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総力戦

 レイスの剣が横薙ぎに大淵の逆胴を襲った。

 …剣道なら間違っても一本にならない、平らな刃筋。だが、当たれば…例え左腰を大小の二本差で守って、このアーマーが独尊だったとしても…二本差ごと、この胴体を容易く切断するだろう。


 紫電の元刃で受けた。…刀が激しい金属音の悲鳴を上げて震える。


 剣を通って電撃がレイスに流れる。


「面白い小細工だが、生憎と俺の耐属性ステータスの前ではなぁ?」

 さして苦痛にも感じないらしく、余裕の笑みを浮かべながら再び剣を…予備動作も見えない程の速さと鋭さで切り付けて来る。


 大淵はそれを躱した。

 

 …コイツに勝つためには、防御に回ってはいけない。

 

 一度でも受けてしまえば受け太刀一方になり、反撃の機会など無くなるばかりだ。 


 …卑怯なまでのその別次元のパワーは、大淵の戦闘思想の基幹である「守ってから攻める」 いわゆる後の先を否定した。…圧倒的すぎる各ステータスの差と、レイス自身の天賦とも言える武芸の窮みだからこそ可能な事だった。防御してしまえばこちらに反撃の機会は無い。

 …ならどうするか。…昨日、クリフェに教えた事と同じだ。 同じ後の先でも機動…回避と見切りによって敵の攻撃直後の瞬間の隙を狙う事で後の先とする。…要するにカウンター狙いだ。


 自分から仕掛ける選択肢もある事はあるが、それは実質無意味だった。…それが許される程の力量差では無かった。今も、牽制の為に放った鋭い突きを軽々と見切られ、逆に、より正確で鋭い突きを繰り出され、危うく右眼を失う所だった。


 右眼の下に引かれた傷から派手に血が滴り落ちた。


 レイスの続く攻撃は無かった。代わりに身を低くして、それから横に跳ぶ。その動作で二発の弾丸を躱しきっていた。

 強力な銃弾が空気を捻じ曲げながら推進していく軌跡。浮田と黒島の対物ライフルによる援護だった。


 着地する瞬間を狙って、アリッサがレイスに斬り掛かっていた。しかしレイスは宙でその剣を軽々と受け止めつつ、着地しながらアリッサの胴に回し蹴りを直撃させていた。

「ウグッ…!」

 くぐもった声を絞り出しながらアリッサの体が二十メートルも吹き飛ばされ、砂を舞い上がらせた。


「桜、アリッサを!」

「はいっ!」

 大淵は再びレイスに斬り掛かった。 しかし、軽々と剣で防がれる。

「さっきより太刀筋が鈍っているな。仲間を引き連れてきたのが裏目に出たか?」

「そいつはどうかな…!?」


背後から斎城が斬り掛かっていた。レイスは振り返りもせず… 斎城の攻撃に注意が逸れた大淵の僅かな隙をついて大淵の背後に回り込み、瞬時に制圧して盾とした。

「グッ…!」

 腕を極められ、紫電が砂に落ちる。


 斎城と仲間達は愕然として一瞬、思考が停止した。


「マヌケな隊長を持って幸せだな、お前達も?」


「確かに…ねッ!」

 斎城がいつの間にか握り締めていた砂をレイスの顔に投げつける。


「ッ… 小賢しい…!」


「倍返しデースッ!」

 アリッサのドロップキックが炸裂し、レイスは砂上に倒れ込んだ。解放された大淵はすぐさま紫電を拾い上げた。 レイスは既に体勢を整え、片手で剣を構えながら顔に付いた砂を払っている。


「助かったよ、アリッサ。 大丈夫か?」

 レイスから目を離さず、隣のアリッサに声を掛けた。

「どうイタシマシテ。桜のおかげで平気デス。けど、レイスはベリーデンジャー」


「…やってくれるじゃないか。 少々お前らを過小評価し過ぎていたようだ、謝るよ」

 レイスが左手を上げた。 …日の昇った砂漠に凍てつく冷気。酷く嫌な予感がした。

「全員下がれ! 藤崎、盾をかざせ! 桜は上空に向けてバリアを!」 


 同時に空から幾筋もの氷柱が降り注いできた。逃げようとした黒島だが、装具のベルトがドアの突起に引っ掛かり、その場に転倒した。 高機動車すら氷柱が貫通していく。

「うぉおおお!?」

 倒れた黒島に向かって降り注いできた氷柱を、尾倉が投擲した手斧が砕く。

「死ぬかと思った… た、助かったぜ、尾倉!」


 藤崎がかざした盾で川村を庇い、リザベルはマオを抱きかかえて跳び退った。


「くっ!」

 斎城も飛び退り、氷柱を避けた。

 それでも氷柱は尚も降り続ける。氷柱が突き刺さった砂地が、滲むように凍り付いていく。 

 大淵は術を止めさせようと、反射的にレイスに迫った。


「馬鹿め」

 

