砂塵に舞いて
…アルダガルドを襲った異形の怪物…その正体は結局、最後まで分からなかった。
名称含めた一切のステータスが存在せず、アルダガルド国内に居た歴戦の猛者達ですら至近距離に至るまでその怪物の存在を察知できた者は皆無だった。
…大淵大輔以外は。
「また君に救われたな。…広場にある私の銅像の隣に、もっと立派な君の銅像を建てるよう陳情してみるよ」
ハサムに冗談半分にそう言われ、またも大淵は丁重に辞退した。
…その大淵にしても、その存在はあまりに奇異だった。…殺害した人間のデスマスクを模して、擬態というには稚拙な擬態をして次なる人間を殺戮し、またその顔面を奪って動き続ける存在…アルダガルドの人々が生理的嫌悪を覚えるのも無理は無かった。
…また、アルダガルドにて兵・民間人合わせて1000人と言う甚大な犠牲者を出したこの異形…タコマスクと大淵に仮名を名付けられた怪物について分かった事は…何らかの魔術要素によって合成・生成された極めて低コストで高パフォーマンスを誇る敵である…という事だけだった。
…苦労して討伐したものの、敵にとっては何の痛みにもならないのだ。…対して、こちらは大量出血を強いられた上、極めつけには経験値にすらならないのだ。
「…冗談抜きで君が居なければ被害は桁が一つ…下手をすれば二つ違っていただろう。…こう言っては何だが、君が即座に動いてくれたおかげで南区画のごく一部だけで済んだからな」
屋敷を去る際、ハサムは憂鬱な面持ちでそう結んだ。
「…要するに敵は何ら血を流さずにこちらに大量出血を強いて、何も情報を与えなかったわけだ」
…収支計算で言うなら目を覆いたくなる大赤字だ。…それも永遠に修正不可能な損失。
「むつかしい事言ってんなよ、大輔。腹が減ったぞ」
「…さっき、大容量レーション二つと非常用高カロリークッキーを一ケース食べただろう」
…補給と言えば、星村に独尊の修理を依頼したままだったことも痛い。…独尊の性能に慣れてしまうと、23式でも心許なく感じてしまう。…独尊を最新鋭戦車に例えるなら、23式は74式だ。 21式は装甲車、21式改で60式、と。
だが、独尊の真価は防御力などではなく、その機動性強化能力なのだ。 …牛鬼という巨大な強敵をほぼ無傷で倒せたのは、味方の援護は勿論の事、「独尊が自分の思う通りに空間機動をさせてくれるから」であったことが大きな要因である。
星村によるとこの辺は大淵自身との相性もあり、他の誰もが使いこなせるわけでも無いそうで、それが極めて高い高コストに次いで量産化を絶望的にさせている一因であるという。
防御を軽んじる者に未来は無いが、防御を過信する者にも勝利は無いのである。
連中の使った装甲船を逆利用し、対岸に渡り付いていた。…今は高機動車で小隊員全員を連れ、砂漠を進んでいた。
「…全く…何を企んでいるのやら…」
広々とした砂漠には…所々に敵兵の死体が折り重なるようにしてその赤黒い血を砂に吸わせていた。
…何よりも嫌悪感を抱かせるのは、その顔がどれも満足そうに…至福の笑みを浮かべている事だ。
…何かを守る為に死んでその顔なら、文句を言われる筋合いも無かろう。
…だが、昨日自分の見たあの敵兵や、あの異形の怪物の所業…アレを見た限り、そんな高邁な精神がこいつらに無い事は明らかだった。
…狂信的な…歪められた神の存在を感じた。…新興宗教や特定の宗教を言うのではない。…人々によって神が歪め、都合よく解釈される事など、ほとんどの宗教に当てはまる事なのだから。
…そしてこいつらは…そのゲームの駒の残骸だ。
…考える事を意図的に放棄して…「信じる」という便利な言葉に縋って…
「ふむ。随分と面倒な物思いをしているものだな、お前も」
隣に座るマオに指摘され、大淵は頭を掻いた。運転席には例の如く斎城が座り、高機動車を運転していた。
「…ああ、寝不足だな、俺も」
…実際、今日の二時まで市内の警邏をしていた。そのまま、早朝五時に出発して今に至る。
「おっ? なぁ、あれ怪しくねーか?」
