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逃げる幼馴染、追う脳筋一途男。その間に挟まった運動不足な私(※別れさせ屋)の受難  作者: 寝不足魔王


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第6話:美玲、野獣(ライバル)と遭遇する


「……計算外。あまりに、計算外だわ」


 早朝の代々木公園。私は、真新しいナイキの厚底シューズの紐を締め直し、苦々しく呟いた。

 プロの別れさせ屋として、私には一つの確信があった。男を落とす最短ルートは『共有体験』。誠司さんと同じ景色を見、同じ汗を流せば、心の距離は自ずと縮まる。


 だが。

 私の目の前で展開されている『共有体験』は、あまりに、あまりに「ガチ」すぎた。


「誠司先輩! 今の1キロ、4分15秒! 後半、腰が落ちてますよ!」

「ハルカ、厳しいな! でもその指摘、助かるよ!」


 ……誰よ、あの女。


 誠司さんの隣を、寸分違わぬピッチで並走するポニーテールの女性。

 無駄な脂肪が一切ない、鋼のようなふくらはぎ。実業団ランナーかと言わんばかりの本格的なウェア。そして、誠司さんと「アスリートの言語」で会話する親密な空気。


(……あかん。あれは、私の『都会的な色香』なんて一秒で風化させるタイプの天敵や)


 私は意を決して、二人の進路に割り込んだ。


「あ……誠司さん! 奇遇ですね、奇遇!」

「あ、美玲さん! おはようございます。今日も練習ですか?」


 誠司さんは、爽やかな笑顔で足を止めた。それと同時に、隣の女性――ハルカが、値踏みするような鋭い視線を私に向けた。


「先輩。この、……運動不足そうな女性は?」

「ハルカ、失礼だよ。彼女は美玲さん。僕の大切な『練習仲間』だ」


(……練習仲間。その響き、今はこの世で一番聞きたくない単語やわ)


「九条ハルカです。先輩の大学時代の後輩で、元実業団。……失礼ですが、美玲さん。そのシューズ、あなたのフォームには反発が強すぎます。靭帯、舐めてるんですか?」


「なっ……なめてへんわよ! これ、最新モデルなんだから!」


 思わず関西弁が漏れる。ハルカは冷ややかな目で私の足元を一蹴した。


「先輩の隣を走りたければ、まずは5キロを20分切ってから出直してください。……行きましょう、先輩。次はビルドアップ走です」


「待ちなさいよ!」


 私は、自分の口が勝手に動くのを感じた。

 プロとしての冷静な計算? そんなもん、この女の「アスリート・プライド」に触れた瞬間に蒸発した。


「……上等よ。そのビルドアップだか、ステップアップだか、受けて立ってあげるわ! プロを怒らせたらどうなるか、その太ももに刻んであげる!」


     *


「(死ぬ……今度こそ、ホンマに死ぬ……!)」


 三十分後。私は、自分の肺が口から飛び出して、公園のゴミ箱にダイブしたがっているのを感じていた。

 ビルドアップ走。それは、1キロごとに設定速度を上げていく、地獄の加速訓練だった。


 先頭を走るハルカは、涼しい顔でペースを上げる。

 その後ろを、誠司さんが余裕の表情で追う。

 そして最後尾。私は、白目を剥き、首を振り、幽霊のような足取りで食らいついていた。


「美玲さん! あと一周! ここが踏ん張りどころです!」


 誠司さんの声が遠くで聞こえる。

 ハルカが、チラリと後ろを振り返り、鼻で笑ったのが見えた。


(……あの、アマ……! 絶対、千切れてたまるか……!)


 嫉妬。独占欲。そして、少しの恋心。

 それらが混ざり合った謎のエネルギーが、私の死にかけの筋肉を無理やり駆動させる。

 視界が真っ赤に染まる。心拍数はレッドゾーンを超えた。


 その時。

 ふっと、身体が軽くなった。


「……え?」


 誠司さんが、私の隣に下がってきて、そっと背中に手を添えてくれたのだ。

 力強い、けれど優しい掌の感触。


「美玲さんの根性、伝わりました。……リズムを僕に合わせて。あと少しです!」


(……誠司、さん)


 彼の大きな背中を追う。彼の呼吸に合わせる。

 ハルカの冷たい視線も、焼けるような喉の痛みも、その瞬間だけはどこか遠くに消えていった。


     *


「……はぁ、はぁ……。……見た、か。……完走、したわよ」


 ゴール後。私は地面に大の字になりながら、空を仰いだ。

 ハルカは、私の「執念」に少しだけ驚いたような顔をして、タオルを首にかけた。


「……タイムは散々ですが。その心肺機能で、最後まで千切れなかった根性だけは、認めます。……次はインターバル走で勝負です。先輩、失礼します!」


 ハルカは、風のように去っていった。……いや、また勝負する気かよ。


「美玲さん、すごい! ハルカと切磋琢磨できるなんて、最高ですね!」


 誠司さんが、キラキラした瞳で私の顔を覗き込んできた。


「……切磋、琢磨? ……あんなの、ただの宣戦布告よ」

「えっ、何か言いました?」

「なんでもないわよ……。……誠司さん。あの子に、変な走り方教えちゃダメだからね。……あと、……私の隣は、あの子に譲らないから」


 最後の言葉は、消え入りそうな声だった。

 誠司さんは不思議そうに首を傾げたが、すぐに「よし、ダウンのジョギングに行きましょう!」と私の腕を引いた。


 プロの別れさせ屋、美玲。

 今夜の戦績。

 小目標:ライバルの出現(確認)。

 中目標:誠司への接近(物理的なサポートを勝ち取った)。


(……負けへん。……あんな筋肉ポニーテールに、私の誠司さんは渡さへん。……明日、最強のプロテインと、新しい膝サポーター買いに行くわ!)


 私は、震える足で立ち上がり、朝日に向かって一歩を踏み出した。

 恋のビルドアップは、まだ始まったばかりだ。


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