスクリーンの脇でレーザーポインタを片手に補足説明をしていた。
映像媒体を通して白布に映し出される鮮明な戦闘映像。 大淵の23式に内蔵された記録カメラに捉えられた笑顔の白面…デスマスクが一枚張り付いただけの、人とも獣とも違う容姿の異形。
それは正に異形としか言い表し様が無かった。
モンスターにだってある生気も感じられず、人面が張り付いているにも関わらずとても人とも呼べない。 ただ、言い表し様の無い不気味さだけがあった。
その不気味さを和らげてくれるのが、大淵が命名した「タコマスク」なるふざけた呼称だった。 実際、攻撃時には全身を形作っている触手がタコの触手のように広がり、その先端を尖らせて幾筋もの槍となって獲物を襲う。推定ではメイルアーマーを一撃で貫通するほどの威力だが、攻撃はあくまで正面かつ直線的で、その射程から側面や背後に回り込めばアルダガルド兵でも十分に対処していた。
映像は切り替わり、川村がまとめて二体のタコマスクを大剣で叩き潰した。
ただ、どんなに大量に倒した所で何にもならない。幻影と戦っているようなものだ。 ただ移動と旋回性も比較的鈍重で、防御力も低いのが救いだ。不意討ちさえされなければさほど恐ろしい相手という訳でもない
大淵はアルダガルドにおけるタコマスクの襲撃経緯と概略について映像を交えて説明しつつ、その注意点と基本的な対処法について説明し終えた。
「拙いが以上をもって俺からの説明は終わりたい。何か不明な点や質問は?」
頬杖をついていた手を上げるリノーシュ。
「このタコマスクの異常に最初に気付いたのは大輔かい? どうやって気付いたんだい?」
「…嫌な気配と悪臭がしてな。俺にだけ感じられたようだ」
「ふぅん。呪術要素で成り立つ一種の生命…疑似生命体、とでもいうのか」
「あくまで憶測に過ぎんが、俺も同じ所に思い至った。 交戦し、民間人保護の為に対処に当たったウチの小隊員一同も概ね同意見だ」
「つまり呪術師本体をやらなければ首謀者側は痛くも痒くも無い訳だ」
「しかし、こんな魔術生命…召喚生命などは見た事も聞いた事もありません」
白銀星騎士団の副官であり術士隊も率いる幹部が困惑気味に口を開いた。
「それは彼の地…アースァルの術だから尚更ねぇ…」
リノーシュが苦笑しながら応じた。
「あの、呪術師は倒されたのですか?」
メノムが挙手しながら大淵に真剣な目を向けた。 会議開始の時から一番真剣な面持ちだった。 …新設される騎兵団の団長になるという事で気負っているのもあるだろうが、相変わらず生真面目な子だった。
「当該術士と思しい人物は砂漠で自死・もしくは彼の仲間によって殺害されていた。ショッキングな映像・画像故にここには載せていないが、状況からして間違いなく当人が望んだ死だったと考えられる」
「どうしてそう考えられるのですか?」
「…俺は鑑識官ではないし、現地にその手の捜査ユニットが無い為に科学的な説明はできない。 ただ、当該の死体は俺達を襲った狂信者同様、満面の笑みを浮かべて死亡していた。 現場に争った形跡も躊躇い傷も防御創も無し。 また、当人の衣類等の材質は上等なもので、貴金属による宝飾品も身に着けていた。そして死体の付近には岩壁に描かれた何らかの魔法陣があった」
黒島が気を利かせ、端末を操作して例の魔方陣の写真をスクリーンに映した。
リノーシュが幹部らを振り返るが、例の魔術に最も詳しい幹部でも首を横に振る。
「…ダメだね。僕達も初めて見るモノだ」
「…魔法陣の基本法則に当てはめれば幻獣召喚のものに共通点がない事もありませんが、確証は全く持てません」
例の幹部が付け加えた。
…惨劇を引き起こした一因であるレイスだが、どれだけ問い詰めてもあの呪術とその内容に関しては全く知らないようだった。 つまらない嘘を吐く手合いではない。
あくまで「ヤバい奴が召喚されるというから面白そうで魔術書を渡した」だけだという。 そしてそれは事実だろう。
自衛隊の幹部達は全く話についていけていない。 最も事情に明るそうな三佐が年配の幹部らに補足説明しているが、現地における情報や知識は自分達のように重要拠点の外で旅をして活動・現地調査を請け負っている各ギルドの方が詳しい。
そろそろお開きにする頃合いか…。 黒島を見ると、黒島も軽く頷いた。今頃、外に到着した《《ゲスト》》がそわそわし始めている頃だろう。