後方座席でカリューが声を上げる。 桜、アリッサ、リザベル、尾倉もカリューが指差す方を見た。…岩壁に大きく描かれた何かの数式のような文字と数字の羅列があった。
「…お手柄だ、カリュー。 …だが、俺達ではまったく分からんだろうな。…後で日本に戻ったら、星村に写真だけ入れて見るか…」
…恐らく今頃、自分のせいで小隊員は全員政府の監視下にある筈だ。…最終的に星村が全文を無事に見られるかどうかは五分五分と言った所だが…少なくとも、世界的な頭脳の持ち主である星村の端末など、日米の情報機関によって完全監視されているだろう。
「魔術に詳しい訳では無いが…全く見た事の無い文字だな」
リザベルも怪訝そうに魔法陣を見つめていた。
「…ねぇ、アレは?」
今度は運転席の斎城が声を上げた。 斎城が見つけた物は…砂漠の…ちょうど中心部に当たるであろう岩場に腰かけたまま息絶える黒い外套を纏った男の亡骸だった。
「日菜子、停めてくれ」
車が岩場に近づきつつ減速した。車が停止すると大淵が降車し、斎城以外の全員が車を降りて大淵の後に続いた。
後続の二号車も停車し、浮田、射方、黒島が銃砲を手に、窓やサンルーフから周辺を警戒した。
「こいつが元凶か…」
大淵は察したが、時既に遅かった。
死体はやはり幸福そうな笑顔を浮かべ、傍らにはページを開いたままの…聖典のような本が用意されていた。
「…既に何か儀式を終えたらしいな。恐らく昨日のアレがそうだったんだろう。…周辺に他の部隊も見当たらないあたり、あれが奴らの最終目的だったのか?」
「だとしたらガッカリだな。 だが、こうして感動の再会を手引きしてくれた訳だ」
…どうやって今まで敵意を殺していたのか…
大淵は紫電の柄に手を掛けた。
「…よう、奇遇だな?」
「本当にな。だが、再会を祝すには少々邪魔者が多すぎるな」
「そんなに俺の事が気になって仕方ないか、レイスくんよ? …悪いが、生憎と既にクソ厄介な激重ファンが一人いるんでな。…迷惑なストーカーはもう間に合ってるんだよ」
美しい金髪を靡かせたレイスが、砂塵の中に立っていた。
「とんでもない。俺は見ているだけで満足できる趣味は無いんでな。…決着を付けようじゃないか」
「…さっき、ガッカリしたとか言っていたが、何か知ってるのか?」
「なに、そこの男…悪魔だか神だかを崇拝しているらしいが、こいつらの教典によるとこの一帯は大地そのものが召喚魔方陣になっているらしい。…で、大層な化物を呼びたがっているようだったから、それに必要だという書物をくれてやったのさ。ちょうど、俺のかつての冒険のコレクションの中にあったんでな。だが、蓋を開けてみればあんな気色の悪いタコのようなのが数百匹で終わりとは、興醒めだな」
「そうかいそうかい。…で、その為に昨日、俺は散々苦労させられて、千人を超える無辜の人間が犠牲になったことについて、何か思う所は無いか?」
「例えば?」
…全くと言って良いほど邪気の無い、悪びれた様子もない顔。
…コイツは生かしておいても仕方ない。…頭のてっぺんから爪先まで筋金入りの悪人というのはいるものだ。
「よぉ、レイス君、久しぶりじゃ無いか。 けどよ、今時決闘なんて流行らないぜ?時代は総力戦だからな。 …ここに居る全員を相手にしたら、流石のお前さんでもどうにかなるとは思えんが?」
二号車の扉を掩体にしながら対物ライフルを構える黒島が陽気に言った。
「ナンダカ時代劇の悪代官とその手下が主役に襲い掛かるみたいで気が進みませんケドねぇ」
アリッサも剣を身構えながら溜息を吐いた。
確かにレイスの戦闘能力は規格外だ。 自分では一対一でも敵わないだろう。 だが、今なら…仲間達の助太刀があればなんとかなる筈だ。
騎兵銃を空間に放り込み、紫電と熾煉を携えてレイスに向き直った。
「ほぉ、全員で来るのか?」
「ああ。何か問題でも?」
「まさか。楽しみが幾らか増えて良い。大歓迎だ」
…独尊が無いのが手痛い。…前回は独尊のお陰で命拾いしたようなものだ…
…やってみるか。
大淵は悠々と立つレイスに向け、砂を巻き上げながら突進した。