 氷柱の雨が止み、一帯に光のカーテンが引かれた。 浮田がレイスを狙撃するが、銃弾は難なく光に阻まれて潰れ、砂上に転がった。

 アリッサと斎城が突破を試みるも、光のカーテンは剣も人も受け付けない。光は天高く聳え、横幅はどこまでも続くかのように広い。さっきの氷柱もそうだが、術士でも無いのに単体でこれだけの規模の結界を張れるとは…。 さすが、現代には存在しない唯一の職スキル・勇者と言うべきか。

 斎城が悲痛な面持ちで何か叫ぶが、光の壁は声すらも断絶していた。


「これで、邪魔は居なくなったな」 

 勝ち誇ったように大淵を見て笑うレイス。

「そう邪険にしないでくれ、大勢の方がお前だって楽しいだろう?」

 大淵は頼みの仲間と分断され、内心で冷や汗を垂らす。


「ああ、愉しかったさ。 …だから考えを改めたよ。あの連中とお前をまとめて相手に勝つのは無理だとな。 それに、お前もそこそこ腕を上げたようだしな」


 不意にレイスの鋭い切り上げが大淵の顎を掠め…


 もらった!


 切っ先に小さいが…会心の手応え。

 

 レイスの切り上げた剣…その剣を握る小指と薬指が根元から切断され、砂に落ちた。


 剣術の世界で言えば半ば利き腕を落としたような物だ。


 レイスは落とした指をぼんやりと見下ろしている。…やがて気付いたように自分の右手を見た。…夢でも見ているような表情だった。


 …やがて、満面の笑みを浮かべてこちらを見上げた。


 …刹那、背筋を…脊髄の神経をナイフでなぞられた様な怖気を感じた。


「嬉しいぜ…まさかあのヘタレ小僧がここまで成長してくれるとはな…期待以上…いや、良い意味で期待を大いに裏切ってくれたぜ…」


「期待してくれてたのか。そいつは買い被り過ぎだぜ」

 油断なく紫電を構える。 

 戦闘能力を削ぎ落したつもりだが…却って戦意に油を注いだらしい。


「悪い。実を言うと全く期待して無かった。…当たればいい、程度に思いながら引いたくじのような物か?…それだけ、他に例えようもなく嬉しいよ」


「良かった。平和が一番さ。 このまま握手してハッピーエンドってのはどうだ?」


「生憎と、俺は胸糞が悪くなるようなバッドエンドほど好みでね。…人は破滅の中でこそ醜く美しく輝く。…俺が他人に好感を覚えるとすれば、破滅する人間が最後に見せる醜さと美しさに、だな」


「哲学的だねぇ…あぁ、そういや握手するにも指が足りないんだったな。すまん」


 言い終わらぬ内に猛襲が襲ってきた。…防げたのは幸運に近かった。


 余裕の片手持ちを止め、両手持ちにした剣は重く、受け止めるだけでも体を恐ろしいダメージが襲う。骨は軋み、筋肉は悲鳴を上げていく。 

 こちらは23式のフィジカル補正があって、相手は右手の要指を失った上メイルアーマーすら着ていないというのにこの実力差。


 それでも防ぎきれない刃が大淵の鎧を除く全身を無数に傷付けていく。…小さい傷に見えるがその一つ一つが手当てを必要とする程度に深く、大淵のHP表示は見る間に削れていった。 …8000がたったの二秒間で三千台に割り込む。…元より、多少の傷は仕方ないと割り切って正中線の急所を徹底して守った結果だった。

 …しかし、このままでは致命傷にならないまま失血して死ぬ。


「顔だけは勘弁してやるよ。お前の仲間にすら認知されなくなったら流石に気の毒だろう?」

「お気遣い感謝するよ、畜生め!」


「ここまで強くなったんだ。褒美をやらないとなぁ。リクエストしろ。 首以外の記念に欲しい部分を正確に切り落としてやろう。 …名誉あるお揃いの指にしてやろうか? それとも一物を落として欲しいか?」


 …幸いにもアーマーを無視してくれるお陰で23式の機能は生きている。 

 全身を特殊強化。

「まーた必殺のゼロなんちゃらか? …それはもう見飽きた」


 高々と80メートル近く跳び上がり、刃の嵐から逃れた。


「煙と何とやらは高い所が好きか?」


 レイスがひとっ跳びに迫ってきた。 紫電を空間に戻し、風神騎槍を取り出した。


 ストームランスを突き出し、自由落下に任せてレイスに急降下していく。

「…面白い。可愛い教え子に空中戦の授業をしてやるよ。 …受講料は血で払ってもらおう」


 …距離目測…15メートル!


