第2話 さあ、前を向いて行こう!
序章の2話目です。
ここから物語は、少しずつ“青”の色を帯び始めます。
倉庫で見つけたあの看板が、どんな意味を持つのか——
その答えは、もう少し先で。
統風たちふたりにとって、今日の始業式、2学年のスタートは最悪の幕開けとなった。
帰りのHRで担任の安田先生に呼び出されるまでは。
「あーもう、どうしよう」
「とりあえず、倉庫いってみる?」と綺羅が手元の鍵を顔の前で振ってみる。
「そうだね、行ってみようか」
へこんでいてもしょうがない。まずは、私たちでできるところから始めよう。
ふたりは一度、上履きから靴を履き替えて、校舎沿いに東校舎の外れにあるというプレハブの倉庫に向かうことにした。
* * *
倉庫はすぐに見つかった。
言われたとおり、東校舎の非常階段の脇に。
ちょうどそのあたりはほかの生徒も見かけず、ひどく寂しい場所に立っていた。
「あれかな? きーちゃん」
「あれみたいね」
プレハブのその倉庫は、思っていたより大きかった。ちょうど周囲を校舎にコの字に囲まれた奥、用事がないとここまで人は来ない場所。人影がないのも頷けた。
外装は長らく風雨に晒されたせいか少々くたびれてはいたが、存在感は十分だった。
夜中には決して近づきたくないなと、綺羅は思う。もう雰囲気がね。絶対、そうしよう。
「人気ないわね、ここ」
「私も初めて来たよ、こんなとこ。知らなかったもん」
「そうよね……」
中庭みたいに周囲から隔絶された広場にぽつんと佇むプレハブ小屋を前に、なかなか近づけずに、感想を漏らすだけのふたり。
そんな間にも、誰にも会うことはなく、周囲から取り残されたような静けさが、この少し古びた小屋にどこか不気味な気配を纏わせていた。
ふたりは思わず歩みを止めて、お互い顔を見合わせた。
「い、いちおう、は、入ってみる?」
「そ、そうね。そうしましょう」
扉に近づいて、鍵穴に鍵を差し込む。カチリと解錠の音が響く。
その音が予想以上に大きくて、綺羅はびくっと震えた。
「大丈夫?」
うしろで、見ていた統風が心配して声をかける。
「う、うん。じゃあ、開けるよって、なんで私にしがみついてるの?」
振り返ると、統風は、握った指が白くなるまで、綺羅の服を掴んでいた。
扉の向こうを恐る恐る見つめている。
「いやあ、何でだろうね」
「もう、しっかりしてよ。部長さん」
後ろに重なるように立つ統風に退路を塞がれ、仕方なく扉の取っ手に手をかける。
もう、このまま置いて逃げようもんなら、絶対化けて出てやるんだからと、変な意気込みをしながら、ゆっくりとノブをひねる。
「じゃあ、いくよ?」
「う、うん」
しばらく誰の訪問もなかったせいか、扉の蝶番は、ギギギッ……っと錆びた音を出して、ふたりを十分に驚かせた。
「ひっ」
「うわっ」
一応窓はあるにはあったが、何かで塞がれているらしく、小屋の中は暗くて、目が慣れるまで少しの時間を要した。舞っている間、埃とカビのようなすえた匂いが鼻孔をくすぐる。ほんとうにしばらくの間、人の出入りがなかったものと思われた。
目が慣れてきて、小屋の中の状況が見えてくる。
手前には、なんだかいろんな備品が積まれていて、埃よけなのか、白い、いや白かったであろう布きれがかぶせられている。それが小屋のあちこちに点在していた。
また、奥の壁際には壁に沿って、背の高い個人用のロッカーらしきものが整然と並んでいて、手前と左右の間には、これまた背の高いパーティションで区切られていた。
その内容から、想像していた「倉庫」という概念とは、少し違う印象を受ける。
どちらかというと、何かの「控え室」というか、そうなにかの「活動」の拠点だったような、事前に思い描いていたものとは異なる違和感に包まれる。
「お邪魔します……」
