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大淵小隊、帰還

 大淵小隊はそれから三日間、念の為にアルダガルドに留まった。…城壁の補修も進み、アースァルが続けて侵攻して来る気配も無かった。


 …近隣で他に妙な動きも無くなった。


「自分達に出来るのはここまでのようです。…一応、政府に呼ばれている身なのでこれにて一旦帰国させてもらって、これまでの経過を報告してきます」


「うむ。 …本当に世話になった。ありがとう。 …陛下が国を挙げて君の労を労いたがっていたのだが」


「…どうも、そういうのは気恥ずかしくて苦手なもので。 …このままこっそり失礼させて頂くよ」

 クリフェとカナの頭を撫でながら大淵は苦笑して見せた。

 

「ああそれより…今回のアースァル軍兵士を撃退したのは、アルダガルドの諸隊の戦果という事にしてもらえないだろうか。…大淵大輔は敵兵を一人も殺さず、あの妙なモンスターだけ倒していたと。 …そうしてもらえないと、俺は帰国後に罪に問われる可能性があるので」


「なんと… ああ、勿論お安い御用だよ。そういう事なら、こちらでなんとかしよう」


「次はいつこちらに寄らせて頂くかわかりませんが、クリフェとカナをよろしくお願いします。…ああ、念の為にこれを」 


 転移の魔法石…5組10本存在する、翡翠色の柱状の水晶体。


 各水晶体とは互いに人の行き来が可能だ。これをブレメルーダのリノーシュの下に一つ、そして今、ハサムにも一つを渡した。


「日本とブレメルーダに繋がっています。何かあったらこれで往来して連絡できます」


「こんな貴重なものまで… …どうお礼したらいいものか…」


「…クリフェとカナがこうして健やかに育ってくれている。それだけで、ハサム殿が思っている以上に俺達は幸せなんですよ」


 ハサム邸の皆に見送られ、大淵と仲間達は転移の魔法石を使って日本へと帰国した。



 日本では4月となっていた。拠点の休憩所に転移した大淵と仲間達は穏やかな春の晴天の下、代々木公園内で満開を迎えつつあるソメイヨシノの花々を一望できた。…昨年の晩秋にあったスタンピードや戦闘で失われた木々もあったが、それでも生き残った美しい桜の花で満ちている。 


「ちょうどいいタイミングで帰って来たな。 できればすぐに花見でもしたいもんだが…」

「面倒ごとを終わらせたら、な」

「だな」

 黒島が苦笑を浮かべた。 大淵も苦い顔を浮かべる。


 命令に背いて彼の世界に留まった理由について、これからマオとリザベル、カリューとレイスを除く小隊員全員に審問があるだろう。 その前に全員で口裏を合わせなければならない。

 

「黒島、適当な筋書きを頼む」


「ま、無難に現地での車輛トラブルによる足止め、その後中継で立ち寄ったアルダガルドで戦闘に巻き込まれそうになったがアルダガルド軍が敵を撃退して事なきを得た…しかし連中の置き土産らしき謎の化物からアルダガルド国民を保護する為、人道上の観点から謎のモンスターを討伐してきた…って事で良いんじゃ無いか? なぁ、アリッサよ、あっちの世界で俺達を監視する輩は居たか?」


「CIAも完全に撤退していマスし、居ないと思いマスね。あっちの世界は得意の情報インフラ…衛星を使った監視や通信の制限が高いデスから。まぁ、いざとなったらこの国の法律で言う緊急避難で押し通セバ良いんじゃ無いデスか?」


「それで行こう。皆もそういう事でよろしく頼む」


 カリューとレイスは何の事だか全く理解できていなそうだが、まぁ大丈夫だろう。


「さて、俺はそれに合わせてちょいと映像や画像記録を細工する。皆、記憶媒体を提出してくれ。それから各自部屋に戻って別名あるまで待機、って所だな。 大淵はこの新しい媒体をセットして、ブレメルーダに飛んでくれ。それで、今のシナリオをお前の言葉で良いからリノーシュ王に説明してきてくれ。 伝え終わったら余計な口を滑らせる前に媒体をすぐに抜いた方が良い」