「現時点でこちらから情報共有できるのはこのくらいです。他に質問等よろしいでしょうか?」
大淵は室内の一同を見回した。 静寂をもって是とした。
「それではこれにて解散させて頂く。 …折角だ。夜桜見物でもして行ってくれないか、リノーシュ王? ささやかながら一献設けてある」
「喜んで。ここに来てから気になって仕方が無かったんだ」
「幹部の皆さんも是非どうぞ。守備部隊の自衛官の皆さんが設営を手伝ってくれました」
「ありがたい。お言葉に甘えて」
大淵がリノーシュを誘った時点で、半ば元より決まっていた事だった。
南大陸で有益な資源を見つけた際、その輸送には当面、港湾都市であるブレメルーダの協力が必要不可欠になる。転移の結晶石では大規模な輸送はできない。
折角日本に呼ぶなら政府としてもパイプを広げておきたいという事だ。
満開の桜が暖色系の光源にライトアップされ、その美しい姿を夜空に映えさせていた。
岩田とリノーシュの紹介を取り持ち、大淵は歓談を始めた二人から少し離れて桜の木の下に置かれたパイプ椅子に腰かけ、夜桜を見上げた。
ゲート出現前に使われていたライトアップ設備は藤崎らが自衛隊と協力して修繕、設置したものだ。
二カ国のトップが会している為、主要な隊員は全て公園内で警備についている。
浮田は管理拠点屋上からカウンタースナイパーとして陣取り、超視力持ちの射方が観測・索敵要因として周辺に目を光らせている。
斎城や桜、アリッサ、藤崎らも会場警備としてメイルアーマーを装備して方々に立っている。戦闘服や私服のスーツなどで参加しているのは自分と黒島、マオ、その護衛のリザベルくらいのものだ。その黒島はスーツ姿になり、口下手な自分の代わりに岩田とリノーシュの間に入って互いの会話と交渉の潤滑油代わりとなっている。 レイスも桜の木にもたれ掛かりながら興味無さそうに目を閉じている。 …あれでも敵の気配を察知すればすぐさま対処できるのだろう。
「うむ、良いものだな。 短い間しか咲いていられないのがあまりに惜しいが、それがまた良い」
黒いシックなワンピースドレス姿のマオが、脚をぱたつかせながら上機嫌に酒を呷った。
少し肌寒い風が白と淡いピンクの美しい花弁を運んできた。グラスに注がれた酒の上に花弁が舞い落ちて、マオは顔を綻ばせた。 隣に立つリザベルの肩や紙にも桜の花弁が舞い落ちる。
「き、綺麗ですね、先生!」
「そうだろう?タイミングが良かったな、お前ら」
3馬鹿プラス1に囲まれ、大淵は頷いた。 思い起こしてみれば、自分も夜桜はそんなに見た事は無かった。 夜空に浮かぶ桜の木というのも乙なものだ。粋な計らいをしてくれた黒島と、自衛隊と共に設営に当たってくれた藤崎、尾倉、川村に感謝だ。
光に溢れ返っている東京の中では望めないだろうが、周囲の明かりを無くして月明かりで照らされた姿も美しいのかもしれない、と思った。
「ソメイヨシノも綺麗ですけど、山桜もすっごく綺麗なんですよ? ウチの山奥の方は標高が高くて寒いから、これから4月の終わりにようやく咲いてくるんです。…また泊まりに来てもらえればお見せできるんですけど…」
いつの間にか香山が隣に立っていた。隊のメイルアーマー姿になって薙刀を手にしている。
後半は辛うじて大淵に聞き取れるほど声を潜めていた。斎城が目敏く割って入って来た。
「ん~?香山さん、何を内緒話してるのかなぁ?」
「い、いえ何もッ!」
「ああ、そう言えば桜殿の名前もサクラでしたね!」
「そ、そうなんです! 母が四月生まれでしたし、両親がどちらも桜が好きで…」
クロエが思い出したように割って入って来た。助け舟だと言わんばかりに香山は自分の名前のルーツについて説明し始めた。
「えぇい、さっさと警備に戻れ、たわけ共!」
マオが人だかりになりつつある皆を叱責するのを横目に、大淵は夜桜見物に興じた。
こんな時間が続けばいいのだが…いや、続いていくのだ。 …これからこの世界と向こうの世界がどのように交わっていくか分からないが、きっと互いに良い関係を築けると信じている。
…その時に自分がいるかどうか…まだ役に立てる身でいるかは分からないが、それまでは…彼らとこうして穏やかな日々を過ごして行きたい。
視線の先に日菜子と談笑する桜の横顔があった。
山桜か。…是非見てみたい。
天地を揺るがすような轟音。
東京上空に巨大な赤黒い幾何学模様が五つ、春の夜空を穢した。