「失礼します……」
ふたりは遠慮がちに、開いた扉から、小屋の中に踏み込んだ。
「もう、いい加減離れなさいな」
「だって……お化け怖いんだもん」
自分より怖がっている統風を見て、急になんだか怖がっていた自分が馬鹿らしくなった綺羅は、未だに背中にしがみ付くように立っている統風を振りほどき、叱咤する。
「もう、部長なんだから、しっかりしてよ」
とはいえ、部長だから、というのも少し無茶だったかもしれない。
統風は意を決したのか、それでも、恐る恐る(でも手は猫のように胸の前で構えたまま)、そろりそろりと中に進んでいった。
仕方ないなぁという感じで、そんな統風を眺めつつ、綺羅も小屋の中を見渡した。
窓には何かが立てかけられ、カーテンのようなものも引かれていて、まだ昼間にもかかわらず、小屋の中に影を落としていた。
ふと、入り口の壁際にスイッチとおぼしきものがあり、手探りであたりを探ってみると、パチッと軽い音がして、部屋の明かりが灯る。電気は引かれているようだった。ちょっと安心。一部の蛍光灯が切れかけて点滅しているものの、概ね役に立つ状態になった。
小屋の中が明るくなると、今まで猫背気味に構えていた統風も、ゆっくりと身体を起こし、周囲を見回していた。
小屋の中は意外と広く、とは言ってもあちこちに備品とおぼしきものが散乱し、足場は床面積の半分ほど。それでも大きな旅館の宴会場をふたまわりほど小さくしたような、わりと広めの空間が広がっていた。
「うわ、ひろーい。ね、きーちゃん」
「そうね。思っていたより、広いわね」
「でも、埃っぽい。かび臭い」
「しばらく、誰も来てなかったような感じよね。とりあえず、あっちのスペースが空いてそうだから、あとで部室の備品を運んできちゃいましょう」
部屋の一角に、なにもないスペースがぽっかり空いているのを見つけ、綺羅はそう言った。統風も「そうだね」と同意しつつ、その辺の探索を続けていた。
部屋の端にホワイトボードがある。文字は消されているが、わずかに文字の軌跡が残っていた。
「とはいえ、この有様だと制服汚れちゃうわね。一旦戻って体育着にでも着替えてきましょう」と綺羅は告げ、入り口に戻りかけた。
そのとき、入り口付近でバタっと大きな音がした。
一瞬ふたりともビクッとなるが、風かなにかで起きたのだろうと思い直し、入り口に近かった綺羅がそのまま様子を伺いに出た。
その直後、綺羅が血相を変えて声をあげた。
「ねぇ、ともちゃん。ちょっと、ちょっと来て! 早く!!」
綺羅にしては、焦りというかひどく慌てた様子で呼ぶ。
何か入り口で見つけたのか。
「どうしたの? 血相変えて。何があったの?」
持ち上げていた、シートを元に戻し、汚れのついた手をパンパンと払いながら、入り口で高速手招きしている綺羅のところにゆっくりと向かう。
「あ、あれ、あれ!」
「だから、何よ……」
綺羅が指さす先には細長い木の板きれが、しかも風雨に大分さらされていたのか、年季の入ったものだが、入り口の脇に転がっていた。
統風はそれをひょいと持ち上げ、表面についた砂埃をはたいて落とす。
するとうっすらとであるが文字のようなものが浮かび上がる。
それをゆっくりと読み上げた。
「じんだい……がくえん……だいいちこうとうがっこう……まーちんぐ、ぶ?」
ばっと統風が振り返る。
ひと呼吸挟んで、ふたりの声が重なる。
「マーチング部!?」
その叫び声は、コの字の広場に吸い込まれて、消えた。
同好会じゃない、部としてかつて存在した、先輩たちの軌跡の一端に触れた瞬間だった。
統風の行動力、綺羅の冷静さ、颯汰の不器用さ。
この三人のバランスが、これからの物語を大きく揺らしていきます。
序章はまだ続きます。どうぞ次話もお付き合いください。