「わかった」

「ああ、カリューとレイスの新加入についての報告書も任せておけ」

「助かる」


 流石にこれまで小隊を悪用しようとするあらゆる外敵からこの小隊を守って来た男だけあって、指示が早かった。新しい媒体をセットし、大淵は転移の魔法石の前に立って自らの持つ魔法石をかざした。


 水晶の中にはハサムのリビングルームの一角と、ブレメルーダの王城内広間の風景が浮かんでいた。広間に意識を向けると、眩い光に包まれた。


 目を開けると王城内広間に立っていた。結晶の傍に立つ衛兵が軽く驚きながらも、大淵であることを認めて敬礼を送ってきてくれた。

 大淵も敬礼を返した。

「リノーシュ王は居られるかな?アルダガルドの戦争終結について報告したい」


「ハッ、陛下は大臣らとアルダガルドへの対応について協議中の所です。 どうぞこちらへ」

「丁度良かった、取り越し苦労にならなくて済むな」

 アルダガルド滞在中に連絡して済ませておけば済む事だったが、戦後復興作業の手伝いや警戒にかまけて失念していた。 だが、わざわざ会いに来て報告するというのは黒島の考えたアリバイ工作の一環でもある。 余計な時間を使わせてしまったが、一つ付き合ってもらおう。

 

 衛兵に案内され、大淵は階段を上がった。


「あっ!? 先生!」

 通路の曲がり角からこちらに気付いた少女騎士が、ブロンドのポニーテールを揺らしながら駆け寄ってくる。 

「よう、ラナ。また会ったな」

 

「どうされたんですか?」


「アルダガルドの戦争についてリノーシュに報告にな。アースァルからの侵攻はアルダガルド軍が撃退した。とりあえず当面の心配は無さそうだ」


「そ、そうだったんですね。 あ、衛兵さん、後は私がご案内しますから、どうぞ持ち場へ戻って下さい」

「ハッ。失礼したします」


 ラナが先導し、人の話し声が漏れ聞こえてくる一室の前に向かった。扉の前には二人の屈強な衛兵が無表情に立っていたが、ラナと大淵の姿を認めると声を掛ける前から驚愕しつつも敬礼し、左右に分かれて道を譲った。 そして部屋の中に向けてノックし、声を上げた。


「失礼致します! ダイス様がお見えです。」

「ありがとう。通してくれ」

 

 衛兵が扉を開けてくれるのに従い、大淵は室内に進んだ。


「一週間ぶりだね、大輔。君が来たという事は…」


「ああ、事前に連絡しないで悪かった。三日前にアルダガルド軍がアースァル軍を撃退して侵攻は終わった。 アースァルについて詳しい事は分からんが、規模からしてどちらかというと一部の兵と…彼の国の教団が主体となった限定的な攻撃では無いかと思う。まともな兵站も用意せず、狂信者による攻撃だったように感じた」


「…彼の国については分からない事の方が多いからね。君の仲間達やアルダガルドの人々に被害は?」


「それなんだが…アースァル兵だか狂信者だかはアルダガルド軍が制圧したが、連中の置き土産と思しい謎の化物が夜襲を仕掛けて来てな。俺達も対処に当たったんだがアースァルの兵・民合わせて約千人が犠牲になった。 極めて異質な、魔術的な要素を持ったモンスターだった。 もう二度と関わる事も無いとは思うが、良ければ映像がある。興味があったら俺達の拠点に人を送ってくれれば情報を共有できる」


「…それは大変だったね。それでも君達がアルダガルドに向かってくれて大勢の人が救われた筈だ。 是非ともそのモンスターについて情報を共有したい。こちらを片付けて夜になったらあの四人と各軍の幹部二名ずつを連れてそちらにお邪魔するよ」