 ランスの護拳…バンプレートに隠していた、強化済のワイヤーアンカーを覗かせて射出。


「なッ!?」


 ワイヤーがレイスに絡みつき、レイスはワイヤーを切るか、それとも迫った大淵を切るかで…コンマ数秒逡巡した。


 大淵にとっては十分すぎる時間だった。


 深紅に染まったストームランスに尋常ならざる殺気を感じたか、レイスは回避を選んだ。…その脇を大淵が通過していく。

 振り向き様に、ワイヤーによって落下に巻き込まれる形になったレイスに向け、強化したブロワー…死嵐を放った。


「小賢しい…!!」

 ワイヤーを切ろうとして間に合わず、レイスは再び宙で身を捻った。掠めた長い金髪が中ほどまで消えた。 

 身を捻った後の死に体こそが狙いだった。

 ワイヤーを手繰り寄せ、地面に叩きつけた。


「くっ!」

 

 大量の砂塵が舞い上がった。…レイスのステータス的に大したダメージにはならないだろう。

 …対してこちらは、滅多切りのあの状況から抜け出すためだけに、これだけのサーカスが必要だ。

 風神騎槍を戻し、再び紫電を腰にホールド。


「…楽しい空中ブランコだったなぁ、おい?」


 レイスからの凄まじい敵意…殺気。 …今なら目を瞑っていても正確に位置を当てられるだろう。


 大淵の方から突進した。

 

「はっ、後の先はどうした? 今ので自信がついたか?」 

 

 熾煉を抜き払い、レイスと切り結んだ。


 凄まじい衝撃波で砂埃が巻き上がり、砂漠一体を衝撃波に巻き上げられた砂塵と衝撃が走った。




 …衝撃と砂埃はアルダガルドまで届いただろう。…いや、既に先刻からの大地を揺るがす程の振動に叩き起こされた人々が、壁上に上ってこの決闘を見守っていた。


 カリューの三キロ先まで見渡せる目は人々の表情までズームアップできる。…どの顔も、あの位置から見える砂粒ほどの人影同士の決闘を、畏怖の表情で見守っていた。




 レイスの一撃を辛うじて見切った大淵は、レイスを捉えながら左へと身を滑り込ませた。


「回り込むには不用意なんだよッ!お調子者がッ!」


 片手で剣を薙ぎ、間合いに飛び込みつつ背後に回り込もうとする大淵を切りつけ…

 

 強力な回し蹴りで剣を払われた。


「クッ…!?」


 …自身の右手が十全に機能していない事を失念していた。


 …負傷とは無縁の長い年月と、無敵だったが故の経験の限界がこんな所で明暗を分けた。


 大淵の熾煉が深々とレイスの胸を貫き、剣身を朱に染めながら朝日を受けて禍々しく輝いた。



「ククク…」


 血を吐きながらも、レイスは嬉しげに笑った。自ら大淵へと近づき、その肩に手を置いた。


「…強いて言うなら、強くなれなくなった事が俺の絶望だったよ。 …俺を殺したことで、お前も遅かれ早かれ、それを味わう事になるだろうな」


「…俺はお前のようにはならんさ。 それに、お前を死なせるつもりも無い」

 レイスから顔を背け、光のカーテンを見た。 光は消え、壁は無くなった。

「桜! レイスを治療してやってくれ」

「なんだと…?」

「お前には世話になったからな。 …海で丸投げされて散々な目にも遭わされたし、斎城達を殺させられる所だった事もある。 だが、ここまで生きて来られたのも、少しくらいはお前のお陰だってのも確かだ」

「…つまらん恩義だな」

 

 大淵は冷たい目でレイスを見返した。

「勘違いするな、恩義じゃねぇ。 てめーはアルダガルドで千人を超える犠牲者を出したんだ。もはやお前一人の死で償えるレベルじゃねーんだよ。 …その分、お前を他人様の為に有効活用してやらないとな」

「…」


 桜が駆けつけ、砂上に横たわるレイスの致命傷を癒し始めた。

「…またお前か」

 レイスがウンザリしたように桜を見上げた。

「お久しぶりです。 …あの、もうこんな戦いは止めませんか? 誰かが傷つくのを見るのはとても悲しいです」

「フン。しばらくは大人しくしているさ」


「ずっと大人しくしていやがれ」

 大淵は溜息を吐きながらその場に座り込んだ。

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