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異形の小夜曲

 …ハサム邸の食事にカリューをそのまま出したのは自分の落ち度だった。

 …箸すら使った事が無いカリューは、食事をそのまま手掴みで食べてしまう。…クリフェとの稽古に本気になり過ぎて、いざカリューが席に着くまでそんな事も忘れていた。

 

 …それでも、フォークを教えると、なんとか使ってその場を凌いでくれた。

 …竜人であるカリューは魔族と違い、大量のエネルギーを必要とする。食事をおかわりしても足りず、今は客室のデスクの上で大淵が与えた大容量レーション・「煮込みハンバーグ定食」と「牛すじ丼」を貪っている。

 

 …コイツの食事についてはしっかり考えないとマズい。自分の分などどうでもいいが、飢えさせる訳にも行かない。…こんなデカブツ女と言えど、ひもじい思いをさせる方が辛い。 


「…落ち着いて食え。 …頼むから零すなよ?」


 …まぁ、一杯食う姿は見ていて気持ち良いが…

 …そうだ、いざとなったら最終手段として…転移の魔法石で拠点に戻って、倉庫からレーションを大量に持ってこよう。…幸いにもカリューは味や食事のレパートリーに関しては全く文句が無いらしいので、とにかく質より量だから助かる。

 食糧・食材保管を担う尾倉も居るから、そうそう追い詰められる事は無いと思うが。


 …ただ、次に拠点に戻る時は自分は命令違反したとして、何らかの容疑を掛けられた容疑者になっている可能性が高い。…戻れるのは良くて一回だけだろう。


「ああ、ごっそーさん! やっと腹いっぱいになったぜ」


「本当によく食う奴だ」


 マオはベッドに腰かけ、呆れたようにカリューを眺めている。


「あぁ、俺もお前くらい小さかったらこんなに喰わないでも済むのかなぁ? それにしても肉は良いな。 大輔の血なんか最高だけどな!」


「やめろ。 …気になったんだが、俺の血はそんなに美味いのか?」

「そりゃもう!本当は喰っちまいたいくらい!そうだな、さっきの夕飯にあったあの柔らかい赤身肉みてーな感じだな!」


 ステーキ… そりゃ、食いたくもなるか…


「…私のダイスに二度とそんな事をしたら我が氷結魔術で粉々にして、私より小さくしてやるぞ。二度と食糧の心配も要らなくなるな」


「まぁまぁ。 さて、明日は朝から向こう岸に渡って連中の狙いを探りに行くからな」


「ん、わかった」


 マオと共にカリューの部屋を出て、リビングルームに向かった。 


 寝室に向かおうとした所…妙な気配を感じた。


 …硬質の昆虫が肌をはい回るような不快感…


「…なんだ…?」

「ん? どうしたダイス?」


 ハサムはリビングの暖炉前でカナに膝枕しながらクリフェに字の勉強を教えている。…違和感は感じていないようだ。

 日菜子や桜もリビングルームの窓際で、振舞われた紅茶を片手に何やら談笑している。 ソファでよだれを垂らしかけていた浮田が射方に頭を小突かれて寝ぼけた顔を上げた。

 他の仲間達も皆、与えられた客室に戻っているようだ。


「ドシマシタ、大淵?」

 手前のソファで寛いでいたアリッサが首を仰け反らせてこちらを見た。アリッサは戦闘服姿だった。

「…なんだか嫌な感じがしてな。気配や敵意という程ハッキリしないから、俺の思い過ごしかもしれないが…」

「一応メイルアーマー着ておきマスか?」


「…いや、散歩がてらちょっと様子を見て来る。念のため、無線機だけ傍に置いておいてくれ」

「了解デス」

「私も行くぞ」

 袖を引っ張るマオに頷き返した。


「ハサム殿、少し外で夜風に当たって来ていいだろうか?」

「ああ、どうぞ。出入りの際は守衛に声を掛けてくれれば。城下は戦時警戒中だが、ダイス殿ならすぐに皆も分かるだろう。…名前を言えば新兵でも知っている筈だ」

「ありがとう」


 大淵は確証を得るべく、門番に断わって外へ出た。


「…余計なお世話だろうが、今夜は特に警戒しておいてくれないか?」

「ハッ!」



 …どこから漂ってくるんだ、この気配は…

 


 王城周りを流れる堀に近づくと、大淵は吐き気を覚えた。…何という臭いだ!魚が腐った、なんてものではない…悪意ある汚臭…農業廃水や工業廃水などでは無い。…それに、橋の欄干で肩を抱き合って甘い一時を過ごす恋人までいる。…まさか燃え盛る愛の余り五感が溶け落ちた訳ではあるまい。


 手を繋いで歩くマオを見るが、怪訝そうに自分を見返すだけだ。

 …自分だけが感じる…まるで同類の匂いを嗅ぎ分けているようで癪だったが。


 …水辺から離れる程臭いは薄れる。…水はどこから流れてくる?…南、取水源であるロナレ側に決まっている。


 …何が起きているかは知れないが、ただ事ではない。


 大淵は空間からバイクを取り出し、紫電を左腰のハードポイントに装着し、騎兵銃を背負った。 マオの頭に子供用の猫耳バイクヘルメットを被せながら後部座席に乗せ、急発進した。