「ああ、待っているよ」


 公園内、及び公園管理拠点はグレーゾーンだ。マオの初来日の時のような例外もあるが、この世界の住人やリノーシュのような国王の来日であっても、その敷地内においては大淵の裁量に任されている所がある。 あの場所そのものが彼の世界と現代とを結ぶ窓口となっている以上、仕方のない事だった。


 肩アーマーから記憶媒体を抜き出し、胸ポケットに仕舞った。部屋を出るとラナが律義に待っていた。

「帰り道は分かるよ」

 苦笑して断るが、ラナはおっとりとした笑顔のまま返した。

「そう言わずに案内させてください。一度預かった役目ですから」

「…わかった。頼むよ」


「あ、そう言えば私、近々紫心騎士団の副団長になるそうです」

「ラナが?」

「はい。団長はパルムに、メノムは再編して新設される騎兵団長になる予定です」

「凄いじゃ無いか! リノーシュもお前らの実力を認めているんだな」

「えへへー」

「…ん?クロエは? まさか左遷か?」


「左遷じゃありません!国王親衛騎士団団長で、陛下専属の護衛官です!」


 階段の手すりから顔を覗かせたクロエがムキになって食ってかかった。

「うお、居たのか」

「偶然見かけたからどうしたのかと思って来てみれば…勝手に左遷扱いにしないで下さい!」

 琥珀色と菫色のオッドアイ。大淵に密着せんばかりに詰め寄って睨み上げてくる。

「悪かった、悪かった。冗談だ。 アルダガルドの終戦についてリノーシュに報告してきたんだ。また夜に会おう」


「終戦!?どういうことですか?」

「詳しい事はリノーシュから聞いてくれ。それじゃまた後でな!」

 広間へと飛び降り、結晶石を使って日本へと戻った。



 休憩所では黒島が星村、マオ、リザベルと共に自販機で購入したカップコーヒーを傾けていた。

 大淵に気付くと軽く手を上げた。


「お帰り。こっちは帰還が遅れた理由を報告し終えた所だ。 もっとも、たった四日の遅延だ。誤差の範囲内だから、身内側なら誰も怪しむ人間は居ないだろう。思ったほど大事にもならないかもな。 そっちは?」


「リノーシュに報告して、例のバケモンについて情報共有する事にした。夜になったら来るそうだ」


「こっちは昼過ぎに聞き取り調査が行われるそうだ。 首相周りも当然ながら事を大事にしたくないし、こちらのデタラメっぷりは熟知しているからな。俺とお前、斎城が指名された。戦闘服姿でも良いそうだ」


「そうさせてもらおう。スーツは窮屈でな」


「うむ、アレはお前が着ると似合わんな、ダイスよ。それよりも花の国で見たあの者らの衣装の方が似合いそうだ」

「ダイスはやや重厚な体つきをした武人ですから。魔王様の仰る通り、あの着物ならば似合いそうですね」


「あ、それなんか分かります!」

 

「ははは、大淵くらいの歳で羽織袴か。 成人式で馬鹿をやらかす奴のイメージが強いけどな」

「なら歳を取って着ればどうなる?」

「極道っぽくなるかもな」


「まったく…勝手な事ばかり言いやがって。どうせ俺は戦闘服が一番似合うナイスガイだよ。 ほら、ちょうどいい時間だし食堂に行こうぜ。 他の連中は?」

「部屋で待機中だ。声かけていくか」


 食堂では公園・ゲート坑内で警備に当たるギルド、警察、自衛隊関係者が小隊ごとに交代で昼食をとっていた。増改築され、最大百人まで収容できる食堂だ。ここに大淵小隊の15人が加わっても十分スペースがあった。


 元は代々木のゲートを巡って魔物・モンスターと睨み合う最前線基地となる予定だったこの拠点も、魔王が味方となり、向こう側の世界状況も安定してきたことで警備部隊の縮小が進みつつあった。


 現時点で大淵小隊を覗く各機関合わせて180名の警備要員が公園内外を警戒している。これでもスタンピードが頻発していた初期に比べれば縮小した方だが、人的資源の無駄遣いとして規模縮小すべき…と今も国会質疑で野党が政権に問い質す姿が昼のニュース番組に取り上げられていた。


