第3話 颯汰、呼び出し、そして……
倉庫に鍵をかけ、部室に戻る道すがら、統風はスマホのメッセージアプリで颯汰を呼び出した。既読はついたが返事がない。返事がない。返事が、ない。
玄関で上履きに履き替え、今度は電話攻勢にでる。
コールはしているが、出ない。出ない。まったく出ない。
しかとですか、そうですか。
それならそれで、でるとこでてやろうじゃないの。
「ともちゃん、大丈夫?」
「颯汰のやつ、あったまきた!」そして、くるっと反転し「生徒会室いくよ!」と告げた。これはもう、止められない。やれやれと、綺羅はついていく。
しかし暴走列車は止まらない。あっと言うまに置いて行かれた。
* * *
猛ダッシュで目的地に辿り着いた統風は、生徒会室の引き戸を、ノックもせずに勢いよく開け放つ。
「くぉらぁー! 颯汰!! 無視すんなよ」
生徒会の面々は闖入者に目を向け、固まった。
ひとり、扉の近くにいた現副会長、城島流水先輩が、冷静に声をかけた。
「統風さん、いったいどうされたんですか?」
「颯汰、いるでしょ? だして」
「音羽さんなら、いまそこに……」
振り向いた先、逃走犯は、今まさに、窓から逃げようと試みていた。
「逃げるな、颯汰! そこに直れ!」
「逃げるなって言われて、待つ馬鹿がいるか」
そこにやっと追いついた綺羅、一瞬で室内の状況を理解し、止めに入る。
「もう、待ってよ統風。ご迷惑でしょ」と生徒会の面々に頭を下げる綺羅。「颯汰くんも、一旦、落ち着こう? ね?」
「そこの猛犬を押さえといてよ。じゃあね!」
そう言ってほんとうに、窓から飛び出し逃げ出した。
でも、彼はひと言多かった。言わなきゃいいことを、ひと言。
「捕まえられるもんなら、捕まえてみな、馬鹿統風!」
まさにその瞬間、綺羅は頭の血管が切れる音を聞いた気がした。
そして、ふっと統風の身体が軽く沈んだと思った直後に、姿を見失う。
周囲には一陣の風が残る。
一瞬でもう窓際で窓枠に足を掛けている統風。
「待ちなさい、統風! ここは2階なのよ……」と言い終える前に統風は窓から跳躍し、その制服の裾が宙に翻りながら階下のグラウンドへ消えた。
数秒後、聞こえてきたのは着地のショックを伝えるドスンという音ではなく、砂利を蹴って加速する足音と、「逃がすかぁぁぁっ!!」という叫びだった。
「ああ、もう」とため息をつく綺羅に、流水先輩は哀れみを含んだ瞳で見つめていた。
「あなたも大変ね」
「し、失礼します」と踵を返し、後を追いかけた。
* * *
そのころ、すでに逃走犯は無事に確保されていた。
逃走距離は百メートルもない。完敗だった。
「化け物め」と颯汰は悪態をついた。
それもそのはず、中学時代は陸上部。短距離においては、関東大会でコースレコード保持者でもあった。統風から逃げ切れるわけはなかったのだ。
そんな彼女も高校に進学し陸上を続けると思っていたのに、ぱったりとあれだけ好きだったのに辞めてしまった。理由を聞いても「飽きちゃった」とおどけて言うだけ。そして今に至る。
音羽の家は代々、軍人か警察官を排出しており、合気道も備えている。
統風の姉、涼風は警視庁に勤務しているが、この逮捕術のように膝で身動き取れないようにしてしまうのは、姉の影響だろう。
そこにやっと、上履きを履き替えて、綺羅がやってきた。
「もう、ふーちゃんも、ともちゃんも、危ないじゃない」そして。統風の膝をみて「大丈夫?」と聞いている。
「きーちゃん!」それは、それ以上言わせない勢いだった。
「だって、あんな高いところか飛び降りたら……」
「大丈夫だから。それより、颯汰。観念しなさいよね」