「おお、夜のドライブというやつか?前に拠点のテレビで見たぞ」

 背中でマオが無邪気に喜ぶ。

「あいにく、そんなロマンチックなモンじゃねーな」


 夜の町を行く通行人に驚かれながら、卓越した運転で避けつつ水路沿いを行く。


 …城壁に近づくに連れ、悪臭は血臭に変わっていく。血の匂いを嗅ぎ、流石にマオも息を飲んだ。


「クソッ…! 一体何なんだ!?」


 敵意は相変わらず薄い。


 …今回の敵は目的の不明さも相まって不気味だ。


 …前方に黒い塊が蠢いている。…倒れた兵から体を起こし、こちらを振り向いた。


「おーい」


 歪な男の顔が満面の笑顔で手招きした。


「はーい、っと!」


 左手で構えた騎兵銃を一発放った。

 タン、という乾いた音と共に笑顔の眉間に穴が開き、その穴からドクドクとどす黒い血が噴き出した。

「おーい」


 笑顔は表情一つ変えずにこちらへ近づき…全身を形作っていた触手が解かれ、無数の槍となって大淵に襲い掛かった。

 即座にバイクを収納し、マオを背中にしがみつかせたまま夜空に躍り出た。


(…厄介だな。連携してやがる。…気色悪りぃデスマスク共め…)

 新手が駆けつけ、着地点で大口を開けるように触手を解いて槍に変える異形。…真っ黒で、触手がドレスのようにもなるタコ…そのタコの頭部に目ではなく、死人の笑顔がついている…そんな姿だった。


「…ロクでもねー!」

「ダイス、なんだコイツらは!?」

「俺が知るかよッ!しっかり掴まってろ!」


 着地前に放たれた槍をフルオートで全て撃ち払う。強化するまでも無く、触手は全て黒い血と肉片になって消えていく。

  

 横からの敵意。すい、と体を一歩引くと、自分の体のあった部分に剣山のように複数の触手が突き出されていた。

 間合いを詰めつつ紫電で斬り捨てると、本体ごと痺れ踊った。


 反対から襲い来るデスマスクのタコ…タコマスクと名付けた…タコマスクの触手を切り払い、再び移動した。

 空間に騎兵銃を放り込み、引き換えに取り出した熾煉を左手に。


 刀と長剣で二刀状態になり、周囲から突き出される触手を舞うように斬り捌いていった。


 …薄い敵意の元を目で追うと、南の城壁上、そして砲弾によって穿たれた上部の穴から異形の者達が「おーい」と口々に声を出しながら市街に向けて押し寄せようとしていた。…どれだけの数が既に市街に雪崩れ込んだか分からず、またどれだけの敵が押し寄せているのかも全く分からない。

 …少なくとも南側の城壁を守っていた兵達は味方に伝達する事も許されずに全滅させられたようだ。

 躊躇わず、襟元に取りつけた無線機に呼び掛けた。


「アリッサ、皆とハサムさんに伝えてくれ!得体の知れない化物が南の城壁から侵入してきている!市外に浸透している可能性大だ!メイルアーマーを着込んでから、黒島に班分けさせて市街地の捜索警戒と敵排除に当たってくれ!」


 雷撃が幾筋も走り、数体の影が消滅していく。マオの魔術攻撃だった。


 すぐさま応答があった。

『大淵ハ!?』

「目下交戦中!穴を塞ぐ!」


 大淵は収納から…いつぞやの小隊BBQ大会で余ったまま放り込んでいた打ち上げ花火を取り出し、導火線に熾煉の切っ先を突き付けた。即座に導火線が火花を噴き出す。


 

 轟音と共に夜空に小さな花火が上がった。…気が利いたことに、撃ちあがり後に稲光のようなささやかなスターマインが走るタイプだ。…誰かしらはこの花火を目にしたはずだが…


 …いつの間にか取り囲まれているが、問題は無かった。…()()()

 両手に持った刀剣を乱舞させ、邪な異形を斬り捨てて踊り狂った。



 

「…今のは何だ!?敵の攻撃じゃ無いのか?」

「…南城壁の警備は何をしているんだ?明かりが見えない…」


 城内のそこかしこで騒ぎが大きくなりはじめていた。

 


「くっ……俺がもう一人居たらな…!」


 …三十体は斬り捨てたが、この異形の勢いが衰える気配はまだ見当たらなかった。


 …どこかの民家から悲鳴が聞こえた。


「…クソッ…!」

 敵を処理する速度を上げ、更に敵を殺しながら城壁の穴へと近づいた。

 …燭台の火の下に揺らめく自分の影を見下ろした。

 …なぜ、そんな事をしようと思ったのかは分からないが、その影に手を振れた。

 

 特殊強化・アレンジ……ドッペルゲンガー


 …赤黒くなった自身の影が、鏡合わせに武器を持ったシルエットで立ち上がった。


「…行け」


 …顔は無いが、影が微かに頷いた気がした。影は迫ってきたタコマスクを切り捨て、城壁の穴へと向かった。

 大淵はアルダガルド兵の警備小隊が駆けつけてくるのを横目で確認した。


「化物が入り込んでいる! あの赤黒い奴は味方だ。周辺の民家を見回ってくれ!もっと増援を要請するんだ!」

「は、ハッ!」


 壁上で赤黒い影が鬼神の如く暴れ回り、異形の侵入を取り合えず食い止めていた。


(…このまま終わってくれれば良いが…そうはいかねぇか…)

 

 大淵はそこかしこから悲鳴が聞こえてくるアルダガルドの市街を見て暗鬱とかぶりを振った。そして、自ら異形の気配を探って走り出した。

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