 唐揚げ定食を食べながら大淵はちらと食堂内を見回した。


 拠点警備スタッフの殆ど…特に自衛隊・警察関係者はそれほど入れ替わっていない為、前からいる大淵小隊の面々を見てもそう珍しそうにする事は無い。ギルド戦士は雇用元のギルドによって人員配置の入れ替えが激しいので、そう顔なじみになる事は無い。


 ただ、巨躯に燃えるような赤髪のカリューは新顔という事もあって目立った。

 別の意味で目立つのは小隊からやや離れて席に着いて食事するレイス。 券売機の使い方を教えてやっただけだが、生姜焼き定食を器用なフォーク使いで食べている。

 無感動に淡々と食事する彼が誰かに興味を示す様子も、自ら近づく者も居ない。


 レイスに関しては皆も多かれ少なかれ煮え湯を飲まされている。危うく死にかけた者も居る。無理もない結果だし、こうなる事は誰が見ても明らかだった。

 それでも自分はレイスを半ば強引に連れてきた。


 …連れてきてしまった手前、責任を持って面倒を見るつもりだ。 

 だが、カリューのように仲間達に打ち解けるのには時間がかかるだろう。戦闘…強敵の殺戮にしか価値を見出してこなかったレイスが、この平和な世界にどう適応するか…できるのか…?


 生かして連れてきた事に後悔は無い。寧ろ、あのまま死なせてはならないと思った。アルダガルドの惨劇がこの男によって引き起こされたものでも。


 これだけの力をもっているなら、きっと何か人々の役に立たせて、償えるはずだ。


 どんな悪人でも死刑にすべきではない…などと極端な御高説を垂れるつもりは無いが、レイスを生かしておくべきだと自分は判断した。


「ふむ。 しかしこちらには彼の世界のような脅威は無いのだろう? こちらに連れてきても、奴に出来る事など無いように思えるが」


 隣でやや小盛にした焼さんま定食を箸で器用に食べながらマオが淡々と言った。


「まぁ、何もそう急ぐことじゃない。少なくとも、野放しにしておくより良いと俺は思う」

「そうだな」


 ――殺した方が良かった…後でそう後悔せぬだろうな?


 マオが続けて思念で話しかけてきた。


 成体化したマオはレイスの標的となる。これまでの経緯からして、野生の猫がネズミを前にして何もせずにいられないようにレイスも本能と生態に従って動く可能性が高い。


 自分のいい加減な判断でマオに何かあったらどう責任を取る…?

 

 いや、責任なんて次元の問題ではないと思うが…それでも自分の判断は間違っていないと信じている。 …もしもそれが違うとなったなら…


 ――よい。その覚悟さえ確認できればそれで良いのだ。私もお前を信じているぞ。


 いずれにせよ、当分マオを成体化させる事はできないな。それに、それこそそんな力が必要になった時には奴が働いてくれるだろう。


 …ふと我に返ると、斜向かいに座るアリッサが、牛丼なのに何故か素知らぬ顔で唐揚げを頬張っている。アリッサの隣、自分の正面に座る桜が言い辛そうな顔でアリッサと自分を交互に見ている。

 …やられた。 まぁ食事中にボーっと物思いに浸っている自分にも非があるから今回は見逃そう。

 とぼけた顔で平らげて緑茶を啜っているアリッサを睨んだ。

「ほら、そんな怖い顔しないで。悪いお姉さんも居れば善いお姉さんも居るんだから」

 右隣に座る斎城が鯖の竜田揚げを一つ大淵の皿に置いてくれた。

「む、こりゃどうも」



「そんじゃあ藤崎、尾倉、川村、お前達はそっちを頼むわ」

 食事を平らげた黒島達は何事か打ち合わせていたらしく、食器を返却口に返しに向かう。

「大淵、一時半に三階の会議室な。忘れんなよ?」

「わかった」


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