「わかった、わかったから。離してくれよ」
「逃げないと約束しなさい。そしたら離してあげる」
「逃げないよ。同好会の件だろ。話すから、離して」
前のめりに片膝に掛けていた体重を抜く。
これで颯汰はようやくひとごこちついて、立ち上がることができた。
「ちゃんと説明しなさいよね。きーちゃんも聞きたいだろうし」
それを聞いて、うんうんと、頷く綺羅。
「部室にいこ」
膝で押さえることはなくなったが、信用されていない颯汰は、統風に片腕をつかまれたまま、同好会の部室に連行されていった。
* * *
部室真ん中に一客の椅子。
そこに颯汰は座らされていた。
「さて、聞きたいことが山ほどあるんだけど。まず何から吐いてもらおうかしら」
「生徒会則の変更から?」
「そうそう、完全に後出しだよね。しかも安田っちから3月には決まってたって。なんで教えてくれなかったの? ねえなんで? どうして?」
「ともちゃん、いったん落ち着こう? ねぇ、ふーちゃんもそんなに問い詰めたら答えにくいってば」
「きーちゃんは、ちょっと黙ってて。私は、れ・い・せ・い、だから。落ち着いてるもん。大丈夫だもん」と一気にまくしたて、くるっと振り返ると、また颯汰の尋問を再開した。
「で、どうして当事者の私たちが後から知らされることになったのかな?」
腕を組んで、右足でステップをタンタンと踏み、床を鳴らしながら、目はしっかりと颯汰の目を射抜いていた。
もう、どうやっても逃れられないと悟り、颯汰はすこしずつ事情を話し始めた。
「わかったよ。言うから。」とひとつ深呼吸をして続けた。
「生徒会予算のうち、部活動に割り当てる予算が年々厳しくなってて、そんななか同好会の規定が甘かったせいで、昨年の1年間で創部の申請が爆増してたんだ。前年比2倍を超えてた——前年比200%増だぞ? 予算枠超過でパンクするのは目に見えてただろ——もちろん精査をして全部が全部要求どおりにはなっていないんだけど」
ここで一旦言葉を区切る。
「続けて」と統風。綺羅もうなずく。颯汰は続けて言った。
「うちの学園は同好会でも一定額の予算がわりふられるから、このままいくと予算超過でパンクするのが目に見えていた。だから一策を講じたのさ。活動実績がなく部員が少数の活動を制限して、より正しく活動している部や同好会に振り分けしなおそうと。それで人数と活動実績の条項を同好会にも適用できるよう改定した。これは部活動同好会管理委員会をとおして、各部の部長へも通達が行ってたはずだけど、聞いてなかった?」
「そ、そんなこと……きーちゃん、知ってた?」
綺羅も首を左右に振る。マーチングバンド同好会はふたりとも知らなかった。
「そんなはずはないんだけどなぁ。一斉通達したはずだし、掲示板にも告知だしたし……ちょっと待って。副会長に確認する」
颯汰はスマホを取り出すと、画面をタップしてメッセージを送っていた。
しばらくして、返事がきたようだが、みるみる颯汰の表情が変わる。青ざめる、まさにその名のとおりの表情だった。
「ふーちゃん、大丈夫?」と心配そうに、綺羅が尋ねる。
「あ、うん。だいじょ、いや、”だいじょばない”かも」
そう言って、ひと間考えこんだのち、頭の前で手をパチンとあわせて、颯汰は言った。
「ゴメン。ほんとうにごめんなさい」
「ふーちゃんは、何に対して謝っているのかな?」と統風は質す。
「ほんとうは俺が伝えに行くことになってたみたい……マーチングバンド同好会に」
手元のスマホには、ひとこと。
副会長命令です。きちんと誠意をもって謝罪のこと。以上。
あ、許してもらうまで、帰ってきちゃだめだぞ。
とだけ、綴られていた。




