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第二章:禁忌の代償

 王都へと続く街道を、聖女を護衛する白銀の騎馬隊が静かに進んでいく。

 沿道には、戦勝の報を聞きつけた民衆が溢れかえっていた。彼らは大陸最強と謳われる私の姿を一目拝もうと、あるいはその奇跡の端切れにでも触れようと、我先にと身を乗り出してくる。


「聖女エルフェリーゼ様! どうか、我が子に祝福を!」

「聖女様、万歳! 王国の守護聖女に栄光あれ!」


 熱狂的な歓声。それは時に、祈りよりも重く鋭い刃となって私の耳に突き刺さる。

 馬車の窓にかけられた薄い絹のカーテン越しに、私は彼らに慈悲深い微笑みを向ける。それが「大聖女」という役割に求められる義務であり、民を安寧に導くための仮面だからだ。だが、私の指先は、馬車のシートの下に隠した禁書の冷たい感触を確かめていた。


 この禁書——「魂の還流と因果の再編」を記した魔導書は、かつて初代国王と共に大陸を平定した大賢者が、あまりの危険性に封印したものだ。

 肉体を捨て、魂を時の流れに放流する。その行き先は神のみぞ知る領域であり、成功の保証はどこにもない。それでも、私はこの終わりのない「聖女」という責務から逃れたかった。


 王都へ戻れば、形式だけの凱旋式が待っている。

 贅を尽くした晩餐会。貴族たちの卑俗な野心と、教会幹部たちの脂ぎった思惑が渦巻く場所。

 私は彼らにとって、都合のいい「最強の兵器」であり「民を扇動するための旗印」に過ぎない。もし私がこのまま老いさらばえて死ねば、彼らはまた次の「象徴」を作り上げ、同じように磨り潰すだろう。


(私が消えれば、この国はどうなるだろうか)


 ふと、そんな考えが脳裏をよぎる。隣国の脅威、絶えぬ魔獣の侵攻。私が消えれば、束の間の平和は脆くも崩れ去るかもしれない。

 だが、百年の献身は十分ではないか。私はこの大陸のために、自分の心も、時間も、愛するものすべてを差し出してきた。残された数年の余命くらい、自分のために使わせてもらいたい。


 王城に到着すると、私は病による静養を理由に、一切の面会を拒絶した。

 豪奢な天蓋付きのベッドに横たわりながら、私は魔力を集中させる。大聖女としての莫大な魔力は、禁書の術式を起動させるための燃料としては最適だった。


 深夜。部屋の灯りを消し、私は一人で儀式を開始した。

 床に描いた複雑な魔法陣が、青白い光を放ち始める。禁書に記された呪文を紡ぐたび、私の身体から魂が剥がれ落ちていくような強烈な剥離感に襲われた。


「……願わくば、次は……誰かのために戦う必要のない、穏やかな日々を」


 意識が遠のく中、私は全ての魔力を術式に注ぎ込んだ。

 転生先で魔法が使える保証はない。むしろ、この呪わしいほどの才能こそが私を縛り付けていたのだから、次の生では無才であっても構わないとさえ思っていた。ただ、温かな家庭と、愛し合える家族がいればそれでいい。


 視界が白濁し、身体の感覚が消失していく。

 最後に聞こえたのは、夜風の音か、それとも誰かのすすり泣きだったか。

 大聖女エルフェリーゼの意識は、そこで一度、完全に途絶えた。


 ——そして。

 次に私が感じたのは、凍えるような寒さと、鼻を突く家畜の排泄物の臭いだった。


「……う、あ……」


 声を出そうとして、自分の声の幼さに驚愕する。

 視界に入ったのは、ひび割れた土壁の天井と、雨漏りを受けるための錆びたバケツ。

 そして、私の手を握りしめながら、涙を流して微笑む一人の女性——母**アリス**の姿だった。


「ああ……良かった。生きてる、生きてるわ、シエル……!」


 シエル。それが私の、新しい名前だった。

 三百年後の世界。大聖女が夢見た「普通の生活」への幕開けは、祝福の鐘の音ではなく、貧しい農奴の家の、重苦しい静寂の中から始まったのだ。

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